第17話
あの婚約発表を行ったパーティーから、早くもひと月が過ぎようとしていた。
今朝、ようやくセルド王太子がオールラム王国に護送されていった。
あれだけ長い間、病にふしていた国王陛下は、ウェンロッドの派遣した魔法騎士団の解毒魔法と回復魔法で、すっかりお元気になられたそうだ。
今回のことで多大な借りを作ったから、色々とお願い事がしやすくなったと、ウェンロッドが苦笑いしていたわ。
お願いごとの一つは、メアリルのことだ。
それはメアリルを当分の間、グレライン王国で預かるというものだった。
聖女信仰のあるオールラム王国にとって聖女は神のごとく尊い存在だから、普段なら受け入れられないだろうけど……今回だけは特別ね。
メアリルはあの後、ヒステリックに叫んで暴れて大変だったわ。
でも少しして、グレライン王国の者は誰も自分に優しくしてくれないと知り、ようやく大人しくなった。
父が失踪した今は、あんなでもたった一人の肉親だから……私は毎日メアリルの元に通い、少しずつ諭したの。
まあ、まだまだだけど……少し前からメアリルも大賢者さまのところに通ってかつての聖女たちについての勉強を始めている。
メアリルは厳しくて頑固な大賢者さまを怖がって、わがままを言わなくなったから、この調子で少しずつ意識が変わるといいなぁ。
そうしてもう一つ、大事なお願いごとが……。
「リル! 会いにきてくれたの?」
後宮の一階。
ソファセットがすべて片付けられガランとしたサロンに立っていたら、アンヌがやってきた。
「アンヌ! 良かった、今日ここを出るって聞いていたから、会いたくて」
「私もよ! ああ、名残惜しいわぁ、後宮の部屋も食事も友人たちも、みんな素晴らしかったから……今日からまた貧乏子爵家の次女としてボロボロの屋敷で暮らすのねぇ」
芝居がかった様子でそう嘆き、自分の肩を抱くアンヌ。
思わず笑ってしまった。
「ふふっ、後宮を解散するお詫びに、謝礼金がたっぷり支払われるって聞いてるわよ。それにアンヌのお父さまがやろうとしてる廃鉱山の再開発、ウェンロッドの口利きで出資者が見つかったんでしょ?」
「そうそう、そうなのよ! これもみんなリルのおかげだわ! リルがいなかったら、我が家は爵位を返上して破産してたわよぉ」
「そんな、大げさよ! それより約束よ、また会いにきてね?」
「もちろん! まずは縁談をまとめるのが先だけど、リルからお茶会や夜会の誘いが来たら最優先で飛んでくるわ」
あの婚約発表のときにウェンロッドが宣言したとおり、後宮は解散になった。
退去にはひと月の猶予が設けられ、アンヌは私が寂しくないようにと今日の最終日ギリギリまで残ってくれていた。
後宮を出る女性の数は何十人にものぼるけど、希望者は他国のお姫さま含め、みんないい縁談相手を紹介してもらえることになっている。
っていうのはウェンロッドが勝手に決めて、パーティーの最後にそう宣言しちゃったから、このひと月はクレエドさんもベオさんもめちゃくちゃ忙しそうだったわ……。
「もうアンヌのところにも素晴らしい縁談がいくつか来てるんでしょ? 相手、決めたの?」
するとアンヌはポッと頬を染め、照れたように笑う。
「うふふふふっ、やっぱり実際にお会いしてお話してみないとね。私みたいな貧乏子爵の娘をもらってくれるだなんて、王室からの話じゃなければ絶対に相手にしてくれない人ばかりで迷っちゃうのよ」
アンヌがとっても楽しそうで、私も嬉しい。
まあ、実際はアンヌの謙遜だろうけど。
後宮に呼ばれるくらい魔力が高いアンヌだもの、紹介なんてなくても魔力重視のグレライン王国ならすぐにいい相手が見つかるはずよ。
「そういえば、キキナさまのところもそろそろ発表でしょ?」
「あっ、そうだった。明日かな? セルド王太子の廃嫡と、新しい王太子の発表が同時に行われるから」
キキナさまは、なんとオールラム王国の新しい王太子と婚約するらしい。
