悪役令嬢は簡単な『お仕事』よ〜「いや、本音を言うと全然そんな事ないし。王子様キモいし。メンタル崩壊するし。ファンからの粘着凄いし。むしろ辛すぎる仕事なんですけどね!?」〜
「ま、待ってくれ!! アルテ!! 私が悪かった!! あの婚約破棄は、一時の気の迷いだったんだ!! だから、復縁してくれぇ!」
王子様が土下座して、そう泣き始める。
だが決して私は、許さない!
「……無理に、決まってるでしょ! 貴方は私をドン底に突き落としたんだから! 願い下げよ!」
劇のクライマックス。
私の決め台詞と共に、照明が暗転してーー壇上の幕が下ろされた。
布を超えた先からは大きな拍手と喝采が飛んでくる。
今日の仕事も、これで終わりだ。
◇◆◇◆
「今日もありがとうございました! リーフェさん!」
「ええもちろん、私にかかればーーこんなの夕飯前よ」
「朝飯前ではなくて?」
「朝飯前よ!!」
紫に輝くドレス姿に。
紫の長く伸びた髪に、紫光を放つ瞳。
そして整った顔立ち。
私──リーフェ・アンディアは悪役令嬢である。いいや、悪役令嬢という仕事をしている、健気な淑女である。
ここ、ファルディア王国ではーー舞台、劇が爆発的に人気であるのだ。
そして王子様や王様に、特に人気な芸が『悪役令嬢もの』。
「私がちょっと、悪役を務めるだけで……他の人から見返されるだけで! なんてこと! 月収一億円!! 最高かしら!? 否、最高すぎますわー!!!」
おーほっほっほっ。
私はそんな王国のブームジャンルに乗り、悪役令嬢の人形役を務める、という仕事をーー王都、王城地下にある劇場でやっている。
その劇が面白いと、王子様役、悪役令嬢役、その他様々な主演たちは──ご機嫌な王様から、直接大金を貰ったりすることが出来るのだ。
ただのお給料に加えて、それらが加算される……すると、月収が物凄いことになる仕組みである。
「流石ですね! よっ! 王国一の悪役令嬢!」
「おーほっほっほっ!」
劇終了後の、舞台裏。
私は現在、秘書を務めせている美少年、アーシィに褒め称えられている。
金髪で低身長の美少年。
アーシィは、私のせいど……れ、じゃなくてッ!!
可愛い秘書、執事だ。
毎回劇があるたびに、付き添ってもらっている。
「はぁ……疲れた」
「急に覇気がなくりましたよ、リーフェさん!」
「破棄? 私はしてないわよ、婚約破棄なんて。悪役令嬢じゃないんだし」
「破棄じゃなくて、覇気です! というか、さっきと言ってることが矛盾しています」
仕事に疲れた私は、渾身のため息を漏らした。疲れた。ああ、とても疲れたと。
「矛盾? 矛盾なんてしてないわ」
「貴方は悪役令嬢役でしょう。婚約破棄しなくて、どうしますか」
「婚約破棄するのは、王子様の方よーー……そりより」
私はこんな話してられるか、と投げ出して……話題を転換させる。
「ねぇアーシィ」
「なんなんでございましょうか」
「南南東みたいな言い方、やめてもらえまして?」
「はい」
はい。素直ですね……。
もうちょっと反論してくれた方が、可愛げあるのだけれど。
彼はちょっと、私に忠実すぎるのだけれど。
最もそう命令したのは私なので、その命令にただ従っただけの彼を悪く言う事はできない。
「アーシィ、酒場に行きましょう。今日は疲れたわ!!」
「分かりました」
「ぱーっとやりましょ。パーっと。お金はいくらだってあるわ」
そういうわけで、私たちは今いる。
王城地下にある劇場から出て、最寄りの酒場に寄ることにしたーーー。
◇◆◇◆
王城地下から最寄りの酒場。
そこはやはり、人で満たされていた。冒険者や下級貴族たちが酒を交わして、笑い合っている。
その中に、私たちもいた。
運良く空いていた二人用のテーブル席を選択して、居座る。
「ぷっはぁっ! シュワッとシュワシュワ。最高ですわっ──!!」
ビールジョッキを豪快に卓へと置き、私はぽかぽかした気分でそう笑った。
酒を飲めば、アホみたいな仕事──で得た疲れも、忘れられるのである。
