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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

甘い恋、暗い足元

作者: もはらも

この作品には自殺に関する内容が含まれますのでご覧の際はご注意ください。

 胸を焦がす。この言葉ってよくできてると思う。じりじりと炙られるような痛み。


 約束は果たせなければただの嘘だ。それはわかってるけど、今はただ彼女を繋ぎ止めておきたい。わがままで、どうしようもないけど、まだ大人になれない私たちは、口で約束をするしかなかったの。



 階段を駆け上がる。最上階の扉を開けると、彼女が待っていた。

 「遅いよ」

 「ごめん、先生に書類運ぶのを頼まれちゃって」

 「そうだったんだ。いいよ」

 私、深山ミツキは至って普通の高校二年生だ。彼女、岸本カナタの恋人であること以外は。

 カナタは買ってきたクッキーシュークリームを手渡してくる。

 学校の屋上でお菓子を食べながら話すことが私たちの放課後の習慣になっていた。カナタはいつも授業に遅刻してくるが、お菓子を買って持ってくるためでもあった。

 私は遅れてくるカナタの分のノートに板書を写す役目を担っている。カナタは塾に通っていて私より頭がいいので、出席点が充分でなくてもなんとか進級できた。担任はとっくに諦めているどころか、私のおかげで学校に来てくれていると理解しているようで、あまり深くは介入してこない。いや、放任していた。


 「カナタ、大好きだよ」

 「なに、急にどうしたの」

 「今のうちに言っておこうと思って」

 「なんでよ」

 「あんたがいつまで学校来るかわかんないじゃん」

 言わなくてもずっとそのまま続いていくことかもしれないけど。高校生活はあと一年しかない。その事が私を焦らせた。

 「ミツキがいる間は大丈夫だよ」

 そんな不安も知らないで、彼女はシュークリームにかぶりついている。幸せそう。ずっと見てたいな。

 「またいらん事考えてるでしょ」

 口の端にクリームをつけながら、私の顔を覗き込む。

 「大丈夫だって、どこも行かないよ。泣くなー」

 「分かってる。最近変なんだよね、気付いたら泣いてる」

 「全然大丈夫じゃないじゃん」

 そう言ってティッシュを渡してくれる。鼻をかんで、無理やり気持ちも落ち着かせる。

 「昨日親に進路のこと言われちゃってさ」

 「あー、そうね。そろそろうるさくなるよね」


 カナタは紙パックのいちごミルクを開けながら、

 「まあさ、同じ大学行けばいいじゃん」

 「そのつもりだけど。柊女子大?」

 「そう。あんま偏差値高くないしお嬢様大学だから親もうるさくないじゃん」

 「カナタはそうかもしれんけどさー」

 「ミツキも受かるって。内申点おばけじゃん」

 おばけて。もっと言い方あるだろ。

 「わかってるけど……しんどいな」

 「受験はそういうもんだよ。大学行ったらめっちゃ遊ぼ」

 「うん」

 そろそろ学校を出る時間だ。カナタは塾、私は家に。

 片付けをしているとふと目に入った。カナタは袖を捲り上げていたため腕が肘あたりまで見えていた。

 「ね、腕」

 「あー、切った」

 「跡残らんの」

 「そんな深くないから大丈夫」

 私はカナタの自傷の跡を見るたび、複雑な気持ちになる。自分では何もしてあげられない。恋人なのに。

 その度に大丈夫とか気にしないでとか言うので、私も深くは聞かない。おそらく家庭のストレスだろうけど、彼女が自分から言うまではそっとしておこうと思った。


 「また明日ね」

 「うん。またね」

 駅の改札の前で別れる。私は彼女の姿が見えなくなるまで見送ってから歩き出した。


 家の玄関を開けると中から父親の怒号が聞こえてきた。両親はいつも些細なことで喧嘩している。しなければならない思考の父と興味のないことは大雑把な母は相性最悪だった。私が生まれる前からずっとこうらしいので、もう慣れてはいるけど、最近は耳障りになってきている。

 私はリビングを通って二階に上がり、自分の部屋のベッドに向かう。倒れ込んで、スマホの画面を操作する。カナタは今頃塾で勉強してるだろうから、電話はできない。代わりにメッセージを入れておく。

