第4話 話の途中だがワイバーンの群れだ!
「……はむ」
買い物を済ませて街を出て、俺たちはウェルス行きの馬車に揺られて数時間が経とうとしていた。ウェルスと言うのはアルビオン西部にある大きな都市で、途中で目的地カージスを経由するため、そこまでの護衛と引き換えに商人たちの世話となっている。護衛と引き換えに商人の世話となるのは、エルベスの基本的な移動手段の一つだ。結局セルカは街を出た後も、商人を護衛する他のエルベスがいるということでフードを脱がず、ちょうど開けた平原に出たところで馬車が休憩を取ると同時に、彼女はキャメロットの露店で買ったサンドイッチを頬張り始めた。黙っていればかわいい女の子なのになぁ。
「なぁ?」
「何よ?」
セルカは2つ目のサンドイッチを取り出しまたパクリと丸かじりする。
「よく食うな、お前」
「いいでしょ別に。「食える時に食え!」、私が共感できる数少ない師匠の教えよ」
「まあそうかもしれないけど、……ほら、女の子のデリカシーなところとか、気にしないといけないだろ?」
「なに、太るって言いたいわけ? そんなこと気にしてたらエルベスなんてやってられません。もちろん仕事に出ない時はある程度は控えるけど、戦場で体型のことなんて気にしていられるわけないでしょ」
そう言いながらセルカは3つ目のサンドイッチに手を付ける。
「いや、そうだけどさすがに食い過ぎでは……」
今のところ俺たちは朝から馬車に揺られているだけ。しかも何を隠そうさっきから食べているこのサンドイッチ、通常のものの倍くらいのサイズがあるスペシャル品だ。
「いいのいいの。どうせ明日には全部放出しちゃうんだから残らない――」
その時だ、突然セルカが言葉を途切れ指す。その理由はすぐに俺も理解することができた。
「――セルカ、この感じ……」
「わかってる。最低限の感はあるようね」
少し離れた上空に、聖星力の塊の反応をいくつか感じる。その反応はかなり早いスピードでこちらへと近づいてくる。
「……来るわよ!」
セルカの声と同時に、馬車の外からの男の大きな叫び声がのどかな平原へと響き渡った。
「で、でたぞおおお!!」
同時に俺たちは武器を構え馬車から飛び出すと、何人かの商人たちは既にパニックになっており、車を引く馬たちも何匹かが暴れ、引き手に何とか抑えられているカオス状態。
「イズナ、あれ!」
セルカが北の空を指さす。その先には金切り声のような鳴き声をあげながら、翼を羽ばたかせこちらへと急降下してくる無数のシルエット。
「あれは……ワイバーンの群れ!?」
――ワイバーン。西部エウロペ大陸を中心に生息する小型の竜種だ。ワイバーンは地方ごとにいくつかの種が存在し、そのほぼ全てに共通する特徴は竜種としては小柄、と言っても大きいものは3メートル近いサイズで、他の中型竜種と異なり群れで行動することである。そのため単体では慣れればそう苦戦することはないが、群れを成せば中・大型竜種とはまた違った厄介さを持つモンスターである。
「ギャアアアア!!」
先行する1匹のワイバーンが風を巻き上げながら地上擦れ擦れを飛び、商団の馬車の掠める。
「今の模様、《ウェルスワイバーン》ね」
《ウェルスワイバーン》は古来よりアルビオン地方に生息するワイバーンの一種である。緑の鱗が特徴で、その皮膚は上質な防具にも使用される強度と弾力性を持つ。
「たぶんな。……ところでセルカ、一ついいか?」
「なに、イズナ」
「……あのワイバーンの群れ、数多くね?」
ワイバーンの群れは基本的に10匹前後がオーソドックスな数である。しかし今襲撃してきたワイバーンの数はその軽く倍近くいる。
「確かに、数がかなり多い」
ワイバーンは小型といえど立派な竜の一種である。そのため食事量も並みの同サイズのモンスター以上で、群れの数が多いというのは、それだけで自分の食事を確保することが難しくなるということである。その点を鑑みて彼らに最適なのが10匹前後の群れということだ。しかし目の前の群れはその倍、普通なら明らかにおかしい。
「君たち!! 早く避難しなさい!!」
そこに、鎧を着こんだ男が俺たちの方へと走ってくる。
「早く隠れないとワイバーンに……ん、君たちその武器、君たちもエルベスか?」
彼らは商団の護衛のエルベスだ。
