推理の時間
「あなたが犯人よ」
***
推理小説やドラマで幾度となく見聞きしてきた瞬間を実際に目の当たりにするとは思わなかった。
それは犯人と断定された生徒も同様らしく、小刻みに震えていた体がピタリと止まった。
「……………………え?」
そのリアクションが面白かったのか、璃桜は満足気に口角を上げる。間違いだったら失礼では済まないだろうに、悪戯っぽく笑う璃桜を見て、本気なのだと吾大は判断した。
(今更、こんなところでこの人を疑おうとは思わない……けど――)
改めて吾大は振り返り、容疑者の少女を見る。大分落ち着きを取り戻したのか、真顔で璃桜を睨み付けている――いきなり事件を目撃して腰を抜かしていたところで、被害者から犯人扱いされているのだから、怒り心頭なのも当然ではあるが。
「……そもそも、あなたは私が犯人だと断定する証拠でもあるんですか? 実際に襲撃者の顔を見たとでも?」
「あ、そうですよ……! 璃桜さん、犯人はどんな人でしたか!?」
背後から襲われたため、吾大は犯人の顔すら見ていない。すぐに振り返って確認するべきだったのかもしれないが、それよりも流血していた璃桜に完全に意識を持っていかれてしまった。
「ふふ、そんなに私のことを心配してくれたなんて、助手としての自覚をしっかり持ってくれて嬉しいわ」
「茶化さないでください――あんな状態なら、心配するに決まってるじゃないですか……」
人として当然のことです――ハッキリと告げる吾大に一瞬目を丸くするも、すぐに噴き出す璃桜。
「それで犯人の顔は……この人だったんですね?」
「残念ながら、私も顔は見ていないわ。咄嗟だったから」
「そうですか……やっぱりこの人が――は?」
てっきり璃桜が犯人を目撃して、それが推理を組み立てる決定打となったのだと思っていた。
あの状況であればそれも仕方が無いことではあるのだが、既に推理を始めてしまっている以上、『やっぱり間違っていました』では済まされない。
「つまり……私が犯人だという証拠は無いんですね……?」
ゆっくりと立ち上がり、怒りで声を震わせる女子生徒。今にも璃桜に向かって掴み掛かってきそうな勢いだ。何とか宥めようとする吾大だったが、言葉が出てこない――落ち度は間違いなくこちらにある。
「あっ、の……それは……」
「私はあなた達を襲ってなんかいないわ! 私が来た時にはあなたが血を流していたから驚いて悲鳴を上げただけ!」
「あら、そう。あなたも私達を襲った犯人を見ていないのね?」
「ええ! 私の持ち物を全てお見せしましょうか!? そちらの方を狙ったナイフどころか、鋏すら持っていないわ!」
ヒートアップしたまま声を荒げる女子生徒――学園のアイドルに対しても、まだこんな態度を見せる生徒がいたことに驚きを隠せない。
当然ではあるが、万人受けする人間がこの世に存在しないように、大勢の生徒から羨望の眼差しを一身に受ける学園のアイドルといえど、アンチは一定数存在する。むしろ羨望の的だからこそ、嫉妬や悪意を向ける者が出てくる。
(……璃桜さんに悪意を持つ人の犯行、という線もあったかもしれない)
『私達のように秘密のお話をする以外に、こんな何も無い所に来る人は、一体どんな目的があるのだと思う?』
このタイミングで璃桜の言葉が吾大の脳裏を過る。
どんな目的――つまり、動機だ。あの時は何故尾行されていたのか、という疑問だった。それが今は何故自分がナイフで狙われたのか、という疑問に変わる。
ストーカー行為から傷害、あるいは殺人未遂。あまりにも飛躍した行動だ。
今更、動機などどうでもいいと思う自分はいた。実際、探偵を名乗る璃桜も動機に対して積極的に考えている風には見えない。
(……だから、なのかな。璃桜さんが私にあんなことを訊いたのは――)
助手として、吾大久那には犯行動機について考察してほしかったから。
(……だとしたら――)
「……犯人は私を狙っていましたよね。璃桜さんに悪質なストーカーが付き纏っているという推理をまだ捨てきれていなかったんですけれど……」
