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第6話


 それは朝食を終えた直後のことだった。

 部屋のドアがノックされたと思ったら「陛下!?」という侍女さんの叫びと共に、ドアが開け放たれた。


「今日もなの!?」


 部屋に入ってきたのは、あの艶やかな紅の鎧を着込んだウェンロッドだった。

 今日もまぶしい美貌に満面の笑みをたたえて、ズカズカと部屋に入ってくる。

 ここまで昨日とまったく同じ。


「やあリル、おはよう!」


「おはよう、ウェンロッド。でも昨日も言ったでしょ? 私があなたの部屋に行くって」


「早く会いたかったんだ。俺は騎士団の訓練で朝早くから城の外に出てるから、その後にここに寄ればちょうどリルの朝食後になる」


 嬉しそうにそう言うけど……。

 ウェンロッドが私の部屋に来ると、後宮(ハレム)にいるみんなにそれを知られちゃうのよ。


 一昨日の突然のプロポーズ。

 それ以降、ウェンロッドは人が変わったように距離感近めで接してくるようになった。

 ……あれ? 違うかも。

 プロポーズ前から私の手を取ったり馬に二人乗りしたり、なんだか距離感だけは近かったような?

 さらに今はすごく嬉しそうに私の部屋まで会いに来てくれて、私はドキドキしちゃうし恥ずかしいし、困っちゃうんだけど。

 今だってウェンロッドの顔は眩しすぎて直視できない。

 だから視線を顔から微妙にずらして胸元あたりを……えっ!?


「なにそれ!?」


 ウェンロッドの鎧をつけた腕の中に、グレーの小さなぬいぐるみみたいなものが……う、動いた!?

 しかもそれは途端にみゅうみゅうと鳴きだした。


「ほら、可愛いだろ? 騎士団の一人が飼ってる猫が、少し前に子猫を産んだんだ。リルが動物が好きだって言ってたから、飼ってみたらどうかなって」


 それはウェンロッドの手の中にすっぽり収まってしまうくらいの、小さな子猫だった。

 ふわふわのグレーの毛の中に、キャンディみたいなグリーンの瞳。

 そして大きな三角の耳も、ちょこんとした前足も、全部がぬいぐるみみたいでめちゃくちゃかわいい。


「かっ、かわいい!」


「だろ? ほら、抱いてみろよ」


 ずいっと差し出してきたから、反射的に受け取ろうとして…………やめた。

 おずおずと、その頭を撫でるだけにする。

 ふわふわで温かくて、なんだか泣きそう。


「ああ……すごく可愛いわ。でも私、動物は好きだけど触ったことがないから少し怖くて。だから飼うのはまだやめておくわ」


 こんなに小さな命だもの――呪いの魔女のそばにいたら、あっという間に死んでしまうわ。


 急に私のテンションが下がったからか、ウェンロッドは不思議そうに私を見つめてくる。


「えっ、怖い? ……まあ確かに、初めて飼うには小さすぎるかもなぁ。じゃあお前、もう少し大きくなるまで待とうな」


 ウェンロッドはあっさり子猫を胸元に抱き直して話しかけてる。

 そして気にするそぶりもなく、テーブルセットの方に行って椅子に腰かけた。

 私もその向かいに座るけど、少し椅子を引いて距離を取る。

 たぶん、少ししたらドアの外にいる侍女さんが紅茶を持ってきてくれるはず。

 そしたらこの子を連れて行ってもらおう。


「ごめんなさい、せっかく私のために連れてきてくれたのに」


「気にするなって。俺の方こそ急すぎたよな。それより昨日、リルは果物が好きだって言ってただろ?」


 ウェンロッドは、手の中で眠そうに目を細めてる子猫を撫でながら聞いてくる。


「ええ、果物ならなんでも好きよ。グレライン王国の食事はみんな美味しいけど、油を使うものが多いし、デザートも焼き菓子とかケーキとか手の凝ったものが多いでしょ? だから普通の果物が食べたくなっちゃって」


 オールラム王国ではデザートといえば果物だった。

 この身代わりミッションを言い渡されてからのオールラム王国での二週間も、毎食何かしらの果物が出たわ。

 そして果物を口にしたのは六年ぶりだったりする。

 マルムド監獄じゃ、食べられなかったから……。


「確かに調理なしで食べるってのは少ないが、近くの町に王族御用達の巨大な果樹園があるんだ。そこから色んな果物を取り寄せた。朝収穫したのがもうすぐ届くから、昼には食べられるんじゃないか?」


「えっ、取り寄せたって、どんな果物を?」


「どんなって、今の時期に採れるもの全部って頼んだけど」


「全部!? でも果物ってあまり日持ちしないわよ? それに私、そんなに一気に食べられないし……」


「日持ちって? 毎朝届けるよう指示したから、毎日採れたてを出すさ」


「ままま、毎日!? でもグレライン王国じゃ、そんなに果物を食べないんでしょ?」


「心配するなって、余ったら調理に使うだろ」


 使うだろって……本当?

 それに私のために毎日届けてもらうなんて、申し訳ないわ。


「なんだ、食べたかったんだろ? 果物」


「え? ええ、もちろんよ! でもそんなにしてもらって悪いなって……」


「はははっ、悪いってなんでだ。リルは王妃になるんだから、そんなこと気にするなよ。それに俺はリルに喜んで欲しかったから」


 わ、私に?


