第5話 騎士の少女3
「あ、店員さん! 丸かじり肉で!」
カージスに着いた後、俺たちは荷物を宿に置き、夕食を取るべく日の傾く街へと繰り出した。さっきから食ってばかりの気がするが、話の途中にワイバーンの群れだ、をされたおかげかそれなりに消耗していたので腹もなっていた。
「相変わらずよく食うな」
「いいのいいの。明日に備えてしっかり食べて聖星力を蓄える!」
そしてワイバーンの群れを倒した結果、予想外の臨時収入も入ったので何を食べようかと相談した結果……
「焼肉食べ放題にしましょ」
……というわけで焼肉店にやって来たのだ。
「へいお待ち!」
セルカは某海賊漫画や某狩猟ゲームで見たような丸々した骨付き肉を丸かじりしている。
「……ほら、女の子なんだからもっとマナーのよい食事の取り方した方がいいんじゃないか」
「いいのいいの。フランシア料理とか食べるときはしっかりしてるから」
――ほんとでござるかぁ……
「あ、そうだ。店員さん、ちょっといい?」
「お、なんだい嬢ちゃん」
セルカが食器を片付ける見た目30代ぐらいの店員を呼び止める。
「最近、この辺りにガララコングが出るって話を聞いたのだけど?」
「ああ。ひと月程前からだったかな、北の森に住むガララコングが農作物を荒らしに来たんだ。それから、夜な夜な雄叫びが聞こえたかと思えば森の方から不気味な大音がバンバン鳴りやがって、街の方に下りてきやがる。今じゃ街の人間はどいつも不気味がって森に入れねえんだ。だが、この話を知らないってことは嬢ちゃんたち旅人かい?」
「そ。どうやら私たち、怖い時に来ちゃったわね」
「どうりで見ねぇ顔なわけだ。ま、時期に王都の方から優秀なエルベスが来てくれるって話だ。もう少しの辛抱だな」
――その優秀なエルベスとやらって、絶対俺たちのことだろ。
「でも少し妙ね。ガララコングは元から北の森に住んでたのでしょ?」
「ああ、昔から北の森の奥にはガララコングのテリトリーがあったんだが、こっちの方まで出て来たことはほとんどなかった」
「……つまり、そのガララコングは何らかの理由で住処を追われることとなって街の方まで出て来た。ということかしら」
「お、嬢ちゃん鋭いな。町長も同じ考えだったぜ。森の奥で何かが起こっているってな。だから、王都の方の優秀なエルベスに依頼を出したらしい。……しかし嬢ちゃん、やけにガララコングについて聞いてくるな。もしかして嬢ちゃんたちが――」
「ごほん! ……ありがと、店員さん。森の方には近づかないようにしておくわ」
「そうか。じゃ、デート楽しめよ。坊主もモンスターに出会ったらキッチリ嬢ちゃんを守ってやれよ!」
「な!? デートって、そんなのじゃないからな!」
ハハハと笑いながら、店員は皿を両手一杯に積むと、厨房の方へ帰っていった。
「――イズナ。今の話、ちゃんと全部聞いてたでしょうね?」
「ああ。たぶんガララコング以外にもう一匹やべー奴がいるってことだろ。それもクソゴリラより強い奴が」
「その通り。その元凶を何とかしないと根本的解決にはならないでしょうね」
「どうする、そいつも狩るのか?」
「あなたはどうするの?」
セルカが俺を試すような表情でこちらを見つめる。
「ま、狩れる相手ならついでで倒すだけだ。追加報酬も出るだろうし。ただ、手に負えなさそうな相手なら一目散に逃げる。むやみに命を捨てる気はないからな」
「……同感ね。じゃ、帰って作戦会議しましょうか。アンノウンとも戦うかもしれないのなら、対策はしっかりとらないとね」
焼肉店を出て宿へ帰り、北の森のマップを広げる。
「……作戦会議の前に一つ聞いておくけど、本当に同室でよかったのか?」
年頃の男と女、しかも絶世の美少女クラスが同じ部屋など何も起こらないはずはなく……というのは冗談だが、もし前世でこの様な状況になれば四方八方から嫉妬で袋叩きに合うような状況である。しかも部屋が数個しかない小さな民宿なので、他の部屋も埋まっており、部屋自体もありがちなワンフロアとそう広くない。一応LDK全てが揃った部屋だが、風紀的にバス、つまり風呂があるのは女の子にはありがたいだろうけど、男としてはいろいろはヤバいだろと言いたい。