「――そうね。確かに私への悪意や害意はある。けれど、最初に狙われたのはあなたなのだから、やっぱり根本的な害意は久那さんへのものなのよ」
ストーカーの目的が久那さんなのだから――そう言って、璃桜は血で濡れた左手で思いっきり右腕に刺さったナイフを引き抜く。
同時に傷口から噴き出した血が霧のように宙を舞う。
「りっ、璃桜さん! 何して――」
「いい加減邪魔なのよね、これ」
「邪魔って……止血しなくちゃなのに……!」
「ところで、さっきあなた言っていたわよね?」
右腕に抱き着くような体勢になっている吾大を無視して、璃桜は訊ねる。その相手は再び硬直してしまっている女子生徒だった。先程までの勢いはすっかり消え去り、苦虫を噛み潰したかのような表情になっている。
「あら? 最初に仕掛けてきたのはあなたの方なのだから、今更そんなに怯えることはないと思うのだけれど」
「で、ですから……私はやっていないと――何を言ったって?」
「ほら、あなたが来た時には私が血を流していたって」
たった今、自らの手で更に血に塗れている璃桜は楽しそうに言う――その璃桜に抱き着いている吾大の制服にもベッタリと血糊が染み付いてしまい、全身を何とも言えない気色悪さが襲った。
「……ええ、言いました」
「だから、犯人の顔を見ていないって」
「……ええ……ええ! 言いました! それが!?」
まるで全身を弄られているかのような気持ち悪さに押し殺して、虚勢を張りなが首肯する。
一方で、璃桜の目はまるで獲物を袋小路に追い詰めたかのような、獣の鋭さを放っている。
「そちらの方を狙ったナイフをどころか、鋏すら持っていない……だったかしら?」
「そうよ! それが何!?」
(…………………あ)
するり、と璃桜の右腕を抱き締める吾大の力が抜け、そのまま豪快に床に突っ伏した。
「……なっ、何?」
「さっき私が言ったけれど、最初に狙われたのはここで今倒れた吾大久那さん――私はそれを庇って、負傷したの」
そして、その後に現在容疑者の生徒がやって来て、悲鳴を上げると同時に崩れ落ちた。
「……あ」
ようやく事態を飲み込めた生徒の顔が忽ち蒼くなる。今度こそ演技ではなく全身の震えを隠すことができなくなっている。
「そちらの方を狙ったナイフ、とあなたは言ったけれど……あなたは誰のことを指して言ったのかしらね?」
***
「璃桜さんはどうしてここに彼女……犯人が来ると?」
最早反論する気力も失せたのか、女子生徒は俯いたまま静止している。
「結界を張った時に、『清掃中』の立て看板を置いた、と言ったでしょう。アレはどこから持ってきたと思う?」
「……? 多分、トイレの清掃用具入れに――あ」
「ええ、トイレからあの空き教室までの運んでくる途中で、いくつかの教室の前を通過していったのよ。犯人の目に留まれば、何かしらのアクションを起こすでしょうから」
最後に犯人の正体を明かすと言って、この教室まで移動した璃桜達を追って、何か証拠を掴まれたと思い込んだ犯人が姿を現すのを狙った。
実際に、犯人は璃桜を追って、空き教室での動向を探り、そして中等部3Bの教室で凶行に及んだ。
「まさかここまで上手く事が運んでくれるとは思わなかったけれど……通過した教室から3Bを選んだのも適当だし」
日頃の行いかしら――自画自賛に迷いがない璃桜。
「……ブラフだとしても、迷いなくここに入ったからこそ、本当に何かあると信じ込ませたってことですか」
そういうこと――誇らしげに胸を張りながら、璃桜が言う。確かに犯人を炙り出すことに成功し、命まで救ってもらったのだが、見せ付けられた能力は探偵と言うよりは詐欺師みたいだ、というのが吾大の感想だった。
「さて、それじゃあ、そろそろ教えてもらえるかしら――あなた」
璃桜の視線がようやく犯人の女子生徒に向けられる。
「あなたの名前と学年、クラス――全て言いなさい」
有無を言わさない圧力――事情を何も知らない生徒が真正面から受けていたら、泡を吹いて卒倒しかねない。対して、犯人の女子生徒は一切怯む素振りを見せないのだから、只者ではないことは間違いない。
「言わないのであれば、それでも構わないわ。それなりに痛い思いをしてもらうから」
