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第14話


 ついにパーティーが始まった。

 ウェンロッドが壇上に上がり軽く挨拶をして、生演奏の管弦楽が流れだす。

 テーブルにはグレライン王国特有のあの油多めの料理を筆頭に、さまざまな高級料理が並んでいる。

 けれども私はシャンパンのグラスすら受け取らず、ひたすらウェンロッドの隣に立って心を無にしていた。


 その間にも、他国の王族が何人もやってきてはウェンロッドに挨拶をしていく。

 私に気づいて誰なのか聞いてくる人もいたけど、ウェンロッドはあとで紹介するからとはぐらかしていた。

 その中にあの人物がいなくて、私はさりげなく周囲に視線をめぐらせる。


「あっ……」


 見つけてしまった。

 シャンデリアの光で金の髪がキラキラ輝いている、セルド王太子だ。

 どこかの王子らしき人と談笑している。

 そしてその横に、やけに目立つライムグリーンの明るいドレスの女の子がくっついていた。

 髪はセルド王太子とほとんど同じ金色だけど、その顔と空色の瞳を見れば誰だかすぐに分かる。


「メアリル……」


 メアリルはセルド王太子に楽しそうに話しかけたり、テーブルの料理を少しつまんだり。

 すると少しして、急に眉を寄せて唇を突き出す感じで、セルド王太子に何か文句を言ってる。

 チラチラとこちらに視線を向けながら。


 私を見ているのかとドキッとしたけど、違う。

 ウェンロッドを見てるみたい。

 私が横に立っていることなんて気づいてないみたいに、うっとりした目で……あっ!

 そうか、メアリルもウェンロッドがこんなに綺麗な人だなんて知らなかったのね。

 もしかして「早く私をウェンロッドに紹介してよ」とでも言ってるのかな?


 そんな私の思考は、突然の声に途絶えた。


「さあ陛下、そろそろでしょう。本日のメインを」


 式典用とかなのか?

 いつもの魔法騎士団の軍服を、より豪華にした姿のクレエドさんがやってきて、ウェンロッドに耳打ちをした。

 ついにきたわ。

 ウェンロッドが私を見て、私は頷く。

 そしてウェンロッドとともに、ホール奥の壇上に上がった。


 皆の視線がウェンロッドに集まり、そしてチラチラと私にも向けられる。

 ううっ、緊張で頭がクラクラする……。

 ウェンロッドがまず、賓客への礼を述べた。

 そして当たり障りのない話題を挟み――。


「さて、そろそろ本題に入ろう。実は世に出ている私のうわさ話の半分以上は嘘だ。本日集まってくれた皆も、色んな話を聞いていると思う。たとえば、私は戦が好きな傲慢で残虐な男だとか、極度の女好きで後宮(ハレム)は超満員だとか、化け物みたいな凶悪な見た目と強さから、獅子王と呼ばれているとか、な」


 ホールの中に小さな笑いのざわめきが広がった。


 私だってあなたに会うまで、それぜーんぶ信じてたわ!

 でも実際は、確かに多少我が道をいくタイプだけど、別に残虐なんかじゃないし、戦だって平和を求めてのことだった。

 後宮(ハレム)にあふれる女性たちは、みんなただの妃候補だったし。

 そして最後の化け物みたいっていうのは……魔法を使って暴走したウェンロッドは確かに人間離れしていたわ。

 でも外見は凶悪とはほど遠く、とっても整っていてこれ以上なく美しい。


「今回はその中の一つ、妃についてだ。私は長らく妃を持たずにいた。だが一国の主人(あるじ)が結婚しないと、国の行く末を案じられることが多い。とくにグレライン王国は代々多くの妃を迎えて、魔力の高い子を授かってきたからな。ゆえに変な噂を流して妃がいないことを誤魔化してきたわけだが……」


 そうだったの?

 それであんなに大袈裟な噂に……。

 戦が多いグレライン王国はイメージ戦略が大事ってことなのね。


「しかし本日でその偽りはもうやめる。私はこのオールラム王国から来た女性、リルシア・イステリナを妃とすることに決めた。そして妃候補を集めた後宮(ハレム)は解散する」


 ……えっ、今なんて!?

 後宮(ハレム)を、解散?