「いいわけないでしょ。部屋が取れなかったんだから仕方ないってことで我慢しているだけよ。あなたの自制心に期待してね。ま、もし襲われたとしても、返り討ちにする自信はあるけど」
といいつつ、今までは防具ではっきり見えなかったが、その胸に美しいよいものをお持ちなのにシャツ一枚の薄着でうろつかれてはこちらの目のやりどころに困るんですが……。 いやムフフな意味で襲うことはほぼないだろうけど、ラッキースケベくらいは期待してますよとだけは心の中で言っておこう。
「じゃ、作戦会議を始めましょう」
頭の中に浮かぶモヤモヤを振り払い、真面目な作戦会議モードへと頭を切り替える。
「うーん、地図を見た感じありがちな普通の森だな。……特筆するとしたらこの地図ギリギリの峡谷ぐらいか。パッと見かなりの高さがありそうだ」
この世界の地図でも等高線は同じように使われていた。サンキュー小学校の社会。
「この谷はウェルスの街の近くを流れる川の上流の一つらしいわ」
「落ちたら終わりだろうな」
前世より多少頑丈になったとはいえ、所詮は人間。聖星術で受け身が取れるといっても限度はある。
「後は……あ、ここに開けた場所があるわ。できればこの辺りで戦いたいところね」
「そうだな。感知できるとはいえ視認性、そして何より動きやすい場所で戦うに越したことはない」
森から出るということは、木々を自在に動くガララコングの機動力を削れるということだ。一方こちらの機動力は大きく上がる。戦いにおいて大切なことは、自分に有利な場所を陣取ることである。
「ま、ガララコングに対して注意することは特にないな。面倒臭い相手だが、討伐の難度が高いわけではないし。アンノウンもどのモンスターかわからない以上対策のしようがないからなぁ……」
――作戦会議、開始2分程でもう終了間際である。
「――そうだ。危うく忘れるところだったわ。イズナ、お互いの使える聖星術を確認しておきましょう」
「そうだな。……って言っても聖星術は基礎的なものが一通り使えるくらいだ。これ一本でやってきたからな」
セルカに愛剣を見せる。幼い頃から爺さんに剣術と聖星術をそれぞれある程度教わっていたが、爺さんが元剣士だったので俺も剣術を中心に学んでいた。そのため大きくなっても戦闘スタイルはごりごりの前衛タイプである。覚えた聖星術も詠唱が簡単なものばかり、詠唱の長い奴とか呪文覚えるのめんどいし。
「セルカは?」
「……私もあなたと殆ど同じ。聖星術はあまり得意じゃないわ」
「へぇ、意外だな。てっきり聖星術も多彩なものだと思ってたよ」
「あなた達が私をどう思っているのかは知らないけど、私だって人間なの。得意不得意くらいあります!」
「すまんすまん、失礼いたしました」
セルカのことを万能の天才少女だと勝手に思っていたが、聖星術が苦手ってのは意外だったな。
「……ま、つまりは私もあなたと同じくこれ一本でやってきた、といっても過言ではないわ」
セルカもベッドに立てかけてある白い愛剣を手に取る。
「この《アルビオン》と共にね」
部屋の光を浴びて、表面がキラリと光るほど磨かれた美しい剣だ。
「……ん、《アルビオン》?」
《アルビオン》の名を聞いた時、頭の中にある人物の姿が思い浮かんだ。《アルビオン》は極めて希少な鉱石《アルビオン鉱石》を素材に作られた世界の“名剣十本”にも入る、国の名を冠したに恥じない最高クラスの人造剣の一つである。そして、それを握っていたのはロンデニオンの英雄、セルカの母親と噂される人物である。
「《アルビオン》って、確か“騎士王”アリシアが愛用してた剣の一つじゃ……やっぱり、セルカって――」
――やばっ
地雷を踏みかける直前で咄嗟に言葉を切ったが、セルカはさっきまでの穏やかな表情から180度豹変し、明らかに不機嫌そうに、殺意の混じったような瞳でこちらを睨んでいた。
