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Losers:Under15  作者: ビーナ
第二幕:群団ウルフ
15/16

放課後の切り裂き魔 其の肆

 中等部の人気を二分する璃桜・ブラッドグラス・ファニーナイトと更識大義――の護衛として親衛隊の派閥員3名。2つの机を合体させ、対面している。そして、更識に背後には3人の親衛隊が直立不動で控えている。

 彼女達が廊下ですれ違うだけで周囲が騒めくというのに、今回は教室に集合していた。授業前ではあるが、緊張感に包まれた教室は試験中のように静かだった。

 更識派閥の動きを報告するつもりで教室を訪れた吾大だったが、場の異様さに他の生徒同様身動きが取れなくなってしまう程に。

(手間が省けた……感じではない、か。むしろ、厄介事が増えた感じ……?)

 大斎から璃桜への伝言はこの時点で意味を為さなくなったが、それでも親友から請け負った以上無視するという選択肢は無かった。

 とはいえ、このまま見なかったことにしてこの場を去ろうかとも考えていた時だった――璃桜と目が合ってしまった。

「あら? 久那ちゃん、グッドタイミングじゃない。私の隣が空いているわよ」



 ギョロッ、と教室内の視線が一斉に吾大に集中する。大勢の、それも先輩方の視線ともなると足が竦む程の恐怖だった。



「……えー、とっ……なっ、何事でしょうか……これは?」

 恐怖と緊張で上ずる声を必死に抑えながら、吾大は訊ねる。

「さあねぇ、私も更識さん達が急に教室に押し入って来たものだから大変困惑しているのだけれど――本当に何をしに来たのかしらねぇ?」

 困惑しているようにはとても見えない上に、非常に挑発的な笑みを浮かべた璃桜が答えた。静まり返っていた教室に僅かだが黄色い悲鳴が漏れる。瑠璃城学園のアイドルが普段は見せない類の笑みが、教室内のファンの琴線に触れたのだろう。

(っていうか、同級生の中にまでファンがいるんだ……)

 これは仲が良い同級生とはまた違った距離感なのだろう。少数精鋭の友人しかいない吾大には良く分からない世界だ。



「それは失礼致しました、璃桜さん。そして吾大さんも」

「放課後なら、時間は取れるんだけれど? 授業前に来るくらいに急を要することなのかしら?」

「ええ、それは間違いなく。授業が始まる前には終わりますので、お時間は取らせないつもりです」

 端的な前置きを述べてから、更識は背後で控える護衛の親衛隊の一人に目配せをする。普段から行っているのだろう、慣れた手付きで親衛隊の一人が紙の入った黒いクリアファイルを机の上に置く。周囲の生徒からは中身が見えない漆黒のファイル――本来であれば、無人の教室でするような会談だったのだろう。

(時間が無い……いや、惜しいのかな。早急に事を済ませたいか)

「今、見ても良いのかしら? これを渡すことだけが用事?」

「要件のほとんどは済みました。そして、今から言うのは特に気にする必要の無い些事ですが……」



 ――邪魔はするな。



「……………………あ、ぁ」

「は?」

 璃桜と吾大、そして親衛隊の3人にだけ聞こえるように、小さな声で。周りからは派閥同士の小さな諍いにしか見えないように、完璧な表情作りをする更識。

 だが、それを聞いていた吾大の表情が恐怖で引き攣ることまで想定できていたのか――璃桜の表情が一瞬だけ不快で歪むことまでは想定できていたのか?

「……ねえ、何を言いたいのかは分からないんだけど――それはこちらの台詞なのよね」

 表情は穏やかに気品漂う――学園の偶像としての姿を崩さないように、笑顔のまま威圧する。元々、笑みは威嚇行為が起源という説があるくらいだ。

「私達は高等部の先輩方から調査の手伝いをお願いされて、善意で協力しているだけなのだけれど、あなた達は? 完全な私怨で私達の邪魔をするの?」

「ですから、些事ですよ。戯言ですとも」

 璃桜の威圧的な発言を、更識が含み笑いと共にはぐらかす――もしくは煽り立てる。

「先程も申しましたが、特に気にする必要はありませんよ」

「璃桜さん……」

 周囲の視線もある。流石にこれ以上はボロが出ると判断した吾大が口を挟む。

「……久那ちゃん、そんな不安そうな顔をして一体どうしたというの? 更識さんも……私達は別に争うような間柄ではない、勉学を共にする学友のはずでしょう?」

 不安、緊張が表情に出てしまっていたのだろう――吾大を一瞥した璃桜は、一呼吸を置いた後に優雅な所作で口元に右手を当て、言葉を紡ぐ。

 今更、優等生を演じても彼女達には通用しないだろうに。

「私達は私達で調査を続ける。あなた達もそれは同様――相互不干渉はいつも通りでしょう? それに何か不満があるの?」

「ありますよ。あなたならば、私達の包囲網よりも先に見つけるかもしれない……可能性だけの話ですし、実際には私達の方が早いかもしれない。ですが、不安要素は早急に潰しておくべきだとは思いませんか?」