 婚約の話をするとしか聞いてなかったから、私も隣でびっくりする。

 でも驚いてる暇なんてない。

 みなの視線が、一斉に私に集まっていた。

 こんなに多くの人に見つめられたのなんて初めてで、逃げ出したくなったけど、ウェンロッドに恥をかかせたくない。

 頑張って少しだけ微笑んでみる。

 すると周りから好意的なざわめきが起こった。


 でも一部からは「え? 今、リルシアって……」という戸惑いの声も上がった。

 そりゃそうよね、みんな私のことを「メアリル」だと思っていたんだもの。

 後宮(ハレム)の女の子たちはみんなパーティーに招待されているから、アンヌもいるはず。

 あとで騙していたことを謝らなくちゃ……。

 ちなみにロラーナだけはここにいない。

 あの毒杯事件のあとすぐに家に帰されて、今は処分を待っている身なのだとか。


 そして私の名前に反応したのはセルド王太子もだった。

 恐る恐る目をやると、細い眉を片方だけキュッと上げて私を睨むように見ている。


「オールラム王国には昔から、およそ百年周期で聖女という存在が生まれる。リルシアはその聖女…………の、双子の片割れで、魔女と呼ばれる存在だ」


 途端にホール内にザワザワと落ち着かないざわめきが広がっていく。

 聖女だけでなく呪いの魔女の存在は、オールラム王国以外にでもそれなりに知られているらしい。

 ていうか、私が魔女って話もするの!?

 確かに隠し事はもうしないって言ってたけど……。

 けまもっと驚いたのはその次だった。


「国にとって大切な存在のリルシア、彼女を私の妻にすることを快諾してくれた、オールラム王国のセルド王太子には、この場であらためて礼を言いたい。さあ、壇上へ」


 えええっ、呼ぶの!?

 ここに!?


 でもセルド王太子は驚いた様子もなく、何か決心したような顔でこっちにやってくる。

 メアリルがその左腕にピッタリとくっついていたけど、壇上に上る階段の前でさすがに引き剥がされた。

 その様子から、事前に話が通っていたことを悟る。


 それなら私にも教えてよ!

 隣に立つウェンロッドを見上げて目で訴えるも、彼は口元に太い笑みを浮かべたまま、まるで友人に向けるような優しい眼差しでセルド王太子を見ていた。

 そしてついにセルド王太子がすぐ目の前にやってきた。


 この人に会ったのは、あの身代わりミッションを言い渡された謁見の間が最初で最後。

 あの時は距離があったから、こんなに近くで会うのは初めてだ。

 背はウェンロッドと比べれば低いけど、男性の中では平均的かも?

 筋肉はなさそうでスマート、顔立ちは母似なのか少し線が細くて神経質っぽいけど、整ってる方だとは思う。

 そして何より、今日はその顔に邪気のなさそうな笑みを浮かべていた。

 もしこれが初対面なら、良い人だと思ってしまうくらいに。


 二人は腹の内を隠しあいながら、当たりさわりのない挨拶をして、最後にウェンロッドからのお礼の言葉とともに握手を交わす。

 なんでこんなに穏やかなのよ……。


「ところで、私の聞き間違いでなければ……先ほどは、魔女、と?」


 セルド王太子の問いに、ウェンロッドは「ははっ」と短く笑う。


「ああ、何より君がよく知っているはずだ。君が聖女の代わりにリルシアを差し出したんだから」


 するとセルド王太子の顔から笑みが消えた。

 そして鋭い視線が私に向けられる。


 私は何も言えなかった。

 ウェンロッドからは、ただ隣に立っていればいいとしか聞いていなかったから……。


 しかしセルド王太子はすぐに視線をウェンロッドに戻し、役者さながらの申し訳なさそうな顔をした。


「この娘から何を聞いたか知りませんが、今回のことはすべて、私のあずかり知らぬところで仕組まれたようで。まさか、よりによって呪いの魔女をあなたの妃にと送り出してしまうとは……」


 セルド王太子は心底困った様子で額に手を当て、視線を落とす。


 知らなかった……この人、めちゃくちゃ演技が上手いのね!


「結果的にリルシアを気に入っていただけたようで何よりですが、体調に問題ありませんか? 彼女の近くにいると、呪いの魔女の力で生命力を失うと言われています」


 あくまで丁寧に、そして申し訳なさそうに話すセルド王太子。

 ウェンロッドはその茶番に付き合うつもりなのか、白い歯を見せて笑う。


「はははっ、どうかな。彼女といると楽しくて忘れてしまうよ。たが、う〜ん、言われてみれば少し疲れているような? まあこのパーティーの準備で多忙が重なっ……」


 ウェンロッドがまだ話している最中だった。

 セルド王太子が素早く動いて胸元に手を入れ、そして引き抜いた。

 その手には灰色っぽい細長い何か……えっ、銃!?


 気づいたのと同時にその銃口がまぶしく光り、破裂音が響き渡る。


 私は驚きと衝撃で床に倒れ込んでしまった。


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