果し状を出そう!
「それでつまり偽物の侍というのは?」
僕の問いに暮林さんは待っていましたとばかりの力強く返答をした。
「それを検討するのが、皆さんを呼んだ目的です」
その返答に僕は隣に座る部長を見た。
「いや、私も意味深に言ってみただけだからまだ全然何にも分かってないよ?」
それじゃあと視線は四子に集まる。
「こーいうの考えるのパス」
ということで、相変わらず天井の隅で小さくなっていた真理さんを僕と部長で揺すって、あやして、なんとかこちらの方へ連れてくるが同じくパスとの事。
「ちなみにどうして警察はそんな慌ているんですか」
改めて全員が揃ったタイミングで、部長の質問を僕が暮林さんへ通訳した。
確かに僕達は急ぎ集められた割に、新たな情報は手紙の解読だけだし、ここ数日侍の被害はない。
「そうですね。誠に申し訳のない話ではあるんですが、どこからかこの手紙の内容が漏れてしまったみたいで、近日中に全文が公開されるとの連絡が警察へありました。正直な所、関わる人数が増えたり、外部の専門家への依頼もあったので今更流出の犯人をどうこうというのは無いんです。ただこの手紙の内容。”偽物の侍”というのはとても曖昧なターゲットを襲うという声明ですよね?」
「確かに捉えようによってはそんな風に見えますね」
僕の呑気な回答に、四子はバカ笑いした。
「ナントカ、ちげーぞ。警察はな、実は喧嘩売られてたってのに気が付いたんだよ。その上、犯行声明の公開なんていう時間制限がついちまった。上は何としても先に犯人を捕まえさせて、何とかこの声明はでっち上げですってことにしてーんだろーよ。上の奴らの腸の煮えくり具合が想像出来るぜ」
言い方はどうであれ、図星とまではいかなくでも当たらずとも遠からずといった所なのだろう。
暮林さんは明らかな愛想笑いをしていた。
「でもこの手紙なは実際数日前のものだし、その間何も手掛かりなんてない訳ですよね。闇雲したって結局向こうが出てこないといけないってことでしょ?しかも出てくる時は、偽物の侍とかいうよく分からない一般人を襲う時って。今までどおりの詰み具合では?」
きょとんとした僕の質問は正しい意見のはずだったのだが、思いの外部屋の誰にも響いていないようだった。
それどころかひどく冷静に、悲しいげに生贄を見るような目で各々は僕に向けての言葉を紡いだ。
「でも少なからず一つ、はっきりとした侍の目的があると思うのだけれど」
「そうそう。真理ちゃんの言う通り」
「まぁーしゃーないな」
「南斗さん、申し訳ありませんが宜しくお願いします」
それぞれが僕の方へ向き直り言った。
「つまり、僕に餌になれってことですね・・・」
皆の目が、そうだよ。と告げていた。
こうなるとどうしようもないし、皆の言う通りかぁ・・・。
数日前に括り損ねた腹を括る時が来たようだ。
僕は目を瞑りとある出来事を思い出した。
それはまるで昨日の出来事の様に鮮やかに、痛々しく、僕の内側を掻き毟るものだった。
所謂、トラウマと呼ばれるものかもしれないが僕にとっては違う。
存在意義であり、命を賭けるに足る理由であり、そして何よりも僕に宿る不死の呪いの形。
僕が生きている限り背負う業だった。
僕は静かに目を開けた。よし、これで腹は括れた。
「分かりました。それじゃあ、こちらも侍に手紙を出しましょう。内容は・・・
侍への果し状ということで」
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その日の午後、駅前の掲示板に張り出されていた一枚の紙がネットのニュースを騒がせた。
内容は時代錯誤な達筆と文体で、一般人が辛うじて読むことが出来たのは手紙の右端。
書き始めの題と思われる荒々しい「果し状」の3文字だけであった。
そのあとは例え読めたとしても当事者にしか分からないような抽象的かつ婉曲な表現であった。
しかし、ネットではその果し状が世間を賑わす辻切り侍へ向けられたものではないか?
といった内容が勘の良い第三者により拡散されていた。
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「本当に果し状ので侍は来るのかしら?」
「手紙をもらったナントカ君が言うならそうなんじゃないかな?」
目の前で繰り広げられる激しい攻防を目で追いながら、部長と真理さんは世間話をしていた。
学校の裏庭、敷地の外からは窺うことの出来ない場所。
週末ということで、誰も居ない。誰も来ないそんな場所でする事言ったら一つ。
今夜の果し合いに向けて、僕は修行をしていた。