 上手いな、と吾大は舌を巻く。会話の中に『犯人』や『殺す』といった物騒なワードを出さずに、意思表示をしている。周囲の生徒達には、自分達が件の事件の話をしているとは思わないだろう。精々、派閥間の諍いでギスギスしている程度にしか映っていない。

「……言いたいことは分かるけれどね」

 優等生の仮面を取り付けたまま、璃桜が更識に向けて口を開く。ずいっ、と唇同士が触れ合うんじゃないかというくらいの近距離で――今度は黄色い大歓声が上がる。



「私達をあんた達のごっこ遊びに巻き込むな」



 近くにいないと伝わらない程度の圧。まるで猛獣と一緒に折の中に入っているかのような緊張感――恐らく、周りで熱狂している生徒達には、このプレッシャーが伝わらない。彼女達の目には未だに学園のアイドルとしての可憐な姿として映っているのだろう。

 もしかしたら、数人の勘の良い人達は気付いているのかもしれないが――全員がほとんど同じようなリアクションをしているということは、結局周りに合わせているということなのだろう。



(自分にとって都合の良い所しか見ていない……)



 吾大は内心で先輩達を侮蔑しながらも、表情を消して、璃桜の補佐を努めることにした。

「……………………」

 果たして、更識は圧に怯むことなく、毅然として態度で璃桜を見据えている。そして、数十秒の沈黙があった。

「……何とか言ってみなさいよ」

「今回の被害者……東郎塗絵さん」

 不意にポツリと更識が呟いた。

「彼女……私の派閥に所属されていた方なんですよ」



***



 東郎塗絵。

 私立瑠璃城女学園中等部3年。美術部員。

 そして、更識派閥所属。

 吾大の中で被害者のプロフィールが更新された。

 メモではなく、脳に叩き込んだ事件の情報。

「……知っていましたか? 東郎先輩が更識派閥だったなんて」

「まっさかぁ。知ってたところで、私は手を引かないけれど、もう少し面倒事が無いように動こうとしたわ」

 心底面倒臭そうに璃桜が言う。

「って言うか、派閥員が一人殺されたからって、全員で動くものかしらねぇ。あれ、警察に犯人引き渡す気無いわよ、殺す気よ」

「は? 派閥ってそこまでするものなんですか?」

 今まで派閥やグループといったものとは無縁だった帰部の吾大には理解ができない世界だ。

「そんな訳無いじゃない。アイツらが異常なのよ」

「……更識派閥が、ですか?」

 驚いた風に訊き返すが、正直なところ、納得している自分がいた。

 更識の取り巻き達が武装している姿を思い出す。

 やりかねない、と納得してしまう。

 その問いに、璃桜はゆっくりと首肯する。

「……これは、危ないわね」

 璃桜が口元に手を当てて呟く。この先輩が他人の心配をするなんて、と驚きを禁じ得なかったが、良く聞き返すと『誰が』危ないのかを言っていなかった。

「正直なところ、この事件で久那ちゃんの有用性を確認するつもりだったのだけれど……アイツらが関わってくるなら、あなたの身の安全を最優先するべきかしら」

 心配の矛先が自分に向けられていることに、再び吾大は驚く。

「今回は前回みたいに脅しじゃ済まないからね。この前はあなたの首に向けられていた武器が、今度は心臓に突き立てられているかもしれない――これから起こるのはそういう話よ」

 言葉だけの脅しではない。事実を淡々と伝えている。

 言っていることは何も間違っていないし、後輩の身を案じる先輩としての考え方ならば、完璧に違いないだろう。



 なのに、胸の内がザワザワと騒々しいのは何故だろう?

 何一つとして的外れなことはないのに、本来であれば安堵すべきシーンなのに、こんなにも苛立ちが募っていくのは何故だろう?

