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Losers:Under15  作者: ビーナ
第二幕:群団ウルフ
11/15

助手の覚悟

 更織大義が帰路に着いたのを確認してから、璃桜と吾大は向かい合う形で食卓を囲んでいた。テーブルには吾大が作ったカレーとサラダ。それを璃桜は満面の笑みを浮かべて、舌鼓を打っている。ただカレーを口に運ぶだけの動作がひたすらに優雅だったのは流石としか言いようがない。

「とても美味しいわ、久那ちゃん。やっぱり、今日から正式に一緒に暮らさない? 施設の方には私から話を通しておくから」

「光栄ではありますけど、カレーとサラダくらいなら、誰でも作れますよ。市販のルーを使ったんですから、パッケージの裏のレシピに従っただけですし」

 サラダは野菜を適当に切っただけです――謙遜ではなく、本心から大したことをしていない、と吾大は首を横に振って答える。

「私はただの人間ですから――こんな台詞を吐く日が来るなんて思いもしませんでしたよ。璃桜さんみたいに、特殊な何かを持っている訳じゃないですし、推理ができて、探偵を志す程頭が良くはないんですよ」

 どこまでも冷めた表情で吾大が言う。

 更織がいた時、全身がガチガチに硬直していたように、吾大自身が璃桜や更織と対等だとは思っていない。人間じゃないから、特別な能力を持っているから、という話以前の問題として、彼女達よりも自分のことを格下であると認識しているが故に。

「探偵の助手が頭が良いと決まっている訳ではないわ。勿論、良いに越したことはないかもしれないけれど、推理を明かした時に、素晴らしいリアクションを見せてくれるのも、探偵助手の役割だと思っているし」

 悪趣味ですよ――と。それでも、短い付き合いではあるが、璃桜に対してそれくらいの軽口は許されるだろうと思っていた。実際にそう言おうとした。



「邦遠先輩はそうだったんですか?」

 不意に口を突いて出たのはそんな質問だった。

 璃桜が助手に求めているものがまさかのリアクションだった、という発言に思いの外、苛立ちを覚えてしまったからか――だが、苛立ちを表情を出すことはなく、吾大はあくまでも淡々した口調だった。



「……ん? んー……と」

 突然出てきた名前に一瞬だけ面食らった璃桜だったが、すぐに笑みを浮かべる。こんな時に察しの良さを発揮しなくても良いのにと思った。まるで親に好きな相手がバレた時のような気恥ずかしさと居心地の悪さだった。仮に、死んだ父親が自分に好きな相手がいると知ったら、どんなリアクションをしただろうか――

(……下らないこと考えちゃったな)

「ハァーン、なるほど。嫉妬しちゃった訳ね、久那ちゃん」

「……そんなんじゃない、ですよ。ちっとも、あなたが考えているようなことは……」

「やっぱり分かりやすいわね、久那ちゃんは。あー……でも、そういうことか、前に言っていた妥協って」

 珍しく璃桜は困った表情を浮かべ、右の人差し指で頬を軽く掻く。

「……分かっているんですよ、考え過ぎだって。璃桜さんが私を選んでくれたのは、以前熱弁してくれた通りなんだって……信じますよ。もしも、妥協とか、邦遠先輩の代わりだって言ってくれたとしても……それならそれでって納得はしてみせますし……」

 言い訳染みたことを捲し立てる吾大。これは良くない状態だと自覚しながらも、舌がこんな時に限って良く回ってくれる。

(……いつもはもっと言葉を選びながら言えそうなもんなんだけれどなぁ――あ、駄目かもしれない)



「結局のところ、私は父の死の真相を知るためだけに、あなたを使って……利用しているに過ぎませんし」



 失言した。信じているとか言っておきながら、とんでもない暴言を吐いてしまった。

 流石に我に返った吾大は咄嗟に俯く。璃桜の返答を拒む、逃げの姿勢に他ならないが、今彼女の表情を見るのが恐ろしかった。

 そして、吾大の脳裏を過るのは、出会って最初のアプローチを断った際の、璃桜が放った異様な空気感。あの時は背中を向けていて、どんな表情をしていたのか分からなかったが、もしも激昂していたのであれば、恐らく今璃桜が浮かべている表情だろう。

