黄昏の庭
有効な攻撃手段を破壊した一瞬の安堵。
その微かな緩みに間違いなく私の一撃が先行していた。
肉の中で折れた骨を鋭利に露出させたそれの短い間合いをでも十分な踏み込み。
目の前のこの男、この男の先につばねは居る。居るはずなんだ!
だから早く、一刻も早く。死んでくれ。
男は瞬きを引き延ばした様な短い時間の中で私との相打ちを選択した。
素晴らしい。この時代に似つかわしくない精神。賞賛に値する。
しかし、その拳が十分な威力を得る前に私の骨がお前を貫く。
私と男の間に流れる時間が収束していく。
それは不思議と満ちた時間。久しく感じていなかった充足にも似た何かがあった。
突如として走る衝撃。
骨ごと腕が弾け飛んだ。
視界に入るのは真ん中から折れた短い刀を握る右腕。
男の拳が当たるよりも前にその無粋を理解した。
「兄上ぇぇぇええ!!!!」
無防備な体の中心を鉄球の様な拳が分け入ってくる。
相打ちを狙った決死の一撃は私に致命傷を負わせるのに十分な威力だった。
突き抜ける衝撃に遅れて体が後方へと引っ張られる。
地面に横たわる私は破れた内臓から溢れる血を吐いた。
「最期の最期まで邪魔ばかり・・・」
「村重、お前は最初から方法を間違えていたんだ」
村重と同じように地面に倒れる村正は息も絶え絶えだった。
下半身を失い、右腕も自身で切り落とした。
それでも尚、兄として弟を救う為に精神力のみで意識を繋いでいた。
「刀ばかりを打って来た私にどうしろと言うんだ。
父上も兄上も飯事の様な刀ばかり打ち、千子の名を広めたのも、何もかも私の力なのに・・・!!
才能の無い者が正論だけ振り翳し私に知った様な口を聞くな・・・!!」
ごぽごぽという血の混じる村重の声が痛々しく響く。
「そうだな・・・。でもこれは俺の言葉じゃあ無い」
短く言い放った村正は最後の力を振り絞り懐から一本の簪を取り出し、天を仰ぐ村重へと放り投げた。
それを視界に捉えた時、神としての村重の命も尽きた。
朝焼けなのか、夕焼けなのか。
太陽の柔らかい光を受けた背の低い草木が辺りに吹く風の輪郭を露わにする。
女の絹のような黒髪がその風にたなびいていた。
「つばね?つばねなのか?」
村重はその後ろ姿に見覚えがあった。
そしてそれは数百年、ずっと想い続けた彼の最愛の人の名を呼ばせた。
「許してくれ・・・!!お前を守れずに私は・・・!!」
気がつけば止め処なく涙が溢れていた。
そして村重は嗚咽と共に膝を付いた。
「貴方のそんな顔が見られるなんてね。長い間待っていた甲斐もあったのかも知れないわね」
頬を流れる涙をつばねは拭った。
その冷たく、細い手を強く掴んだ。
余りに多くの言葉が体内を巡るが、その全てが嗚咽となって吐息と共に漏れ出る。
何とか目を見開き、つばねの顔を見る。
美しく透き通る瞳。世界の真実を映す瞳。
あぁ、何年、何十年、何百年振りだろう。
この私の濁りきった瞳でもあの頃と変わらず世界はゆっくりと巡る。
唯々、美しい。君が居て、君が居るだけで世界は美しい・・・・・・。
「本当に再会だけが願いだったのかよ・・・」
呆気のない終わりに未だ体の動かせない、四子は呟いた。
何も起こらなかった神の死に拍子抜けてしまったのだ。
神を殺した者はその神の元となった願いが障る。
古の神達は少なからず穢れを内包し、歪み、存在そのものが呪いへと代わる。
今回生まれてしまった新しい神も、その成り立ちから言ってどんな呪いをばら撒くかも分からなかった。
故に四子自身が死に神としての役割を果たそうとしていたのだ。
「それはどうだろうね。私は少し違うと思うけどな。
あの簪って四子ちゃんが村正さんに渡したやつだよね?」
「あぁ、千子の流派で作成されたってんで博物館に飾られてたんだよ」
「私思うんだ。あの簪が呪具になっていなかったから、村重さんは最期に本当の願いを想い出せたんだよ。
口では何と言おうとやっぱり、村重さんは復讐をする為に生きていた。
全てを投げ打って自分自身から愛するものを奪った世界を憎んでいた。
そんな目をしていたよ。だけど、最後はなんだか優しかった。そんな気がする」
不如の言葉そうあって欲しい。そうだったらいいな。そんな願いが込められているようだった。
「そんなもんか」
だからか四子はそんな有りえない事を素直に納得したのだった。
少し離れた所でどさっと倒れ込む音がした。
「部長〜〜〜。僕ももう動けません〜〜〜。指一本ですよ〜〜。助けて下さい〜〜〜〜」
満身創痍の海斗は貧弱な声が迷い家の庭に溶けていった。