「あまり酔いすぎないで下さいね?」
「大丈夫だって、私はね、二日酔いしない自信があるわ」
「一昨日もそう言いながら、次の日に見事二日酔いしてましたけどね。吐いてましたけどね」
「……」
事実。
事実を突き付ける時の彼は、あまり可愛くない。
いや、だがそれが可愛い!!、
うむ。そう。彼は可愛い。
金髪を靡かせながら私に手を焼く、可愛いショタ執事。
そんな美少年を連れ出してーー酒場に行くなんて、なんて罪な女でしょう、私ってヤツは。
ああ、神よ。
私を許してほしい。
「まぁまぁ、小さい事は気にするなって」
「気にしますよ──そりゃあ、いつも言ってるじゃないですか貴方は。『悪役令嬢』なんて簡単なお仕事だって、でも裏での貴方は……」
「愚痴ばっか言ってる、まさに悪役令嬢みたいな女って言いたいの?」
「いえ、そういうわけでは」
ぐびぐびとお酒を喉に取り込みつつ、眼前に迫る美少年に追及する。
「まぁ実際、その通りなんですけどねー……はぁ」
そう。
私は悪役令嬢の役をしているーー悪役令嬢みたいなものだから。
「でも仕方がないでしょ?」
「……そうですね」
「いつも私は『悪役令嬢』なんて簡単で、楽に稼げる仕事だって言ってるけど。全然そんなことないわよ……」
「そうですよね」
本音を言えば、そうなのだ。
「まず王子様役の人は舞台裏での……あの俺様感漂う雰囲気がキモいし、劇団に来ているモノホン王子様もニヤニヤしてて視線がキモいわ」
「王子様ぁ」
「そんな風に視姦されながら、あんな事やるもんだから」
「だから」
「メンタルは崩壊するわ。ストレスばかりの仕事よ!」
脚本家のやつも、似たようなものばっかりかくし。王様たちにとって、王子様たちにとって、それらが面白いのだろうけれど。
流石の私でもーーその世界観に飽きてしまっていた。
つまらないわ。
本当に。
『ざまあ』とか五万四千回ぐらいやったし!!
「それに、昼に外を歩けばーー私のファンがストーカーしてくるし、際限なく話しかけてくるし」
「あー、今日の昼も、移動中に絡まれてましたよね」
「嬉しいんだけどね。時と場合をわきまえてほしいわ!」
大きな嘆息を漏らして、私は目の前にいた美少年に飛びついた。
酒場は人でごった返しているため、そんな派手なことをやってもあまり目立たない。
私はそれを逆手に取ったのだ。
「え、ちょ、リーフェさん!?」
「うお〜〜!! でもでも『悪役令嬢』は簡単な仕事じゃないけれど、良い仕事だわぁ!!」
「や、やめてぇ……」
「こんなショタに抱き着けるとか、最高の仕事!!!」
彼の胸板に顔を押し付けて、酔っ払った勢いでそう叫ぶ。
「代償が大きい代わりに、お金はたんまりともらえるし? ホワイトな仕事よ、これは!」
頭がクラクラする。
良い気持ちになってきた。
「そ、それなら良かったです……」
「うん、うーん、それにこれ。気持ちいい枕だし、眠っちゃいそう」
「ちょ!! やっぱりリーフェさん滅茶苦茶酔ってますよね! 僕は枕じゃないです」
世の中には不思議なこともあるらしい。
枕が喋ってるもん。
いや、魔法がある世界なんだし、枕が喋ってもおかしくはないか。
にしても、急に眠くなってきたな。
体が火照って、眠気に襲われる。
「ふにゃふにゃ」
「誰か助けてー!!」
「なんで、枕を助けなくちゃならないのよ……」
眠い。
とっても眠いわ。
もう寝ちゃいそう。
そんな中で。
「お客様ー!! 食べちゃいたいショタ……じゃなくて、お客様に抱き着いて寄り付くのはやめてください!! 助けを求めてますよー!!!!」
黒髪ショートの女性店員が、枕の助けを聞いて飛び込んできた。
私を金髪美少年執事から引き剥がして、汗を垂らす店員さん。
「や、やめろー!! 私を現実に戻さないでぇ!!!」
「現実に戻れぇ、悪役令嬢さんぅ!!!」
「私は、悪役令嬢じゃないッ───‼︎」
というか、この店員。
さっき枕になんて言った?