(……失敗したな、殺されちゃうのかな、これ。折角、この人の助手やっても良いかなとか思い始めてたのに……)

 遊苑囚子に対してやったように、良く分からない力を使って、良く分からない死に方をするのか、いや、もっと単純に拳や蹴りが飛んでくるかもしれない。

「……分かったわ」

 ゆっくりと璃桜が言葉を紡ぐ。何を言われるのかは大体想像が付くが、覚悟を決めた吾大は固く目を瞑り、口を真一文字に噛み締める。直後に暴力が振るわれようと全身の筋肉を固めておけば、最悪の事態は免れるだろうという安直な考えだ。



「明日、学園で起こった事件の調査を開始するのだけれど、一緒に来てもらうわよ。予定を空けておいてちょうだい」

「……………………は?」

 普段と変わらない穏やかな口調で璃桜が言った。激昂する素振りすら見せず、明日のスケジュールについて話し始めた。

 つまり、吾大の感情の爆発や暴言には一切触れず、どころかまるで聞かずに自分達の今後について話している。

 分かった、という発言は一体何に対してだったのか――適当に話を聞いている素振りをしているだけだったのかもしれないが。

「え、は? あの……」

「色々不安に思うのは、結局のところ、まだ探偵の助手としての経験が乏しいから。経験値が足りないから、自身が足りないの。であれば、解決策は場数を熟していくことだけよ」

「ちょ、ちょっと……待ってください、あの――」

「そうね。確かに邦遠連理は()助手だったけれど、それも過去の話。久那ちゃんと比較したつもりはなかったけれど……、そもそもあなたは周囲の視線なんか気にするような子じゃないと思ったから、何の問題にもならないと踏んでいたのだけれど――」

 一呼吸置いて、璃桜は吾大を一瞥する。ヴァンパイア特有の宝石のように赤い両眼が、吾大の両目をしっかりと捉える。

「まあ、その()()()()()も良しとしましょう。繰り返しになるけれど、私は久那ちゃんに心底惚れ込んでいるから、多少の誤差は()()するわ」



 本心か建前か。今考えるのはそこではない。しかし、少しずつ、じんわりと璃桜の言葉が吾大の神経を刺激していく。胸の内側をジリジリと炙っていくような、嫌らしさと焦燥感があった。

「……………………。私はあなたが嫌いになりそうです」

 普通であれば、本人には聞こえないくらいの微小な声量で呟くが、恐らく璃桜の耳には届くだろう。



「私を利用して、父親の死の真相を知るんでしょう? 良い機会(チャンス)じゃない」

「……………………」

 挑発のつもりか、それとも純粋に善意から言っているのか判断しかねる璃桜の言葉に、吾大は強く睨み返すことしかできなかった。怒りの籠った視線に璃桜は口角を吊り上げる。

「やる気はあるようね」

「……話を聞かせてください。学生ですから、予定が空けられるかはそれを聞いてからです」

 拗ねるように吾大は璃桜から視線を外す。優雅な振る舞いを崩し、年相応の少女が浮かべるような無邪気な笑みを浮かべ、呵々と笑う。

「良いじゃない。言っておくけれど、もしも役に立たないと判断したら言われずともクビにするつもりだから」



***



「事件は()()()()()()()()()()()。被害者は現在に至るまで2人。いずれも腕を切り付けられたものの、命に別状は無い。尚、青いフードを目深に被っていて、犯人の顔は見ていないし、背格好もハッキリしていない」



 要するに何も分かっていないのよね――溜め息を吐く姿が、スマートフォンの画面に映る。画面にはウェーブの掛かった赤いボブヘアーの少女の憂い顔があった。

 年は15歳、高等部1年生。つまり、璃桜よりも先輩であり、()()()()()()()()()()()。しかし、璃桜とは違い、学園側には正規の手順を踏んで、赤い髪が地毛であることは証明済みだ。

 淡々と事件の詳細を語る高等部生徒会長だが、その表情には薄らと疲れの色が出ていた。

『ファニーナイトさん、吾大さん。あなた達には、今回の事件の犯人……通り魔の正体を暴いてほしいの』



(……何か思っていたよりも、ヘビーな内容なんだけど)

 璃桜はともかくとして、ただの人間の女子中学生である自分が、2名の被害者を出した通り魔を捕まえろと?

