第13話
「あらやだ、めちゃくちゃ素敵だわ! とっても似合うじゃないのぉ〜!」
部屋に入ってきたベオさんが、満面の笑みとオーバーリアクションで褒めてくれる。
ドレスを着るのを手伝ってくれた侍女さんたちは、入れ替わりで部屋を出ていった。
私はベオさんに引きつった笑いを返してから、目の前の姿見に視線を戻す。
明るいローズレッドのドレスは今まで見たことのないようなキラキラした生地と、シフォンのようなふんわり透けた生地がたっぷり使われている。
そしてウェストはこれ以上ないくらいキュッとなっているのにスカート部分が広がりすぎて、大昔に絵本で見たお姫さまそのものだ。
でもなんだか「服に着られてる」って感じ。
「えと、私にはちょっと豪華すぎる気が……」
「なに言ってるの! グレライン王国の王妃になるのよ、豪華すぎるわけがないでしょ?」
「でも色も派手すぎるし、私には似合わないんじゃ?」
「いや、すっごく似合ってる」
いつの間にか部屋のドアが開いていてウェンロッドが立っていた。
ツカツカツカと早歩きで私の目の前まで来ると、夢を見ているようなぼーっとした表情で私の顔と、そしてその下のドレスをまじまじと見ている。
「ウェンロッド、いつの間に……」
「すごい、なんだか人間じゃないみたいだよ」
え? どういう意味?
まあ私は魔女だから、厳密には人間じゃないのかもしれないけど。
「あ〜、やっぱりあと十着くらい作らせておけばよかったなぁ」
「だっ、だからそんなにいらないって言ったでしょ!」
結局、ドレスはこの一着しか作らせなかった。
だからなのか、ものすごく高価なものらしい。
遠い異国でしか採れない希少な染料や素材を使っているとか、生地の製法が特別だとか……私にはさっぱり分からないんだけど。
「リルのこんな姿が見られるんなら、パーティーも悪くないな」
「そうでしょ? ようやく結婚相手が決まったんだもの、これからはちゃんと出るのよ」
するとウェンロッドはまた私の全身を眺めながら、口の中でモニョモニョ言ってる。
ああ、まるで何もなかったみたいに元通りだわ。
いや、違う……ウェンロッドを失わなくて済んだし、みんなを騙してるっていう罪悪感もだいぶ軽くなった。
前よりずっとずっと楽しくて幸せ。
でも問題はまだまだある。
「さあ、衣装合わせは完璧ね。この後はまた大賢者さまのところに行って魔女のお勉強よ」
「えっ、もうドレスを脱ぐのか? せっかく着たんだから、このままダンスの練習でも……」
「ダメダメ、大賢者さまを待たせるわけにはいかないわ。あの人、偏屈で気難しいんだから」
私は二回目のプロポーズを受けた後、毎日その大賢者さまというご老人から、魔女についての色んな知識を教えてもらっていた。
大賢者さまは「神獣を殺めた祟りは魔女が鎮められる」と知っていた、大昔に引退した賢者さまだ。
お城に残ってほしいという要請を受ける代わりに「大賢者さま」と呼ばせてるって聞いたわ。
その大賢者さまのお話によると「奇跡の聖女」と「呪いの魔女」という呼び名は、三百年ほど前の聖女信仰が始まった頃に生まれたらしい。
それまでの呼び名は「暁の聖女」と「黄昏の魔女」だったのだとか。
そして驚きなんだけど……魔女にもちゃんと役割があった。
それは人々を神獣から守るというもの。
当時は神獣の数も多くて、凶暴化した神獣を鎮めるために人が生贄として捧げられることがよくあった。
そんな神獣の力を削いで鎮めていたのが魔女だ。
そして魔女は神獣を殺めた際の祟りも、鎮めることができたらしい。
それが変わったのが三百年前。
オールラム王国内の神獣を、国の兵士たちと魔女がすべて狩りつくした。
それが終わった時、黄昏の魔女は「呪いの魔女」の烙印を押されて幽閉されてしまった……。
その人は騙されていたのね、きっと。
そして魔女に対する記録はすべて破棄されて、聖女だけが尊いものとして崇められるようになる。
大昔、オールラム王国とグレライン王国は大きな一つの国だった。
だからグレライン王国の古い文献からウェンロッドにかけられた祟りの鎮め方が分かって、そこを辿って三百年前のことも判明したんだとか。
「私、大賢者さまに教わっても、まだまだ力の制御なんてできないけど……ちゃんと、あなたにかけられた祟りを鎮められるのかな?」
「心配するな、リルがそばにいれば多少は魔法が使えるようになったし、第一、最近は前より調子がいいんだ。半神獣化しても正気が保ってられる時間が長くなったよ。魔女や聖女の力は精神状態が影響するっていうから、それかな」
ウェンロッドはそう言ってからイタズラっぽく笑うと、急に私の腰を両手でつかんでヒョイと持ち上げた。
「きゃあ! ちょっと、なにするの!? た、高いわ!」
「ははっ、踊れないなら少しだけ、な? リルは相変わらず軽いなぁ、もっと食べて少しは太れよ」
そしてウェンロッドは私を抱き上げたまま、楽しそうにクルクルっと回る。
め、目が回るわ!
……でもこれ、ちょっと楽しいかも?
