放課後の切り裂き魔 其の伍
ニュース番組をぼんやりと眺めていた時のことを思い出す。
流れていたのはとある殺人事件のニュースで、既に逮捕された犯人、動機など事件の情報を漫然と聞き流していた。時折流れる被害者遺族の映像ですら、特に何の感情を抱くことはなかった。
何故なら、それらは遠く離れた、縁もゆかりもない土地で、全く会ったことがない人物の話だったから。
照明を点けない薄暗い自室で、スマートフォンの画面だけが光っていた。惰性で画面を指先でなぞりつつ、ネットから件の事件を調べていた。
「……………………]
『私立瑠璃城女学園』『通り魔事件』『連続殺人』。『被害者女子生徒』。
ひたすらに思い付くキーワードを検索エンジンに打ち込んでいくも、芳しい成果は得られない。
「……畜生」
血が滲む程に唇を噛み締め、吾大はスマートフォンをベッドに放る。雑に投げ付けたため、サイドフレームに画面が衝突し、ヒビが入った。
「……………………」
学校は休んだ。体調不良、と学園側には伝え、昨日から一睡もせずにインターネットから事件の情報を漁り続けた。この状態で学校に通えば、まず倒れるだろうから、嘘ではない。
「……………………」
床に落ちたスマートフォンを拾って、情報収集に戻る。
ふと、この地道な作業で犯人の特定に至ってしまった時のことを考えた。一人で犯人を見つけてしまったら――親友の仇を、前にしたら。
「……………………」
敢えてこの感情を口には出さない。
口に出してしまえば、もう二度と引き返せないところまで行ってしまう気がした。
「……………………ぁ」
叫び続けて掠れた声で、吾大が呟いた。
初めて見るメールアドレスからの着信だった。
メールの送り主の名前を見て、吾大のスマートフォンを握る手に力が籠る。
***
「……最後に話したのはあなたなんでしょう? どんな話をしたのかしら」
「さて、世間話をしたことまでは覚えているのですが……他愛無い雑談でしたので、内容は忘れてしまいましたね」
更識派閥がお茶会として頻繁に利用する庭園にて。
璃桜と更識はテーブルを挟み、対面して座っている――その周囲を更識派閥の生徒達がぐるりと囲む。彼女達は勿論、全員が更識の支持者で、味方である。そして、璃桜にとっては完全にアウェイな環境で、今回は助手がいない。
「吾大久那さん……助手さんは今日はお休みですか? ご友人が亡くなられたのですから、仕方が無いことですが」
「繰り返しになるけれど」
更識を無視して、璃桜が口を開く。一応、お茶会と題したこの会合で、更識だけではなく璃桜にも紅茶と茶菓子が振舞われているが、一切口を付けていない。
「大斎麦を殺したのは、あなた達じゃないでしょうね?」
「勿論ですよ。私は殺していません」
「……………………」
笑みを浮かべて答える更識の瞳を、璃桜は睨み付ける。
「信用できませんか?」
「できないわね……少なくとも、あなたが私に何を隠しているのがハッキリするまでは」
瞬間、周囲を電流が走ったかのようにピリッと震えた。周囲を見渡すと、派閥員がそれぞれ得物を構えていた――更に何名かはスタンガンのスイッチを入れていたので、電流が走ったかのよう、は比喩ではなかったらしい。
「……相変わらず、躾がなってないんじゃないの?」
「挑発には乗りませんよ。皆さんも落ち着いてください」
更識の制止を受けて、ようやく得物が片付けられていく。それなら最初から武器は出すな、と言い付けておけ、と喉元まで出かかった言葉を璃桜はグッと飲み込む。これ以上は更識の制止さえ振り切って暴走する馬鹿が現れかねない。
「……大斎麦さんの件は、本当に心が痛みます。宗家と分家の関係性のこともありますが、彼女とは普段から仲良くさせていただいてましたから」
「あ、そう」
更識は残された右目に涙を溜めて俯く。顔は完璧に悲しみを表しているが、あまりにも唐突な表情の変化はどうにも芝居らしかった。彼女を崇拝する派閥員達には慈悲深い女神として映っていることだろうが、璃桜の目にはパフォーマンスで泣いているようにしか見えなかった。
(大体、大斎麦からは大層嫌われてたでしょうが……)
更識大義という少女の本質を、璃桜は既に把握している。周囲の連中がどこまで彼女のことを理解できているのかは知らないが、恐らく心酔してしまって、まるで分かっていないのだろう。