そして、脅迫――まさか普通に学生生活を送っていく中で、こんな台詞を聞くことになるとは思わなかった吾大は、ギョッと目を見開き、璃桜から僅かに距離を取った。
璃桜の手には腕から引き抜いたナイフが握られている。単なる脅しではなく、返答次第では本当に痛い思いをさせるつもりのようだ。実際に、無言を貫こうとしている女子生徒の頬に刃先を近付けている――刺し貫こうとしている。
「名前は……ゆっ、遊苑――遊苑、囚子……です」
「何だ、言えるんじゃないの。次、学年」
「……2年」
「次、クラス」
「し、C……」
問われるがままにするすると答えていく女子生徒――遊苑囚子は圧倒的な威圧感を前にして、完全に戦意を失っていた。
「どうして彼女を狙ったの?」
「……相応しくないから」
やがて、弱々しく遊苑が口を開く。戦意は完全に失せたものの、眼の奥には敵意が残っていた。
(やっぱり……璃桜さんの過激なファンか……)
吾大は溜め息を吐きながら、更に璃桜から距離を取る。殺人未遂とはいえ、ここまでのことをされたのだから、今更遠慮するつもりはないが、彼女の心情は理解しているつもりだ。
さりげなく距離を取ることで、自分と璃桜の関係がそれ程深くないことをアピールする。
「あなたが、彼女の隣に立つのは……」
そして、恨みがましい表情で、遊苑が睨み付けたのは璃桜だった。
「久那さんは私のもの」
吾大と遊苑の目が合う。璃桜に向けられていた敵意とは全く異なる感情があった。
「……愛してるの」
まるで恋をする乙女のような、恍惚とした表情だった。
***
人生初の告白が、まさか犯人の女子からだったという衝撃で吾大の体は硬直した。
そして、最初に吾大を狙った理由も、ここまで至れば実に明快だ――愛している吾大久那が璃桜のものになった、と思ったから。
「……璃桜さんは、久那さんには相応しくない。あなたのような常軌を逸した存在が、異常者が久那さんを従えて良いはずがない! わっ、私の方が相応しいのに……久那さんも、そんなことも分からないなんて……!」
感情を爆発させて捲し立てる遊苑に、吾大は絶句する。最終的に自分が責められている風になっているが、そもそも遊苑囚子とは初対面だ――相応しいも何も、彼女のことは何も知らない。
璃桜に対しては、完全な八つ当たりだ――開いた口が塞がらない。
「あはは」
吾大のリアクションが受けたのか、璃桜が唐突に笑う。爆笑という程ではないものの、先程までの威圧感は幾分か和らいでいた。
「良いわね、そういうの。そうね――さっきは本人に否定されたけれど、可愛いものね、久那さん」
パチパチ、と拍手しながら、賞賛の言葉を並べる。ついでに褒められた吾大は何とも言えない表情になったが。
「けれど、自分がしたことを分かっているの? 結果的に、私が傷を負ったけれど――あなたが最初に狙ったのは、久那さんの方。愛している、という言葉も到底信じられないわ」
璃桜の指摘で吾大は改めてハッとさせられる。人生初の告白で浮かれている場合ではない。
今回は偶然腕に刺さったから、すぐに命に係わるようなことにはならなかったが、吾大は避けられなければ、心臓を貫いていたかもしれない。
遊苑囚子の言葉や表情が全て嘘偽りだとは思えないが、言動が噛み合っていないのも事実だ。
「愛しているわ……本当に。けれど、あなたはその女の隣にいる」
それが私には耐えられない――怨嗟の言葉を吐きながら、遊苑はガバッと顔を上げる。血走った眼は怨敵である璃桜を捉える。
「あなたさえいなければ――」
スカートの裏側に隠していたらしく、手にはナイフを握っている。柄のデザインが先程まで璃桜の腕に突き刺さっていたものと全く同じだ。
「璃桜さ――」
反応が遅れた。今までの人生でこんな現場に居合わせることなどなかった吾大には想定などできるはずがなかった。
犯行を認めて、動機まで述べて――この期に及んでまだ危害を加えようとする、犯人の心理など。
(分からない……私を愛しているって言うのに――璃桜さんを殺したいなんて……。そんな気持ち、全然分からない……!)