 気づけばウェンロッドが真面目な顔で、こっちをじっと見てる。

 その視線はなんだか切実な感じで、こっちの胸まで苦しくなってきた。


「なあ、リルはどうしたら喜んでくれるんだ? 何をして欲しい? 俺は軍人上がりだから、女の気持ちがよく分からないんだ」


「う、嬉しいわ! もちろん喜んでるわよ、私のためにそこまでしてくれて……でもスケールが大きすぎるのよ」


 だって私はついこの間まで、囚人と同じ食事をしていたのよ?

 私が望むのなんて、本当にささやかな幸せだけ。


「あの、私、あなたとおしゃべりをするだけで楽しいの。魔法の話や、魔法騎士団の話、グレライン王国のいろんな話……本当に全部が楽しいわ」


 昨日、私の部屋に来たウェンロッドが取り止めもなく話してくれたもの。

 内容も面白いし、ウェンロッドと会話するだけで、なんだかワクワクするというか、すごく楽しい気持ちになれる。


「そ、そうか、そんなことで……いいのか」


 ウェンロッドは少し戸惑ってるようにそう言いながら、遠くを見てる。

 その顔が少し赤い気がするけど、これまた気のせい?


「まあ今日はあまり時間が取れないんだけど……あっ、そうだ。ひと月後に大きなパーティーを開くことになった。そこでリルとの結婚を発表するよ」


「パーティー!? それって私も出るの?」


「そりゃ、もちろん」


「ええっ! 困ったわ、私、そういうのに出たことないの」


「そう気負う必要はないさ。でもドレスは必要だから、今週中に採寸をしよう」


「ドレス……」


「リルはどんなドレスを着たい? 好きな色とかあるか? とりあえず十着くらい作らせて……」


「じゅ、十着!? なんでそんなに作るのよ! パーティーは一日だけでしょ?」


「そりゃそうだけど、ベオに聞いたら今の流行のドレスはいくつか流派があるらしくてな、三人のデザイナーに頼むことにしたんだ。それぞれ何着か作らせたら十着はいくだろ?」


「いかないわよ! 一着で十分じゃないの」


「十分じゃないって。他国からの賓客もたくさん呼ぶし、リルをみんなに紹介する大事なパーティーだ。リルには一番似合うドレスを着て欲しいんだよ」


 そう言うウェンロッドの眼差しは、またもや切実で真摯な感じでドキドキしてしまう。

 と思ったら、次の瞬間、とろけるような笑みを浮かべた。


「まあリルなら、どんな色のドレスも似合うと思うけどな。ほら、この国の貴族たちはみんな多少は魔力があるから、髪と目は同系色ばっかりなんだよ。俺が青い鎧なんて着たら色がうるさいだろ?」


「でも私ってけっこう地味だし」


「地味? そんなことない、リルはすごく可愛い」


「かっ、可愛い!?」


「可愛いし、すごい美人だと思う」


「ななな、何言ってんのよ! そんなこと言われたことないから! 愛想がないとか地味だとか、そんなのばっかりで……」


「嘘だろ? オールラムはなんでそんなに聖女の扱いがひどいんだ。セルドにもそんなひどいことを言われてたのか?」


「えっと……」


 私はうまく答えられない。

 でも私を可愛いって言ってくれたのなんて、母とポリーおばあちゃんと、ビスルドおじいちゃん、その三人だけだと思う。


「まあ話したくないならいいけど……とにかく、ドレスはそういうことだから」


「なに話を終わらせてるのよ。ドレスは必要最低限でいいからね?」


「分かった分かった。それとそのドレスで、一曲踊ることになる」


 踊るって?


「えっ、パーティーでダンスを踊るの? もしかして、あなたと?」


「ああ、そういうこと」


「嘘でしょ!? 私、ダンスなんてできないわ!」


「まあ俺だってそうさ。だから練習しないとな。ベオがダンスの講師を見繕ったとか言ってたし、明日の午前には来ると思う」


「ダンスの講師ってどんな人なの? どうやって練習するのかな……」


「心配するなって、女性なのは間違いないから」


 いやそうじゃなくって!

 ダンスの練習ってことは、かなり接近してそれなりの時間を過ごすのよね?

 そうなると呪いの魔女の力が心配なのよ。


「あの、あなたと練習するんじゃダメ?」


「……え?」


「私、知らない人が苦手なの。だからウェンロッド、あなたと練習したいんだけど……ダメ?」


 すると最初はポカンと私を見ていたウェンロッドの頰が、耳までみるみる赤くなっていった。

 え、な、なんで?


「いやいや、ダメじゃない! そ、そうか、俺とがいいか……じゃあ、ベオに相談してみる」


 ウェンロッドは早口でそう言うと、来た時と同じようにあっという間に去っていった。


 あ〜、思ったより早く帰ってくれて良かった。

 これくらいなら、あの猫ちゃんも大丈夫よね?


 ていうか。

 ウェンロッドとは同じ馬に乗ったし、今日は早めに帰ったけど、昨日は一時間以上この部屋でお茶をしたし……。

 けっこう二人で過ごしてるのに、ウェンロッドは疲れてるとかそういう感じが全然ないわ。

 むしろ元気そう。

 どうして?


 いや、そりゃウェンロッドといるのは楽しいし、いい人だと思うから死んで欲しいわけじゃないんだけど……。

 普通ならとっくに私の呪いの魔女の力でヘロヘロになっているはず。

 もしかして身体が大きいから、普通の人より生命力が強いのかな?

 それとも……もしかして、私の呪いの力が弱まってたりして!?

 たとえば私の力はオールラム王国内でしか発動しないとか?


 もしそうなら……私はあのウェンロッドを殺さなくていいの?


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