百聞は一見に如かず。
私の通う、東京都立高円寺高等学校には頼りになると噂のお助け部が存在しているのだが、その噂にどこまで信憑性があるのかは定かではない。
2年前突如として設立された呪術研究部。通称呪研は誰も見た事がない部長と3年の先輩の二人(実質一人?)で運営されているらしい。以前学内で不審火が出た際に火元に近かった図書室の本を30分で離れた体育館へ移動した。や、他校の不良大勢に対して一人でボコボコにした。極め付けは新しく赴任してきた校長の要望で校長室を模様替えした際、一瞬の間に作業を終えた。などの伝説を残している。
最後の噂に至っては、呪術研究部を潰そうとした校長からの無理難題だったそうでその後は、「校長室で仕事をしていると女の声が聞こえる」「部屋の小物が勝手に動く」などの怪現象に悩まされ、数ヶ月の間で頭頂部が見るも無残な状態になって辞めてしまったというオチが付き、ケンカを売ると呪われるや本当に困っている時は助けてくれるなど。様々な憶測が尾鰭を成長させながら学内を泳ぎ回っていた。
なぜ私がそんな噂を聞いて回ったかというと、どうしても呪研に助けて欲しいことが出来たからだった。
しかし肝心の呪研が何処で活動しているのか全く分からず、彼らは神出鬼没だ。地獄の底からやってくる。未来からやってきたタイムトラベラーなんだ。等のどうしようもない尾鰭に踊らされること2日。途方に暮れていた私に、偶然声をかけてきた用務員のおじさんが知っているとのことで、今日やっと私は古文準備室に辿りついたのである。
普段は来ない校舎の端の端。小さな部屋の扉の前には「呪術研究部 超科学、超神秘的な物事の相談、解決。出来る限りで請け負います。」と張り紙がされていた。
耳を澄ますと中から話声のようなものが聞こえる。どうやら中に人がいるようだ。
私は意を決してノックしようと右手を拳を軽く握り顔の高さまで持ち上げた。瞬間、するりとドアが開いた。
部屋の中では、一人の男子生徒が空気椅子の体制で両手を前に突き出し、顔を赤くしていた。
しばし目が合う。そして私は扉を閉めた。
「えっえっお客さんですか!?」
途中、混乱した様子で反応した恐らく、多分、きっと、私が部屋を間違えてしまったんだろう。
踵を返して一刻も早くその場を去ろうとした矢先、勢いよく扉が開いた。
「待って!君、長谷川さんだよね!」
私の名を呼ぶのは、先程の男子生徒。フルネームまでは知らないが、噂ではこう呼ばれていた。「鶴のなんとか」何故なら彼が何かを成す際、必ず一人で閉じ籠るそうで、それを誰かが鶴の恩返しのようだと言い出したみたいだった。
「ごめん、ごめん。部長から君が相談に来るって聞いていたんだけど、忘れて大馬の構えに夢中になっていたんだ。」
「いえ、こちらこそ急にすみません・・・。おっしゃる通り相談に来たんですけど・・・。」
再度古文準備室の中を覗いてみるが、他に人は見当たらない。話声が聞こえたはずなのだが、この人の独り言だったのだろう。
「あ、部長はちょっと席を外してるんだけど、とりあえず中に入りなよ。」
促されるまま中へ入り、椅子に腰掛ける。ここが本来教師が使う部屋だからか、教室のものよりも少し上等な椅子が用意されていた。
腰掛けて少し待つと、部屋の奥から暖かいお茶を持って先輩が現れた。差し出されたのは本格的なウーロン茶だった。
「では、改めて呪研の南斗です。今回はどう言ったご用件でしょうか?」
「あの、私自身がどうこうって訳じゃないんですけど。5日前、私の弟が林の奥の廃屋に肝試しで行ったらしくて、その時の話なんですけどーーー。
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最初に言い出したのはCだったが、僕達を焚き付けたのはリーダー格のAだった。
21時近所の公園に集合した僕達4人は噂の廃屋を目指して出発した。
自転車で40分強、週末は大きな緑地公園として賑わっているが、隣り合っている林へ抜けるトンネルの先は心霊スポットとして地元では有名だった。
「なんで誕生日プレゼントが心霊スポットに行くことなんだよ。」
体に対して小さめの自転車のペダルを漕ぐBがブツブツといった文句にAが返す。
「Cが前に言ってたんだよ。幽霊を見てみたいって。あいつの家のオカルト雑誌の山、見ただろ?」
確かにこの計画が持ち上がってからCは四角いメガネの奥の瞳をキラキラさせていた。
「ここじゃないか?」
廃屋というから小さな小屋みたいなのを想像していたが、これはもう廃墟と呼んだほうがいい。
