大道芸人としての素質
その時、高円寺南口駅前広場には一人のおかしな青年がいた。
彼は質素な道着を着ていた。まぁ高円寺という土地柄はそういったファッションに寛容なので、普段通りであれば特に見向きもされないのだが、その両手に大切そうに抱かれた西洋人形が良くなかった。
良くないと言ってもとても丁寧に手入れをされ、作りも保存状態も良いビンテージのドールはどこも悪くないのだが、その妙な組み合わせは奇をてらった新人腹話術師という具合に出来上がってしまっていた。というかそれは僕のことだった。
「ナントカ君どうして今日もそんな格好してんのさ。」
誰も私のこと見えてないだろうけど隣にいるのだいぶしんどいよ。とさっきからぶつくさ文句を言う部長は平常運転の制服姿である。
「だから私服はこれしかないんですよ。」
「ここまでして私が一緒に来る意味ってあるのかしら・・・。」
真理さんは真理さんで先程、広場の前のコンビニで買って直ぐに供えさせられたケーキを食べていた。
長谷川さんからお礼でもらって以降ケーキが大好物になった彼女は何かにつけてケーキを強請ってきたのだが、今回の同行を渋った為交渉材料として部長が提示したのだった。おかげで着物を着た金髪の美女が両手でケーキを食べるという今の僕よりも目を引きそうな絵面であった。しかしそれを認識出来るのは部長と僕、後は待ち合わせ相手くらいであった。
「真理ちゃんねぇ、ケーキならあそこのトリアノンってお店とかあっちのカフェのパイとかも美味しいんだよ。」
「ぱい。まだ食べた事のない種類ね。折角だわ。それならあとで行きましょう。」
部長が怖い話をしていた。何が怖いってお金を払うのは僕という所だ。
待ち合わせの時間まで、まだ少しあるな。この状態はかなり精神的な拷問ぽいぞと思っていた所に突然話しかけられた。
「おにーちゃん!ダイドー・ゲーニンさんでしょ!なにかやってよ!」
元気な声のした方。つまり少し下に視線を落とすとそこには知らないキッズいた。多分小学1年生くらい。
「これ!おこづかい!」「いや、ちょちょ!」
と50円玉をぐいぐいと押しつけて来る。相手に気を遣って弱押し問答をしている内にするりとその50円玉は僕の手に収まってしまった。
キラキラで無邪気な視線が刺さる。こうなってしまえば僕も男だ仕方がない。
ポケットからハンカチを取り出して真理さんの依代人形を汚れないように地面に座らせる。
僕はキッズを少し遠ざけると高々と右手を挙げて宣言した。
「一番南斗!映画、酔拳より修行シーンやります!」
スマホから例のシーンのBGMを流した。
「呂洞賽 酔えば酔うほど内に力が漲る酒仙」
両の手にお猪口を持つようにして目の前の相手の胸ぐらを掴むような動作を起こす。
下半身から順に全身を脱力させふらりと左右前後へ数歩。低い姿勢のまま再度両の手に力を込めて辺りを警戒、変則的な架打を繰り出す。
酒を煽る動作を織り交ぜながら緩急をを付け、高低差のある打撃を放ちつつ、高速で首、眼突き、顎と人体の弱点を狙う連撃。
後ろへ蹌踉めく動作から背面への飛蹴りを放ち、着地共に一瞬の残心。前方向へ膝を擦るような歩行法で上方向への掌打を連続で繰り出す。
勢いそのまま高く飛び上がると仏の様な体勢で脹脛の外側を使って着地し、膝のクッションで即座にニュートラルなポジションで構え直した。
「轍拐李 その片足に恐るべき蹴りを秘めた酒仙」
左足を引き摺る様にして大股で移動する。瞬間重心を左足へと移し、右足で素早く高さのある前蹴り。
空中で足を入れ替え右足で着地し左足を自由な状態にする。左足首を右手で掴み、その反動で左足の前蹴りでそのまま静止。
両手はお猪口の体勢でバランスを取りつつ右足の力のみで腰を深く落とし、再度左足首を右手で掴むと右足をバネに飛び上がり左足を跨ぐ。
着地と共に右肩を使い前転。前への勢いを使って相手の軸足を踏み抜く。
右足でバランスを取りつつ、上半身で防御を取る。左足は浮かせて置くことで防御にも、反動を付けて即座にカウンターの蹴りを放つことも出来る。
重心の低い縦回転の両足蹴りは重力と遠心力で少ない力で大きな威力がある。
そのまま体全体で地面への受け身を取り、相手の下半身を狙った足技を繰り出す。
左足と両手を地面に着いて右足で連続の掃腿。どんどん回転速度を上げていく。
「権鐘離 その腕に酒瓶を抱いて身を守る酒仙」
大きく、重たい瓶を抱いて運ぶ様に緩慢な動きはその実、全身でのタメがあるので力強い押す力を発揮出来る。
また下半身を安定させることで、様々な方向への対応が可能ーーー
「お前!俺を待たせて、何をやってん、だ!」
気が付くと僕の周りには人集りが出来ており、その先頭に人をかき分けて現れた四子は僕に握り拳を振り下ろした。
が、そこは酔拳、僕はそれを流れる動作で受け止めた。
約束の時間を過ぎていた。
まばらな拍手を受けつつ、人集りは蜘蛛の子を散らした。
足元の依代人形の前には千円と幾らかの小銭が置かれている。数分の営業でこの売上はなかなかではないか?などと思っていると、
その小銭を最後に置いた男が興味深気に人形を観察していた。
「君、これはなかなか良いアンティークだ。作りは18〜19世紀頃だろうか。相当腕の良い職人にオーダーメイドしたんだろうな・・・。」
悪気はなかったのだろう。つい、といった具合で人形へと男が手を伸ばした。
「すみません。勝手に触るのはやめてもらえますか。」
僕のものという訳ではないが、真理さんの気配を察して声を掛けた。
「あぁ、申し訳ない。あまりに美しかったもので・・・。着物を着ているのも良い。素材も仕立ても見れば見るほど素晴らしい・・・。」
言いつつしばらくは視線は人形に向いたままだったが、黙って僕らが見つめていると身体中のポケットを弄りヨレた紙切れを差し出した。
「あぁ、申し訳ない。これは私の名刺だ。」
受け取った僕の手元を四子、部長、真理さんが覗き込んできた。
「あぁ、申し訳ない。鹿骨螺烈と読むんだ。一応、古美術商ということになっている。」
住所と電話番号。それと名前に肩書きのみの名刺だった。
「もしも、この人形を手放す気になったら連絡してくれ、言い値で買い取ろう。」
その言葉に部長と真理さんは本人に聞こえないのをいいことに胡散臭いだの。変な人だの、なんだか怖いだのと低印象を口にした。
「悪ぃけど、おっさん。この人形を手放す気はねーんだ。俺らこの後予定もあるしよ、じゃーな。」
反応に困っていた僕から、名刺を奪い取った四子はそう言うと名刺を真っ二つに破き突き返した。
「あぁ、それは本当に申し訳ない。」
踵を返してツカツカと歩いて行った四子を追うため僕は急いで人形を抱きかかえ、ハンカチで雑にまとめた小銭をポケットに突っ込んだ。
去り際、男に会釈としたがやはり視線は人形にのみ注がれていた。
細々とランキングにも入っており、この頃はPVも増えてきて嬉しい限りです。
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