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誰もが好きな人の前に立つと緊張するもんだ。
密室で2人きりなら、口から心臓が飛び出しそうな程に緊張するはずだ。だが、時としてそんな甘い空間を有難く思わない時だってある。
緊張ではなく緊迫した場面では恋愛皆無なのだ。
「◯◯さん、喉詰めた!!」
ある日の昼食時に、相原の声が施設内に響き渡たると、その場にいた職員達に緊張が走った。
「姫さん、バイタル計持ってきて!!」
「分かった!!」
「荒田さん、ナースコールで事務所呼んで!!」
「了解!!」
「原田さん、その辺に居る看護師さん呼んできて!!」
「はいよ!!」
次々に相原に名前を呼ばれた人達は任された事をするために行動に出た。
「事務所、まだ!?」
「すみません、遅くなりました!!」
「遅い!!!」
ダッシュしてきた長原に相原は怒鳴った。
きっと相手の顔を見ていないから相原は怒鳴れたのだろうと思いきや、しっかりと顔を見て怒鳴っていた。
「救急車を呼んで!!あとは......」
そう言ってから数分で救急隊員がやって来た。
相原が救急隊員に事情を説明している後ろで何やら、荒田と原田に挟まれて落ち込んでいる長原がいた。
「しゃぁない、相原ちゃんはスイッチが入ったら、あーいうんやってしてるやろう?」
「......はい」
「多分、あの子は気が付いてへんと思うで?」
「そうでしょうか?」
なんて会話が繰り広げられている事など、相原は知らなかった。
あと少しで仕事が終わる!!と姫崎と喫煙所にいた相原。
相原にとって久しぶりにスイッチを入れた為なのか、顔は疲労感で溢れていた。
「はぁ、今日は一段と疲れたー」
「あはは、お疲れ様」
と労いの言葉を掛ける姫崎に相原も、お疲れ様と掛けた。
「相原さーん?いますかー?」
他愛もない話をしていた時、珍しく喫煙所に長原が来たのだ。
相原達は注意されるんだろうなーと思いつつも呑気に煙草を吸って、長原が話し出すのを待った。
すると、長原は一枚の紙を相原に差し出してきた。
「今回の対応の仕方なんですが......」
「あぁ、これは看護師の対応やで、うちらぁには出来へんで?」
「え、そうなんですか!?」
「うん、介護士の対応の仕方が知りたいんやったら、明日、本貸そか?」
「ありがとうございます!!」
目の前で繰り広げられる話に全く理解が追いつかない姫崎だったが、相原と長原の物理的距離感がおかしいのは、直ぐに気が付いた。
「それでな.....って、姫さんどないしたん?」
「いやぁ、相変わらず近いなーと思って」
姫崎のこの一言でお互い顔を見合わせたが、確かに近かった。
うん、誰が見ても近いのだ!
それが無意識だから、この2人気が付いた後が面白いのだ。
「じゃ、僕行きますね!!」
「う、うん、お疲れ様!!」
慌てる2人を姫崎は、ニヤける顔を隠すのを忘れていた。