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Losers:Under15  作者: ビーナ
第一幕:探偵ヴァンパイア
4/15

探偵思想

「……璃桜さん、()()って何なんですか?」



 吾大は巡らせた思考を一度止め、質問する。



 尾行していた人物の正体は、用務員の男性だった。空き教室に入って行く自分達を心配して、追い掛けてきて、扉の前に立っていたところを、璃桜によって扉ごと蹴り倒されてしまった、というのが事の顛末である。そのはずだった――ここまでは単なる事件、というよりも悲しい行き違いによる事故である。

 それを璃桜は怪異事件として、推理し、解決しようとしている。

「アレってどれのことかしら?」

「用務員の方が来ないって言った時のアレです――手を打っている、って」

「あー、アレね」

 思い出したように璃桜が呟く。その情報を基盤に自分なりに考察を進めてきた吾大は急に不安になる。

(……まさか、ハッタリだったんじゃないでしょうね)

 その場合、何の罪も無い用務員をただ蹴り倒したというどうしようもない事実だけが残ってしまう。教師達に知られれば、停学は免れないし、最悪の場合、退学も有り得る。

「別に大したことはしてないのわ。変なものが寄ってこないように()()()()()()()だけよ」

「……はぐらかさないでください」

「別にはぐらかしてはないし、冗談で煙に巻いている訳でもないのよ。ただ、一般生徒や教員、用務員の方が立ち入らないように、通路に『清掃中』の看板を立てたり――」

「いつの間に……」

「この場所と時間を指定したのは私でしょう? あなたが先に教室に入った後から私も教室に入ったわよね?」

「あ、そういえば……」

 それにしても手際が良過ぎるが、璃桜ならばどうにでもできると思えてしまうのは不思議だ。

「それから変なものが寄り付かないように、少々結界を張ったりね」

 こういった戯言も本当のことのように聞こえてきた。



「……つまり、ここには私達以外入ってこないように細工をしていたから、ここに用務員さんが来たのは、誰かが侵入を唆した――そう考えているんですか?」



 端的に言えば、操った――本人の意識の範囲外で行動を取らせて、教室の前まで誘導した。

 到底人間業じゃない――催眠術や洗脳など、カルト教団を報じるニュース番組でその存在を聞いたことはあるが、どれも科学的に納得できる部分はあった。だが、今挙げた仮説はどうにもそれらとは根本的に異なるように思える。

 例えば、番組で見たカルト教団の洗脳は、心身共に徹底的に追い込んだ末に行われるというが、今倒れている用務員の体にはそんな形跡は見られない――強いて言えば、今の璃桜の一撃による打撲だけだ。

「人間と怪異で別個に対策したのだけれど、隙を突かれちゃったわね。怪異が人間を操るパターンを忘れていたわ」

 定番なのにね――クスクスと笑いながら、璃桜は扉の下敷きになって気絶している用務員を引っ張り上げる。ズルズルと地中から芋を引き摺り出すような雑さがあるが、幸いなことに目を覚ます気配は無かった。

「っていうか、生きてる……。良かった……」

「当然でしょう。流石に人殺しはしないわよ、探偵を志しているのだもの」

 探偵は殺人犯ではない――正確には、犯人であってはならないだが。

「……ノックスの十戒でしたか? でも、あれは作者が物語上において探偵が本物であることを保証している場合に限り、でしたよね?」

 作者自身が探偵が本物であると断言しているにも拘らず、『その正体は犯人でした』と後々告げられても、『では、何を信じて話を読み進めれば良かったのか?』ということになる。

 探偵が自身の犯行を隠蔽する推理を堂々と公表する姿は、さぞかし白けることだろう。

「あら? 知っているのね。もしかして、ミステリーマニアだったりする?」

「雑学程度です。とはいえ、ノックスの十戒なんて絶対守らなきゃいけないものでもないでしょうし……今時の探偵なんてもっと破天荒ですよ」

 そこまでは知りませんけれど――適当に言葉を締めつつ、吾大は教室から恐る恐る廊下を覗き込む。

 璃桜の施した細工がしっかりと作用しているのか定かではないが、本当に誰もいないようだった。突き当りの角から足音や生徒達の声が聞こえてくるので、全くの無人と言う訳ではないようだが――まるで教室が現実から隔離されてしまったかのような不安感に襲われる。