メアリルがセルド王太子の企みに絡んでいたと分かり、さすがに新しい王太子には別の婚約者を、ってことになったの。
セルド王太子には兄弟がいなかったから、縁戚から選ばれた人らしいけど、穏やかで知性のある素敵な方なんだとか。
オールラム王国ならここと違って食事も合うだろうし安心だわ。
それに今回の騒動後はあまりキキナさまと話せなかったから……。
せっかく隣国なんだもの、オールラムの方が落ち着いたら、お会いしてじっくりお話したい。
「キキナさまがオールラム王国に嫁ぐなら、リルのお友達の件もすぐに話が通りそうじゃない?」
「そうね、それにウェンロッドが頑張ってくれてるから、多少時間がかかってもなんとかなると思う」
そう、それがお願いごとの二つ目。
ポリーおばあちゃんとビスルドおじいちゃんのことだった。
二人は無事なのは確認済み。
ていうか、セルド王太子が私を脅したように死刑制度を復活させるなら、少なくとも国王陛下が承諾しない限り無理だ。
仮にそれができたとしても、そんなに早く実現できるものじゃない。
それをウェンロッドに言われるまで気づかないなんて……自分が情けないわ。
だからって、それなら二人をマルムド監獄から出してグレライン王国に寄越してくれ、というわけにはいかない。
私と違って二人は一応終身刑の囚人だから。
いくらオールラム王国がグレライン王国の属国だとは言え、ウェンロッドの一言で簡単に無罪放免とはいかない。
いや、たぶん無理を言えばなんとかなるんだろうけど、今後の両国間の関係を考えるとそれはしない方がいいから。
「早く二人に会えるといいわね。そしたら私にも紹介してね?」
「えっ? いいけど……二人ともお年寄りだからかけっこう個性的なのよねぇ」
「そうなの? それは楽しみだわ!」
そうアンヌが喜んでくれたところで、硬い足音がサロンに入ってきた。
「リル、ここにいたのか!」
「あらあら、陛下じゃない。今日もご機嫌麗しいわねぇ。じゃあ邪魔者は退散するわ。また今度ね!」
名残惜しいながらもアンヌが去るとともに、ウェンロッドが来た。
いつもと同じように真紅の艶やかな鎧を身につけ、走ってきたのか長い髪を少し乱している。
「今日でここも終わりか、ちゃんと友達との別れはできたのか?」
「ええ、それにアンヌならすぐ会えるから」
「そうか……そうそう、今日は久しぶりに気温が上ったから、少し馬に乗って出かけないか?」
確かに最近はだいぶ冬が近づいた気がするけど、今日は風も吹いてないし小春日和だった。
「いいわよ、今日は襲撃者が来ないといいけど」
「ははっ、今日は護衛をつけるよ。まあ、実際戦闘になれば足手まといなんだけどな」
そして私はあの日と同じように、ウェンロッドと馬に乗って出かけることになった。
◇ ◇ ◇
漆黒の大きな馬に乗ってたどり着いたのは、あの日と同じ泉のほとりだった。
ずいぶん昔のことのように思えるけど、まだ二ヶ月しか経っていないのね。
「あ〜痛い……馬って相変わらずお尻が痛くなるわねぇ」
「大丈夫か? ごめん、もっと近場にすれば良かった……さ、少し座って休もう」
そして二人で並んで座り、泉のほとりを眺める。
「セルドもオールラム王国に帰してやったし、これで一区切りついたな」
「ええ、そうね……あなたの神獣化もだいぶ落ち着いて安心したわ」
「ああ、これなら多少は戦に出られる」
「……えっ、戦!? い、行くの……?」
すっかり忘れてた。
ウェンロッドは国王自ら戦場に立つことを……。
「ああ、ずっと手こずってるカーナン王国な、周辺国がみんな力を貸してくれることになったから、今度こそなんとかなると思う。これが片づけば一息つけるさ」
前に、ウェンロッドは大昔のベガルダ大陸が平和だった頃を目指して戦をしているって聞いた。
だからカーナン王国を何とかすれば、一定の平和が得られるってことなのかな。
「実は……リルとの結婚を決めるまでは、カーナン王国が片付いたら王位を譲るつもりだった」
