ボディーガードアイドル
私の名前は葵木優紀。十七歳。
三条寺財閥の執事である父と同様、三条寺家に仕えている。
私の主な仕事は、三条寺家のお嬢様であるさゆりお嬢様のボディーガードだ。
今もさゆりお嬢様の周囲を警戒し、誘拐などの危険にすぐに対応できる臨戦態勢をとっている。
私は、センターで歌いながら、この会場に人間達に注意を向ける。
ファンの声援にこたえて手を振る私。
私はさゆりお嬢様のボディーガードをするためにアイドルをしている。
「おかしくない。おかしいよね」
アイドルグループ共同コンサートの出番が終わった楽屋で、ステージ衣装のままのさゆりお嬢様がいじけていた。
「何が、おかしいのですか?」
私は手早くスーツ姿に着替える。もう一度、アイドル衣装に着替えてステージに出なければいけないが、この方が動きやすい。
「なんで、あなたがセンターなのよ?」
「ファン投票とかの総合的な人気が、私が一番だからです」
「それはわかっているけどさ、おかしくないって言いたくなるじゃない。私はアイドルにあこがれてアイドルになったのに、アイドルなんてどうだっていいあなたに人気で負けるなんて」
さゆりお嬢様と私は、七人組アイドルグループ・ストロベリーカラーズの一員である。
私は一番人気で、さゆりお嬢様は人気最下位だ。
さゆりお嬢様がアイドルになると言い出したとき、ボディーガードが難しくなると私が意見を言ったら、旦那様がなら一緒のグループに入っちゃえばいいんじゃないかと言い、私はこうしてアイドルになることになった。
「この雑誌一面に載っている期待の新人クール美人って何よ?」
「私ですね」
「あなたクールどころか、キレやすいじゃない。私なんか、この雑誌に写真すら載ってないのよ。どうして、私は人気が無いのよ?」
私はさゆりお嬢様の質問に答える。
「さゆりお嬢様の容姿は、この美人が集まる芸能界では平均より下だからです。容姿で人気が出るわけではないですが、数多くの新人アイドルから目に止まってもらうには、容姿が基準に満たないのはかなり不利なことです」
「そこはおべっか使うところでしょう。お嬢様はかわいいのに世間は見る目がないですねとか、言いなさいよ」
「そこ嘘つくとろくなことになりませんから。お嬢様、私は言われていないことを察することは苦手ですので、愚痴をただ聞いてほしいのか問題点を指摘してほしいのか言ってください」
「なら、問題点を指摘して。私が人気がないのは何故なの?」
「全てです。歌も踊りも素人同然。愛嬌もない。あと、ファン受けを狙ったあざとい受け答えも駄目です。表面をよくするのは大事ですが、お嬢様の場合は相手がほしいリアクションの解像度が低すぎて、ファンの人達を馬鹿にした感じになってしまってます」
「やっぱり愚痴だけ聞いて」
「お嬢様はかわいいのに世間は見る目がないですね」
さゆりお嬢様にはないしょだが、私がストロベリーカラーズのセンターとして目立つようにしているのは理由がある。
さゆりお嬢様がアイドルになったことで、上流階級の娘を狙う悪意の他に、アイドルの娘を狙う悪意の危険も増えた。アイドルグループ・ストロベリーカラーズは急速に一般人にもその存在を知られるようになってきて、脅迫めいた怪文章も送られるようになっていた。
私がストロベリーカラーズの顔としてセンターにいれば、アイドルを狙うやばい輩がいても、まずは私を狙うはずだ。
実際に、昨日と一昨日と、私のステージ用の靴紐が切られ私物のバックがロッカーからゴミ箱に捨てられていた。
問題なのは、内部の人間の犯行であること。
私はさりげなく、人の多い共同楽屋内を移動する。
コンサート中のあわただしい混乱を利用して、私のペットボトルに下剤を混入しようとする人物がいた。
私は黙って、その人物の手を掴む。
犯行現場を押さえられて立ちすくむ犯人は、同じ事務所の先輩アイドルグループ・フラワードリームの一人・吉岡恵さんだった。
「あなただったんですか」
他の人達に気がつかれないように小声にした私の問いかけに、恵さんは喚く。
「私のことなんか目にも留めなかったくせに、あなただったかなんて言うんじゃないわよ!私の名前だって知らないでしょう!」
突然の大声に驚く周囲に、ドラマの稽古をしていますよと私は台本を振って見せる。
恵さんは、私がアイドルになりたての頃にやさしく声をかけてくれた先輩で、事務所を丁寧に案内してくれた人だ。その時は、こんなすさんだ目はしていなかった。
「どうしてよ。私はいっぱい努力したのよ。五年間下積みをして、ようやく曲ももらえるようになった。それなのに、あなたはかっこよくて育ちがよくて歌がうまくて、才能があるってだけで一瞬で抜き去って、手の届かない場所に進んでいく。そんなの不公平じゃない」
