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第1話


 じめじめとした石造りの床をキコキコと音のするワゴンを押しながら、ゆっくりと歩く。

 ワゴンに載っているのは、ここマルムド監獄にいる囚人たちの食事だった。

 ほとんど具のない冷めたスープと、カチカチのパン、あとは木製のコップでお水が一杯。


 私は一つの牢の前で立ち止まると、ワゴンからトレーを一つ取って、扉の下の配膳用の小窓から中に差し出す。

 すると突然、手首をつかまれた。


「きゃっ!」


「おい、ネエちゃんよぉ! ちっとばかし愛想よく笑ってくれねぇか? ええっ?」


「もうっ、スープがこぼれますよ! それに笑えったって、腕をつかまれてちゃ格子窓から顔を見せられないんですけど?」


「はっ、言うじゃねえか! だがな、俺は味もしねぇこんなスープより、若い()の柔肌の方がいいんだよ、ひひひっ」


 うわぁ、気持ち悪っ!

 でももう六年もここにいるし、こんなのにも慣れてる。


「今日のスープはけっこう濃いめの塩味ですよ。私もあなたと同じ食事を食べてますから」


「なに? 俺たちと、同じ飯だって……?」


 相手が戸惑った瞬間を見逃さず一気に腕を引いたら、ようやく男の手が離れた。


「ふざけんなっ、役人が囚人と同じまずい飯を食うわけねえだろうが!」


 私はその怒鳴り声を無視して、再びワゴンを押して歩き出す。


 そうね、獄吏(ごくり)と呼ばれる役人たちは、食事の時間になると交代でこの地下の監獄から出て地上の食堂に行くわ。

 けれども私は違う。

 役職だけは「獄吏補佐」なんて立派なものだけど、囚人たちと一緒でここマルムド監獄から出ることはできない。

 私はここで一生を過ごすしかないから。

 暗くて湿ってて、なんか臭くて、食事も美味しくないし、お風呂だって週にニ回しか入れない、この重罪人ばかりのマルムド監獄で――。


 でも六年もいれば、それなりに楽しみもあるわ。

 たとえば私のたった一つの趣味の読書。

 ここには囚人のための古くて小さな図書室と、役人たちが回し読みしてくたびれた大衆雑誌があった。


 そしてなにより嬉しいのは、ここにきてからの六年間で二人の友達ができたこと!

 二人とも囚人だけどね。

 最初の友達は、理不尽に殺された息子の仇に貴族を襲ってしまったポリーおばあちゃん。

 もう一人は奴隷出身で長年盗みを生業(なりわい)にしていた、ビスルドおじいちゃん。

 この二人は私の恐ろしい体質を知っても怖がらずに、色んな話を聞かせてくれる。

 いつも牢の扉越しに、数分話をするだけだけど。


「おはよう、ポリーおばあちゃん。朝ごはんよ」


 私は明るく声をかけながら小窓を開けて、トレーを中に置く。


「おはよう、リル。また新しい囚人があんたに絡んでいたねぇ」


「あんな若造、飯抜きじゃ! そんで牢の前に椅子を持ってきて、一晩中でも座り続けてやればいいんじゃ!」


 柔らかな声はポリーおばあちゃん、私の代わりに怒ってくれているのが、向かいの牢のビスルドおじいちゃんだ。

 二人とも亡き母と同じ愛称の「リル」で呼んでくれる。


「だめだめ、私の呪いの力を使っていいのは、暴れてしかたない囚人だけなんだから」


 なだめる私をよそに、二人とも笑ってる。


「はい、ビスルドおじいちゃんのトレーも置くわよ。じゃあ私、行くから」


「なんじゃ、もう行くんか? 後でまた来るんじゃろ?」


「うーん、今日はやめておくわ。ポリーおばあちゃん、夜に咳をしてたでしょ? 早く元気にならなくちゃ」


 すると二人とも残念そうにため息をつく。

 でも体調が万全じゃない時に私がそばにいると、危険だから……。

 私も心の中でため息をつきながら、次の牢へと向かった。


 そうしてワゴンのトレーをすべて配り終わった時のことだった。


 ガシャン、ガシャン!


 階段からたくさんの硬い靴音が聞こえてきた。


 兵士の足音だわ。

 罪人を連行してきたにしては足音が多い気が……えっ、銀色の鎧?


「うそ、近衛兵……?」


 全部で十人近い近衛兵が、薄暗い廊下に現れた。

 その中のひときわ立派な鎧と兜を身につけた男性が、私の方に近づいてくる。


「あなたがリルシア・イステリアか?」


「はい、そうですけど……何か御用ですか?」


「セルド王太子殿下がお呼びだ。このまま王宮へお連れする」


「セル……えええっ!?」


 ◇ ◇  ◇

 

「もう一度言う。リルシア、お前はグレライン王国の国王、ウェンロッドに(とつ)ぐのだ」


 人払いがされた謁見の間に響き渡る、セルド王太子の冷徹な声。

 私は赤絨毯の上に膝をつき、顔を伏せ、全身で浴びるようにそれを聞いていた。


「グレライン王国のウェンロッドが、聖女を差し出せと言ってきおった。ったく、我が国を属国と侮り見下しおって! ……しかし私の愛しい婚約者、メアリルを渡すつもりなど毛頭ない。ゆえに双子の姉であるリルシア、お前が聖女のふりをして行け」


 私が固まってるから、わざわざ同じ話を二回してくれたみたいだけど……そりゃこんなの誰だって固まるわよ!

 貴族のご令嬢ならともかく、私がグレラインみたいな大国の王さまと、結婚?

