第6話 ガララコング
「――ウッホッホ!!」
「せいっ――」
早朝に街を出発し、俺たちは北の森の奥へとやって来た。そして何匹目かわからない《ガラコング》の襲撃に合っている。木の上から飛びかかってくる《ガラコング》を愛剣で一刀両断し、続けて地上から襲い掛かってきた《ガラコング》も同じく両断する。《ガラコング》の身体は厚い毛に覆われているものの、強固な鱗や甲殻持ちに比べれば柔らかいので、一、二撃の攻撃でノックアウトさせることができる。火属性を持つ《メラルバ》との相性も良い。
「そろそろじゃないか。これだけ仲間を殺されれば、ドンも怒り狂って出てくるだろ」
俺たちが今やっているのは、目的の《ガララコング》をおびき寄せるためのいわば挑発のような行為である。こうやってテリトリーに侵入し群れのメンバーたちを倒していけば、こちらから探さなくともボス自らこっちにやってきてくれる。至ってシンプル、俗に言うカチコミだ。
「そうね。ガラコングたちには悪いけど、これだけ倒せばボスも相当お怒りのはずよ」
「――ヴホホホオ!!」
――直後、ドン! という地鳴りと木々がなぎ倒れる音が森に響き渡る。同時に、大きな聖星力が地鳴りと共に真っ直ぐこちらへと向かってくる。
「――来るわ!」
バキっと目の前の木が引き裂かれる。そして、3メートルの半ばくらいの巨大な影が宙を飛び、ドスンと地面を揺らした。
「――ヴホホホホオオオオ!!」
巨大な影は筋肉質な腕で、同じく自身の筋肉の張った胸をドラミングする。ドンドンドン、と音を鳴らすと共に、辺りの茂みからゴソゴソと《ガラコング》が数十匹単位で現れる。
「さ、ボスのお見えだな」
濃い茶色い剛毛で全身を包み肉体は筋肉モリモリマッチョマン、口には鋭い牙、長い尻尾を腰に巻き、のっそりと立ち上がる巨大なモンスターは端的に言えばゴリラ、しかしゴリラとは似ても似つかないこいつが今回の討伐対象だ。
「ヴホッホッ」
《ガララコング》と《ガラコング》は俺たちを囲うように鳴き声をあげながら威嚇する。開戦のタイミングを図っているのだろう。剣を構え、額を汗がたどる。《ガララコング》は大型モンスターの中ならまだ弱い方とはいえ、圧倒的筋肉から繰り出される物理的攻撃は、まともに食らえばあの世行きするには十分な火力だ。
「……おい、セルカ」
「なに、イズナ」
「あのガララコング、かなりボロボロじゃないか」
対峙する《ガララコング》はまだ俺たちと戦っていないにもかかわらず、全身傷だらけなのだ。過去の戦いで負った古傷のようなものではなく、どれもがつい最近につけられたような真新しいものばかり。
「どうやら、何かと争っているって仮説は当たりっぽいな」
「なら、その何かが介入してくる前にさっさとこいつを叩いちゃいましょう」
フィールドにおいて絶対に遭遇したくない出来事は2匹の大型モンスターに同時に遭遇することである。遭遇した2匹同士が争ってくれるのなら別にそう問題ないが、2匹のヘイトが人間へと向けばよほどの腕がなければ捌き切ることは出来ない。
「じゃ、作戦通り開けた場所に誘き出して――来るぞ!」
「――ヴッホッホオオオ!!」
《ガララコング》が雄叫びと共に宙へ飛び、右腕を振りかざす。俺たちが左右に飛ぶと同時に、元居た場所に大きなクレーターが出来上がる。
「さすがの火力だ。パンチ一発であれだけ地面を抉るんだからな」
左右に分かれた俺たちを次に襲ったのは、《ガラコング》たちだ。ボスの援護と言わんばかりに3,4匹が一斉に飛び掛かってくる。
「はっ――」
《ガララコング》も《ガラコング》も動きはそう早くない。密集される前に先手を取り、数を減らさせば対処は容易だ。
「せいっやあっとう!!」
飛び掛かってくる《ガラコング》たちを一撃で削る。そこへ《ガララコング》が雄叫びをあげながら地ならしを起こしながら突進してくる。
「くっ……」