「というかあんた、さっき私の枕に対して……肉欲の目をしたわね! 許さないわぁってうぇ、吐きそう」
「げええええええ!?!?!? リーフェさんやめてぇえええ!!!」
「やめろおおお客様!! ここで吐かないでええ!!!」
そんな感じでガヤガヤしている内に私は意識が朦朧としていき。
次に気がついた時は、私は街の隅を流れている川を見ながら、ゲロを吐いていた。
いや水面を見ていた、と言ったほうがいいかもしれない。
なにせ、川にゲロしてたし。
……ああ、気持ちが悪い。
どうやら、気が付かぬ内に飲みすぎたらしい。
「大丈夫ですか?」
私の背中をさする執事は、隣に立っていた。
苦笑しながら空に浮かぶ星々を見つめている彼は、なんとも表現しにくいほど美しい。
月光に照らされる彼の金髪は、綺麗だった。
それにその純粋無垢な瞳も同じ。
私とは大違いである。
「だ、大丈夫よ……うぇ」
「ダメじゃないですか」
「うぅ」
「あんまり、お酒を飲みすぎちゃダメですよ」
「で、でも。これが私の──唯一の、ストレス発散方なの」
ゆらゆらと揺れる水面を一点と見つめていると、気持ち悪さが引いていく。
落ち着きを取り戻すことが出来る。
「そうですか?」
「そうよ……、そうなのよ」
「リーフェさん、僕は違うと思います」
アーシィが私の肩を叩いた。
「違うって?」
「いっそのこと仕事を辞めて、ここから離れて、自然の中で自由気ままな令嬢生活をするのも楽しいと思いますよ。これもストレス発散方の一つです」
「自由にまま──ね。確かに自然を眺めてるのは、好きだけど……」
自由気ままな令嬢生活か。
あれだろうか。
森の中で、ゆったりとスローライフを。
「私は別に、独りが好きじゃないわ。……自由気ままに生活を送るって言っても、ちょっとね」
そう。
確かにスローライフは楽しいかもしれない。
お金はもう生涯ゆっくりと生きていけるぐらいは稼いでいるし、余裕だ。
名声もあるし、どうにかなるだろう。
だけれど、孤独に森の中で生活するのは──私の柄じゃない。
「そこで、ですよ」
「なに?」
「一つ、僕からですね。大見得を切りますが……、提案したいと思います」
「提案?」
金髪美少年執事は、此方の瞳を見て微笑んだ。いいや……それだけじゃなかった。
今まで見たことないような感情が、彼の表情には籠っているのが、私には見て取れた。
その感情はなに。
───『緊張』?