敢えて柔らかい表現をするなら、マイペースな性格。どんな状況に置かれようと、自分のペースで物事を進めようとする――現に学内で対立関係にあるとされている璃桜をお茶会に誘っているのも、それが原因だ。
結局のところ、どれだけマイペースでも、顔が良く、カリスマ性があればどうにかなってしまう。大斎のように一部例外はあるが。
「……どうすれば、信じていただけますか?」
「そもそも私が今日ここにいるのは、別にあなた達と協力して事件を解決したいとか、今までの関係性を見直したいだとか……そんな下らない話がしたい訳じゃないのよ」
背後からカチャカチャと金属が擦れる音が聞こえるが、璃桜は意に介さず、スタンドの皿に盛り付けられた菓子に手を伸ばす――3段の皿の内、更識も手を付けていた一番上の皿のクッキーを選び、口に運ぶ。先走った派閥員が菓子に異物を混入させる可能性を考慮したが、流石に自身の派閥長が選ぶかもしれないものに毒を入れる可能性は低かったか。
「お茶菓子がケーキじゃないのは、私に武器を持たせたくないからかしら」
ただの銀食器がスタンガンやサバイバルナイフに敵うはずがない――とはいえない。フォークで急所を刺せば、それは十分に人の命を奪える凶器になる。
「私に刺されるのが怖かった?」
「まさか。どうしてあなたを恐れるんですか? 同じ学園に通うあなたを……と。いえ、ですから、無意味な挑発は止めていただけますか?」
いつの間にか璃桜のペースに乗せられていたことに気付き、更識は僅かに顔を顰める。マイペース故に他人にペースを握られるのを嫌うのか――その顔が見られただけで、本当に多少ではあるが、スッキリした。
「……取引」
だから、柄でもない言葉を口にしてしまったのかもしれない。
「何ですって?」
更識も聞き間違いかと思い、訊き返した。璃桜とはそれなりの長い付き合いで、過去に似たような状況になったことはあったが、それでもこの展開は未経験だ。
「だから、取引を……しようって、言ってるの」
今度は璃桜が苦虫を噛み潰したような顔を浮かべ、ポツポツと言葉を繋ぐ。心底嫌そうな、渋々といった態度を微塵も隠すつもりがない。
「……私達は犯人を赦すつもりはありません。万木洋さん、蘇芳飛鷹さん……そして、殺害された東郎塗絵さんと大斎麦さん。被害に遭われた彼女達のためにも、犯人には相応の報いを与えなければならない……でしょう?」
犯人に対する前提を、更識が先に語る。
璃桜がどのような話を展開するにせよ――派閥の長として、面子は守らなければならない。
「犯人の処遇については譲るわ」
苦虫を噛み潰した表情のまま、璃桜が続けた。
「煮るなり焼くなり……殺すなり、好きにすれば良いんじゃない」
「殺すだなんて……私達はまだ学生ですよ――なんて、彼女達を見て、その言い分はありませんね」
そう言って、更識はシニカルに笑った。普段の優雅な立ち振る舞いから一転して、初めて璃桜が目にした、年相応の少女らしい表情だったかもしれない。
「それ、取引になりませんよ。応じるまでもなく――あなたに譲られるまでもなく、私達が犯人を捕らえるのですから」
「私と久那ちゃんが協力した上で、犯人の処遇を譲る。今回の件に関して、私の能力は使わない。それから、こっちで預かってる、あなたのところの派閥員を数名返すわ」
周囲が戸惑いで騒めく。平静を保っている更識でさえ、一瞬目を丸くしていた。
それだけ大事なのだ――璃桜が自身の所有物と認定したものを手放すということは。
そして、彼女の真剣みを最も分かりやすく伝える提案だった。
「……誰があなたの元にいるのか、それは今の私には認識できませんが、それは確かに魅力的な提案ですね」
「提案しておいてなんだけど、本当に魅力的だなんて思ってる? 正直、身内の恥じゃないの」
「構いませんよ。時に過ちを赦すことも大切なのです」
犯人は絶対に処断すると言って憚らないクセに――とまたしても喉まで迫り上がった台詞を璃桜はグッと飲み込む。
「……こちらが差し出す対価は? 取引なのでしょう?」
と、更識が言った。
意外とすんなり話が進むことに対して、璃桜は訝しむが、今はこの波に乗ることにした。どのみち、彼女を通さないと事態は進まないのだ。
「大斎麦……あなたが確保しているんでしょう? 正確には、『あなたの家』がだけれど」
「なるほど。そういうことですか……」
全てを語らずとも更識は全部察してくれた。そういうところは彼女の美点だ――こんな場でさえなければ、璃桜だって茶菓子に手を伸ばしたり、紅茶を飲みながら世間話に花を咲かせていたのに。