だが、ここで《ガララコング》戦で危惧していたことが起こってしまった。俺は突進してくる《ガララコング》を避けるため茂みに飛び込もうとしたが、《ガラコング》の群れに囲まれていたため大きく移動することができなかった。囲んできた《ガラコング》を倒したころには既に目の前に《ガララコング》が迫っており、一発目のパンチを地面を転がり何とか回避したが、続けて繰り出された二撃目のパンチは回避しきることが出来ず、腕の防具で攻撃を受け止める。
「ちっ、いつまでたってもこの痛みにはなれないな!」
防具は硬質な鉱石と聖星力により見た目以上の防御力を得ている。見た目布一枚の防具が鉄の鎧以上に固いのも、使用されている素材の性質と魔力のためである。ま、いくら固くダメージを軽減できようが、それなりの痛みは貫通してくるけど。
「もらった!!」
俺が《ガララコング》の攻撃を防いだのとほぼ同時に、《ガララコング》の背後へとセルカが飛び掛かる。
「はあっ!!」
光を帯びた《アルビオン》が《ガララコング》の背中に軌跡を描く。《ガララコング》の体勢が崩れ、俺の手もフリーとなる。
「こっちも、お返しだ!!」
背中を抑えるように両手をあげる《ガララコング》。
――隙だらけだ!
俺は《ガララコング》の懐へと潜り込み、筋肉モリモリの脚部と腹部へ、クロスを描くように斬撃を入れる。
「ヴホホホオオオ!!」
《ガララコング》は痛みから地面をのたうち暴れ回る。激情した《ガララコング》はしばらく地面を転がった後、叫び声を上げながら木に上って枝を使いターザンのごとく俺たちから距離を取り、少し離れた場所に降り立つ。そして叫び声を上げながら近くにある巨大な岩を砕き、その破片をこちら目掛け豪速球で投げつけてきた。
「うおっ、あぶね!?」
咄嗟にしゃがみ込んで元岩の石を回避する。頭上数センチ上を何かしらの物質が掠め切っていくのは毎度息を飲むが、何度も同じような出来事を繰り返していればすっかり慣れてしまった。もし日本にいた頃の俺が例えば熊辺りに同じ行動を起こされたなら固まったまま殺されていただろうが、異世界人として転生して16年も経てば日常茶飯事の出来事、慣れというのは恐ろしいものである。
「ヴホホホオオオ!!」
激情した《ガララコング》はひたすら石を投げつける。
「ちょ、あいつ頭に血が上ってやがる。これじゃ近づき難い!」
「なら、ゴリ押しでいきましょ。逆に言えば今なら冷静な判断ができないはずよ」
全ての石を躱しきり、《ガララコング》の連続投石攻撃がひと段落したところで、セルカが《ガララコング》へと走り出す。
「今! 一気に距離を詰めるチャンスよ!」
「わかってる!」
俺もほぼ同時に《ガララコング》目掛けて走り出す。牽制用に遠距離攻撃聖星術を放ち、《ガララコング》の動きを妨害する。
「ヴオゥ……ヴオウウウウ!!」
《バレッド》の直撃を何発か受けた《ガララコング》は一度体勢を崩したが、すぐに起き上がり雄叫びを上げながら近くの人の身長ほどあろう巨大な岩を持ち上げる。狙いは先行するセルカ目掛けて巨大な岩が放たれる。
「セルカ、危ない!」
「そんな石の塊……甘いわ!」
セルカの握る《アルビオン》の刃が光輝く。そして迫る岩へセルカが剣を振るうと、巨大な岩は真っ二つとなって失速し地面へ墜落した。
「よし!」
「イズナ、止めは任せた!」
セルカが《ガララコング》の腹部、そして脚に斬撃を繰り出す。《ガララコング》は悲鳴のような声を上げ、膝を崩す。
「了解!」
膝を崩したとはいえ《ガララコング》のサイズは未だ2メートル以上、俺は地面を蹴り宙へ舞い上がる。そして無防備な《ガララコング》の首元目掛け――
「もらったあああ!!」
愛剣の高熱を帯びた斬撃が《ガララコング》の首元を抉り切る。
「ヴ……ヴオオォぉ……」
《ガララコング》は断末魔を上げ、ドスンと地面に崩れ落ちた。そしてそのまま、二度と起き上がることはなかった。
