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第11話


 あれから何日が経ったのか。

 この窓のない小部屋に連れてこられて何度か食事が運ばれたけど、ほとんど口をつけていなかった。

 水だけは少し飲むようにしてるけど……喉の奥が詰まったような感じで、ぜんぜん食欲がわかなくて。


 火傷を治してもらった後はずっとこの小部屋に監禁されている。

 一度、クレエドさんが事情を聞きに来たから、もう隠すことなくありのままを話した。

 友人の囚人を人質に、メアリルの身代わりを命じられたこととか、色々。

 言い訳はしなかったけど、できれば友人の命は助かるよう考慮してほしいって伝えた。

 ……でもそれはセルド王太子次第よね。


 私は多分、このままずっと監禁されるんだと思う。

 私を殺せば本物の聖女であるメアリルも死んじゃうし。

 でも監禁って言っても、マルムド監獄よりずっとマシだわ。

 部屋は広いし綺麗だし、着替えだって清潔で素敵な服だし。

 食事は食べられてないけど、後宮(ハレム)にいた時より量が減ったくらいで豪華なまま。


 それより、ずっと頭から離れないのはウェンロッドのことだった。

 私は彼をどれだけ傷つけたんだろう……。

 私のせいで、さらに女嫌いになったかもしれない。

 でもメアリルと仲良くなってくれないと、神獣の祟りが……。

 メアリルはちょっと嫌な性格だけど、何かあって心を入れ替えるようなことがあれば……もしかして、メアリルがウェンロッドの妃になることもあるのかな?


 そんな馬鹿な考えで、胸がギュッと苦しくなった。


 コンコンコン。


「リルさま、急で悪いけど一緒にきて欲しいの」


 ベオさんだった。

 私は先頭をベオさん、両脇と後ろを魔法騎士団の団員の男たちに囲まれて部屋から出た。


「あなたが聖女じゃないってことはまだ箝口令が敷かれているんだけど、どこからかカーヴィナル公爵家にもれちゃったらしいのよ」


「カーヴィ……え、ロラーナに?」


 ベオさんは心底困ったような顔で頰に手を当てる。


「陛下は今、大事な軍事会議中でね。そこを狙ってロラーナさまがあなたに会わせろと無茶を言ってきたの。後宮(ハレム)にカーヴィナル家の女騎士たちを連れ込んで、もう大変で……だから悪いんだけど、少しだけ相手をしてくれないかしら?」


 え、相手って言っても……。

 ロラーナは今会いたくない人ナンバーワンだ。

 でも私のせいでベオさんやみんなが困っているのは申し訳ないわ。


「はい、分かりました……」


「少しの間だけ我慢してくれればいいから。でもリルさまが聖女じゃなくて呪いの魔女だという件は、まだ話さないようお願いね」


 にっこり微笑むベオさんはいつも通りで、なんだか拍子抜けしてしまう。

 そうして後宮(ハレム)の裏口で団員たちと別れ、ベオさんと二人で中に入った。


 サロンの中央に、ロラーナが待ち構えていた。

 背後には壁を作るように何人もの女騎士たちが並び、その向こうに後宮(ハレム)にいる女の子たちや侍女さんらしき女性たちが、困惑した様子で集まっている。


「さあ、約束どおり連れてきたわ。時間はそんなにないわよ」


「礼を言うわ」


 ニコッと笑うベオさんに、ほほえみ返すロラーナ。

 なんだか嫌な予感がした。


「さあ、なぜ自分がここに連れてこられたのか分かっているわね? あなたはやっぱり聖女なんかじゃなかった。みなを騙してここ後宮(ハレム)に入り込んだ、下民の罪人よ!」


 途端にサロン内にざわめきが満ちる。


「あなたは聖女を(かた)り陛下を籠絡しようとした上、私を見下して馬鹿にしたわね? その報いを今ここで受けてもらうわ」


 えっと……。

 いや、別にロラーナのことは見下しても馬鹿にしてもないはず。


「なぜ黙っているのよ。私の話がすべて真実だから、何も言えないのかしら? うふふふふっ」


 ロラーナが勝ち誇ったように笑う。

 ちょっとムカッとしたけど……なんて言えばいいの?

 私は確かに聖女じゃないけど、それは話しちゃいけないって言われたし。

 あれ? 話しちゃいけないのは呪いの魔女のことだけ?

 聖女じゃないっていうのも含むのよね?

 ああ、詳しく聞いておけば良かった……。


 ベオさんは壁際で腕を組んで静観している。

 助けを求めて視線を送ったけど、気づかないのか目を合わせてくれなかった。


「もしかして、この期に及んで自分は聖女だとでも言い張るつもり?」


 そうではないんだけど……。


「いい加減、なにか言ったらどうなの!? いいわ、そこまで強情を張るなら考えがあるのよ」


 ロラーナは背後に立つ女騎士の一人から、おしゃれな装飾付きのグラスを受け取った。

 中には紫色の半透明の液体が入っている。


「これは私が精製した毒よ。私は状態異常を起こす補助魔法が使えるの」


 えっ、毒!?