「緊急事態です。私たちも手伝います」
「助かる! ワイバーンの数が多くこちらも困っていたんだ!」
「では、皆さんは商人の護衛を。私たちで遊撃します」
「……てか、サラッと仕切るな」
「わかった。無理はするなよ」
商人たちの避難は既に始まっており、男は馬車を誘導する仲間たちの所へと走っていく。
「――イズナ。あなた、それなりのエルベスを名乗るなら、ワイバーンくらい楽勝よね?」
「当たり前だろ。誰にものを言ってると思ってるんだ。……まあ、群れってなりゃ楽勝とは言わんが」
「なら、競争しない? どっちが多くワイバーンを狩れるか、単純な勝負でしょ?」
「おもしろい、受けてやろうじゃないか」
やけに強気だが、いい加減ここらでセルカを見返してやろうじゃないか。天才だか何だか知らないが、嘗められっぱなしもここまでだ。
「じゃ、ちゃんと倒した数覚えておくのよ!」
「おい!?」
――飛行能力を持つモンスターと対峙した時の最もセオリーな戦い方はモンスターを地上に落とすことである。いくつか例外こそあれど、基本的に人間が空を飛ぶモンスターに近接戦を挑めることはほとんどない。空を飛んだままのモンスターを相手するなら、飛び道具や遠距離魔術を使わなければならないが、生憎俺は飛び道具と呼べるほどの武器は持っていないし、聖星術もそう得意ではない。なので、脳筋で剣を振るためにまずはワイバーンを地上に誘導し、相手の攻撃に合わせてカウンターを食らわせることがオーソドックスな戦い方である。恐らく、剣を抜いた以上セルカも同じ算段のはず。
……しかし、俺の回答を聞くと同時にセルカは腰の剣を抜き、ワイバーンの群れへと走り出したのだ。
「バカ! そんな無鉄砲に近づいたら!」
いくら実力者といえど、敵のど真ん中に突っこんでいくなど愚策中の愚策。まして敵の数は通常の倍近く、ワイバーンはその翼を使って強風攻撃を繰り出してくるモンスター、一度足を取られて動きを止めればかなりまずい相手だ。
「ギャオウ!!」
1匹のワイバーンがセルカ目掛けて急降下を開始する。矢のように加速するワイバーンは地上擦れ擦れで角度を変え、翼の先端部についた爪でセルカを引き裂かんと宙を斬る。それでもなおセルカは足を止めない。
「――あぶな!!」
爪はセルカの直撃コース、普通ならセルカの身体は爪で引き裂かれる。
――何が天才だ!!
……しかし、寸分先の未来の光景が容易に頭の中に浮かび、心の中で叫びかけた俺の目に直後に映った光景は、想像とは大きく異なり、一瞬で理解するには困難なものであった。
「――!!」
カウンターを仕掛けた、というのなら理解はできた。高い技量の持ち主なら、小型モンスターの攻撃をいなし反撃を食らわせることくらいならそう難しいことではない。だが、こちらも相手も高速で動く中で反射的なカウンターを決めるというのはかなりの難度な技である。しかしセルカの行動は俺の予想の一歩も二歩も上を行き、同時に瞬く間にいくつもの理解困難な減少を生み出したのだ。
「――なっ!?」
セルカの白い剣がワイバーンの爪を受け止める。そのままセルカは剣を使いワイバーンを受け流すように身体と剣を動かし、ワイバーンの身体を後方に流し切ったと同時に宙へ舞う。そしてワイバーンの弱点部位の一つである装甲の薄い首の付け根を、身体を回転しながら切り刻み、一回転し終えると同時にワイバーンの身体を蹴り上げ空へと飛び上がる。同時にフードが外れ、美しい金色の長髪が太陽の光に照らされ輝く。そして宙を飛ぶ3匹のワイバーンを刃に魔力のエネルギーを帯びた白の剣で瞬く間に斬り、地上へと墜落させた。
「……は、速い」
「――ギャオウ!!」
更に、仲間を殺され激昂する1匹のワイバーンが、宙を舞うセルカ目掛けて襲い掛かる。一瞬の間にわけのわからない動きをしたセルカだったが、さすがに自由落下中は無防備なはずだ。
「危ない!」
セルカを援護すべく、俺は数少ない実戦レベルの遠距離聖星術を撃つべく指を構える。しかし、セルカは自由落下中の癖に俺より早く同じ《バレッド》と思われる聖星術を放ち、またワイバーンを1匹撃墜した。
「な、何なんだアイツ……」
セルカはこの数秒の間に5匹のワイバーンを討伐したのだ。
「……どう、少しは倒せた?」