「……終わったわね」
セルカが《ガララコング》の血がついた剣を払い鞘へと戻す。
「ああ、でもこいつ。《ガララコング》にしてはかなり弱かったと思うんだけど……」
普通の《ガララコング》ならこんな短時間でくたばるようなモンスターではない。そもそも、まず群れの《ガラコング》たちももっといるし、当たり所が良かったとはいえ数撃で倒れるほど柔らかい耐久力ではないし、動きももう少し機敏だ。
「恐らく、元から弱っていたのだと思うわ。例の謎のモンスターとの争いに負けて、半ば家を追い出され休む場所もなくなったって感じじゃない? ……そう考えれば可哀想ね、この《ガララコング》」
モンスターに同情することもあまりないが、セルカの考察通りならこの《ガララコング》には哀れとしか言えないな。コイツのおかげで弱肉強食の世界を改めて実感させられる。
「じゃ、取り敢えず回収するわよ」
セルカが小さなキューブを取り出し、《ガララコング》の額へこつんと当てると、《ガララコング》の身体が発光し始め粒子となり、そのままキューブの中へと取り込まれる。
「しかし、このキューブ、正にモ〇スターボールって感じだよな」
「モ〇スターボール?」
「……いや、こっちの話だ」
このキューブは《コンプレックスキューブ》、数年前に天才聖星術師、“神の子”の異名を持つシェリー・フォン・シュリーフェン博士が開発した画期的なアイテムである。詳しい仕組みはわからないが、禁術擦れ擦れの特殊な術式を使い物質を圧縮し、物資の運搬効率を大幅に改善させることとなった素晴らしい発明品である。繰り返し使えるタイプと使い捨ての2種類があり、俺たちエルベスもポーションなどを収納する繰り返しタイプと、討伐したモンスターなどを回収する使い捨てタイプのどちらにもお世話になっている。ちなみに2種類のタイプがある理由は、繰り返しタイプは収納量がそう多くなく大型モンスターは回収できないこと、そして非常に高価なため、用途ごとに使い分けされている。
「で、どうするんだこの後。そのアンノウンを探すのか?」
「それでいいと思うわ。ポーション類も減ってないし、探索にはまだ余裕が――」
――その時だ。再び、森の奥から巨大な聖星力の反応を感じた。さっきの《ガララコング》の比ではなく、夥しい雰囲気さえ感じる魔力を持つ何か。……それが猛スピードでこっちへと迫ってくる。
「……セルカ、どうやら探す手間が省けたみたいだぜ」
「わかってる。……イズナ、声が震えてるわよ」
「そりゃ、こんなやべー聖星力を感じたら震えもするさ」
今感じている聖星力は、俺のエルベス生活の中で感じた中で最も凶悪なものだ。そして、荒々しいそれは徐々に大きくなり、そしてけたたましい轟音と共に俺たちの前へと姿を現した。
「ヴオオオオオ!!」
森全体に響くような叫び声と地震のような振動。4メートル近い巨大な影。殺気以外を感じない吐息。
「これって……」
――現れたモンスターの姿は、姿形だけは、先程討伐した《ガララコング》と瓜二つだった。
「――ガララ……」
「……コング?」
モンスターの単純なシルエットは《ガララコング》と同じ。だが、ところどころで、俺たちが見てきた《ガララコング》とは明らかに異なるところをいくつか確認できた。現れた《ガララコング》の体毛は逆立ち、色はわずかにオレンジが混じる金貨のような明るい黄金色。全身のあらゆるところに無数の傷跡を持ち、俺たちを威圧する瞳の色は血のように赤く、まるでその瞳は、あらゆるものを狩りつくそうとしているかのようでもあった。
「……おい……かなりヤバそうだぞコイツ」
「見たらわかるわよ。……逃げ……られそうにないわね」
《ガララコング》と思われる生物は、荒々しい吐息を殺気として放ちながら動きを止める。そして、しばしの静寂の後、化物は森全体を自身の音だけで揺らすようなけたたましい雄叫びを上げ、俺たちへと襲い掛かった。