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Losers:Under15  作者: ビーナ
第一幕:探偵ヴァンパイア
1/15

Prologue

 瑠璃城女学園。中等部から高等部までのエスカレーター式になっており、主に大企業などの裕福な家庭で育った令嬢達が通っている。

 裕福、と一言で表現しているものの、その規模にはそれなりに幅がある。ただし、一般的な家庭に比べれば、という点ではやはりその表現は過剰ではないのだろう。

 警備員は当然厳重だし、学校関係者は一部を除きほぼ女性教師。異性と接する機会は、登下校(それも実家からの送迎)を除いて相当限られてくるだろう。



 そして、吾大(ごだい)久那(くな)。先日、父親を亡くした彼女は、その機会が更に限られたことになる。母親は物心が付く前に亡くなっていたと聞く――それもあってか、ファザコンという程ではないにしろ、父親との仲は悪くなかった。一人娘ということもあり、溺愛されていた。



 父親には親族が自分以外いなかったらしく、ともすればこれより吾大久那は天涯孤独の身となった。金融会社の社長をしていた父親の遺産で、高校卒業までの金銭面の不安は無い――尤も、流石にこの学園は中等部の卒業と同時に去ることになりそうだ。

 現在中等部2年の14歳。養護施設から学園まで通っている。同じような境遇の子供達と一緒に暮らしているおかげか、思いの外孤独感に苛まれることはなかった。

 どちらかといえば、学園内で貴族のような価値観のクラスメート達の話を聞いている方がずっと距離感を感じる。貴族と庶民が会話をしているかのような距離感。

「お父さんは社長だったとはいえ、私に何でもかんでも買い与えるようなことはしませんでしたし」

 金銭面での価値観は一般的な家庭に近いだろう。

「一般人が偶然このお嬢様学校に紛れ込んだくらいのことなんですよ、だから――」

 どこか言い訳染みた喋り方になってしまうのは、対峙している相手が原因だ。ジッと見据えられても、相手が望むような返答ができるとは思えず、目は泳ぎ、言葉もたどたどしくなる。

「だから……そうです、きっと人違いなんですよ。()()が望む相手は私じゃないですから」



「あら、そうかしら?」

 一つ年上の先輩は笑う――中等部3年だから、確か15歳か。普通に微笑む姿すら絵になるような美しさだ。たった一年早く生まれただけでどうしてこうも違いが出てくるのか。

「私、こう見えても人を選ぶのは得意なのよね。それが今日会ったばかりの後輩だったとしても――今まで全く接点の無かったあなただとしても」

 ズイッと美しい顔を近付ける。同性同士なのに、心臓の鼓動が早くなる――それが今日会ったばかりの、今まで全く接点の無かった後輩との距離間ですか、と声を荒げそうになる。

 いけない、仮にも偶然お嬢様学校に紛れ込んだ一般人だろうと、この学園の生徒であるならば、それ相応の品格を損なわないようにしなければ。

 軽く咳払いをして、先輩から距離を取る。



 璃桜(りおう)・ブラッドグラス・ファニーナイト。驚くべきことに本名なのだという――名前に『ブラッド』が付く人と初めて会った。社長令嬢達が通う女学園ということもあり、髪型や服装は相当厳しく校則で定められているのだが、何と目の前の先輩は長い銀髪の中に、メッシュのように黒髪が混じっているというパンキッシュな出で立ちをしている。

 当然入学当初は相当揉めたようだが、本人曰く『全部地毛なので』と一蹴したらしい。



『髪の色が学園生活にどれだけ影響するというのかしらね――それも地毛を真っ黒に染めろだなんて、まったく馬鹿らしいと思わない?』



 むしろそんな彼女の堂々とした姿は、普段の気品に溢れた、優雅な立ち振る舞いと相まって、他の女学生達から凄まじい人気を獲得したのだった。

「……そもそも、先輩は私に何を求めているんですか? 庶民の私に」

「あなたは庶民というよりは小市民よね。他の生徒達とは確かに違うけれど、全く異なるという訳ではなさそうだもの」

「お褒めに与り……いや、褒めてないですよ、それ」

「褒めてはいないもの」

 庶民と小市民ではニュアンスはそれ程変わらない。

 そして、雑談に付き合うために呼び出されたであれば、少々肩の力が抜けるというものだ。学園のアイドルからどんな話を持ち掛けられるのか、と呼び出しを食らった直後は気が気ではなかったから。主に彼女のファン達から殺気に満ちた眼差しを向けられた辺りから、生きた心地がしなかった。

「それから求めてるっていうのも違うのよ。吾大(ごだい)久那(くな)さん」

 フルネームで呼ばれた。学園のアイドルに名前を認知されていたことも驚きだが――どういうことだ?