 しかも私は普通の女の子ですらないっていうのに?


「あの、私は九歳でマルムド監獄に入ってから今日まで、外に出る事の叶わなかった身です。そしてマルムド監獄の中ですら、人との接近は厳しく制限されています。それなのに、いきなりグレライン王国へ……?」


「だからその制限を取っ払ってやろうと言っておるのだ。まったく理解力が乏しいな、君の姉は。とても姉妹とは思えん」


「仕方ありませんわ。姉は普段、下賤の者としか会話しないんですもの。今日はセルドさまにお会いして緊張しているのでしょう」


 少しだけ顔を上げて仰ぎ見れば、立派な椅子に座る金髪の神経質そうな顔立ちの男性と、その横に立つ私の妹、メアリルの姿が見えた。


 最後にメアリルに会ったのは六年前だけど、双子だからすぐに分かった。

 メアリルは空色の瞳で私を見て、口元に微笑みを浮かべた。


「では私から説明しますわ。ねえリルシア、私は聖女だもの、とっても大切な存在なの。だから私の代わりにあなたがグレライン王国に嫁いでくれない? ほら、私たちは聖女の証として有名なこのプラチナブロンドも、顔立ちや背格好も、ほとんど同じでしょ? 違うのは瞳の色の濃さくらいかしら? きっと誰も気づかないわ」


「メアリル……いくら似てるっていっても、私はあなたじゃないのよ?」


 私はニコニコしているだけで魔物を遠ざけ、生命力をあふれさせる奇跡の聖女、メアリルとは違う。


 むしろ忌み嫌われる存在――。


 そばにいるだけで生命力を奪い、生あるものを死に至らしめる呪いの魔女、リルシアだった。


 呪いの魔女は、聖なる存在である聖女を生み出す際の副産物だって言われてる。

 つまり聖女を授かるのと引き換えに、魔女という厄介な存在を押しつけられてしまうというわけ。

 本来ならすぐにでも亡きものにしたいくらい忌まわしい存在だけど、魔女が死ねば片割れの聖女も命を落としてしまうらしい。

 だから聖女の急所にもなり得る魔女の存在は伏せられ、生まれてすぐに国の中枢に監禁されてしまう。

 私も母が亡くなってからは、王都地下の終身刑囚専用のマルムド監獄に閉じ込められていた。


「そう、あなたは忌まわしい魔女ですものね。だからもしあなたが嫁げば、あの獅子王(ししおう)と恐れられるウェンロッドだって、たちまち生命力を失って弱っていくはずよ。そして、しまいには……」


 そこでメアリルはニッコリと微笑んだ。

 その頰は私と違ってツヤツヤしてて、笑顔は花咲くように愛らしい。


「あなたが私の代わりにグレライン王国に嫁いでも、私は身を隠さないといけないし、セルドさまと結婚できないでしょ? だからリルシアには帰ってきてもらわないといけないのよ。そう……ウェンロッドを、殺して」


「えっ……こ、ころっ!?」


「こらメアリル、滅多なことを言うもんじゃない。しかしなぁ、確かにあのウェンロッドさえいなくなれば、グレラインなど簡単に陥せるだろうな」


「まあ、なんと勇ましいのでしょう! さすがセルドさまですわぁ」


「お待ちください! 人を殺すだなんて、私っ……」


「黙れ! 私はそんなことは命じておらん。先ほどのはメアリルの妄想だ。だが……そういえば、近ごろのマルムド監獄は囚人であふれているそうだな。空きの牢もあとわずかだとか。我が国が死刑を廃止して三百年あまり、そろそろ死刑制度を復活させる頃合いかもしれん」


「死刑!? それって……」


 私の脳裏に、とても大事な二人の顔が浮かんだ。

 マルムド監獄にいるんだもの、二人とも終身刑だ。

 終身刑はこの国の最高刑だから、世が世なら死刑なのかもしれない……。


「聞いたところによると、お前は仲の良い囚人がいるとか。メアリルとの結婚があまりにも先に延びれば、私はイラついて死刑制度を復活させてしまうかもしれん。そうなるとまずは古い囚人から刑の見直しと死刑執行を行うことになるだろうなぁ、ふははははっ」


「ふ、古い囚人って、そんなっ……!」


 なんて嫌なヤツなの!?


 つまりポリーおばあちゃんとビスルドおじいちゃんを助けるためには……。

 メアリルのフリをしてグレライン王国に行って、ウェンロッド国王を殺さないといけないの?


 グレライン王国の若き王ウェンロッドは、このベガルダ大陸の国々を次々と征服している戦好きの恐ろしい人だった。

 隣国のここオールラム王国は、今は病に臥せってる国王陛下が交渉上手だったおかげで侵略はされなかったけど、真っ先に従属国にされた。

 そしてウェンロッドは国王でありながら、とても強力な魔法の使い手で、自ら戦場に出るとか。

 さらには化け物のように凶悪なその容貌と強さから、獅子王と呼ばれて恐れられていた。


 だから……きっと、大勢の人から恨まれていてるはず。

 う〜ん、でも人を殺すなんて……。

 いいえ違うわ、できるかどうかじゃない、やらないと友達を失っちゃうのよ!


「わ、分かりました……私、メアリルの代わりに、グレライン王国に行きます……」


 私は絞り出すようにそう答えていた。


第一話を読んでいただき、ありがとうございました!

途中まで書き進んでいるので、本日はあと1〜2話くらい投稿予定です。

15話くらいで終わるかなと思いますので、良かったら最後までお付き合いいただけると嬉しいです。


そしてブクマや評価(↓の方にある☆)をつけていただけると大変励みになります!

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