それでも、吾大の体は璃桜を庇うように前に飛び出していた。
(この人は関係無いんだから……こんなところで、こんな奴に殺されて良いはずがない!)
心臓を狙って振り下ろされるナイフ――今度こそ吾大の心臓に突き刺さる。逃れようのない死を目前にして、吾大の体感時間は非常にスローになった。刃先が制服の布地を突き破り、地肌に到達するまで途方も無く長い時間のように感じる。
「その動かぬ証拠――自白と受け取るわね」
吾大久那の決死の覚悟。
遊苑囚子の自暴自棄の凶刃。
そんなことは些事であると言わんばかりに、ニタリと嗤う。
「犯人の正体を見破り、あなたもそれを認めた――そして、謎はここに解体される」
床に押し当てられた血判が浮かび上がり、泡立ち膨張する。そして、それらは鎖を形成し、凶行に及ぶ遊苑を縛る。刃先が顔面から数センチという所で停止した吾大は、力無くその場にへたり込んだ。
そして、必死に拘束から逃れようと暴れる遊苑を間近で見ることとなる――突如として現れた鎖に驚いたのか、遊苑の顔からは完全に血の気が引いていた。
「ぐっ、が――ぁう、うっ、うああああああぁぁぁ、あああ……‼」
慟哭――獣のような叫びを上げ、尚ももがき続ける遊苑。ナイフは既に彼女の手を離れた――落ちたナイフを璃桜が素早く蹴り飛ばし、クルクルと何度も回転しながら、持ち主から遠ざかっていく。
「これで完全に無力化しましたね……」
安堵する吾大に、そうね、とやや険しい面持ちで璃桜が言う。
「素晴らしい覚悟だったけれど、久那。凶器を手にした犯人の相手は私がするわ。あなたの役割はそうじゃないの――気持ちは嬉しいけれどね」
役割――犯人の凶刃から探偵を守るボディーガードではなく、助手として一緒に推理の構築の一助となる。況してや、何の訓練も受けていない素人が身を挺して庇ったところで、絶対に璃桜を守れる保証は無かった。
最後に吾大を労う言葉を続けたものの、その目は酷く冷たかった。
「……ごめんなさい、もう二度としません」
「ええ、私もあなたをこんな人のために失いたくはないものね――それじゃあ、お待たせたわね」
人語にならない獣のような声を上げていた遊苑がビクッと身体を震わせる。逃れられない命の危機を前にして、恐怖心が込み上げてくる。
(え……?)
思わず目を擦る吾大。自分の視界が正常であるかを確認する。今まで自分達が言葉を交わしていたのは間違いなくこの学園の制服を着た女子学生だった。逆にそれ以外の人物がこの学園に存在することの方が不自然だが――問題はもっと根本的なものだ。
今赤い鎖に縛り上げられている女子生徒、遊苑囚子――獣のような唸り声を上げていた彼女の姿が、狼へと変貌していたのだった。
***
狼、と形容したが、それはあくまでも頭部から生えた耳、臀部から生えた尻尾、縛り上げられた手首から先が、鋭い爪を生やしたからだった。全体的なシルエットはまだ人型だが、特殊メイクでは説明できない生々しさを放っていた。
「狼……人狼?」
「耳や尻尾を見ただけで狼まで見抜くのは流石ね。でも、正確には千疋狼よ、久那さん」
吾大の所見を横から璃桜が正す。ついさっき見せた怜悧な表情は消え、今まで通りフレンドリーな雰囲気を纏っている。
「簡単に言うと、群れを成す狼の怪異。狼の妖怪が組織することで生じる概念型の妖怪といった感じかしら――そして、そこの遊苑囚子さんは、その構成員の一人という訳。ついでに言うと、遊苑囚子は屋号みたいなもので、本名じゃないでしょうね」
解説を続ける璃桜に反応するように、遊苑(を名乗る少女)の体に絡み付く赤い鎖がギリギリと音を立てて彼女の体を絞り上げていく。
「ヒッ、ィ……!?」
「言ったでしょう、謎は解体されるって――それを構成するものの中に、『犯人』……つまり、あなたも含まれているの」