「――アリシアの娘だったのか。……って言いたいんでしょ」
瞬きすることもなく、セルカはジッと俺を見つめてくる。
「……ま、いずれは聞かれると思っていたし、この際だから言っておくわ。《アルビオン》の名を出したのはこっちのミスだし、この名前を聞いたら誰でも聞きたくなるだろうしね」
セルカは半ば諦めたように大きなため息をつきながら言った。
「他のみんなも予想している通り、私は“騎士王”アリシア・フローレンスの娘です。この剣もマ……お母様の遺品の一つ」
「やっぱりか。……でも、どうしてそこまで隠し通す必要があったんだ? 周りの奴もセルカがアリシアの娘だってほとんどの奴は決め込んでいるし、隠す意味はないと思うんだけど……」
「はいそうですって認めたら、周りの人はアリシアの娘って先入観で私を見るわ。今でも断定して見ている人は多いのかもしれないけど。イズナ、……私はアリシアの娘じゃない、セルカ・フローレンスとしてみんなに認められたいの。だから、自分からお母様の名を出すわけにはいかない」
セルカはどこか寂し気に愛剣を抱きしめ、優しく撫でる。先程までの殺意のようなものを感じた瞳は姿を眩ませ、彼女の美しい碧い瞳からは一滴の雫が零れた。
「それに、アリシアの娘って名乗ってもし私が失態を犯したら、それこそフローレンスの名の恥になるわ。母の名には頼らないって言ったけど、私の手で汚すことだけは絶対にしたくないから」
「セルカ……」
彼女の告白を聞いた俺は何も言い返すことが出来なかった。英雄の子供が抱えるおもりなど、一般人の、まして転生者の俺が理解できるはずなどなかったから。簡単に言葉を返すだけなら容易いだろう。それっぽい言葉を並べていればいい。ただ、そんな見かけだけの言葉を、慰めを、俺は彼女に告げたくはなかった。
「……こほん。わかっていると思うけど、このことは他言無用ね。じゃ、私は明日に備えて休むわっと、その前にお風呂借りるわね。明日は入れるかどうかもわからないし」
首を振り普段の表情へと戻ったセルカは、バスセットを持ち浴室へと向かう。
「わかった。……じゃ、ちょっと散歩してくるよ。風呂から上がったくらいにまた戻ってくる」
「気を使わせちゃって悪いわね」
少額の入った小銭入れを手に取り、俺は部屋を出る。壁一つで裸の女の子がいる空間にいろいろな意味で居づらいというのもあったが、少し考えごとをしたかったからでもある。
「……英雄の子供……か」
近くの露店でホットティーを買い、夕食時を終え人気の少なくなったカージスの夜道を歩く。少し冷たい風に当たりながら空を見上げる。街の灯りで見える星の数は少なかったが、その一つ一つが大きな月と一緒に力強く大地を照らすように輝いている。
「俺に……あいつと共に旅をする資格はあるのかな」
セルカの意志は俺と同い年、いや、その倍近く生きていた俺とも比べ物にならない程強く固まっていた。優柔不断でちゃらんぽらん、女王陛下の依頼もRPGの勇者みたいだからという理由で受けた俺とは異なり、英雄の娘という責任感から受けたのだろうか。
――アリシアの娘じゃない、セルカ・フローレンスとして認められたい。か。
ああ、確かに、結局俺もセルカのことを騎士王の娘だからって見ちゃったな。……セルカはずっと、母アリシアという呪縛から逃れられなかった。だから、彼女は自分の手で世界を救って、その呪縛から逃れようとしているんだ。
「……ま、俺の勝手な想像だけどな」
空になったカップを捨て、宿への帰路に入る。結局、散歩中に俺の考えがまとまることはなかった。だけど、この依頼を終えた時には何かが掴めている、どこかでそんな気がした。
「……」
「……」
「――きゃああああ!!」
「……いや……これは事故で……すみま――ごはっ!!」
――少し早く宿へ帰ってしまったらしく、ドアを開けたところでバスタオル一枚のセルカとバッタリラッキースケベしてしまい、物凄いストレートで投げられた桶を顔面に直撃させられたのは内緒だ。