「な、そんな早く倒せるわけないだろ! 煽るな!」
憎たらしいことに、セルカはニヤニヤと滅茶苦茶こっちを煽ってくる。
「ち、見てろ!」
苛立ちを募らせながら3匹のワイバーン目掛けて《バレッド》を放つ。《バレッド》は宙を裂きワイバーンに命中こそしなかったが、これはあくまでワイバーンの気を引くためのもの。狙い通り2匹のワイバーンが地上へと降下してくる。
「ギャオウ!!」
1匹目のワイバーンのひっかき攻撃を躱し、真紅の刃が特徴の愛剣で翼膜を叩くように斬り、ワイバーンの体勢を崩す。そして弱点部位の首元へ《メラルバ》を力任せに突き刺し、《メラルバ》がワイバーンの首を焼き切るように裂き、まずは1匹。
「次!」
襲い掛かる2匹目のワイバーンの脚とテール攻撃を剣で受け止め、お返しと言わんばかりに《バレッド》を撃ち込む。魔術の弾丸は全弾ワイバーンへと命中し、身体をよろけさせたところを《メラルバ》で裂く。これで2匹目。残ったワイバーンも仲間たちの敵と叫ばんばかりの鳴き声を上げながら急降下してくる。
「うおおおお!!」
ワイバーンの攻撃を躱し、尻尾を叩き切るように剣を振るい、ノックアウトさせる。これで3匹。
「よし、次は――」
「――どいつだ!」と、叫ぼうと声を上げかけたが、短時間の間で何匹もの仲間を殺され、残ったワイバーンたちは尻尾を巻くように悲鳴のような鳴き声をあげながら来た道ならぬ来た空を帰っていった。
「帰ったか。ま、あれだけ仲間を殺されちゃ無理もないわね」
ワイバーンの紫がかった血のついた刃を掃い、セルカは装飾の施された美しい白い剣を鞘へと戻す。
「お疲れ様。……あ、珍しい。キミのその剣、メラルバ鉱石がベースでしょ?」
「そうだけど、すごいな、一発で当てるなんて」
「その剣の特性でその刃の色ってことは、メラルバ鉱石じゃないかなって思っただけよ」
俺の愛剣は、その名前にもなっている《メラルバ鉱石》という特殊な鉱石を使用している。この鉱石は火属性のエネルギーの性質を持っており、聖星力を通すことで鉱石が高温の熱を持ち、その特性を刃の状態で発動させることで切断力を高めることができる優れものである。また鉱石の強度も丈夫で固いので、聖星力を通さなくても並みの剣以上の性能を持つ。……ま、その分作ったときの値は張ったけど。
「で、イズナの成績は?」
「……聞かなくてもわかるだろ。3匹だ」
「ふふーん、私は6匹よ。圧倒的勝利ね!」
「いつの間にか1匹増えてるし……」
セルカはドヤ顔の中のドヤ顔で満面の笑みを浮かべている。ドヤる内容はあれだが、こういうところは女の子らしくてかわいいのに……というより、その容姿でその顔はずるいを通り越して卑怯、いや反則級だろ!
「はいはい、俺の完敗ですよー」
「おーい、大丈夫かーー」
そこに、護衛のエルベスの男たちが手を振りながら走ってくる。
「げ、やばっ!!」
男の声を聞いて我に返ったセルカは、咄嗟に脱げていたフードを再び被る。
「お前たち大丈夫か……って、何だこりゃ!?」
……ま、驚くのも無理はない。というよりこれが当然の反応だ。この短期間の間に1ワイバーンの死体が9個転がっているのだ。言っておくがワイバーンは決して雑魚ではない。短時間で死体が9個も転がるなど、普通はあり得ないことなのである。
「……これ、お前らだけでやったのか?」
「……ま、3分の2はこいつですけど」
エルベスの男にドン引きされかけているのでさりげなくセルカ、もとい男的にはフードの人物を指差す。
「信じられん。俺たちなんて5人で4匹だぞ。君たち、ぜひウチのパーティーにでスカウトさせてほしいんだが……」
ま、商人たちの護衛をしながら4匹倒したなら、この人たちも十分な実力は持っている。
「そういうのは断ってるの。ごめんなさい」
セルカはさっきのドヤ顔はどこにやら、いつもの淡白なテンションへと戻り、馬車の方へと戻っていった。
「なあ君、一つ質問いいか?」
「何ですか?」
セルカが馬車へと帰った後、男は俺の肘をつつきながらある事を聞いてきた。
「顔は見れなかったが女の子でこの実力、もしかしてセルカ・フローレンス?」
「……違いますよ」
――面倒ごとを避けるためこう言っておくのが正解だろう。彼女の為にも、そして、俺の為にも。