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第10話


 あれから三日。

 私は一度もサロンに顔を出していなかった。

 だって私の呪いの魔女の力がみんなに影響してしまうから……。

 部屋を出るのはウェンロッドとのダンスの練習の時だけ。

 だから今日も侍女さんに連れられて、サロンを通らずに後宮(ハレム)を出る。

 そしてダンスの練習場を目指して城内を歩いていた。


 相変わらずウェンロッドは元気だけど……どうしてなの?

 身体も大きいし、魔力もすごいらしいから、生命力が普通の人より多いとか?

 そうだとしても、ずっとこのままってことはないわ。

 もし何かの理由で私の呪いの力がウェンロッドに効かないんだとしても、彼はこのままだと神獣になってしまうんだし……。


 私は自分がウェンロッドのことを好きになってしまったと気づいてから、彼を救う方法を考え続けていた。

 実は彼がいい人だと分かった後、何度か頭に浮かんでる案がある。

 それはウェンロッドに、すべて話してしまうというもの。

 自分は呪いの魔女で、本物の聖女はオールラム王国にいると打ち明けるの。


 ウェンロッドはショックを受けるはず、私に騙されていたと知って……。

 そして私を嫌いになるでしょうね……。

 さらに、ウェンロッドが「本物の聖女を寄越せ」とオールラム王国に迫ったら、セルド王太子は自分の正体をバラした私に怒って、ポリーおばあちゃんとビスルドおじいちゃんを――。


 ウェンロッドに二人のことを話して、うまく交渉してもらうという手もあるけど、そもそもあのセルド王太子が大人しくメアリルを渡すと思えない。

 国王陛下はいい人だって評判だから、お元気ならなんとかしてくれそうだけど、長らく病に臥せっていて譲位も間近だって言われてるし。

 そうなると戦になって、多くの人が傷つき亡くなってしまう……。


 誰にも死んでほしくないのに、他に案が何もない。

 もうっ、一体どうしたらいいの?


 悩みながら城の巨大な中央ホールに差し掛かった時だった。

 その中央ホールは多くの人が城内を行き来しているけど、ビックリするほど静かだ。

 それなのに今日は遠くから騒ぎ声が聞こえてくる。


「わああぁっ、陛下が!」


 赤茶の鎧姿の魔法騎士団の騎士たちが、叫びながらこっちに走ってきた。


「陛下って……?」


「どうしたのでしょうか?」


 私が侍女さんと戸惑っていたら、走ってくる彼らの後ろに燃え盛る炎が見えた。

 そして次の瞬間、騎士たちの身体は吹っ飛び、炎につつまれながらホールの中央にゴロゴロと転がる。


「きゃ! な、何があったの!?」


 転がる彼らを追いかけるように、今度は炎をまとった大きな影が飛び出してきた。


「暴走だ! 陛下から逃げろぉ!」


「団長はどこだ!? 団長を探せーっ!」


 みなが叫んで逃げ惑う中、炎の中で立ち上がったのは、髪がほとんど銀色に変わったウェンロッドだった。

 乱れた長い髪の頭にはあの銀の毛に覆われた耳が生え、腰のあたりには長い獣のしっぽが揺れている。

 さらに銀色に変わった瞳は鋭く、食いしばった口の端には鋭い犬歯が覗いていた。


「ウェンロッド……!?」


 大変、暴走してるんだわ!

 クレエドさんが魔法を使うと暴走するって言ってたけど、どうしたら元に戻るの!?


 彼の姿はこの前よりも人間離れしていて、その険しい表情はいつもと全然違う。

 ウェンロッドは距離を取る魔法騎士団の一人に視線を向けると、ものすごい速さで駆けていった。

 そして炎とともに飛びかかる。


「やめてっ、死んじゃうわ!」


 そう叫ぶ間にも、ウェンロッドはすぐに次の標的を見つけ襲いかかった。

 今度の人は魔法で氷のような壁を作り出したけど、一瞬で砕け散ってしまう。


 少し離れた私のところまで炎の熱さが届き、恐怖で膝が震えだす。

 でもこのままウェンロッドが人を傷つけていくのなんて、見ていられない。

 どうにかして止めないと!


「メアリルさま!?」


 私が駆け出したから一緒にいた侍女さんが驚いて声を上げ、それで周りのみなが私に気づいた。


「メアリルさまだ! きっと陛下を止めてくださる!」


 クレエドさんから、ウェンロッドの祟りのことは魔法騎士団の団員や一部の人しか知らないって聞いていた。 

 ということは、魔法騎士団の人は聖女が祟りを鎮められるって話も知っているのかも。


「ウェンロッド、もうやめて!」


 ウェンロッドは次の標的に飛びかかろうと立ち上がるところだった。

 本人は熱くないのか?

 その身体のあちこちには、炎がまとわりついて燃え盛ってる。


 名前を呼んでもダメ、身体には火がついていて触れない。

 じゃあ、どうやって止めればいいの!?