「そう、僕からの提案です。
月並みな言葉ですけど、ちょこっと聞いてください」
アーシィは私の方へ、一歩歩み寄る。
「リーフェさん。……僕は貴方が好きです。付き合ってください」
「はえ?」
「そして、一緒に──人里離れたところでスローライフと行きませんか?」
「…………え、ちょ、マジ?」
彼の瞳は真剣だ。
「マジ、です」
月の光に飲まれながら、一人の少年は私へと手を差し伸べた。
それはまるで疲れ切った私へ希望を差し伸べるみたいで、駆け落ちみたいで、なんだか胸が高揚する。
こんな体験なかったから。
なんて答えればいいか分からない。
こんな体験は、劇でしかやったことない……。
答えはもちろん、イエスなのだけれど。
『悪役令嬢』役の仕事を辞めて良いのか、という葛藤がある。辞めれば収入はなくなる。生涯消費するだろうお金はもう既に稼いだといえ、ちょっと躊躇いが──、ない。
そんなのあるわけない。
彼と一緒にラブラブ森林スローライフが送れるというのならば。
悪役令嬢役なんて、やめてやるわッ───速攻でね!
余計な装飾はいらない。
私も、月並みな、ありきたりな言葉で答える。
「……いやはや、私なんかで良ければ。喜んで」
私は一応、彼の主人という立ち位置なのに。
妙に気恥ずかしくて、何故か敬語を使いながら──はにかみ。
彼の手を柔らかく取った。
握った。
「──これから改めてよろしくお願いします。リーフェさん」
「う、うん……呼び捨てで良いわよ。アーシィ」
「リーフェ、これからも改めてよろしく」
「よろしくね、……アーシィ!」
月の光下。
私たちは抱き合って、誓い合う。
悪役令嬢なんて、簡単でクソッたれな仕事なんてやめて……スローライフを送ってやるのだ。
◇◆◇◆
この話の後日談というか、話のオチ。
私はあれからアーシィと付き合う事になったので、悪役令嬢役という仕事を辞めて王都から離れた。
幸いに貯金は沢山あったので、人里離れて、獣もあまりいない治安の良さな森の中に一軒家を建てた。
そこで私はアーシィと住んでいる。
そんな彼と結婚したのは、ちょうど今から二日前ぐらいの話だ。
結婚式もしたけれど、小さなものにしてもらった。
自分と彼、そして新たな愛を祝う……森を管理している神父。
その三人だけで行った、そんな小さいものである。
因みに。
小規模でやろうと言ったのは、私だ。
わざわざスローライフを送るのに、派手は必要ないからという考えである。
ーーそんな感じで。
なんやかんやあって、私の心は満たされて……幸せになった。
アーシィには感謝を伝えても、伝えきれないだろう。
愛しのマイホーム。
その敷地内である自然豊かな、池のある大きめの庭にて。私は落ち葉を箒で集めて、払っていた。
掃除中。
ぼーっとしながら掃除していると。
「チラシでーす」
と、チラシ配りがやってきた。
箒に乗って魔法を使い、空中浮遊しながら此方へと来る。フードを被っているので容姿は分からないので、チラシ配りと分からなければビックリするだろう。
風貌はただの不審者だ。
と。
チラシ配りさんは、背負っていたリュックから一枚チラシを取り出して、此方へ手渡した。
「どうぞー」
「ありがとうございます」
私にチラシを渡すと、一瞬でチラシ配りは帰って行ってしまう。
速い。
一瞬で空の彼方だ。
ふと、私は渡されたチラシを見る。
そして。
出目金の様に私の目が飛び出て、驚愕した。
『──王都にて『悪役令嬢役』を募集中! 誰でもいつでも歓迎します!
就職希望の方は、王城地下で受付お願いします。近日中に面接させていただきます』
……否。言葉を失った。
なんで私なんかに、こんなチラシを配るんだろうか? 怒りに震えて、私は怒号をあげた。
「こんな簡単で、クソッタレな仕事。
もうやるか──ぁぁぁぁっあああ!!!!!!」
そう言いながら、チラシを地面に叩きつける。
こうして私の『悪役令嬢』としての物語は、完全に幕を閉じるのだった。
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