そして、家の話を持ち出され、さしもの更識も表情が暗い。
「それに関しては確約はできかねます。善処します、としか」
「了解、今はそれで構わないわ」
そう言って、璃桜は席を立つ。ついでとばかりに皿に盛られたクッキーを一つ掴み取って。
「あら? 毒を疑って食べないものとばかり」
「用意してくれたのに、まったく手を付けないのも悪いでしょ。それに私、一応不死身だし」
***
一日置いて登校した学園は驚く程に何の変化も無かった。
連続殺人事件が起こったというのに、生徒達はまるで自分は無関係だと言わんばかりに平和で、呑気だった。
それは良い。むしろ、殺人事件なんていくら身近で起ころうと、当事者になってみないと警戒心はあっても、恐怖心はあまり強まらないものだ。だから、彼女達が他人事なのは当然なのだろう。
「生徒が死んだんだから、しばらく休みになれば良いのにねぇ」
「ちょっ……不謹慎過ぎでしょっ!」
「あー、授業面倒臭い。また事件起こんないかな」
「……………………っ!」
品性の無い笑い声が耳朶を打った。
悪人の娘と蔑む――いつもの奴と同種の言葉だ。
すれ違った数名の生徒達も、他人事だからそんな風に宣うのだろう。最初の死者である東郎塗絵の方は知らないが、大斎麦の友人、知人ではないだろう――仮にも友人だったなら、そんな言葉は決して出てこない。
「……………………」
気が付けば、吾大の体はたった今すれ違った生徒達の進路上に立っていた。
「? 何、あなた……邪魔なん――ッ⁉」
怪訝な表情を浮かべる一人が吾大を退けようとするも、短い悲鳴と共に、顔から血の気が引いていった。他の生徒達もすぐに顔面蒼白になり、吾大から距離を取る。
「……頭では理解できるんですよ。あなた達の反応は普通で、品性はともかくとして、悪気がある訳じゃないって……でもね」
吾大が能面のような表情で、生徒の一人に顔を近付ける。
「これ以上くだらないこと言ってんじゃないわよ。ぶっ殺すぞテメエら」
感情の抑制が効かない。
初めてだ、こんなに下品な言葉を使ったのは。
すぐに周囲の注目を浴び、騒ぎに気付いた先生方が駆け付けてきた――普段あれだけ廊下を走るな、と口煩かったくせに、自分達は思いっ切り走っているじゃないか。
(……もう面倒臭い)
厳格な校則、規則など知ったことか。
教師達に羽交い絞めにされるよりも早く、血が出る程強く握った拳を振り下ろす――
「あー、はいはい。ストップストップ」
と、緊迫した現場を茶化すように、吾大達の間に割って入ってきた。―――突然現れた知り合いの姿を前に、振り下ろした拳がビタリと止まる。
まるで能面のように冷め切った表情で、周囲を一瞥する――相当怒っているようだった。誰に対してか、は今更語るまでもない。
(……私か。冷静になれないで、喧嘩吹っ掛けるような奴。本当に助手をクビにされてもおかしくない……)
駆け付けた先生方に対して、璃桜は普段は見せないような真面目な表情で応対していた。そして、その内容は主に吾大を庇うようなものだった。
先の事件で大切な学友を亡くし、精神的に不安定な状態で起きてしまった口論であること。衝突してしまった女生徒達も連続殺人事件に怯え、思わず過激な発言をしてしまったこと。
入学当初は学園内において奇抜な髪色で余計に目を引いてしまっていた璃桜だったが、現在こうして生徒教師問わず一目惹き付けるのは、こういう理知的な言動を取れるが故なのだろう。
(私と違って……)
自虐気味に吾大が哂う。
親友を失った悲しみだったり、犯人への殺意や憎悪だったり、色々な感情が全身に纏わり付くようで、自分でも正気とは言えない状況だったが、璃桜が出てきた手前、これ以上勝手なことをする訳にはいかない。
という訳で、吾大は早々にその場を離れることを決めた。
「……で、あなたはどこに行く気かしら?」
グリッ、と。肉に爪を捻じ込まんばかりの力で吾大の肩を掴んだ。いつものような全生徒を魅了せんばかりの笑顔を向けているが、こめかみの辺りに青筋が浮かんでいるのが見える。
「……私がここにいない方が、ややこしくなくていいかと思いまして」
「当事者なんだからいるべきに決まっているでしょ。ややこしいとか、そういう話じゃないのよ」
