第8話
突然現れたロラーナは、めちゃくちゃ怖い顔で私を睨んでいる。
「さすがは聖女さま、皆さんの心をつかむのもお上手なのね。陛下の覚えもめでたく喜ばしいこと」
うわああ……嫌な人に会っちゃったわ。
アンヌたちの体調も気になるし、ちょうどいいからさっさと帰っちゃおう。
「じゃあ、庶民の私はこの辺で……」
「そんな聖女さまですもの、人々を癒す力もただの回復魔法とは違うのでしょうね?」
立ちあがろうとしたところで固まる。
回復魔法……。
オールラム王国には魔法が使える人はほとんどいないから聖女は特別だけど、グレライン王国には回復魔法がある。
回復魔法は怪我や病気を瞬く間に治す魔法だ。
一方で聖女の力は魔物を追い払うし、私とは真逆で周りの人の生命力を回復させるって言われてて、怪我をしてる人も瞬く間に治してしまうとかなんとか。
でも……実は私、聖女の力と回復魔法の違いがよく分からない。
だってメアリルとは幼い頃しか一緒に過ごしてないんだもの。
私が固まってると、隣のアンヌが口を開いた。
「聖女は魔法のように魔力を消費することなく、周囲の人々の怪我や病を癒すことができるんです。力のコントロールに長けた聖女なら、回復魔法以上の癒しの力を発揮できるともいいますし」
そうなの?
コントロールって、私の呪いの魔女の力は自分ではなんの制御もできないけど、メアリルはできるってこと?
それにしてもアンヌ、詳しいわね……。
そういえば初めて会った日に、聖女に憧れていたって言っていたっけ。
「あらあら素晴らしい力ですこと! そういうことなら、聖女さまに治していただきたい方がいらっしゃるの。どんな回復魔法でも治せない、原因不明の体調不良にお悩みになっていらっしゃるのよ」
「え……」
「こちら、ナスイル共和国からいらした第七王女、キキナさまよ」
ロラーナが一歩横にずれると、艶やかな褐色の肌に銀の髪を編み上げた小柄な女性が現れた。
堀が深くて可愛らしい方だけど、悲しげな顔で少し痩せているような気がする。
「聖女さま、はじめまして。私はキキナ・ナスイルです。私のお腹は回復魔法で治してもらうと良くなりますが、少しするとまた苦しくなって、食事がとれないのです。どうか助けてください」
母国語じゃないようで、その言葉は少したどたどしく、強い訛りがある。
それで気がついた。
ナスイル共和国って、ポリーおばあちゃんの故郷だわ。
ポリーおばあちゃんも褐色の肌をしていて、このキキナさまみたいな訛りがあった。
「さあ、早く癒して差し上げてくださる? もちろん聖女のあなたになら簡単でしょう?」
ロラーナの私を見下すような視線で、彼女の目的が分かった気がする。
回復魔法で治しても、すぐに元通り。
きっと聖女の力で治しても同じだろうから、「聖女も大したことないのね」的にバカにするつもりなんだわ。
でも……それ以前に、私は彼女を癒せないんだけど。
だって私は呪いの魔女だもの!
ど、どうしよう!?
「えっと、私……」
キキナさまには悪いけど、どうにかしてここから逃げないとだわ。
「メアリル、とりあえず治してみたら? それでも元に戻るようなら、何か特殊な原因があるんじゃないかしら」
アンヌは簡単に言うけど、まずその治すっていうのが無理で……でも、確かにおかしいわね。
回復魔法で治してもすぐに戻るって、どうして?