「聖女のあなたなら、この毒を飲んでもすぐに解毒できるはずよ。その奇跡の力でなんでも癒せるんだもの。だから自分が聖女だって言い張るなら、これを飲みなさい」


 なっ……毒を飲めって……。


「それは……」


 さすがに何か言おうと口を開いたけど、誰かの叫びがそれを遮った。


「そんなの飲んじゃダメよ! いくら癒せるって言っても、治癒が終わるまで苦しむことになるわ!」


 アンヌだった。

 女騎士二人に押し止められながら、一生懸命に叫んでいる。


 ああアンヌ、今でも私のことを信じてくれているのね……ごめんなさい。


「お黙りなさい! 静かにしないならサロンから追い出すわよ」


「でもっ……!」


「心配いらないわよ。聖女でなければとても苦しむ事になるけれど、手遅れになる前にうちの騎士が解毒魔法を使ってあげるから死にはしないわ」


 な、なるほどね、用意周到だわ……。


「さ、早くこれを飲んで、自分が聖女なのかそうじゃないのか証明しなさい!」


 ロラーナがグラスを片手に私に近づいてくる。

 助けを求めてベオさんを見ると、ベオさんは苦しそうな、それでいて少し怒っているような表情で私を見つめていた。

 もしかして……ベオさんはこうなることが分かっていたの!?


「そんな……」


 でも、不思議じゃないわね……。

 私はベオさんの大事な兄弟であり、国王であるウェンロッドを殺そうとしたんだもの。


「……分かったわ」


 目の前に立つ、背の高いロラーナを見上げる。

 その美しくも恐ろしい顔を見ながら、グラスを受け取った。


「ああ、ひとつ言い忘れたわ。あなたが聖女でなければちゃんと解毒してあげるけど、その毒はとても強力なの。だから解毒しても声帯が焼けてしまって、もしかしたら声が出なくなるかもしれないわね」


 ロラーナはニヤリと笑いながら、恐ろしいことを言った。


 こ、声が出なくなるかもしれないの?

 恐怖でグラスを持つ手が震えそうになる。


 声が出なくなるなんて、そんな……あれ?

 よく考えたら、別に困らないかも。

 きっと、私はもうマルムド監獄には戻れないし、ポリーおばあちゃんとビスルドおじいちゃんには二度と会えない。

 そうなると、この先は楽しく会話する相手なんていないんじゃない?

 あとはできるならウェンロッドにちゃんと謝りたいけど、会ってくれるとは思えないわ。

 

「だから何か言い残したことがあるなら、今のうちよ」


 意地悪な笑みを浮かべるロラーナに腹が立つけど、それと同時にちょっとだけ同情が湧いた。


「では、あなたに一つだけ」


「あら、何かしら?」


「自分より立場が下の女の子たちを虐めたり、いびったりするのはもうやめた方がいいわ。ウェンロッドはみんな知ってるから」


 ロラーナはポカンとした顔で私を見た後、急に顔が真っ赤になって怒りをあらわにした。


 バチンッ!


「憎たらしいわね、まったく! さっさとそれを飲みなさい! そして苦しむがいいわっ!」


 頰の痛みと熱さ、そして目の前がチカチカして、ロラーナに引っぱたかれたのだと分かる。

 その勢いでグラスの毒がこぼれた。

 床の高級そうな毛足の長いカーペットが「ジュウゥ……」と溶ける。


 こ、こんな物を飲まないといけないの?


「ダメよメアリル、そんなの飲んじゃダメ!」


 アンヌの叫びを筆頭に、周囲の女の子たちからもロラーナを非難する声が上がった。

 女騎士たちが剣を抜いて「黙りなさい!」と叫ぶ。

 まずいわ、このままだとアンヌや誰かが怪我してしまうかも。

 そんなの絶対にダメよ!


「今飲むわ! だから誰にも手を出さないで!」


 私はそう叫んでから、一気にグラスをあおった。


 舌に痺れるような苦味を感じたと思った途端、喉が焼けるように熱くなり、私は思わず咳き込んだ。


 グラスが手から転げ落ち、私は床に這いつくばってえづく。

 カーペットには毒の紫と、そして真っ赤な血がボタボタッと散った。

 周囲から悲鳴が上がる。


「なにこぼしてるのよ、ちゃんと全部飲みなさい! ほら、予備のグラスを早くっ」


 ロラーナがヒステリックな声を上げている。

 私は口内から舌、喉、そして胃の辺りまで猛烈な痛みが広がり、動くことすらできない。


 もしかしてこのまま死んじゃうのかしら……。

 そしたらメアリルまで死んでしまって、ウェンロッドは――。


「ほら、予備の毒よ。これを全部飲み干すの」


 ロラーナの声になんとか顔を上げると、涙で歪む視界にさっきと全く同じグラスと、たっぷり注がれた紫の液体が映る。

 それを見た途端、頭のどこかでブチっと音がした。


「こんなまずいもの、飲み干せるわけないでしょ! 馬鹿じゃないの!?」


 怒りをエネルギーに立ち上がって、ロラーナをにらみつける。

 ロラーナは私がキレるとは思ってなかったのか、ビックリした顔でよろっと後ずさった。


「すぐ解毒できるっていうなら、まずあなたが飲んでみなさいよ!」


 そりゃ私はみんなを騙していたし悪いのは認めるけど、こんなのを全部飲むなんて無理よ!

 まずいのはもちろん、喉がめちゃくちゃ痛いし、すごくむせちゃうし、それに、それに……あれ?


 ……口も喉も、もう痛くないわ。


「さて、これでリルさまがご自分を治癒できることが証明されたでしょ? もう帰っていいかしら?」


 ベオさんだった。

 腕を組んだまま、微笑みを浮かべて私たちの方に歩いてくる。

 ベオさんの視線がチラッと混乱状態の私に向けられ、アイシャドウばっちりの片目がパチリとウィンクした。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

土日で完結はできなかったんですが、今週中の完結に向けて頑張ります。

引き続きお付き合いいただけると嬉しいです!

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