「本当にここ入るのかよ・・・。」
懐中電灯で照らしても入り口にはのっぺりとした闇が張り付いているようだった。
「こんくらいの雰囲気があれば幽霊もいるだろ。」
ケラケラと笑いながらAが先陣切って入っていった。昼でも太陽の光が入らないのだろう、じめじめとしていて暗い。
本当に何でこんな所に家を建てたんだと感じる立地だった。
廃墟の中は思っていたよりもしっかりとしていたが、玄関には鏡が割れた形跡があった。
「お邪魔しまーす。」
Bは律儀に玄関で挨拶をした。もちろん誰からの返事もなかったが、真面目なその態度に僕らは少し笑ってしまった。
とりあえず4人で1階を見て回ったが目ぼしいものはなく、僕たちは2階へ向かった。
外から見た時には3階建のようだったので、とりあえず目的は全部の階の制覇だった。
廃墟の中はいかにもな落書きは沢山あったが特に何も起きないまま2階の散策も終わってしまった。
「つまんな、何にも起きないじゃん。」
Aの呟きにBと僕は内心このまま何も起きずに終わってくれと願っていたと思う。
すると考え込んでいたCが僕たちに向かって聞いてきた。
「そういえば3階に行く階段ってあったかな?」
その質問に僕達はハッとした。そういえば上へ向かう階段はなかった気がする。
バタバタと探し始めた僕らだったが、やはり階段は見つからない。すると少し離れた所からBの声がした。
「みんな、見つけたよ!」
3人でそちらに向かうとそこはベランダだった。
「あんまり登りたくはないけど・・・。」
B消極的に3階のベランダから降りて来ている錆びた非常用の梯子を指差していた。
「えっこれ登るの?」
予想外の方法に僕も消極的だったが、AとCはやる気だった。
先に登ったAの合図で一人ずつ梯子を登った。僕はBに余計なものを見つけやがってと小声で言った。
この廃墟は落書きこそあるもののそれほど荒らされている様子はない。しかし、窓や鏡やガラス戸などはことごとく割られているのだ。
「やっぱり3階も割れてるね。」
Bもその事に気が付いているようだった。
顔を見合わせベランダから3階の部屋に足を踏み入れた、その途端部屋の闇から幾つもの突き刺さるような視線を感じた。
ありがちな表現だとは思ったが、初めての経験に僕の体は敏感に反応し急激に嫌な汗が出てきた。
みんなを確認するがAやCは変わらず、予想外にBも落ち着いた様子だった。
これを感じているのは僕だけ?怖気付いたと思われるのが嫌で僕は誰にも言えないまま先を行く皆の後を追った。
すると、「あの、誰かいるんですか?」急にCが立ち止まり前方に向かって話しかけた。
僕達は暗闇にじっと目を凝らす。重たい沈黙に突き刺さる視線、息が詰まる・・・。
沈黙を破ってCが吹き出した。
「冗談だよ、冗談。別に誰もいないよ。」
ガタガタッ
「「「「うわっ!!!!!」」」」
その瞬間、どこかで物音がした。僕達はビクッと顔を見合わせた。
「こっちだ!」
Aは物音のした方向へ走り出した。
「待てA!」
僕はすぐに後を追った。バタバタと僕の後ろを追ってくる足音が聞こえる。
Aに追いつくとそこは行き止まりだった。そこでAは壁を撫でたりして何か確かめているようだった。
「この壁の向こう側から音が聞こえたんだ。」
「確かに壁の向こうには部屋がありそうだね。」
追いついて来たCが壁を軽く叩いた。
「C、Bと一緒じゃなかったのか?」
一向に追いついて来ないBに僕は不安が募りCに聞くが、
「あれ?そこの角を曲がるまでは一緒に居たんだけど・・・。」
振り返って来た道を見るCだったが、そこには誰もいない。
「一旦Bを探そう。4人で向こうの部屋の入り口を探せばいいだろ。」
渋々と壁から離れたAを連れて来た道を戻る。Bがいなくなったという角を曲がる。
「なにこれ・・・。」
「こんなんじゃなかったよな?」
回廊は闇に飲み込まれていた。
僕達は絶句した。ここへ来た時よりも明らかに広く大きな闇がそこには在って目を凝らしても何も見えない。
さらにはいくつか開けたはずの部屋の扉は全て閉じていた。
「と、とりあえずBを探すぞ。」
Aは言い聞かせるようにそう言った。僕達はなるべくまとまって行動するように心掛けた。
誰も口には出さなかったが、離れて行動する事が怖くて仕方がなかった。
そんな中で数部屋ほど回った所でCは一つの提案をした。
「一旦外へ出よう。そしてBは警察に探してもらう。」
腕時計を確認するともう0時近い時間になっている。確かに間違った事は言っていない。