「……それは、私は今回の事件に関わるなってことですか?」

「それを視野に入れているって話ね。あなたの実力は、また別の事件で見極めさせてもらうとして――」



 それは決して理不尽ではない、妥当な判断。

 大切に思う後輩に対して、最大限の配慮だった。

 それはすぐに理解できた。

 けれども、気が付けば吾大は璃桜の言葉を遮っていた。



「絶対に嫌です」



***



「……東郎塗絵さんの死因は頸動脈を鋭利な刃物で切り付けられたため、とのことです」

 そう報告をしたのは、普段からサバイバルナイフを得物としている親衛隊の一人だ――以前、大斎麦の左胸に刃先を向け、あと一歩のところでその命を奪える立場にいた。

 刃物への造詣が深いが故に、東郎塗絵の被害状況から新情報を獲得できないか、と踏んでの人選である。彼女に指揮権を与え、捜査を進めていく。

「傷口から推察するに、背後から首を掻き切ったのだと思われます。後ろからこう、腕を回して……東郎さんは新人だったとはいえ、とても慣れた犯行だったと言えるかと」

 分かりやすいようにジェスチャーを交え、親衛隊員が説明をしていく。

 死亡推定時刻、死因、現場、状況――いずれも警察と犯人しか知り得ない情報。

 しかし、それぞれに専門分野を持つ派閥員が一つ一つ情報を獲得していけば、それは警察組の捜査と何ら遜色が無いものとなっていた。



「そうですか。つまり、犯人への手掛かりは見つかっていない、と――そういうことですね?」



 報告の内容をとても短く、分かりやすくまとめて、更識は報告を行った派閥員達を残された右目で見据える。眼帯で覆われている、左目――があった場所からも圧力を受けているようで、数名の派閥員が居心地が悪そうに視線を逸らした。

「東郎さんは私を慕って派閥に参加してくださいました。であれば、彼女の命を奪った犯人にはしっかりと咎を受けていただかなくてはなりません」

「はい、勿論です」

 捜査の指揮を執るサバイバルナイフの親衛隊員が即座に頷く。心臓を握り潰されるかのような圧迫感に、表情を歪めそうになるが、それを更識に悟られまいと必死で表情筋を引き締める。

「――とはいえ、ですよ。あなた達まで犠牲になっては、元も子もありません。もしも、生命の危険を感じたのなら、すぐに逃げてください」

 緩急を付けるように優しい声色で更識は話を締める。眼帯の奥から放たれていた圧は消え、派閥員達はようやく一息を吐いた。

「……はい。お心遣い感謝いたします」



 派閥員の生徒達が散り散りになっていく様子を眺めながら、更識は紅茶と一緒に並べられている茶菓子のショートケーキにナイフを入れた。

 そして、口に運び、数回咀嚼してから、深い溜息を吐く。

「……折角、行列ができる有名店のケーキなのに、全然堪能できませんね」

「だったら、食うのは止めなさいよ。事件が終わってから、ゆっくり堪能すれば良い」

 嫌悪感を剥き出しにした声と表情で、大斎麦が口を挟む。

 更識からの招待により、この報告会兼お茶会に呼ばれていた――尤も、招待を受けて即座に拒絶の意を示したところ、多勢に無勢、実力行使でこの場に連行されたのだが。

 その際にお茶会の場には浮いてしまう程に大斎の身なりは乱れていた。

「……大体、もっと他の子らには優しく接した方が良いんじゃないの? あんなにガンガン圧掛けて」

「それは私があの子達に期待をしているからですよ。期待しているからこそ、敢えて厳しく接するのです」

「亡くなった東郎さんに対しても同じだった訳かしら?」

「……何が言いたいのでしょう?」

「いや、さ。派閥員の全員に対する厳しさが期待の表れなんだとしたら、東郎塗絵さんには何を期待していたんだろうなってね」

「考え過ぎですよ。学生なんですから、部活動に参加だってします。派閥のへの参加だって私から強制したことはありませんよ」



 東郎塗絵は美術部員を狙った通り魔に偶然選ばれて殺された、と。

 それが前提であるかのようだったが、()()()()()()()()()()()()()()()()