 しかも、名前まで把握されているということは、完全に璃桜とツーマンセルとして受け取られている。

「あ、あの……生徒会長さん? お言葉なのですが、これは完全に警察に任せるべき案件ではないかと……私達にどうこうできる範疇を超えてます」

「いやいや、久那ちゃん。昨日の意気込みはどこに行ったのかしら? 『役に立たないと判断したら、クビにする』って、それはもうお互いに格好良く決めたと思ったのだけれど?」

「だって、思っていたのと違うんですもん! 精々、学園七不思議の解決くらいだと……思いっ切り現実的な事件じゃないですか!」

『生憎と、この学園に七不思議は無いわね』

「そういえば、聞かないわね。そういう――走る人体模型とか、睨み付けるベートーヴェンとか」

「……じゃあ、私達出番無くないですか?」

 そもそも人間の探偵が解決できないような事件を取り扱おうという設定だったはずなのに――画面越しの生徒会長に視線を送ると、曖昧な笑みで誤魔化す。

「……と思うじゃない? けれど、件の通り魔ね……聞いたところによると、どうも怪異の類のようなのよ」

「……何ですって?」

 学園内だけじゃないのか、この信じられない怪異事件は。

 吾大の脳裏を数日間の出来事がバッと駆け巡る。



 遊苑囚子、狼。



 璃桜・ブラッドグラス・ファニーナイト、ヴァンパイア。



 更織大義とその派閥の取り巻き達、武装集団。



 どれも大人が少ない、子供だけの空間が起こった――白昼夢のような、自分の思春期症候群が見せた幻想ではないか、と未練がましくも信じたい気持ちがあったが、学外となると話が変わってくる。

 少なくとも、大人や警察組織が登場する世界で、それでも不可解な事態が起こったとするならば、怪異事件であると認めざるを得ない。


 

『まあ、まず間違いわね。現実的に考えて、人間2人切り付けておいて、未だに一切の情報無く、捕まらないとなると、何かしらの怪異を疑うわ。警察って、ドラマや小説で好き勝手に言われる程に無能じゃないのよ』

 流石に警察が仕事をしていないとまでは言っていないし、人外の犯人だとするならば、彼らに捕まえることは難しいだろう。人間の法律で裁くことも――



「……疑問なんですけれど、彼に私達が捕まえたとして、警察に引き渡すんですか? 怪異を人間の法律で裁くと?」

「良い質問ね、流石は久那ちゃん」

 疑問に思ったことをただ口にしただけなので、褒められても子供扱いされているようで嬉しくない。

(実際に子供であることに違いはないんだけれど……)

「怪異事件全てが人間の司法で裁かれる訳じゃないわ。物的証拠や状況的証拠なんて、妖怪の超常的な能力の前ではどうとでもなってしまうし――だから、私の持つ力に意味が出てくるの」

 タタンッ、と璃桜は軽くスマートフォンの画面を叩き、ビデオカメラからファイルアプリへと切り替える。先程送付された事件の資料が表示される。

「これは……?」

「この事件の捜査資料。勿論、警察のものじゃなくて、生徒会長の話を受けて私が独自に纏め上げたものよ」

 資料には被害者生徒2名の名前、学年クラスから所属している部活、趣味、住所に至るまで事細かに記載されている。

「え、キモ……」

「シンプルな悪口じゃない。私が推理をする時の癖のようなものよ。事件に関与することならどこまでも事細かに、ね」

「個人情報保護法ってありましたよね……。それも未成年の個人情報を……探偵がやることとは思えませんよ」

『そこまで。あんまり責めるようなことを言わないであげてちょうだい――吾大さん』

 生徒会長が窘める。いつの間にか責めるような口調になってしまっていたのか――言われてから、吾大は口元を抑える。

 最早取り繕う必要が無いためか、余計なことまで言ってしまう。



『璃桜が情報を悪用しないことは私が保証するわ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 と、高等部生徒会長――港楽(こうらく)至福(しふく)が言った。それから()()()()()()()()()()()()()()、初めて心の底からの笑みを浮かべて見せた。

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