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呪術は小説より奇なり  作者: 麻人 弥生
妖刀村正擬き

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むかしむかしのそのまたむかし

当時は様々なものがゆっくりと流れて見えた。


時間も人も何もかもが穏やかだったように思う。

父は刀鍛冶で母は物心がつく前に亡くしていた。

年の離れた兄は既に父の元で仕事を手伝いつつ、合間に私の面倒を見てくれていた。

そこからの数年が一番平和だった。


ある年。

近々大きな戦が起こると噂が流れた。

そのあとで父の鍛冶場にも今までにはない量の刀の注文があった。

その時、村に住む誰もが噂は本当なんだと思ったに違いない。


私は10歳だったが、猫の手も借りたい状態の鍛冶場で仕事の手伝いをさせられた。

最初は簡単な事を任されていたが、次第に仕事の内容は複雑になっていき最終的には父や兄と一緒に刀を打っていた。


見様見真似。

必死になって出来上がった最初の刀はしっかりと確認する間もなく大名の使いのものが他のものと合わせて持って行ってしまった。

数ヶ月後、山を幾つか越えた先で行われた戦は村を治めていた大名が勝利したのだと誰かが言っていた。


暫くして、一振りの刀を持って大名の使いがやってきた。

「この刀はここで作られたもので間違いないか?」

差し出された刀を受け取った父が確認をした。

「いや・・・。これは、何かありましたでしょうか?」

「この度の戦でこの刀が大名様の手に渡った際にいたく気に入られたのだ。今回刀の注文をした鍛冶場を回ったが、ここの他のどこのものでもなかったのだ」

使いが出した他の鍛冶場の中には、父の鍛冶場など比にならないほど大きなところや、有名な流派のものもあった。

そのことに恐縮しつつ、父は間違いなくこの刀はここで打ったものだと伝えた。


その後はトントン拍子で話が進み、直ぐに大名のお抱えとなった。

父と兄は千子流という名で大名に言われるがままに刀を打ったが、私が刀を打つことは父から禁止されていた。

生活は豊かになったが、私達家族はそれまでとは在り方が変わってしまった様に思う。


私が15の年。

父が亡くなった。

亡くなる少し前から、父は口癖の様に「お前には刀を打たせるべきではなかったのかもしれん。すまないことをした」と言っていた。

兄は元来の真面目な性格からか、更に仕事に打ち込んでいた。

その頃には既に父の力量を超え、美しく鍛え抜かれた刀を幾つも作り上げていた。


そんな折、私は大名に呼び出された。

「あの鍛冶場の何が気に入らんのだ」

言われたことの意味がわからずに私は俯いた。

「何故、お前は刀を打たない?あの兄から何か言われておるのか?」

「どういうことでしょうか・・・?」

「儂はお前の才能を買っておるのだ。お前が刀を打たぬのならば、儂は何の為に新しい鍛冶場を用意したというのだ。」


それは私の預かり知らぬ話であった。

あの時、大名の使いが持ってきた刀は戦で敵の大将首を落とした時のものだったらしい。

そしてその刀は父でもなく、兄でもなく、私が打った刀だというのだ。

人を斬る為に生まれてきた様な刀だと大名は言った。

今回の戦の勝利に少なからず貢献したのだから、次の戦でも貢献してもらわねばならない。

父の刀も兄の刀も美しいばかりでその本質を捉えてはいない。


「儂はお前の刀で人を斬りたいのだ」


そう言った大名の有無を言わせない力強さがあったが、もとよりあの場の私には何の権利もなかった。


その夜兄と話をした。

どうやら今日の話を父と兄は知っていたようだった。

父はあの日の刀が自分が打ったものでも、兄が打ったものでもないものだと一目で気が着いた。

しかし、工法や波紋は間違いなくここで打たれた刀であると同時にその出来栄えは一線を画していた。

ずしりと重く、鋭く、美しい。

柄を握った手の平からふつふつと湧き上がり、腕を辿り、やがて脳髄にまで達する欲求。

その際に父は気が付いていたのだ。


私の才能に。


私はそれまで全ての人間が私と同じように世界を見ているものだと思い込んでいた。

流れる川の何処に魚が居るのか、何処に雷が落ちるのか、何をすればどうなるのか、何をどうしたいのか。

本質が観えるといえばいいのだろうか。

思い返せば、初めて刀を打った時もそうだった。

やり方は見様見真似であったが鋼が、火が、道具が、鍛冶場全体が私にどうして欲しいのかを教えてくれていた気がする。


それが私の才能だった。

翌日からは私も鍛冶場で刀を打つことになった。


戦はそのあとも何回か起こり、私の刀は”戦を勝たせる刀”として迷信めいた噂となった。

その頃には兄は千子流の村正として名を上げて多くの弟子を取っていたが、それは大名が私のことを世間から隠すための措置だった。

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