 『かなたーだいすき』

 それだけで嫌だった気持ちがふわっと軽くなる。カナタのことを考えるだけで充分幸せだった。


 そのまま布団も掛けず寝落ちしてしまったらしく、今は20時をまわっていた。返信が届いていた。

 『あたしも好き』

 それだけの文章だったけど、なぜか涙が出てきた。昼にも話したけど、最近涙腺が緩くなっている。すぐ思い悩むと泣けてくる。我ながら拗らせすぎだと思う。

 とっととやること済ませようと起き上がり、一日を終える準備をした。カナタの存在が活力になってるなぁとしみじみ思う。課題も済ませたので寝よう。明日は六時に起きないと。


 「幸せだなぁ」

 楽しいことばかりがずっと続くわけではない。やらなければならないこともやってくる。物事の波が満ち引く前ではあまりに脆い関係だと気付かない振りをしていた。



 二年生最後の期末テストが迫る中、前日にカナタと通話をして夜更かしをしてしまった。授業中は起きていられたけど、休み時間はうとうとしていた。その日は昼休みになってもカナタは来なかった。クラスメイトにぼっちで過ごすのを見られたくないから、一人で寝られる屋上に向かう。

 先に誰かいた。目が合う。

 「あの、ミツキちゃん」

 名前を呼ばれた。確かこの子は……

 「同じクラスの古谷(こや)サオリちゃん」

 「うん……えっと、いつも、屋上に行くの見てたから。なにしてるのかなって」

 私は少しぞっとした。なぜかは分からない。彼女に苦手意識があるわけでもない。むしろ、大人しくて人畜無害な彼女を嫌う人の方が少ないだろう。

 「……何もしてないよ。人が少ないから寝ようかなって」

 「岸本さんと一緒にいるよね」

 「それがどうしたの」

 なんで貴方にそんなこと言われなきゃならないんだ。少し苛立った。それが伝わったのか、彼女は俯いた後、意を決したように顔を上げた。

 「やめた方がいいと思う」

 「は?」

 「岸本さんっていつも遅刻してくるし、授業もまともに受けてないでしょう」

 「ミツキちゃんに釣り合わないと思う」

 「……なんで、貴方にカナタのことが分かるの」

 「それは……いつも見てたから」

 気持ち悪い。鏡を見たら露骨に嫌な顔をしていたと思う。

 「内申点、下げられるかもって噂だよ。真面目に頑張ってるミツキちゃんまで受験に影響出たら、良くないと思う」

 「古谷さん」

 彼女はハッと止まった。

 「私の心配をしてるのなら、大丈夫だよ。ありがとう」

 「……」

 沈黙が流れる。私はわざと鈍感な振りをした。予鈴が鳴る。互いに何も言わずに屋上を後にした。


 「そっか。そんなことがあったんだね」

 「すっごいむかついた。あんな言い方してくるなんて」

 「まあ間違ったことは言ってないけどね」

 「どこが。カナタのことを悪く言う奴は許さん」

 まあまあ……とお菓子を渡される。今日はチョコレートケーキだ。

 今もどっかで見ているのかもしれないけど、知ったことではない。私はカナタの恋人だし。何を言われても一緒にいるんだ。

 とはいえ、内申点か……最近は周りの子達も先生に熱心に質問しに行ったり、この時期開かれる補講を受けたりと受験熱が高まっているように感じる。私は勉強がすごく出来るわけではない。だから最近は授業のスピードに着いていくのがやっとだし、熱心な周りに置いていかれるような気もしていた。

 「ていうかオランダ行きたい。同性で結婚できるらしいよ」

 「ねーカナタ。……カナタ?」

 「ん?うん」

 「どうしたの?」

 「なんもないよ」

 カナタはそう言っていたけど、結婚式で二人ともドレス着るのかなとか、結婚したらお家はどんなのがいいかなとか話していてもどこか上の空だった。私はこの時早まった話をしたからだと思って後から反省したけど、違ったのだ。古谷に言われたことがずっと引っ掛かっているのだとわかったのは、もう少し後だった。


 いつもは遅刻しても必ず放課後には来ていたのに、今日だけは何の連絡もなくて。お昼に送ったメッセージも未読のままだった。私の心はざわついた。ホームルームが終わり教室を出る。急いで駅まで向かい、いつもと反対側のホームで電車を待った。すると、臨時の案内が聞こえてきた。

