一寸先の光
「土地神の座を譲れってそんな事出来るんですか!?っていうかなんて事頼んでるんですか!?」
真理さんより先に僕は間に割って入った。
しかし僕など意に介しておらず、四子の視線は僕を真っ直ぐ貫いて真理さんへと向けられていた。
「貴様はそれで私が”はいどうぞ”とでも言うと思ったのかしら?」
その問いに答えたのは意外にも部長であった。
「真理ちゃん大丈夫だよ。最初に言った通り、私達が馬場君をしっかりと助けるから。」
手を取り、目を見て、正面からの部長のお願いに真理さんは顔を背けながら答えた。
「ふん。私の事情も碌に知らない癖に、随分と的確な交渉をするのね。」
「キチンとその人のことを見ているだけだよ。」
そう言って部長は屈託のない笑みを真理さんへと向けた。
「・・・気に入らないけれど、土地神の力がアレに向けばいいのでしょう?」
そういった真理さんの腕には、随分と古い、しかし丁寧に手入れされた金髪碧瞳の美しい西洋人形が抱かれていた。
「説明している時間はないけれど、不如、海斗、あとそこ貴様は名前を聞いていなかったわね。」
「四子だよ。」
「四子、背に腹は変えられないから、小夜の子は貴様らに任せたわ。鬼ごっこ楽しかったわ。」
真理さんは何処からか取り出した裁ちばさみを人形の胸に突き立てた。
金色の髪が踊った気がした。瞬きの間に消えてしまった真理さんと残されたのは生気の抜けたハサミの突き立つ西洋人形だけだった。
部長が人形を拾い上げて、小さな声で呟いた。
「約束破ったら、呪ってくれていいからね。」
部長のささやきに四子は構え直すと田端君へ向き直った。
「ここからが正念場だぞ。」
気を抜いていた訳ではないのだが、視界が何度も弾ける。
僕は体を反らしつつ大きく後ろへ距離を取った。
「それでここからどうなるんですか!?」
「田端に取り憑いてる呪霊に土地の力が向くと力は強まるが、あの器じゃあ限度がある。見るからに貧弱だからな。」
「つまり、呪霊の本体が出てきた所を直接叩くって訳だね。」
「そういう事だ。気合いを入れろよ!!」
出力が上がるという表現であっているだろうか、吹き荒れる嵐は明らかに力を増していた。
それに伴い先ほどまでは鳴りを潜めていた嫌な気配を、田端君から痛いくらいに感じる。
部長を後ろに下げ、僕が囮になり、四子のリーチで迎撃。互いをカバーしながら取りこぼしたものは、部長が物理干渉で軌道を外へと逸らす。
こちらの防御を突破出来ない焦りからか、更に力を込める田端君であったが直ぐにその上限がやってきたようで状況は均衡してしまった。
「ビヒチビ!なんとかしろよ!
つってもよう。どうしようもないしよう。あきらめろよう。
うるさい!なんとかしろって言ってるだろ!!
全くよう。そんなだからよう。お前はいじめられるんだよう。
なっ!!ビヒチビ!!!
お前の器もたかが知れたからよう。もういらねぇよう。」
突然一人劇のように早口でまくしたてると田端君は意識を失い前のめりに倒れた。
そのままこちらへの攻撃も止み一瞬の静寂がその場を包んだ。
「形があるってのはよう。いい気分だよう。」
田端君の体の輪郭がぼやけて、靄のようなものがもう一つの人型の実体を作った。
「よう。俺はビヒチビ。これからよう、こいつをいじめたってやつをよう。懲らしめないといけないからよう。邪魔しないで欲しいよう。」
瘴気を人型のガラスに閉じ込めたような見た目でニタニタと笑う呪霊に四子が返す。
「誰が自己紹介しろって言ったよ。どうせ直ぐ払われるんだから黙って消えろ!!」
僕が出会い頭に喰らった鎖鎌の分銅攻撃を仕掛けた四子だが、それは不発した。
避けられた訳でもなく、当たる直前で見えない壁のようなものに弾かれたのである。
「お前よう。土地神によう。何をするんだよう。」
ぞわぞわと底なし沼に足を突っ込んだかのような不快感が形を保った呪いから溢れてくる。
一言一言が心底嫌いな相手への呪詛に聞こえる。ひどく耳障りで耳を塞ぎたくなる気分だった。
「とりあえずよう。お前もお前もお前もよう、邪魔をしてるんだからよう。天罰が下るよう。」
手をこちらへかざすと四子が不意に後方へと音もなく吹き飛ばされた。
「ぐっ・・・・。」
体を起こした四子が苦しそうに声を出した。
「四子ちゃん!!」
「部長もそのまま後ろに下がってて下さい!こいつは僕が本気で殴ってみますから!!」
僕はそのまま拳を固めて呪霊へと距離を詰める。
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「殴るって言ったって、さっきの見てたろ。やめとけ!俺の想定より強すぎる!!」
「実は四子ちゃんにはまだ言ってなかったけどさ。ナントカ君も私もずっと前から呪われてるんだよね。」
前方の呪霊が先ほどと同じようにナントカ君に手をかざす。
「呪われてるってあ、おい!来るぞ!」
四子ちゃんが声を出すのと同時にナントカ君は不可視の攻撃を躱した。
更に立て続けに躱す動作を取る。ナントカ君には観えているのだろう。それがナントカ君の呪い。
「なんであれが避けれるんだ!?」
「ナントカ君の不死の呪いは、”死”の要因を認識出来るんだって。そして似たような呪いが私にも掛かってる。そんなお互いの呪いを解くことが呪術研究部の活動目的なのです。」
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考えるな、感じろ!考えるな、感じろ!!考えるな、感じ続けろ!!!
数瞬先で自分が受ける攻撃のイメージが、瞼の裏にフラッシュバックし弾ける。
僕が特別なのはこれだけ、反応が遅れれば認識出来ても当たってしまう。
「なんで当たらないんだよう!折角よう!力を手に入れたのによう!!」
何度も繰り出された攻撃を全て躱し切りついに間合いに入る、刹那固めた右の拳に溜めをつくった。
それに合わせるように、呪霊の右腕が肥大化し鞭のようなしなやかさで振り下ろされた。
凄まじい威力で埃っぽい床をそのまま破壊し、衝撃で辺りが見えない程の土煙を起こした。
「終わりだよう。」
徐々に煙が収まると、呪霊が振り下ろしたた巨大な右腕の内側から僕の左拳のカウンターがに突き刺さっていた。
「それも視えてた。」
呪霊は繊細なガラス細工を殴りつけたような感触だった。腕半ばまでめり込んだ呪霊の胴体を中心に、音を立ててヒビが体全体に広がる。
「元々はよう。お前らがよう。はじめたのによう。」
「だから、生きているやつで解決するさ。」
「まったくよう。自分勝手だ・・・・・・」
言い終える前に呪霊は人型を保てなくなり消えてしまった。
台風五号