キキナさまに目を向けると、片手を腹部に当てているのが目に入った。
そういえば、ポリーおばあちゃんもたまにそうしてた。
「あの、キキナさま、一つお聞きしてもよろしいですか?」
「はい、なんですか?」
「お腹の苦しさは、食後少ししてから強くなりませんか?」
「え……はい、そうです」
「もちろん毒物が原因でないことはとっくに確認済みですわ。食事にはなんの問題もなかったのよ」
ロラーナが少し苛立たしげに口を挟んでくる。
「その毒見はどなたがされたんです?」
今度もめんどくさそうにロラーナが答えた。
「キキナさまの侍女が、毎食毒見をしているのよ」
「その侍女の方のご出身はどこですか? ナスイル共和国の王都ですか?」
今度はキキナさまの目を見て問う。
キキナさまは「なぜそんなことを」というように小首を傾げて答えた。
「侍女はグレライン王国で生まれました。言葉を教えてもらうために連れてきたのです」
「やっぱりね……」
するとロラーナがまたもやイライラを隠さずに口を挟んでくる。
「何がやっぱりよ。その侍女の他にも給仕係や色んな者が毒見して、問題なかったのよ。何が気になるっていうの!?」
そりゃそうよ、これは毒なんかじゃないもの。
でも毒見をしたのがこの国の人ばかりだから、誰も気がつかなかったのね。
「アンヌ、この辺りにバラレンの木はある?」
「バラレン? ああ、あの白い大きな花の咲く? 探せばすぐに見つかると思うけど」
「じゃあ侍女さんに頼んで木の実を採ってきてもらうわ。ちょうど秋で良かったぁ!」
「何をおっしゃっているの? わたしはあなたにこのキキナさまの……」
「回復魔法や聖女の力に頼っていては、キキナさまの体調不良は治りません。なぜならこれは食事が原因だからです」
私がキッパリそう言うと、ロラーナが片眉をグイッと上げて、これまでのが比じゃないくらいに怖い顔をした。
「私の話を聞いていらして? だからキキナさまの食事はちゃんと毒見もしてっ……」
「毒じゃありません。これはただの胃もたれです」
「問題なかっ……え、いも、たれ?」
「まあ単なる胃もたれを通り越して、胃を痛めてしまってるんでしょうね。この国の料理は他国に比べて油を多く使います。しかも香辛料も多め。他国で育った胃の弱い方が急にグレライン王国の食事をとるようになれば、あっという間に胃を壊します」
ポリーおばあちゃんもそうだったらしい。
小さな頃に親に連れられて国を出て、そしてたどり着いたのがグレライン王国。
けれども家族みんな食事があわなくて、すぐにオールラム王国に移住したんだって。
ナスイル共和国は大陸南西の半島とその周囲の島々から構成されてて、島々の食事は辛いものもあるけど、王都のある半島北部はオールラム王国と似てシンプルな味付けと果物を好むんだとか。
マルムド監獄でもたまに辛いスープや、お祭りの日には揚げ物が出ることもある。
ポリーおばあちゃんはもともと胃が弱いのと年齢的なものもあって、そういう食事が出た日は胃もたれがするって嘆いていたわ。
そしてバラレンの木の実さえあれば、簡単に胃薬が作れるのにねぇって、作り方も教えてくれて。
「だから回復魔法で治しても、すぐに再発してたってこと?」
アンヌの問いに、うなづく。
「そうよ、同じ食事を食べ続けているんだもの。しかも後宮の食事は特に豪華でしょ?」
「た、確かに……量も多いものねぇ」
「というわけで、キキナさま、すぐに私がバラレンの木の実から胃薬を作ります。そして次の食事からキキナさまの食事は油物を減らすようにお願いしましょう。それで体調が良くなれば、私の言っていることが正しいと証明されますから」
そして、聖女の癒しの力も不要、と。
ああ、ポリーおばあちゃん、ありがとう!
なんとかピンチを抜けられそうだわ。
「分かりました。よろしくお願いします」
キキナさまが、ニコッと可愛らしく微笑んでくれた。
「メアリルったら薬の作り方まで知ってるの? すごいじゃない!」
「聖女の力に頼るだけじゃないのねぇ、えらいわぁ」
アンヌを筆頭に、周りで感嘆の声があがる。
それを聞いて、ロラーナは美しい顔を怒りで歪めた。
「いいわ。それで治らなかったらインチキ聖女として後宮から追い出してやるから!」
なんて過激なことを言うもんだから、ロラーナの後ろに控えるお供のご令嬢たちも声を上げる。
「そうよ、何がただの胃もたれよ、私たちが気づかないのが間抜けみたいな言い方しちゃって」
「ウェンロッド陛下に少しばかり気に入られてるからって、調子に乗るんじゃないわよ!」
うわぁ、言いたい放題ね……。
まあ別にいいけど。
だって聖女じゃないってバレずに済んだし、キキナさまの体調不良は治りそうだし。
そうしてロラーナはひとしきり言いたいことを言い、ようやくお供とともに去っていったのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
書き溜め分があと少しなので、次は少し間が空くかもしれませんが、引き続き読んでいただけると嬉しいです。