 「昼頃発生した人身事故の影響により、電車に遅れが生じております」

 ネットで調べると、女子生徒が線路内に立ち入って電車と接触したらしい。私は嫌な妄想をした。もしこの女子生徒がカナタだったら?まだ既読にならないのはそのせいだったら?思考はぐるぐると渦を巻く。私は足がぞわぞわするのをスマホを見ることで落ち着かせようとした。カナタの家の最寄駅に着くまで、とても長く感じた。ダッシュで改札を通り、そのまま家を目指す。一度だけ書類を届けに行ったことがあり道順は覚えていた。


 呼び鈴を鳴らす。返事はない。両親は共働きだから家にはカナタしかいないはずだ。

 鍵はかかっていなかった。私は住居侵入など問答無用で中に入った。玄関で呼びかけても返事はない。二階に上がりカナタの部屋に向かった。

 扉を開けようしたが何かが前にあるのかうまく開かない。思いっきり押してみるとなんとか開けられた。

そこにはロープが首にかかった状態でうつ伏せに倒れているカナタがいた。

 「え……?」

 足元には新聞紙が敷かれていて、汚物で床が汚れないようにしてあった。

 私はやっと我に帰って、カナタの首からロープを外すと救急車を呼んだ。


 結論から言うと、カナタの自殺は失敗した。

ロープが重みに耐えきれず切れて、意識を失ったまま倒れていたところに私が鉢合わせたということだった。

 病院から連絡が入ったのかカナタの両親が来て、言葉では感謝されたが、本人については酷く冷たい態度だった。

 カナタは自殺を決行する前に眠剤を多量に飲んでいたらしく、まだ目覚めなかった。

 一言くらい話せたらよかったけど、私はそのまま家に帰されることになった。帰宅途中、警察官に色々聞かれたけど、書類を届けに来たら偶然発見したと言うしかなかった。恋人だとかは隠して、ただの友人ですと答えた。なぜそうしたのかは分からない。受験に影響が出るという古谷の言葉が脳裏でちらついた。

 帰宅して家族にも質問責めされたが適当に返した。もう疲れてるから寝るね、と言い自室に逃げた。


 翌日、担任からは大丈夫かと声掛けがあったくらいで、穏やかに時間は過ぎていった。私も授業に集中した。カナタのことは誰もが忘れていた。


 一週間ほど経ち期末テスト週間になった。私は最近つるんでいる子達と休み時間に廊下で出題範囲のノートを見ていた。最後の悪あがきというやつだ。予鈴が鳴ると、皆ノートやプリントをしまって教室に入っていく。

帰りは駅前のスイーツ食べ放題に行こうと話していたので帰る支度をしていると、担任から声をかけられた。人の少ない階段の方まで行くと、

 「岸本の意識が戻ったんだそうだ。面会できるとのことだから、今から車に乗って行かないか。先生も同伴するから」

 「ほんと……ですか」

 「行きます」

 カナタに会える。私は今この瞬間までカナタのことを忘れていたわけではないけど、無意識に傍に置いていた自分にショックを受けた。


 友人達には予定が入ったからと言って断った。彼女らは自分らが行ければ良かったようで、私の不参加についてはあまり気にしてないように見えた。

 担任と共に市立病院へ向かう。車内での担任は無言だった。

 女性看護師に先導されて病室まで向かう。

 「岸本さん、先生とお友達が来ましたよ」

 カナタは私を見ても虚ろな目をしていた。

 「カナタ、大丈夫?」

 来るまでずっと何と声をかけようか迷っていた挙句、そんなありきたりな言葉しか出てこなかった。

 「……」

 「岸本、深山はずっと心配していたんだぞ」

 担任が口を出してきた途端に、

 「帰って」

 「もう誰とも関わりたくない。出てって」

 声は冷静だったが、静かな怒り、軽蔑を感じた。


 追い出された私たちはしばらく無言のまま、院内の休憩スペースまで来ると、担任はお茶でも買うよと私の分まで買って渡してくれた。

 「深山、落ち込むなよ。たぶん今は混乱しているだけさ。先生がなんとかする」

 この人はいつでもそうだ。自分ならなんでも出来ると思っている。

 「なんとかなったことなんて、一度もないですよ」

 「全部、カナタのこと私に頼りっぱなしだったじゃないですか」

 「だから、今までのも含めて俺がなんとか……」

 「大丈夫ですよ。先生になんとか出来ることじゃないです。私に任せてもらえませんか」

 そう言われて、でも……だの教師としての責任が……だのごにょごにょ言っていたが、その顔が本当に困っているようには見えなかった。むしろ私の言葉を待っていたように見えて、この人間に死ぬほど吐き気がした。