「アンタの派閥に所属していたから殺された、なんて……そんな無粋なことを考えちゃうね、アタシは」

 表情が明らかに変わった更識を見て、大斎の口角が吊り上がる。凡そお嬢様学園に通う淑女には相応しくない品性に欠けた笑みだった。

「……っはは。なんだよ、そんな顔もできんのね。ちょっとは()()()なってきたじゃないの」

 向かい合う更識からは普段の優雅な雰囲気が一切消えていた。表情に年相応の少女らしい、未熟さが滲んでいる。

 怒り、蔑視、憎悪――そして、殺意。

「……いえ、失礼しました。久方振りに感情を揺さぶられるような物言いをされましたので」

「構わないわよ、アタシは。アンタがいくら無様を晒そうと――ここにはアタシとアンタしかいないからね」

 大斎がテーブルに頬杖を突いて、ニタァと笑う。頬杖を突く時の深層心理としては、退屈や疲労の表れがあるが、大斎の場合も当て嵌まる。

 考え事をしている最中、というのも頬杖を突く原因だ。

「……どうやって私の怒らせようか、と考えてますね? 性格が悪いですよ」

 表情を隠すように口を手で隠しつつ、更識が言う。これ以上大斎に何も悟らせまいと、せめてもの抵抗を試みる。

「アンタらがアタシの親友にちょっかいを出したからさ、こうして外野が出張ってくんのよ。言っとくけどね、これ以上あの子に何かしようものなら、アタシはこの場でアンタを殺すからね」

 言葉とは裏腹に、大斎の笑みは崩れない。殺気さえも感じ取れない――大斎の敵意を感知して、出て行った派閥員達が戻ってくることを懸念しているらしい。

 そして、殺気が無いからといって、大斎麦に悪感情がまるでないかといえば、そんなことは全くない。全身全霊で、殺気を押し殺しているだけだ。本当ならば、この場で現在進行形のものとは別の殺人事件を展開したって良いとさえ思っている。



(……久那はそんなことを望まないだろうけれどね)



 そして、本音の部分では自分自身も望むところではない。親友とはいえ、他人のために殺人を犯すなんて――()()()()()()()()

「……やはり、吾大久那さん。あの子は特別なのでしょうね。私もあの子と初めて対峙した時、得も言われぬ魅力に取り憑かれたかのように思いました」

「嘘吐け。そんな素振り微塵も見せなかったでしょうが」

「あれでも必死に抑え込んでいたんですよ――ではなくて、私としてはあなたと敵対したい訳ではありません。大斎家と私達の家とでは()()()()()()()()、私個人としてはあなたに対して悪感情は無いのですから」



 どうだか――大斎は舌打ちと共に更識の言葉を拒絶する。

「なら、今回の事件……少なくとも、競い合うような形にすることはなかったでしょ。璃桜先輩とアンタの派閥で協力して事に当たっても問題無かったはずよ。なのに、この状況は何?」

「犯人は私達に宣戦布告をしました――であれば、本件は私達が片を付けるべきだと、そう判断しました」

「あ、そう。だったら、それは良いわよ。身内を殺られたんなら、その仇を討とうとするのは勿論納得する――けどね」

 言葉を区切って、大斎は席を立つ。

「……………………!」

 更識の顔が僅かに驚きで歪む。大斎の両手が更識の頭を掴んで、ズィッと鼻先がくっつく程の距離まで顔を近付ける。頭部に両サイドから徐々に力が籠められていく。



「貴様! 何している⁉」



 左目を覆う眼帯に指先が掛かったところで、ヒステリックな金切り声が室内に響き渡った。刃渡りの異なる2本のサバイバルナイフをそれぞれ両手に握り締めている――捜査の指揮を執っていた親衛隊員だった。

 新しく入ってきた情報をいち早く更識に報告しようとしたがための行動だったか、あるいは、憧憬の相手に少しでも褒められたいがための行動だったのか――

「その汚い手を離せ――殺すぞ……!」

 抑え切れない憎悪と殺意のままにナイフを振り回す。

「動くな」

 ひたすらに冷淡な口調で、端的に大斎が言い放つ。更識の細い首に左腕を回し、右手を頭に――より正確には、右手の爪を更識の残された右目に向けている。

 瞬間、暴発寸前だった親衛隊員の動きが完全に停止する。

「大切なご主人様の最後の目まで潰したくはないでしょ?」

「きっ、さま……!」

 親衛隊員の目が血走り、こめかみの血管が隆起する。更識が人質に取られてさえいなければすぐにでも行動に移していた。

「そのまま――そのまま待て(ステイ)、よ。一歩でも動けば、即座にコイツの右目を抉ってやるから」

 大斎は醜悪に笑う。この学園に通う令嬢であるならば有り得ないような――ともすれば、犯人が浮かべるような表情だった。



「……構いません」



 人質にされ、盾にされるような形となって、尚、更識は毅然と告げた。自分に残された最後の光を奪われるかもしれないというのに、その表情は全く変わらない。人形のように端正な顔立ちと学園の生徒達からは評されるが、まるで動じないその姿には不気味さを覚える程だった。