「ふふふっ、今はちゃんと食べてるわ、だから心配しないで」
あれから侍女さんが少しずつ周りのことをやってくれるようになったけど、前のアンヌたちみたいには疲れた様子がない。
大賢者さまによると、私の生命力を吸ってしまう力は、正確には神獣の力を吸い取るものらしい。
近くに神獣がいなければ、代わりに人間や動物の持つ生命力を吸ってしまう。
そして本来はその力はコントロールできるんだとか。
でも魔女自身が生命力を消耗していると力のコントロールが効かなくなる……。
自分の命を優先させて、身体を回復するのに周りから生命力を吸ってしまうの。
私は長い間、この状態だったみたい。
まず第一に、食生活があまりよくなかったから……。
そして聖女や魔女は病気にならないし、怪我もすぐ治してしまうけど、唯一ストレスに弱いみたいで。
私は小さい頃はずっと部屋に閉じ込められていたし、母を亡くしてからはマルムド監獄に入れられたから――。
「私、グレライン王国に来てからもずっと悩んでいたけど、それもあと少し……セルド王太子の件は、上手く行くと思う?」
セルド王太子の、ウェンロッドを襲う計画……。
ウェンロッドならどんな相手でも倒しちゃいそうだけど、計画の中身が分からないし絶対に安全とは言えない。
「まあ大丈夫だ。ベオとクレエドも頑張ってくれるだろうし」
「え、ベオさんが?」
クレエドさんなら分かる。
魔法騎士団の団長で、魔法が使えるし。
でもベオさんは……魔力がないから、王子になれなかったって聞いたのに。
そんな私の考えが伝わったのか、ベオさんが頰に手を当てて「うふふっ」と笑った。
「アタシにしかできないこともあるのよ。楽しみにしててね。さあ、早く着替えないと!」
ベオさんにしかできないことって?
けれどもそれで話は切り上げられて、ウェンロッドは名残惜しそうにベオさんに引っ張って連れていかれた。
◇ ◇ ◇
そしてついにパーティー当日がやってきた。
多くの国賓を招いて行われるパーティーはウェンロッドが国王になってからは初めてらしく、王都中がちょっとしたお祭りムードで賑わっている。
パーティーに出るアンヌたちや、私のお世話をしてくれる次女さんたちも朝から楽しそうにしてるけど、それに比例して私の緊張はどんどん高まっていった。
だって、大勢の前でウェンロッドの婚約者だって紹介されるんだし、ダンスも踊るし……。
けれども、あっという間にその時は来てしまった。
舞台は巨大なお城の中でも一番大きな大ホールだ。
あの豪華すぎるドレスを身につけ、髪も綺麗にアップにしてもらった。
侍女さんたちが「リルさまはもとが整っているので、あまり濃い化粧は似合わないかもしれません」とか「そうですね、ルージュ以外はナチュラルにいきましょう」なんて相談しあいながら、綺麗に化粧をしてくれた。
耳には真紅の宝石で作られた綺麗なイヤリングもつけてもらって……なんだか本当にお姫さまになったみたい。
「ああっ、今日もすごい綺麗だ!」
ウェンロッドが、普段の鎧姿と違ってボルドーのなんだかカッコいい服でやってきた。
普通の服よりは軍服みたいだけど、生地はキラキラしてるしデザインもかっこいいし、とっても素敵。
「あなたも、なんだかいつもと違うけど、その服とっても素敵だわ」
「そうか? ありがとう。でもリルには負けるさ。この間は『人間じゃないみたい』なんて変な言い方してごめんな、あの後ベオに怒られたよ。でもなんて例えればいいのか……そうだ、女神さま、かな? リルは神々しいまでに綺麗だ」
どうしてウェンロッドは……そうやって、恥ずかしげもなく私を褒めてくれるんだろう?
顔が熱くなると同時に、何かが込み上げてきて泣きそうになる。
でもダメ、せっかくの化粧が崩れちゃうもの。
「もう、パーティーの前に泣かせないで。これからが本番なんだから」
「ああ、そうだな。そろそろだ、行こう。緊張してるか? リルはただ俺のそばにいて、話が終わったら一緒に踊ってくれればいいから」
ウェンロッドに腕を出され、手をのせる。
そしてゆっくりと大ホールに向かって歩き出した。
「セルドは予定どおりパーティーに来てるよ。しかもリルによく似た女性を連れてるらしい」
「えっ、それって……」
「本物のメアリルか? 染めてるのか、髪の色は違うらしいんだけどな」
信じられない……偽物の聖女を送り込んでおきながら、本物の聖女を連れてきたってわけ?
「あの人たちの考えること、理解できないわ、まったく……」
「まあ、あいつに悩まされるのも今日でおしまいだ。それに俺は、今日で色々とりつくろうのはやめようと思う。俺の変な噂や神獣のこと、そしてリルのことも全部」
「えっ、大丈夫なの?」
「俺が神獣を討伐したって話は隠しようがなくて、他国にも広まってるしな。呪いに打ち勝ったなんて言われてる。俺が化け物になりかけてるなんて情報が流れれば、戦や国家間の関係に影響するから隠してきたけど、リルがそばにいてくれるからもういいんだ」
ウェンロッドは晴れやかな顔をしている。
その端正な目元は軽く細められ、長いまつ毛が影を落とす。
その横顔に見惚れていたら、あっという間に大ホールに出た。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
明日の昼に最後の話を投稿予定です。
ただ、あと三話ほどあるので最後だけ急に投稿頻度が上がるという……汗
まとめて書いて分割したらけっこう話数がありまして……。
とにもかくにも、引き続きお付き合いいただけると嬉しいです!