「流石にあちらから姿を現すことはなさそうね」

「向こうから現れたらどうするつもりなんですか?」

「その時はこうよ」

 スラリと伸びた四肢を素早く動かし、戦闘の構えを取る。護身術の心得があるのか、その姿はとても様になっている。この学園の中には、護衛のいない隙を狙われることを想定して、護身術を学んでいる生徒が多い。

「その時が来たら、戦おうとせずにすぐに逃げるべきですよ」

「嫌よ。舐められたくはないもの」

「発言と発想が女子中学生のそれとは思えないですね」

「むしろ中学生ならこれくらいの負けん気があって然るべきじゃないかしら?」

「それは中学生本人から聞く言葉じゃないと思うのですが……」

 ひとまず気絶した用務員は一旦教室の隅に置いて、空き教室から出ることになった。



***



「結界の外には出るけれど、あなたの身の安全は私が保証するから、安心してちょうだい」

「はあ……それはどうも」

 自分よりも一つしか年の違わない女子中学生。それなりに護身術を会得しているとはいえ、相手によっては十分力で捻じ伏せられる展開も有り得るだろう。

(一体どこから来るんだか、この自信は……)

 それともこれが璃桜に人が魅せられる素質なのか――璃桜の足取りは軽く、人を操る怪人の存在に全く恐怖の表情を見せない。

 仮説として存在を挙げた吾大でさえ、半信半疑にも拘らず薄気味悪さを覚えているというのに。

「誰かを操る怪人……。あの……自分で言っておいてなんですが、ちょっと……いえ、凄く恥ずかしくなってきました」

「あら、恥ずかしがる顔も可愛いわ。ますます私の助手として傍にいてほしいわ」

 億面にも見せずに、璃桜は言う。その台詞を言われたいがために、彼女のファンクラブに所属している女性とも多いだろうに。

「ほら、かの名探偵も言っていたじゃないの。『他の要因を全て排除していき、最後に残ったものは真実でなければならない』って。それがどんなに有り得ないと思われるようなものでも」

「その言葉は知っています……。けれど、これはあまりにも有り得ないでしょう? 人間の意識を操る怪人なんて――ミステリーから大きく外れてファンタジーの域ですよ。ほとんど妖怪変化の類じゃないですか」

 妖怪変化。自分で言っていて、あまりの馬鹿馬鹿しさに思わず笑ってしまう。2人の親友にこの話をしたら、両者に大笑いされることだろう。



「……っふ、あははは! 良いじゃない、妖怪! その存在を完全に否定する根拠なんて、この世には存在しないんだから」

「……もう話したくなくなりました」

 口を尖らせ、璃桜より先を足早に進む吾大。尤も、行き先は璃桜しか知らないのだが。

「あはは、ごめんなさい。でもね、自分の目で見たものでさえ、怪異を前にして根拠にはなり得ないわ。狐や狸が人を化かす怪異譚があるでしょう」

「……じゃあ、一体どうやって怪異を相手に推理を組み立てていくつもりですか? さっきみたいな力押しは多分通用しないですよ」

 璃桜の歩幅が大きく、速度が上がる。

 これ以上の話は目的地で、ということか。



***



 そして、目的地に到着する。

 空き教室から大分離れた別の教室――中等部3年Bの教室。

「まさか隣の教室とはね」

 静かに呟く璃桜。落ち着いた声色だが、理性で怒りを抑え込んでいるようだった。吾大との密会を邪魔されたことを怒っている様子だったが、その度合いは吾大の想像を軽く超えているようだった。