「私ごと刺し貫きなさい――と、言いたいところですが」

 親衛隊員の動きが今度こそ止まる――自身の主の声に静かに耳を傾ける。

「こんなくだらないことで私が命を使うことは甚だ不本意です。あなたも、こんなことで殺人の罪を背負うのは不本意でしょう?」

「勿論。アタシがアンタらに要求するのは、ただ一つのみ――」

「はい、何でしょう? 私達に叶えられることであれば、何なりとお申し付けください」



「久那を巻き込むな」



***



「絶対に嫌です」

 吾大の反応が予想外だったのか、璃桜は数秒間、固まっていた。何を言われたのか分かっていない様子で、微妙な表情になっている。

「……うん、あー……ぅん?」

 小首を傾げる璃桜。その姿を睨むように吾大が見つめる。今、自分がどんな表情をしているかは分からないが、恐らく怒っているのだろう。眉間と口元に自然と力が入る。

「絶対に嫌だと言いました」

「……………………」

 繰り返し反発する吾大に、璃桜は鋭い視線を返すだけだった。

「絶対に――」

「分かった、分かりましたよ……と」

 観念したように、璃桜が視線を逸らす。

「繰り返さなくても聞こえてるから――警告はしたからね」

「はい。なので、この事件を解決したら、認めてもらいますから」

 大きな溜息を吐く璃桜を無視して、吾大は机の上にその辺に置いてあったコピー用紙を何枚か適当に広げる。

「……まずは今ある情報を全部書き出していきましょう。箇条書きにすることで、いくらか整理できるはずですから」

「へぇ、助手らしい提案するじゃない。でも、それじゃあ、まだ模範解答ってところかしら」

「四の五の言わずに手伝ってください。名探偵なんでしたら、私よりも気付いたことが多いでしょう?」

 名探偵なら、これ以上犠牲者が出ないように尽力してください――とまでは言わないでおいた。今のところ、璃桜のカリスマ性や能力に対して認めてはいるものの、それでも人間性についてはまだ完全に認めた訳ではない。

 それでも先輩に対する最低限の礼儀は弁えているつもりだ。

 何を言うべきではないかくらいは承知している。

「……良いけれどね。この後、また聞き込みに行くつもりだったし。けれど、せめて条件付けさせてちょうだい」

「……条件、ですか?」

 妥当なところだろう、と思ったし、それを拒もうとは思わなかった。

「さっきも言ったけれど、今回の事件であなたが狙われる可能性は十分にあるし、久那ちゃんを無駄死にさせるつもりは毛頭無い訳よ。……だから、意地悪をしているつもりも無くて、そんな怖い顔をするは止めてくれると嬉しいんだけど……」

 そんなに怖い顔をしていただろうか――吾大は自分の頬や眉間を何度も揉んで確認する。確かに力んでいたかもしれない。先輩に対する礼儀の一つとして、笑顔を作った。

「……条件って何ですか?」

 笑顔を作ったことが功を奏したのか、璃桜も満面の笑みを浮かべて答える。

「簡単な話よ。護衛を付けましょう」

「護衛……ですか?」

 護衛と聞いて、黒スーツの筋骨隆々の男を想像するも、璃桜の口から飛び出してきた名前はイメージを打ち崩すものだった。良く知った名前ではあったが、この場面で聞くとは思いもしなかった。



()()()



 あまりにも聞き慣れた固有名詞に、吾大は目を点にさせた。

「はい? 今、何て……?」

 戸惑いを隠し切れず、間の抜けた声で訊ねてしまった。

 日常の象徴のような、普通の女子中学生の――親友の名前が何でよりもよって今出てくる?

 確かに大斎は高等部に至るまで交友関係が広く、まだ吾大が知らない一面を隠し持っている様子もあるが、派閥間の抗争に巻き込まれるような理由は無い。

「安心して良いわ。流石に無関係の女子生徒を事件に巻き込むような真似は、流石の私だってしないから」

「だったら……!」

「だから、()()()()()()()()――より正確には、更識大義との関係者だけど」

「更識先輩と、ですか?」

 初めて聞く情報に吾大の目が大きく見開かれる。親友のことを何もかも知っているとは思っていないが、それにしても驚かされた。

「それは……麦ちゃんが、更識先輩の派閥に所属していたって……そういうことですか?」

「違う……けれど、近いわね。学内の派閥という規模ではなくて、宗家と分家の関係性ね。あ、一応言っていくと、宗家が更識さんで分家が大斎さん」

 璃桜が補足するが、吾大は既に情報過多でパンク寸前だった。

「……………………」

 大斎麦がやけに更識派閥の動きに通じていたこと。

 更識大義と顔見知りの関係だったこと。

 何より武装した親衛隊員に対して、物怖じしなかった。

 パンクしそうな頭でも、これだけ事実が揃ってしまえば、嫌でも理解してしまう。

 親友がこちら側の人物であると。

(……また、なの?)