助手なんだから、私の傍を離れないで――と、璃桜は拗ねるように口を尖らせる。その仕草は彼女のファンには大層刺さるのかもしれないが、少なくとも今の吾大には一切魅力を感じられない。
とはいえ、心配されている程度のことは伝わるので、指示通りに、体を壁に預けて後のやり取りを黙視することにした。
***
「……それじゃあ、取り敢えず正座かしら」
言われるよりも先に、既に正座をしている吾大を見下ろしながら、仁王立ちのまま璃桜が言った。表情は今度こそ怒りを露わにしている。鬼のような形相とか、プンプンとかそういう可愛らしい怒り方ではなく、体の芯まで凍り付くような、冷え切った眼差しを向けていた。
甘やかすだけではなく、時にはしっかりと叱る、という正しい先輩の在り方を見せているが――以前は頼もしく映ったかもしれないが、今の吾大にはどうでも良いことだった。
今はそれよりも――と。どうしても別のことが脳裏を過ってしまう。
「こんなことをしている時間はないんじゃないですか?」
「……犯人を見つけて、復讐するつもり?」
吾大の反応はある程度予想できていた。ただし、その感情の強さまでイメージ通りだったかというと、そんなことはない。
親友を殺されたことに対する激情を、璃桜は見誤っていた。
(……これは、私に親友って言える程の関係性を築いた相手がいないからかしら)
友人だって、ほとんどいない。学園内での地位を確立してしまうと、逆に周囲の生徒達が怯んでしまい、結果的に孤立してしまっていた。
虐められている訳ではないのに、結果としてそれと同様の状況に至ってしまっているのは何とも皮肉が効いている。
唯一コンタクトを取ろうとした邦遠連理は激しくこちらを嫌ってくるし、更識大義は派閥員の目があるから日常的に仲良くする訳にはいかない。
「……悪いですか? 親友を殺されて、相手を殺してやりたいと思うのは」
吾大の目に鈍い光が宿る。今まで幾度となく、主に邦遠から向けられたことがある――殺意と憎悪だ。
けれども、彼女のこれは邦遠から何度も向けられてきた敵意よりも強い。
邦遠からの敵意はかえって好奇心をくすぐるものだったが、吾大の敵意にはまるで触手が働かない。
「勿論、悪くはないけれど、実際には止めるわよ。助手を犯人として指摘するなんて展開は御免被りたいもの」
「……麦ちゃんは、あなたも知り合いじゃないですか」
「確かに良い子だとは思うわ。けれども、今の私にとって一番大切なのはあなたなのよ、久那ちゃん」
ギッーーと不快さを覚える異音が聞こえた。どうやら怒りを押し殺した吾大が奥歯を噛み砕いたらしい。殺意が込められた視線は、璃桜に向けられている。
「その顔は助手が探偵に向けて良いものじゃないでしょ」
「金持ちのごっこ遊びのクセに……!」
殴り掛かってきそうな勢いで吾大が立ち上がり、そしてステンッと転げる。正座で足が痺れていたようだ。両足の痺れに悶絶して吾大はその場で蹲る。
「私は……遊びであなたに付き合ってるんじゃない」
足の痺れから立ち直り、改めて吾大が璃桜に向き合う。不思議と今まで感じていた格の違いのようなものは全く気にならなかった。
「何ですって?」
「私は麦ちゃんの……親友の仇を取りたいんですよ。あなたみたいな変人の道楽に付き合ってはいられないんです」
感情のままに言葉が出てきた吾大だったが、迂闊にもすぐに発言を取り消したくなった。言葉は凶器だとか、吐いた唾は飲めないだとか、散々周囲の連中に吐き捨ててきたことがまさか自分に返ってくるなんて。
少なくとも璃桜の目を見る気にはなれなかった。今度こそ完全に怒りを買ったと思った。正座では済まない――このまま首を切られるんじゃないだろうか、文字通りに。
(……斬首刑に処されるか?)
「道楽……ねぇ。随分好き勝手言ってくれるじゃないの」
僅かに沈黙があり、やがて、璃桜は口を開いた。
「……前に中途半端に煽ったのは失敗だったな、とは思っていたのよ。この際私に対して思っていること洗い浚い言っちゃいなさいな。今、あなたに対して怒っているのは変わりないんだし、どうせ怒られるんなら全部吐き出したほうが良いんじゃない?」
と、言った。そして、これが最後のチャンスなのだと悟った。
ここで選択を間違えれば、璃桜との関係がここで終わる。
璃桜の力が無ければ、犯人を暴くことができない――親友の仇を取れない。
更には、目的である父親の死の真相さえ知ることができない。
だったら、ここは璃桜に媚びてでも機嫌を取るべき場面ではないのか?