「本当に……ここなんですか? ()()()()()()()――」

「いえ、より正確には……」

 そこまで言いかけて、璃桜の視線が不意に吾大の背後に向けられた。トンッ、と軽く吾大の左肩を押すと、何の抵抗もできずにそのまま真横に体勢を崩す。



「あ」



 いくつもの赤い雫が弾け飛んだ。スロー再生された映像を見ているかのように、その一粒一粒をじっくりと吾大は観察させられた。

 まるで宝石のようだ、と吾大は思った。宝石やアクセサリーには今まで一切の関心を持たなかったが、この時初めてこの真紅の宝玉を手にしたいと思う程に、それらは美しかった。

 だが、それは全て吾大に向かって伸ばされた璃桜の右腕から飛び出したものだった。

 たった今、吾大の胴体があった位置――右胸。

 彼女の右腕に深々と突き刺さったナイフ。吾大の心臓を狙って投擲されたものだ。噴出した鮮血――美とグロテスクの対比を前にして、吾大は悲鳴さえ上げられなかった。



「……ゃあぁ、ああああああああぁぁぁっっっ!!」

 そして、代わりに教室に響き渡ったのは別の生徒のものだった。絶句した吾大ではなく、腕にナイフを生やしているにも拘らず、全く表情を変えない璃桜でもない。

 教室の入り口で顔面蒼白になってその場で崩れ落ちている生徒。

(……まずい。こんなところを目撃したら――)

 ただでさえ刺傷した学園のアイドルの姿を目の当たりにして、これだけの声量で叫ばれれば、直に教師陣が駆け付ける。凄惨な現場を目撃した生徒には申し訳無いが、まず優先するべきは――

「璃桜さん!」

 生徒の悲鳴で、ようやく全身の硬直が解ける――すぐに出血した腕を抑える璃桜の元に駆け寄る。

「ん……。怪我は無いわね……良かった」

「はい……おかげ様で――じゃなくて! 傷! 血が……!」

 右腕に突き刺さったナイフごと患部を押さえる。反射的に引き抜きそうになったが、かえって出血量が増えてしまう。初めて嗅ぐ濃厚な鉄の生臭さ――紙で指先を切った時にほんのり臭ったものとは比べ物にならない。

「まあ……まずは落ち着いて、()()。あなたなら、何をすべきかは分かるはずよ。私の隣に立つなら――」



 探偵の助手になるのなら――痛みを堪え、玉のような汗を浮かべたまま、それでも璃桜は気丈に振る舞い、今まで通りに笑う。

(……助手として何をすべきか――役割は……)

 別に助手になりたいとは一言も言っていないし、未だにやりたいとも思っていない。

 ただし、見てみたいとは思った。

 探偵を志す彼女が、一体どのような推理とやらを、常識の通じない怪異を相手に披露するのか。

(だから、私がするべきことは……)



「……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 容疑者達を集めて、推理の場を設ける。これもまた、助手の役割。

 唐突に告げられた生徒はポカンとしたまま吾大を見上げている。



「素晴らしい。『大変良くできました』のスタンプを押してあげる」

 心底嬉しそうに璃桜が呟き、自身の血で濡れた親指を床に押し当てる。血判はくっきりと残り、途端に教室内の空気が揺らぐ。

 (結界……これが……?)

 常識の埒外――探偵を志しながら、実行に移しているのはまさにファンタジーの領域。

「まあ、仕損じて上手く逃れようとしているのかもしれないけれど――流石に()()()()()()は厳しかったんじゃないかしら」

 真紅の眼光が鋭く射抜いた先にいたのは、出入り口のドアで蹲っている女子生徒。

「……え?」

 自分の役割を理解して口上を述べたものの、真相まで分かっている訳ではない吾大は璃桜と同じ方向へと振り返る。

 ガタガタと震えていたのは少女ではなかった――外見だけならば、吾大と同じくらいの普通の少女。ただし、さっきまで涙を浮かべていた両目は、まるで獲物に狙いを定めた捕食者のようだった。



「それでは改めて、宣言させてもらうわね」



 璃桜・ブラッドグラス・ファニーナイト――探偵を志す少女は右腕に深手を負っているにも拘らず、涼やかな笑顔を浮かべて告げる。



「あなたが犯人よ」

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