 私は親に迎えに来てもらうから、もう一度会ってみますと言いと先生と別れた。たぶん、カナタがあの態度を取ったのはあいつがいたからで、私だけならなんとかなるだろうと踏んだからだ。

 一つ深呼吸して、扉をノックする。

 「カナタ、私だけで来たよ。入っていい?」

 「……どうぞ」

 カナタは起き上がって私を見ていた。私はなるべくいつも通りを装って近くのパイプ椅子に座った。

 「今日期末テストだったんだ」

 「そう」

 「お腹空いてない?」

 「空いてない」

 「あの日、なんで学校来なかったの」

 「……もう必要ないと思って」

 カナタは急に(せき)を切ったように涙を流した。

 「あたし、あんたのこと好きじゃなかったらよかった」

 「そしたら古谷なんかに文句も言われなかったのに」

 カナタが泣いているのを初めて見たから、とても動揺した。

 「いいんだよ、私はカナタだから好きなんだよ」

 「もうわかんなくなっちゃった。いなくなりたいって思って……」

 声を殺すように泣いているカナタの背をさすることしか出来なかった。

 「くるしいよ。死ねたらよかったのに」

 私はかける言葉が見つからなかった。いてくれるだけでいいとか、そんな無責任なことは言えない。


 「カナタ、前に言ってくれたでしょ?同じ大学行こうって。そしたら二人で適当に部屋借りよ。お金は私が何とかするから。絶対楽しいよ」

 「なんで……そこまでするの」

 今は嘘でもいい。とにかくカナタを泣き止ませたかった。好きな人が傷ついているのを見るのは自分の身を切られるように苦しい。

 「大好きだからだよ」

 「私はカナタが死ななくて良かった」

 「……っ」

 カナタは何か言おうとしたが言葉にならなかった。


 泣き止むまで、しばらく無言で抱き合っていた。

 「ずっと味方だからね。いつでも連絡して」

 「ありがとう……酷いこと言ってごめんね」

 「いいよ。先生には落ち着いたって話しておくよ」

 離れたくなかったけれど、またねと病室を後にした。

 院内は退屈らしく、私はなるべくメッセージを入れるようにした。通知溜まってた方が嬉しいかなと思ったからだ。学校のことはあまり話さず、他愛もないことばかりを送った。就寝時間前にメッセージを返してくれた。様子は以前と変わりなくて安心した。



 期末テストの期間が終わり、三年生への進級を待つばかりになった頃、カナタが午前中に教室へ来た。皆物珍しげに彼女を見ていたが、本人は気にする様子はなく授業を受けていた。

 今まで午後にいつの間にか来て帰っていたのに、どういう心境の変化があったのだろう。放課後に聞いてみると、

 「まず、ちゃんと学校行こうと思って」

 「親と話してさ、代わりに塾辞めさせてもらったの」

 私はあの冷たい両親とカナタが話し合う様子を想像する。かなり苦心して説得したのだろう。目が潤んでいた。

 「てかね、高校卒業したら出て行くって言ったらそこまで引き止められなかったから、案外簡単だったわ。お金も工面するって約束させたし……」

 流暢に話していたが、ぽろぽろと涙が溢れ、ひっく、と喉を鳴らす。いつも一人で抱え込むのに、それを悟らせまいとする癖があった。

 「がんばったね」

 私は貰ったクッキーを置いてカナタの頭を撫でた。

 「ふふ、あたし子供じゃないんだから」

 「いいじゃん。もっと甘えろー」

 カナタが笑ってくれてよかった。またこうやって話せて、お菓子を食べて、笑い合えてよかった。


 これから受験シーズンを迎える。でも、二人ならきっと乗り越えていけるだろう。約束を本当へ変えていこう。そう決意して齧ったクッキーはほろほろと口の中で解けていった。

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