 父親が――少なくとも、自分に対しては良い人だと思っていた人間が、裏では他社を苦しめる側だったと知った時のように。

 相手のことをまるで知らなかったとだと、思い知らされた時の衝撃。

 勿論、親友だからといって、全てを理解できるなんて思い上がるつもりはないが、それにしてもショックは大きかった。

「……大丈夫?」

 その様子が伝わったらしく、璃桜が無表情で吾大の顔を覗き込んだ。心配は言葉だけで、目はすぐにでも帰らせるぞ、と脅しているようにも見えた。

 あれだけ啖呵を切っておいて、親友の裏の顔の一部を知った程度でこの有様――自身の醜態に、全身の血液が沸騰しそうだ。



(今まで自分と同じ平凡な日常の世界で生きてきたんじゃないの……? どうしてこうなってる? お嬢様学校の生徒って言ったって、こんな都合良く相関図が出来上がるものなの?)



 まるで推理小説の世界に迷い込んだかのような錯覚に陥る。

 世間は狭い、どころの話ではない。裏で黒幕が糸を引いていてもおかしくない。

「……つまり、更識先輩の親族を味方に付けておけば、親衛隊の方々への牽制になるだろうと……そう言いたいんですか?」

 よりにもよって親友を厄介事に巻き込んだ挙句、派閥との衝突を避けるために利用する――理解はできるが、()()()()()()()()()()だ。

 璃桜の助手になる覚悟を固めてなければ、軽蔑の対象として今後関わることを避けたかもしれない。

「……………………」

「言いたいことがあるなら聞いてあげるけれど?」

「……何でもありません、いえ――」

 余分な思考が一瞬過り、それを言うべきかと躊躇い――やっぱり改めて伝えておくべきかと、口を開こうとした、その時だった。

「あ、ちょっと待ってちょうだい」

 璃桜がスマートフォンを出して、話を遮る。教員の方々に発見されれば即座に没収された上で、数十枚の反省文を書かされるのだろうが、一切怯む様子を見せず、堂々とした態度で電話に出る。

「……………………え?」

 通話を始めて数十秒――璃桜の表情が曇る。常に余裕を持って、気品に満ちた璃桜が唖然とした顔をしている――それだけで只事ではないことが容易に想像できた。

「……何かあったんですか?」

 吾大が訊ねると、電話を切った璃桜は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべていた。

 迷っている。

 吾大からの質問に答えるべきか、どう答えるべきなのか――どうして?

 全てを察した訳ではないのに、心臓がいやに心臓の音が騒々しい。

 これはあの時以来だ――父親が死んだと小学校の教師から聞かされる直前の、子供にどのように伝えるべきか戸惑っている表情を見て、全てを理解できてしまった時。

 最悪の想像があっさりと現実と化してしまった時のアレだ。

「状況が変わったわ――久那ちゃんには腹を括ってもらおうかしら」

 そして、意を決したかのように吾大を見て、電話の内容を伝えた。



 止めて、と言おうとしてしまった。

 この人の助手として、覚悟を確かに固めたはずなのに――死ぬ覚悟はいつでもできるとほざく癖に、いざ命の危機に直面したら、泣きべそを掻くガキのような中途半端さだ。



 自分は一体何を目指しているというのか?



「第四の被害者が出たわ。大斎麦――意識不明の重体だそうよ」



***



 翌日、璃桜の口から大斎麦が死んだ、という報告が簡潔に伝えられた。



 前後の記憶が欠如している。



 教室が鬱陶しい。

 クラスメート達が騒々しい。

 担任の教師が何かを言っていた。

 親友が座っていた席が空いている。

 もう一人の親友が酷く青褪めた顔で話しかけてきた――何を言ったかは覚えていない。



 授業が終わって、気が付くと自室にいた。

 制服のままベッドに身を沈め、枕に顔を埋めた。



「うぁ、あああ……あああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼」



 叫び続けて、吾大久那の記憶と意識は消え去った。

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