新たな出会いと果たされた約束4
しかし気詰まりなのは確かだ。
「これは、いつまでこうなのでしょうか」
「そうだな。卒業までじゃないか?」
ジョエル殿下が、首を傾げつつ嬉しくない答えをくれた。そうでしょうけど、私はそんな答えが欲しかったわけじゃないの。分かっていてそんなことを言うのだから、ジョエル殿下は意地悪だ。
「うう……そうでございますよね」
私はどうしても溢れてしまう溜息を吐き出した。だって、本当に居心地が悪いのだもの。多くの貴族子女が通うとはいえ、私までどうしても通わなくちゃいけなかったのかしら。ちょっとお父様とお母様を恨みたくなる。純粋に友達ができることを期待していた私の夢は、あっという間に露と消えてしまった。
「ここに通う理由なんて、精々将来のための支持者集めと世情把握だ。レオンスもリュシエンヌも、勉強はもう修了してる範囲だろ」
「ええ」
ルヴェイラ学院のカリキュラムが遅れているわけではなく、私達の教師が頑張ってくれた結果だ。いや、私達が頑張った結果と言ってもいいかしら。
「ああ。確かに、このレベルはとっくに終わってますね」
と思ったら、レオンス様も終わっていたわ。個人授業の方が、クラス授業よりも早く進められるものね。それなら、普通のことなのかしら。
ジョエル殿下が頷いて、言葉を続けた。
「そういうこと。味方になる奴、敵になる奴、どちらにもならない奴……できる奴、できない奴。学院は貴族社会の縮図だし、学生は皆未来の権力者だ。俺は、俺の未来の支持者を増やすことにするよ」
「私もそうしますよ。リュシエンヌは?」
レオンス様がジョエル殿下の言葉に同意した。そうよね、レオンス様も、将来はきっと人の上に立つことになる人だ。私は……ジョエル殿下の婚約者としては未来の王妃と言えるけれど、現状、私の片想いで、ジョエル殿下にとって体のいい女避けとして使われているだけ。ならば、あまり無理して足場を固めることもないかしら。それに先程のあの人達。正直、深く関わりたくはない。
「私は……今はそこまで考えられませんわ。とりあえず、あの方達とあまり関わりたくないのが正直なところですから」
「──ああ、女って面倒だよな」
ジョエル殿下が面倒臭そうに頷いて、
「ですが、顔に出さないでいられるのは素晴らしいですよ、リュシエンヌ」
レオンス様が、殿下とは違い、こちらまで心が穏やかになるような微笑みを浮かべた。
「ジョエル殿下、レオンス様も……まったく、他人事だと思って……!」
私の苦労なんて、ちっとも理解しようとしていない。悔しくなって頬を膨らませて見せると、ジョエル殿下が焦ったように手を左右に振った。
「待て、レオンスには他人事じゃないからな」
「でしたら、殿下には他人事ということですわね!」
ジョエル殿下は誤魔化したふりをして、実は全く誤魔化せていなかった。レオンス様には他人事ではないってことは、ジョエル殿下自身にとってはやっぱり他人事なんじゃないっ。そりゃ、特定の相手がいる王族なんて、近寄り難くて、令嬢達は寄り付かないでしょうけれど……って、私、このために婚約させられたのだわ! つまり私が殿下にとって女避けとして正しく機能しているということで、私の現状は、殿下と婚約しているからということで……。
私がじとっとした目でジョエル殿下を睨むと、殿下は分かりやすく狼狽して、おたおたと側に置いていたらしい鞄の中から、朱色の小さい箱を取り出した。
「悪かった、悪かったって。ほら、お詫びにこれやるから」
その箱には焦茶色のリボンがかけられている。私はそれを見て瞳を輝かせた。
「これは、エカルラートのショコラじゃないですかっ」
エカルラートとは、今、王都で人気のショコラティエだ。こだわりの素材を使った菓子は、ショコラは勿論、それ以外のものもとても美味しい。
「お前、好きだっただろ」
ジョエル殿下が差し出したそれを受け取って、私はゆっくりとリボンを解いた。
「ええ、ええ! 勿論ですわ。これを嫌いな女の子はおりません!」
まあ、許してあげようかしら。だって、エカルラートのショコラよ。人気すぎて、私だって並ばなければ手に入れられないのだもの。
「──どうして持ってたんですか?」
「自分で食べるために決まってるだろ」
なんてジョエル殿下とレオンス様が小声で話していたけれど、私は聞こえないふりをした。
◇ ◇ ◇
「案外簡単だったわね」
それから数日後、私は一人、ルヴェイラ学院が誇る図書館にいた。それも、手前の流行本や学習支援本が置いてある棚よりずっと奥にある階段を上った先の、ジャンル別の蒐集本のコーナーだ。
「皆様、こういった本には興味がないようで何よりでしたわ。ここの蔵書、恋愛小説もたくさんあるようですし」
そう、私のお目当ては恋愛小説だ。それも、皆が読まないような少し古い小説。最近流行したものは既に家で読んでしまっているので、逆に新鮮だった。
しかし私に群がっていた令嬢達は私が図書館に行くと言うと興味を示さず、図書館の入り口までついてきた数人の猛者も、蒐集本のコーナーに行くと言うと離れていった。勿論、目的が恋愛小説であることは秘密である。