「へえ……って、ええええ!? だ、誰に!?」
「まあそれが難しくて、クレエドやベオにいい候補を捜させてたんだが……グレライン王国の王位は、本来は長子じゃなくて魔力の強い者が継ぐんだ。実は兄のシステッドが王位を継ぐときに揉めてな、システッドが俺が継いだ方がいいって。カインも反対してたし。でも俺はまだ子どもだったから、結局システッドが継いだんだ。そのせいで二人の兄を失うことになった……」
ウェンロッドを見れば、切なげな表情で水面を見つめている。
「俺は昔からベガルダ大陸を平和したいって思ってて、それで魔法騎士団に入ったんだ。今は結果的に国王もやってるけど……俺は王には向いてないと思ってる。だから……」
「そうだったの……私はそんなことないと思うけど。でもどうして気が変わったの?」
「リルに出会って、リルを好きになって……この先、リルとの子に恵まれるかもって考えたら、リルとその子のためにこの先もグレライン王国が平和であり続けられるよう、俺が頑張らなくちゃなって思ったんだよ」
「えっ、私と、私たちの子どものため?」
驚きとともに、胸の辺りに温かいものがじわじわと広がっていく。
「ああ、言ったろ? もうリルは我慢しなくていいって。リルにはこれまで辛い思いをした分、幸せになって欲しいんだ」
「そんな……ありがとう……でも今でも充分よ。私、あなたと一緒にいるだけで幸せだもの」
それは本当のことだった。
好きな人と一緒にいられるってだけで、こんなに楽しくて幸せだなんて!
マルムド監獄にいたら一生知らないままだったわ。
ああ、母の言ってたことは本当だったのね、私にもいつか幸せがやってくるって……ただの気休めだと思ってたのに。
ふと気づくと、ウェンロッドの頰が心なしか赤くなってる?
「俺だって幸せだよ。本当に、まったく……でもこれから二人でもっと幸せになろう。そして二人で色んなところに出かけて、色んな体験をして、リルが長い間奪われていた分も自由を取り戻すんだ」
脳裏に、小さい頃の私の部屋が浮かんだ。
母と、そしてメアリルと過ごした……あの頃はメアリルとも仲が良くて、ウェンロッドに出会う前では一番幸せな記憶だった。
そのあと、母が死んでしまってマルムド監獄に……。
じめじめしてて、いつも臭くて。
こんなところに一生いなきゃいけないのかって思うと毎晩泣けたわ。
でも配膳の時にポリーおばあちゃんが話しかけてくれるようになって、そしてビスルドおじいちゃんも……。
そんなささやかな幸せはセルド王太子の呼び出しで壊れてしまったけど、もっとずっとまぶしい幸せを手に入れられた。
気づいたら行く筋もの涙が頬を伝っていた。
ウェンロッドが優しくぬぐってくれる。
「ああ、ウェンロッド、あなたに会えて本当によかった」
気がつけば、ウェンロッドのオレンジと銀のオッドアイがすぐ目の前にあった。
「俺もだ。世界で唯一俺を救える黄昏の魔女が、リルで本当によかったよ」
そしてそのままウェンロッドの顔がどんどん近づいてきて……。
唇に温かくて柔らかいものがゆっくりと触れ、私の頰にもうひと雫の涙がすべり落ちた。
ここまで読んでくださった方は、はたしてどれくらいいるのか……。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
設定がゴチャゴチャしたりベオがやたらと目立ったりと、反省点が多いですが、無事に完結できて安心しました。
まあオネエキャラが活躍するのはお約束ですよね。
次回はもっと軽い感じの、なろうらしい短編を書いてみようと思います。
そして感想やブクマや評価ポイント、いいねをくださった方、本当にありがとうございます!
とても励みになりました……。
まだの方がいらっしゃいましたら、去り際にブクマや評価(↓の方にある☆)をつけていただけると嬉しいです。
では、また次回作でお会いできることを願って。