理由は分からないが、璃桜は自分のことを気に入っているようだし、可愛い後輩を演じて擦り寄れば、この場は乗り切れるんじゃないか?
何か変なことを言って、更に火に油を注ぐリスクを冒すのか?
(……醜い)
我ながら何て吐き気が込み上げる程に甘ったるい考え。
全て吐き出してしまえ、とは璃桜が言っていたが、胃の中の物を全て吐いてしまいたくなる程に嫌悪感と気持ち悪さが胸の内を蝕む。
そんなものを、彼女が求めているはずがないというのに。
前任者の邦遠連理は心の底から璃桜を嫌っていた。そして、それに対して、璃桜は心底楽しそうに応じていた。
最初は単なるマゾヒストなのかと思っていたが、今なら理解できる。
あれは学園の偶像と化して、対等な友人がいなくなった璃桜にとって、例え敵意であっても邦遠のような存在が非常に嬉しかったのだと。
だから、璃桜が自分に求めているのは――期待している関係性を考えるとするなら。
「……怒ってるんですよ、私は」
口から零れる本音を、両手で強引に塞ごうとはしなかった。
最早どうにでもなれ、という半ば自棄のような感情で。体内で燻っていた感情を、しこりを余さず全て吐き出す。
「親友を奪った犯人は必ず殺してやりたいし、こんな事件に巻き込んだ生徒会長だって恨めしいし、学園内で人が死んだのにデリカシー無く笑ってる連中は全員死ねば良いと思ってるし……」
「……………………」
吾大の怒りに、璃桜は口を挟むことなく、静かに耳を傾けていた。
「……でも、一番は私自身に対してです。犯人を捕まえられるでも、仇を取る訳でもなく……周囲に怒りをぶつけることしかできない。自分で自分を殺したくなる――それこそ本当に仇を取れなくなるからしませんけれど」
「……私には?」
再び、璃桜が口を開く。無表情のまま。
「私に対しても、何かあるでしょ? あの生徒会長にまで噛み付くんだから」
「勿論――でも」
と、吾大は短く返答して、そこから先を言葉は出てこなかった。回答することへの拒絶の意思が明確にあった。
全て吐き出せ、と言われたからその通りに動くのは、何だか悔しい。
「……全部に答えるとは思わないでください。私も怒っているって言いました」
凶暴な獣のように感情を剥き出しにする。開いた口から覗く犬歯は、先程の璃桜の発言通り(物理的な意味でも)誰に対しても噛み付きかねない危険性を秘めているようだった。
「良い表情するようになったじゃないの……って言っても、怒っているからで、自ら危険を冒すっていうのは違うと思う訳よ」
溜息を吐きながら璃桜が言う――一方で、その表情は決して失望や怒りではなかった。やはり、という吾大久那という後輩への期待は消えなかった。
「……この流れで言うと、あなたの逆鱗に触れるのでしょうけれど――」
「じゃあ、言わないでくださいよ」
わざとらしく前置きをすると言うことはそれなりの発言をするつもりなのだろう――と吾大は反射的に身構える。
「私はあなたが本当に大好きなのよ、久那ちゃん」
「……はあ、でしょうね」
今までの言動でそこは最早疑ってはいない。最初こそは、璃桜の正体まで含めて、悪質なドッキリだと思っていたが、それにしてはネタバラシが無いし、体を張り過ぎている。何より、あの非現実的な状況を目の当たりにしては、信じない訳にはいかなかった。
吾大が呆れ混じりに冷笑する――今朝の最悪な気分からは脱していたので、口角をほんの少しだけ上げるだけの余裕はできていた。璃桜に本音をぶつけて、多少は感情に整理が付いたということか。
「……犯人の目星はもう付いているんですか?」
「ええ。大体の当たりは付いている」
「だったら……!」
だったら、早くそいつの元へ乗り込みましょうよ――と思わず前のめりになる吾大の唇に、そっと人差し指を押し当て、璃桜は言った。
「……でも、一つだけ約束して」
その表情は真剣そのもので、そんな璃桜の姿を吾大は初めて見た。
少なくとも、聞き入る姿勢くらいは見せても良いんじゃないか、と思う程度には――
「犯人が分かっても、殺しは無し。前回みたいに私が片を付ける」
吾大は何も言わなかった。




