第3話
見た目は男性、中身はレディらしいベオさんに案内され、私は後宮の一室に入ることになった。
なんでも後宮に入ることができる男性は、このベオさんとウェンロッドだけなんだとか。
まあベオさんの性別はどっちなのか微妙なところだけど。
私が選んだ部屋は狭い方らしく、オールラム王国から一緒に来た大量の衣装ケースや調度品たちが運ばれると、床面積の半分が埋まってしまった。
「やっぱり狭いわねぇ。もっと広い部屋がいっぱいあるから移動しない?」
「ここがいいんです。周りの部屋がみんな空いてたから……実は私、人がそばにいると落ち着かなくって。だから部屋では一人にしてくれませんか? 服の整理もあとは自分でやります」
「ええっ、侍女を一人もつけないつもり!?」
アイシャドウばっちりの目を見ひらいて驚くベオさんに、私は困った顔をして見せた。
「知らない人が近くにいると、すごく緊張してしまって。聖女として働くようになってから、その……」
「あら……そうなの、色々と大変だったのね……そうだ、一人が好きなら合わないかもしれないけど、後宮の中央にサロンという大広間があるの。暇を持て余したら行ってみるといいわ」
「サロン、ですか……?」
「ここには国内外から大勢の妃候補が集められているけど、陛下はあんなでしょう? みんな毎日暇だから、サロンでおしゃべりをしたりお茶会をして過ごしているのよ」
ベオさんは「とりあえず部屋の外に侍女を一人待機させておくから、何かあったらその子に言ってね」と言い残し、去っていった。
部屋の外って、ドアのすぐ向こうかな?
この部屋の大きさなら、私がドアの近くで過ごさない限り大丈夫よね。
私はさっそく衣装ケースを開けて、衣服の整理を始めた。
◇ ◇ ◇
オールラム王国から運ばれたドレスを全てしまい終えた頃、運ばれてきた夕食がものすごく豪華で量もたっぷりでビックリしちゃったわ。
しかも炒め物や揚げ物が多くて、すぐにお腹がいっぱいになってしまって……。
スパイシーな味付けがメインでとっても美味しかったけど、ほとんど残してしまった。
実はこの身代わりミッションを言い渡された後、私は王城の一室に連れてかれて監禁されたの。
私はメアリルよりだいぶ痩せてて髪も肌もひどいんだとか。
それで肌や髪や爪を整えてもらって、三食栄養価の高い食事を出してもらって……。
その時の食事も美味しかったけど、残しちゃいけないって命令されていたから、もう必死よ!
まあ、全然食べきれなかったんだけどね。
そんな生活をニ週間過ごして、とりあえずメアリルの身代わりとして不自然じゃないレベルになったみたいだけど、まだ食べられる量は少ない方みたい。
そんなわけで、今朝の朝食も大量に残して食べ終わると、私は暇になった。
自室には戻れないままここに来ちゃったし、手元にはお気に入りの本の一冊もない。
どこかに図書室みたいな場所はないのかな?
給仕の女性に聞いてみることにした。
「それでしたら後宮の一階に大きな図書館がありますよ。お連れしましょうか?」
「大丈夫です、場所が分かれば一人で行けますから」
「そんなっ、いけません、お一人で出歩くなんて……!」
「そ、そうなんですか? じゃあ、お願いします」
というわけで、その人と図書館に行くことになった。
きっとマルムド監獄の図書室とは比べ物にならないくらい、たくさんの本があるはず。
本当はこんなことしてる場合じゃないんだけど、グレライン王国に来て初めてワクワクしてるわ!