 後輩の名前を調べること自体はそれ程難しくはない。

(むしろ、()()()()()本当に簡単だったでしょうね……)

 接点も何も無い、と本人が認めた――無関係の後輩の名前を調べて、呼び出してまで何の話があるというのだろう?

 それこそさっき自分が言ったように、人違いの可能性がある。

「久那さん」

 改めて、下の名前で呼ぶ璃桜。吾大の背筋を言いようのないむず痒さが駆け抜ける。

「あなたはこの学園を卒業したら、何になりたいのか考えているの?」

(おっと……)

 殊の外真面目な質問が飛んできた。背筋がピシッと引き締まるような感覚だ。先輩と接する上で真っ当な緊張感が遅れてやってきた。派手な外見から偏見が起こりがちではあるが、学園では才女として名の通っている先輩である。

「どう……でしょうね――以前だったら、父の会社で働きたいって気持ちもあったかもしれないですけれど……」

「なるほどね、それで今は?」

「……特に。でも、そんなものじゃないんですか、私達くらいの年齢だと」

 勢いで璃桜を同類であるかのように括ってしまったが、彼女のファンクラブに聞かれたら本当に命を狙われかねない失言だ。

「ふんふん、なるほどね」

 一方で、璃桜は特に気にすることなく、吾大の返答に満足気に頷く。

「まず要件を簡単に言うとね、あなたには私の手伝いをしてほしいの。もしも、あなたになりたいもの――就きたい職業があるのなら、尊重しようと思ったけれど……そう、無いのね」

(手伝いか……随分、回りくどい言い方だ)

 パンキッシュな見た目以外は完璧な淑女だと思えば、やはり学園のアイドルという肩書に気分を良くしているらしい――つまり、自分の付き人になれ、と言いたいのか。アイドルという表現に合わせるなら、マネージャーにスカウトされているのだろうか。

 現在、特になりたい職業がある訳ではない身としては、マネージャー業というのは検討の余地有りだが――

(いや、やっぱりないな)

 自分でも驚く程に即決だった。璃桜に苦手意識はあるが、それは別の問題として、今の自分を取り巻く状況にあった。

「……先輩は私の名前まで知っているんですよね。なら、今の私にあまり近付かない方が良いんじゃないですか? だって――」



「私はね、探偵になりたいのよ」



 やんわりと断るつもりだったが、それを遮るようにして璃桜の口から告げられたのは、全く予想だにしなかったものだった。

「……ん、え……は?」

「探偵よ。難事件を解決する名探偵――私はそんな存在になりたいのよ」

「……………………はぁ」

 気持ちは分からなくもない。推理小説が好きで、探偵に憧れるというのは珍しくない――シャーロキアンと呼ばれるファンもいる程だ。

(実際、先輩は頭が良いし……変わり者であることも含めて、ピッタリかもしれない)

 推理小説や漫画は呼んだことがないので詳しくは知らないが、それでも主人公とされる人物像は概ね璃桜のような人気者を指すのだろう。

「……どのみち、今の私には近付かない方が良いですよ。もう聞いているのかもしれないですけれど――私は犯罪者の娘ですから。探偵の敵でしょう?」

 自虐気味に笑う。自分で言っていて、胸が張り裂けそうになるが、今は面倒事を回避することに全力を注ぐ。泣くのは、璃桜が離れてからでも問題無い――尤も、今の自分に悲しみ、泣く程の感情が戻ってきているかは甚だ疑問だが。

「自分のことをそんな風に言うものじゃないわよ。お父様はともかく、あなたは何もしていないのだから」

 璃桜が言う。やはり、知っていたのか――生徒同士の噂話となると、やはり耳に届く速度が段違いだ。厳格な規律でガチガチに縛られた生徒の娯楽となると、最早噂話くらいしかないかもしれないが、あまり趣味が良いとは思わない。

 そして、意外だったのは璃桜が自分を慮るような台詞を口にしたことだった。人形のように端正な顔立ちと相まって、まるで聖女を思わせる神々しさを感じるが、先程まで感じていた苦手意識も重なり、何とも言えないチグハグさがあった。

「……お言葉は嬉しいのですが、先輩。今の私の状況も考えてください。あなたに呼ばれて、ここに来るまで、周囲の視線に細心の注意を払いながら移動することのどれ程面倒臭いことか……」

 そもそも学園のアイドルが一個人を呼び出すのに、わざわざ教室に訪問するとは――その後のクラスメートから、奇異、好奇心、嫉妬、殺意といった様々な感情の込められた視線を向けられた時の居心地の悪さといったらない。

「あら、他の子達は関係無いじゃないの。私はあなたに興味を抱いて、あなたを呼び出したの。この事実に関与しているのは、私とあなただけじゃないの」

「……………………」

 もしかすると、彼女は自身の人気や影響力を全く自覚していないのだろうか?