嗜虐心に満ちた笑みを浮かべた璃桜。何をするつもりなのか、と問う勇気は今の吾大にはなかった。例え、これから遊苑にどれだけ残酷な仕打ちが待ち受けていようと、自分には見殺しにするという選択肢しか存在しない。
「安心して、命は取らないから――代わりに、それ以外の全てを奪うから」
「やっ、やめ……!」
パチンッ、と軽い調子で指を鳴らす璃桜。ギロチンで処刑する時の、繋がっている紐を切る音のようだ――と吾大は的外れな感想を抱く。
赤い鎖が遊苑囚子を縛り上げ、遂に全身を鎖で覆われ、肌や制服すら見えない程にグルグル巻きにされた。喉さえも縛られているためか、悲鳴すら上げられずにジタバタともがいている。
「り、璃桜さん……! 死んじゃいます、その人――早く解放しないと!」
「だから、命は取らないわよ、久那さん。あくまでも怪異としての彼女には消えてもらうの」
慌てて掴み掛かる吾大に対して、璃桜の対応は非情に淡々としたものだった。
「例えば、人魂――昔は死者の魂とされていたけれど、今はプラズマだったり、死体から発生した気体が自然発火したっていう説が出てきているわ」
他にも蛍の光と見間違えたとかね――璃桜が何を言おうとしているのか、意図が分からず吾大は眉を顰めるも、意に介せず璃桜は話を続ける。
「実際にどんな妖怪変化が存在しようと、人間にはその正体を解明して、説明して、無いものとして扱えるのよ――こういう風にね」
『吾大久那、及び璃桜・ブラッドグラス・ファニーナイト殺害未遂事件の犯人は遊苑囚子。狼の怪異を自称するが、錯乱状態に陥っていた』
それはさっきまで遊苑囚子が縛られていた鎖の中から落ちてきた――確かに姿が見えなくなるまでグルグル巻きにされていた彼女の姿は既に無い。そして、落ちてきたのは文章が印字されたコピー用紙のようだ。
「え……? これって――」
「こうして怪異が関わらない純粋な人間の手による事件として――探偵である私に解決されました」
事件の犯人が怪物だったとして、世間はそれを冗談としてまともに取り合おうとしない――それが例え真実だったとしても、有り得ないと一笑に付してお終いだ。
「だから、私は周りの人間が納得できる形に編纂して、解決に導くの。例え、現実や真実を捻じ曲げてでも」
その結果、遊苑囚子から妖怪の犯人という事実を消し去り、人間の犯人として事実を書き換えた。
「た、探偵が……真実を隠蔽するんですか!?」
「まさか。遊苑囚子が犯人である事実に変わりはないでしょう。尤も、この事件自体を知っているのが、私達くらいだから、本来ここまでする必要は無いのだけれど――」
「だったら! ここまですることは――」
食い気味に吾大が璃桜の言葉を遮る。その剣幕に意外そうに目を丸くする璃桜だったが、すぐに表情を消し、質問を投げ掛ける。
「……不思議よね。あなたはたった今彼女に殺されかけたのよ? 愛してたとか、色々言っていたけれど、あなたに害しようとした事実は変わらない。それとも、彼女に告白されて舞い上がってしまったのかしら?」
「私が遊苑さんの気持ちに応えることはないですよ、勿論」
吾大の言葉にはハッキリとした拒絶が込められている。刃物を向けられたり、命を狙われた恐怖は恐らく死ぬまで消えることはないだろう。
恐らく、吾大久那は遊苑囚子のことが嫌いになっただろうし、滅多なことでその気持ちが変わることはないだろう。
「……それでも、たかが探偵が犯人の全てを支配してしまえるのは間違いだと思いますし、例え周りに受け入れられなくても、真実を捻じ曲げるのは……」
「……誤解が無いように言うけれど、遊苑囚子はこの紙に封印している――仮死状態って言えば分かるかしら? 別に殺した訳じゃないの」
ヒラヒラと舞い落ちてきた紙を掴み、見せ付けながら璃桜が言う。
「だからって、納得できると思いますか?」
「してもらうしかないわね、これからも私の隣に立つのなら」
「……………………」
無言で璃桜を睥睨し、吾大は教室を後にした。
それを璃桜が追い掛けることはなかった。