「私はアイドルのことはよくわかりません。でも、これだけは言えます。その下剤を入れたら、あなたは一生後悔することになる」
私の言葉に下剤を取り落とす恵さん。
憑き物が取れたかのような顔になる。
「あなたは私の靴紐を切って、私物を勝手に捨てましたね。ちゃんと、私に謝ってください」
「ごめんなさい。謝って許されることじゃないけど、ごめんなさい」
「私はあなたの謝罪を受け入れます」
その時、楽屋の外から悲鳴が聞こえた。
廊下で何かあったらしい。
さゆりお嬢様の安全を第一に優先しつつ、状況を確認する。
ドアを開けると、大きなナイフを持った男が目に入る。
恐怖で足がすくみ逃げられなくなっているソロアイドルのここあみるく。
「いままで騙しやがって。おまえも裏で彼氏がいるんだろ。その顔を切り裂いて、一生鏡を見れなくしてやる」
ある有名アイドルが隠していた彼氏とのツーショットを週刊誌に暴露されたのが先週のこと。
私がその男を取り押さえようとするが、さゆりお嬢様が私の身体を押さえつけて行くのを阻む。
「駄目よ。いくらあなたが強くても刃物を持った相手に危険なことはやめて」
さゆりお嬢様はけっこう力が強い。
仕方なく、私は警備の人のサポートで、男の注意をこちらにひきつける。
「待ちなさい。その子は、スクープされた子とはぜんぜん関係ないでしょう」
「アイドルなんかみんな同じだ。こいつも裏では男と寝まくっていたんだ」
私を押さえていたさゆりお嬢様が、慌てた声を上げる。
「ああっ。キレないでよ。落ち着いて」
私はキレていない。怒っているだけだ。
私は冷静に男に言った。
「それじゃあ、その子はどんな表の顔を見せていたんですか?」
「彼氏もいません。男とつきあったことありません。そんな顔して、俺を騙していたんだ」
「それはお前の勝手な押し付けだろうが!」
私は怒鳴る。
「私はその子と事務所が違うから、その子がどんな子かは知らない。真面目な子なのかもしれないし性格が悪い子なのかもしれない。本名さえも知らない。だけど、その子が表で見せてきたものは知っている。その子はステージの上ではいつも笑顔で歌っていた。去年、ドラマのわき役に出演した。一言だけの主人公に嫌味を言う役だ。その子は、自分に与えられた役割を理解して、その数秒で嫌な役を演じきった。それから、いろんな端役をこなして、連続ドラマの準レギュラーも務めた。次の大河ドラマの出演も発表されている。それが、その子が見せてきた表の顔だ。その表の顔をきちんと見ていたら、おまえのようなことは絶対にできないはずだ。おまえは、その子の見せてきた表の顔を何も見ていなかったんだ」
男が顔を真っ赤にしてこちらを見る。
よし。男の意識があの子から完全に離れた。
男が何かを言いかけるが、私は会話をする気などない。男の声をさえぎって、私はまくし立てる。
「おまえはその子に男がいるかもしれないから、刃物で傷つけると言い張っていたけど、そんなのは大嘘だ。おまえは常にその刃物を振り回せる理由を探していたんだ。その理由さえもでっちあげた。おまえは卑怯で恥知らずで最低のくず野郎だ」
男の殺意が、私に向けられる。
だが、男が行動する前に、背後に回った警備の人達が男を取り押さえる。
危険は去った。
さゆりお嬢様が床にへたり込む。
「二度と危険なことはしないでよ」
と、ボディーガードの私に無茶なことを言った。
「おかしくない。おかしいわよね」
事件が終わった二か月後。初めてのソロコンサートへの練習の休憩時、さゆりお嬢様が愚痴を言う。
「何がおかしいのですか?」
「この雑誌の特集記事のボディーガードアイドルって何よ?」
「私ですね」
私が刃物を持った男に啖呵を切ったところが動画に取られ動画サイトでかなり再生されたらしく、私のアイドルとしての人気が急上昇されていた。
「この雑誌に私の写真一枚も載ってないじゃない」
さゆりお嬢様は、世間の知名度はほぼ無い。
「あさドラとか大河ドラマからもオファーがきているってこの記事には書かれているじゃない」
「両方断りました」
「はい?」
「それを受けると、お嬢様のボディーガードができなくなりますから。もし、お嬢様が、出演できるなら、一緒に出られるんですけどね」
「く、屈辱よ。いいわよ。その挑発受けてやるわよ。やってやるわよ」
吠えるさゆりお嬢様を見守る私。
雑誌のインタビュー記事が目に留まる。
アイドルとボディーガードの兼任は大変ではないですか?
私はその時の答えを口に出す。
「大変だけど、とても楽しいです」
おわり