私が読書を好きになったのは、母の影響だった。
私の呪いの魔女の力は自分ではコントロールできないけど、聖女と共にいれば力が打ち消し合う。
だから私は国に厳重に監視されながらも、母が亡くなる九歳までは一緒に生活できた。
でも部屋からは出られなかったから、母がいろんな本を持ってきてくれて、メアリルと競うように読んだのよね。
けれどもメアリルが聖女の教育を受けるようになると、一緒に過ごす時間は減っていった。
さらに教育係や友達の影響なのか、人を見下すようになって会いにきてくれなくなって。
寂しがる私を一人にしておけなかった母は、少しずつ顔を見せてくれる時間を増やしていき……。
「あら、あなたがオールラム王国の聖女さま?」
いつのまにかサロンと呼ばれる大広間の横を通っていたみたい。
たくさん並んだソファセットの一つから、黄緑色の髪の女性が声をかけてきた。
「プラチナブロンドに聖衣のドレス! 絶対に聖女さまでしょ?」
「あっ、はい、メアリル・イステリナといいます」
「やっぱり! 私はアンヌ・ロワンダっていうの。アンヌって呼んでね。私、小さな頃に絵本で読んでから、聖女さまに憧れていたの!」
アンヌは私の手を取ると、ぐいぐいとソファの方に引っ張っていく。
案内してくれていた女性は「こちらでお待ちしています」と礼をして壁沿いに下がっていった。
いきなりフレンドリーでビックリだわ……。
同い年の女の子って、こんな感じなの?
連れて行かれた先にはアンヌのような女の子が、綺麗なドレスを着て何人も座っていた。
私もその一角に座らされる。
途端に香水なのか? 複雑な甘い香りに包まれた。
どうしよう、こんな近くに座ったら私の呪いの力が……。
「アンヌったら強引ね、聖女さまがビックリしてるわよ?」
「あら、ごめんなさい! 強くひっぱりすぎたかしら? それにしても腕が細いのね、羨ましいわぁ」
「あの、アンヌさんは……」
「アンヌって呼んでって言ったでしょ? 私はメアリルって呼んでもいい?」
「あ、はい、どうぞ。じゃあ、アンヌはグレライン王国の出身なの?」
「そう、貧乏子爵家の次女よ。うちの一族はみんな弱い魔力しか持ってなくって……でも私だけ先祖返りで風魔法が使えるの! それで陛下の妃候補として後宮に入れたのよ」
「アンヌは自分で貧乏子爵って言っちゃうところがすごいわぁ」
誰かがそう言って、みんなが楽しそうに笑う。
「だって本当に貧乏なんですものぉ」
それで再び笑いが起こる。
私にはどこが面白いのか分からないけど……。
とにかくアンヌが貴族だってことは分かった。
すぐ近くにある彼女の笑顔がまぶしい。
化粧したその可愛い顔も綺麗に整えられた髪も、そしてきらめくドレスも、すべてがすべてキラキラしてる。
しかも周りの女の子たちみんながそうだった。
なんか……私、めちゃくちゃ場違いじゃない!?
私は魔力なんてないし、よくマルムド監獄の役人たちに「無表情で愛想がなさすぎる」って陰口を叩かれてたし。
そもそも一般家庭生まれからの監獄育ちよ?
しかも本当は聖女じゃなくって……。
「あら、どうかした? 昨日ここに着いたばかりで疲れてるのかしら?」
私が暗い顔をしていたからか、アンヌが心配そうにこっちを見ている。
「あ……そうね、あまり眠れなかったから」
「そうよね、まだ二日目だもの。でも大丈夫、すぐに慣れるわ。そうだわ! 私が後宮を案内してあげる。ここには色んな施設が……あら、朝から珍しいわね、ロラーナさまじゃない」
アンヌが途中から、急に声をひそめてささやく。
周りの女の子たちも、さりげない風を装って視線を向けた。
ちょうどここサロンに、背の高いすらっとした女性が入ってきたところだった。
アイリスの花のような紫の髪を綺麗に結いあげ、ピンク色のドレスを着ている。
アンヌも他の子たちも素敵なドレス姿だし、みんな上品で貴族のご令嬢って感じだけど、そのロラーナという人はさらに高貴な雰囲気があった。
「ロラーナさまはカーヴィナル公爵家のご令嬢よ。ウェンロッド陛下の従兄妹にあたるの」
「いとこ……」
どおりで高貴なわけね。
そう思った時、優雅に歩いていたロラーナのピンク色の瞳が、私に向けられた。
「あら、一人だけ庶民的な方がいらっしゃると思ったら」
その瞬間、アンヌ含め、周りの女の子たちの表情がこわばった。
「ロラーナさまはメアリルが来るまで、第一王妃になるだろうって言われていたの。だから……」
アンヌが早口で囁いてきたけど、それをロラーナの声がかき消す。
「やはりオールラム王国からいらした聖女さまですわね。後宮にいる方々の中には、そのような庶民的なドレスをお召しになる方はいらっしゃらないもの。しかもそのお歳で化粧もしないだなんて」
ロラーナの冷たい視線に見つめられ、羞恥で頰が熱くなっていく。
私の格好、そんなにおかしいの?