「私を慕ってくれる子達がいることは勿論知っているわ。けれど、それは私の意思とは関係無いの。ねえ、吾大さん。あなたには私が周囲からちやほやされているだけの美少女として映っているのかもしれないけれど――」

「いや、そんなことは……」

 自画自賛についてはひとまず置いておくとして、実際のところ何の気苦労も無さそうだな、程度には感じていた。

「まあ、その通りなのだけれど」

(あ、そうなんだ……)

 当人が認めるのであれば、遠慮は不要だった――会話をいくら交わしてみて改めて感じたのだが、高嶺の花だと思っていた先輩は意外と話しやすかった。少々変わったところはあるが、後輩に対して高圧的になることはないし、周囲から慕われているといって図に乗るような傲慢さも無い。

「先輩は、探偵になりたいという話をわざわざ私に教えるために呼び出したのですか?」

 まさか――そう言って、璃桜は無邪気に微笑んだまま、緩やかに首を横に振る。ただそれだけの動作にも拘わらず、一挙手一投足の全てが美しい。悪戯っぽく笑う姿は、ようやく彼女が自分と同じ女子中学生ということを実感させた。

「そんな世間話のためだけにあなたを呼び出したりはしないわ。それにこの話自体、あなたに初めて話したもの」

「それは……光栄、です?」

 どうして自分に、という疑問はひとまず飲み込んだ。

「だから、手伝いを頼みたいのよ、あなたにね。ねえ、探偵の助手に興味は無いかしら?」

「はあ……」

 宗教の勧誘を受けている気分だった。なまじ先輩からのお誘いであるため、どのような返答が正しいのか分からない。答えは勿論、ノーだが。

(そもそも探偵の助手は手伝いの内に入るのか?)

「ねえ、ねえねえ、どうかしら? 探偵の助手――私の右腕にならない?」

 手伝いから助手になり、右腕――徐々に解釈が拡大されていく。

 右腕、つまるところ、信頼に値する存在――璃桜がそんな存在を求めているのなら、それならば、尚のこと自分よりも適任がいそうなものだが。



「私はあなたが良いのよ、吾大久那さん。あなたに一目惚れしたの。あなたしか考えられないの。あなたじゃなくちゃ嫌なのよ」



 熱烈なアプローチが始まった。一目惚れ、ときたか――その口説き文句が他の誰かに聞かれたら、と想像するだけで寿命が数年は縮んだ気がする。

「その言葉、他の人に言ってあげてください。きっと泣いて喜びますから」

「あなたのその言葉だって、十分に私を泣かせるものよ。勿論、悲しみの涙だけれど」

「大体、探偵っていっても、解決する事件が無いじゃないですか。いえ、事件が無いことは十分に喜ばしいことですけれど……」

 尤も、テレビやネットのニュースを漁っていれば、それなりの事件は出てくるだろう。その中で自身の考察を巡らせて、推理をネット掲示板に載せる、くらいであれば協力しても良いかもしれない。

 けれど、目の前の彼女は明らかに自らの手で事件を解決に導きたい、と言わんばかりの熱量だった。

「事件はあるわ。()()()()()()()()()がね」

「はぁ……それは良かったですね。私は手伝いませんけれど」

 どのような口説き文句が飛び出そうと、吾大の心は決まっていた。その結果、学園中の女生徒達から恨まれる結果になろうと――そんな状態、()()()()()()()()()()()()()()

「……………………」

 まさか断られるとは思っていなかったのだろう、ポカーンと口を開けたまま璃桜は吾大を見つめる。唖然とした表情さえも絵になってしまう――予想外の事態になってさえ、人気の秘訣を見せつけられるとは思いもしなかった。

「あ、いや、そんな顔をされても……先輩にあれだけアプローチを受けておいて、本当に申し訳無いんですけれど……」

 申し訳無いんですけれど――謝罪の言葉の続きが出てこない。そもそも謝罪する必要さえも無いのかもしれないが、疚しいことがある訳であるまいし。

()()()()……先輩の隣には相応しくありませんって。何度も言いますけれど、もっとお似合いの人がいますから――それじゃ!」

 お嬢様学校に通う生徒には相応しくない、全力のダッシュ。膝を隠す程長いスカートが大きく翻るが、お構い無しに空き教室から飛び出した。

 何故だか璃桜の表情を見ることができず、俯いてしまっていたが、あの時どんな恐ろしい表情をしていたのだろう。

 私なんか、と口癖のように発してしまったが、その瞬間の璃桜からはさっきまでの穏やかな令嬢からは大きくかけ離れた、凄まじく剣呑な雰囲気が放たれた気がした。



(ヤバい……しくじったかも……!)



 一体何が彼女の琴線に触れてしまったのか――彼女のファン達を敵に回す覚悟はしていたつもりだったが、当の本人を敵に回す覚悟が全くできていなかった。

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