「Bを見捨てるのか?」
「見捨てるとは言ってないだろ、これ以上は僕達も危ない。一度帰って助けを呼ぼう。」
AもCもこの肝試しを言い出した責任感みたいなものを感じているようだった。
「分かった、あと3部屋確認したら登ってきたベランダを探そう。」
Aも強がってはいたが内心この廃墟を今すぐにでも出たいと思っていたのだろう。僕もそうだ。
Aが言った通り3部屋見て回ったが他の部屋と変わらず何の成果もなかった。そして帰るべく非常用梯子のあるベランダを探し始めた。
しかしベランダが見つからない。僕達は徐々に元気を失っていった。
そして0時半過ぎ、3人がここへ来たことを後悔し始めた時、見覚えのある扉を見つけた。ベランダから上がってきて最初に入った部屋の扉にあった落書きだ。
「ここだ!」
僕は咄嗟に扉を開けた。部屋の中からカビ臭い風が吹いて一瞬目を瞑る。
部屋の中央。ベランダからの逆光が淡い人の形に輪郭を作った。
「見つかっちゃったね。」
Bの声だった。落ち着いた抑揚のない声でBは続ける。
「次は僕が鬼をやるから3人は隠れていいよ。」
言い終えると人影は部屋の闇に溶けるように消えてしまった。
それが最後に聞いたBの声だった。
「なんだよ、見つけたなら呼べよ。」
「わぁ!!」
後ろからのAの声に僕は必要以上に驚いてしまった。
「どうかしたの?」
Cが僕の顔を覗き込んでくる。
「今Bが・・・。そこにいて、消えてって隠れろって。」
「この部屋にもBはいないよ。ほら早く外に出よう。」
Cは部屋の中をぐるっと懐中電灯で照らし確認すると、そのままベランダへと歩き出した。
「行くぞ、ほら。」
Aも僕の背中を叩いてCに続いた。
そして僕達はベランダの梯子を降りて廃墟の外へ出た。
その足でBの家に行き、Bの両親に事の顛末を伝えすぐに警察へ行方不明届が出された。
しかしBはまだ見つからず、廃墟から出た今も尚、僕には突き刺さるような視線を感じる。
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以降、私の弟は一睡も出来ず視線に悩まされてます。それに5日経った今もB君は行方不明のままなんです。」
話を終えた長谷川さんは僕の様子を伺うような顔で覗き込んでいる。
それもそうだろう。行方不明者が出ている為、警察も動いているとのことだったが、彼女の弟が煩わされている霊障にまで力になってくれるはしないのだろう。
「分かりました。つまり、そのB君を見つけて弟さんの霊障を解消すればいい訳ですね。出来る限りのことはしてみましょう。」
「ありがとうございます!」
僕の答えを聞いて胸を撫で下ろした女生徒は何度も頭を下げながら部室を出て行った後、最初に口を開いたのは部屋の片隅に居た部長の方だった。
「またテキトーな返事をして大丈夫なの?それにしてもナントカ君も物好きだよね〜。」
白衣を着て丸メガネを掛けた女生徒はふわふわと浮遊しながら僕に問いかけた。
彼女は我が呪術研究部の部長である今野不如。
冴える頭脳と天然ポンコツを併せ持つ世にも珍しい灰色のお花畑の持ち主だ。
そして僕は呪術研究部の唯一の部員、南斗海斗。部長からのあだ名はナントカ君。
部長と言っても彼女は僕以外には認識が出来ない正真正銘の幽霊部員なので、表向きには僕一人の道楽研究部であった。そんな僕達に何故部室が与えられているのかついてはまた語るとして、確かに今回の件は僕等の手に余る可能性もあった。
「物好きって言ったて、どうせ僕が断っても人助けがどうとか言って部長は駄々を捏ねるんだから変わらないでしょ。」
「そりゃ久しぶりの本格的な話だからね。しょうもないチェーンメールの出所を探ったり、迷い猫を探して黒猫の集会に参加したり、他校の七不思議にチャチャ入れてみたりetcetc...飽きてきた所だったのよ。」
「黒猫の集会関しては部長も可愛いって喜んでたでしょ・・・。」
部長は大小関わらずオカルト的な出来事が起こるとにはすぐに首を突っ込む。それは多少手に余りそうな内容でも変わらないのだ。。
それにしても部長自身も大概オカルトな存在のはずなのだが、その点についてはアイドルファンがアイドルデビューしても自分自身をその熱量では推さないでしょ。とのコメントをいただいた。
ちなみに部長に振り回されて僕は大体酷い目に合うのだが、それについては部長と出会う前からの僕の性質なので諦めている。
「そうこなくちゃね。それじゃあ早速今夜その廃屋とやらへ出掛けようか!。」
荷物を用意した僕等は古文準備室を後にした。