でも衣装ケースに入ってたのはみんな同じようなドレスだったし、これだってすごく高級そうな生地で……。
「あのっ、彼女が着ているのは聖女が身につける聖衣と言って、オールラム王国ではっ……」
「あなたはロワンダ子爵家のアンヌね。あなたのお父さま、私の父のもとにも融資の依頼に回っていらしたそうよ」
「まあ、必死ですわねぇ。ずいぶん昔に枯れた廃鉱山を再開発するそうですけど、そんな無駄なことに融資する奇特なお方なんて、いらっしゃらないでしょうに」
ロラーナに応えたのは後ろをついて歩いていた、つり目の女の子だった。
ロラーナの後ろには同じような子があと三人もいて「よほど領地経営が苦しいのねぇ。私だったら恥ずかしくて後宮にいられないわ」なんて言ってる。
隣のアンヌを見れば、笑顔は消え去り、うつむいていた。
ごめんなさい……私のとばっちりだわ。
やっぱりここは私には場違いだったのね。
そりゃ私は化粧なんてしたことないし、服だって庶民のものしか着てこなかった。
でもそれ以前に、私はアンヌみたいなキラキラ綺麗な女の子たちとは住む世界が違う。
しかもこうやって一緒にいれば、私の呪いの力がみんなの生命力を奪ってしまうんだから。
「私、目障りなようだから部屋に戻ります」
早口でそう言って、ソファから立ち上がった。
アンヌが「待って!」と言ったけど、そのまま通路に出る。
図書館に行くワクワクも消えちゃった……早く部屋に戻って一人になりたい。
満足そうに私を見ているロラーナの前を通り過ぎようとした時、遠くの方で歓声が上がった。
「うそ、陛下が後宮にいらっしゃるなんて!」
「ああっ、なんてお美しいの!」
「私、初めてお姿を拝見しましたわぁ!」
目を向ければ、真紅の鎧姿のウェンロッドが歩いてくるのが見えた。
「ウェンロッドさま……」
ロラーナの夢見るようなつぶやきが聞こえる。
するとそれに応えるかのように、ウェンロッドはロラーナの方へとやってきた。
「ああ陛下、ようやくお会いできましたわ! こんな小国の平民の娘を呼び寄せたとお聞きして、心配しておりましたの。やはりあなたにはわたくしが……」
「小国の平民の娘だって?」
ウェンロッドが、眉をぎゅっと寄せて低い声で言った。
大柄なウェンロッドが背の高いロラーナと並ぶと、美男美女なだけあってとってもお似合いだ。
けれどもウェンロッドはロラーナの脇をすり抜ける。
そしてどんどんこっちに近づいてきて……えっ?
「こんなところにいたのか。昨日の話の続きをするから少し付き合え」
ウェンロッドは私の目を見てそう言うと、手甲をつけたままの手を差し出してきた。
えっ、何?
……わ、私にこの手を握れっていうの!?
「ほら、さっさと行くぞ」
急かされて、おずおずとウェンロッドの手を取る。
大きくて、そしてとても熱い。
「わたくしより、そんな下民の娘を選ぶと言うの!? 聖女という以外、なんの取り柄もないようなっ……」
「ロラーナ、お前は相変わらずだな」
ウェンロッドは吐き捨てるようにそれだけ言うと、「行くぞ」と私の手を引いて歩き出す。
えええ?
めちゃくちゃ険悪な雰囲気だけど、このまま行っちゃって大丈夫なの?
ロラーナって人、ウェンロッドの親戚なんでしょ?
困惑したまま振り返ると、怒りに顔を赤く染めたロラーナが、めちゃくちゃ怖い顔で私たちを見送っていた。