 でも早くしないと周りの人が次々と……。


 これは私のせいだわ。

 私がもっと早く、自分が聖女じゃないって打ち明けていればよかったのよ。

 そうすればどうにかしてメアリルが呼ばれて、ウェンロッドの祟りは無事に……。

 それなら、私が責任を取らないといけない。


 ウェンロッドが、次の標的に飛びかかろうと身を屈める。


「ダメよっ!」


 私は身体ごとぶつかるようにしてウェンロッドに抱きついた。


「メアリルさま!!」


 抱きついた腕やお腹がヒヤリとしたかと思うと、今度は強烈な熱さに襲われる。

 そりゃそうよ、炎ごと抱きしめてるんだもの。


「ウェンロッド、しょ、正気に戻って! くっ……あなたが襲ってるのは、敵じゃないわ!」


 そこで私の力は尽きた。

 熱さと痛みでもう腕に力が入らなくて、そのままずり落ちる……。


 けれども、今度はその私の身体を、ウェンロッドが抱き止めた。


「リル……? なっ、なんで!?」


 熱さと痛みで朦朧とする中、見上げた先のウェンロッドは、まだ銀の髪に銀の瞳のままだった。

 けれども戸惑うその表情はいつものウェンロッドだ。


 明かりを反射してキラキラと輝く銀の長い髪と、その頭に乗っかる獣の耳。

 神秘的でとっても綺麗。

 ああ、きっと獅子王って呼び名はこの姿を見た人たちがつけたのね――。


「誰かっ! 早くリルを治してくれ!」


 ウェンロッドのその叫びとほぼ同時に、バキキキッと軋むような音がホール内に響き渡った。

 身体を包む熱が消えて、今度は急速に冷たくなっていく。

 見ると、私の胸まで真っ白な氷に覆われていた。

 私だけじゃない、床から壁まで全てが凍りついて、床のあちこちで燃え盛っていた炎は全て消えている。

 そして周りにいた騎士たちも、身体の半分以上が床ごと凍りついていた。

 ただ一人、ウェンロッドを除いて。


「まったく、あれほど魔法の使用は禁止ですと申したのに! 君、早く回復魔法の使い手を集めて。まずはメアリルさまの治療が最優先だ」


 それはクレエドさんの声だった。

 ホールの入り口で膝をつき、床に手を当てた姿勢で近くの団員に命じている。

 それと同時に、周囲の氷が「ジュウゥ……」と解けていった。


「ああっ、ひどい火傷だ……ご、ごめん、リル、俺はなんてことをっ……!」


 混乱した様子のウェンロッドが、私をゆっくりと床に横たえて、自分の背中のマントを外してかけてくれた。

 すると駆け寄ってくる足音がして、誰かが傍らにしゃがみ込み、なにやらブツブツと唱え始める。

 きっと回復魔法ね、助かったわ……。


「だ、大丈夫よ……私、こう見えて怪我や病気には強いの」


 とは言っても、今回のはかなりキツかったわ。

 ちょっとだけ死ぬかと思ったし。


「思ったより火傷の範囲が狭いですね。もうすぐ楽になりますよ。髪が燃えなくてよかったです」


 クレエドさんが膝まづくウェンロッドの横に中腰で立ち、心配そうな顔で私を見てそう言った。

 そして「他の者を見てきます」と言い置いて去っていく。


「リル……すまなかった……あの状態になると何が何だか分からなくなるんだ」


 涙目になっているウェンロッドに、私はなんとか微笑むけど、痛みのせいで笑えたかどうか。

 でも回復魔法の効果か、痛みはどんどん引いていく。

 同時に、周囲の人々の声が耳に届いた。


「メアリルさまがいらして助かった……団長もすぐに駆けつけてくださったし」


「しかし陛下は今回、初級レベルの魔法を使われただけだぞ。聖女のメアリルさまがグレラインに来れば、祟りも鎮まると思っていたんだが……それだけじゃダメなのか?」


 その落胆の声を聞き、私は胸が締め付けられた。

 そして覚悟を決める。


「そうよ、ダメなの。私がそばにいても、意味ないわ……」


 心臓が高鳴る。


「だって私は、聖女じゃないんだもの」


 大きな声は出なかったのに、すぐさまホール内が静まり返った。


「何を言ってるんだ……?」


 戸惑うウェンロッドの、オッドアイに戻ったオレンジと銀の瞳を見つめて、ゆっくりと告げる。


「黙っていてごめんなさい。私は本当は聖女じゃないの。聖女の片割れ、呪いの魔女よ。私はあなたを救いに来たんじゃない……あなたを殺すように言われて、ここに来たの」


 ついに言ってしまった……。

 ウェンロッドの顔を見ていられなくて、瞳を閉じる。

 周囲に、ざわめきが広がっていった。


「えっ、な……殺す? 俺を?」


 戸惑うウェンロッドの声にかぶさるように、ツカツカと硬い足音が足早にやってきた。


「メアリルさま、今なんとおっしゃいました? 聖女ではなく、呪いの魔女、と……?」


 クレエドさんだ。

 私は目を閉じたままうなづく。


「ええそうよ。周囲の人たちの生命力を奪い、しまいには死に至らせる忌まわしい呪いの魔女。それが私……本当の名前はメアリルじゃない、リルシアなの」


「呪いの魔女って……じゃあ、ずっと俺を騙していたってことか? 嘘だろ?」


 震えるウェンロッドの声に、私は目を開けた。

 立ち上がったウェンロッドは一歩、二歩と後ずさる。

 その顔はやや目を見開いた無表情だった。

 けれども目が合うと、眉が寄せられ険しい顔になる。


「リルが俺に語ったことはみんな嘘だったっていうのか? 全部、俺に近づいて、俺の命を狙うために……?」


「ごめんなさい……本当に」


 ウェンロッドの顔が苦悩に歪む。

 そして彼はさっと踵を返すと駆けていっていってしまった。

 代わりにクレエドさんが私の横に膝をつく。


「……リルシアさま、あなたを陛下暗殺の容疑で拘束させていただきます。いいですね?」


 私はただ、静かにうなづくしかなかった。


ここまで読んでくださりありがとうございます!

土日で一気に完結させたいですが、どうでしょう……。

とりあえず頑張りますので、引き続き読んでいただけると嬉しいです。

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