第3話 騎士の少女2
「――まったく、何なんだよあいつ」
その夜、俺は自宅のボロアパートのベッドに寝転がりながら、今日のことの出来事を思い返していた。
「――世界を救う、か。結局簡単に請け合っちゃったけど、できるわけないよなぁ」
RPGの勇者のように、易々と請け負ってしまったが、冷静になれば俺に世界を救う程の力がないのは考えるまでもなかった。もし、俺が転生する際に神からチート能力の1つや2つでも与えてもらっていたら話は違っただろう。だが現実は非常なものだ。あの謎の場所であの胡散臭い男に授けられたらしい能力は、到底チートと呼べる代物ではなかった。いや、強力ではあるものの、今の俺では使いこなすことが不可能と言った方が正しいのかもしれない。そして、女王が言っていた世界を救う鍵となる瞳、“神聖眼”は転生した後の俺が幼少期に後天的に手に入れた能力だ。こちらも俺はまだ使いこなせていない。
「でも、今更できませんってのも言えないしなぁ」
RPGの勇者がやっぱり魔王討伐やめます。とも言えない。いや、俺はRPGの勇者ではないのだが、立場的には実質勇者と代わりない。そして断れば、近い将来世界が滅びるのが確定らしい。
「いや、確定じゃないのか」
正確には確定ではない。俺と同じく招集された少女、セルカ・フローレンスが1人で世界を救ってくれるなら、俺は別に旅に出なくてもいいのか。
「セルカ……フローレンス」
セルカの別れ際の言葉が頭によぎり、再びイラッとなってしまう。
「何が「圧倒的に強いもの」……だ」
だが、彼女が口だけの女の子ではないことは俺も知っている。セルカは13歳の時点で、俺が現在進行形で討伐に苦戦する大型獣人型モンスターを軽々と討伐したのは有名な話だ。つまり、彼女の実力が俺より遥かに上なのは、内心では理解している。そして、彼女は何より、世界を救うだけの資格を持つ特別な血筋であることも。
「――アリシア・フローレンス」
アリシア・フローレンス。俺がこの世界に転生する数年前に起こった大陸戦争で、劣勢だったアルビオン王国を救い、“騎士王”の称号を授かった伝説の女性騎士だ。10年前に事故で亡くなったが、その際は国葬が行われ、セント・ジョージ大聖堂に葬られた。今でもキャメロットの中央広場には、英雄としてアルビオンの建国者アーサーと共に銅造として国民から愛されている。
「――セルカって、本当にあの騎士王の娘なのかなぁ」
騎士王アリシアには一人娘がいた。彼女の死後、その娘も葬儀を最後に、消息をくらませたという。話では政府により身柄の安全のため匿われたというのが通説だが、その実態は明らかになっていない。そしてセルカがエルベスとして活動を始めてから、彼女がアリシアの実子ではないのかというのがエルベスの仲間内では囁かれている。熟練のあるエルベスに言わせれば、フローレンスの名、セルカの容姿、そして抜群の戦闘センスと、アリシアに瓜二つらしい。噂ではあるのだが、9割以上の人間がその噂を信じている。もちろん俺もその一人だ。
「騎士王の娘……か」
明日、セルカに聞きたいことが一つできたな。そんなことを考えながら、俺はベッドの中で眠りへとついた。
翌朝、支度を整え朝一でギルド本部へと向かうと、フードを羽織った一つの人影が、入口の柱にもたれ掛かっていた。俺がギルドに入ろうとすると、その人影のフードから飛び出した手が、俺の右腕を強くつかんだのだった。
「――うわっ!? ……って、セルカ」
突然の出来事で一瞬驚いたが、フードの隙間から見えたのは、間違いなくセルカ・フローレンスの不機嫌そうな顔だった。
「――遅い、5分の遅刻よ」
そのまま彼女に引っ張られるように、ギルドの中へと入っていく。
「……すみません」
「女の子を待たせるなんて、男がしちゃいけない行為トップ3に入る醜態よ。覚えておきなさい」
「……ところで、何でフード?」
「そんなの、あなたといるのがバレたら面倒ごとになるからに決まっているじゃない。少なくとも、キャメロットにいる間は外す気はないから」
セルカに説教されながら、俺が彼女に引っ張られて着いたのは、エルベスたちが依頼を探す依頼掲示板だ。
「そういや、俺の腕を試すって言ってたけど、一体何を倒す気なんだ?」
「それを今から決めるのよ。さて、何かいい依頼は――」
セルカは掲示板を、目を凝らし眺めている。しかし改めて掲示板を見れば、エルベスの依頼のジャンルの広さには改めて感心させられる。モンスターの討伐から商人の護衛、この辺は武器を振るう者としては依頼されて当然の内容だが、農作業の手伝いや食材の買い出し、家の掃除から迷子のペット探しまである。この手のジャンルは新米エルベスが担当しているらしいが、生憎俺はその段階をスキップしてしまったため、その苦労を知らない。ま、一度や二度ならともかく、異世界に来てまで前世の子供のお手伝いみたいな仕事なんてごめんだけどな。そのフェイズをスキップできるよう俺を鍛えてくれた育ての爺さんに感謝だ。
「で、何かいいものは見つかったのか」
しばらく掲示板を眺めながら腕を組むセルカに、俺の討伐対象のモンスターが決まったのかを尋ねる。
「うーん、いくつかよさそうな依頼はあったけど、どれも没ね。いつ陛下からの伝えが来るかわからない以上、普段通りにして大丈夫って言われてもあまり遠出はできないわね。よくて3日以内に帰って来れそうな依頼がいいのだけど……」
「なら、護衛系とかは全部ダメってことか。後、動けてもキャメロットからそう遠くない範囲の依頼と」
「そうだ、受付カウンターに行ってみましょ。まだ掲示板に貼り出されていない、新鮮な依頼があるかもしれないわ」
「新鮮な依頼って……」
再びセルカに引っ張られて、今度はカウンターへと向かう。
「すみませーん」
「はーい」
カウンターから声を掛けると、奥から一人の受付嬢がひょっこり顔を出す。
「あ、ユスタさん」
「おはよう、イズナくん。今日は随分早いのね」
彼女は顔見知りの受付嬢のユスタさん。新米の受付嬢で、働き始めて半年のギルドで最も若い役員だ。と言っても、エリート中のエリートが通う王立キャメロット大学出身で、俺より4つ年上のお姉さんだけど。
「まあ、訳ありで……」
「イズナくんも大変なのね。……ところで、そちらのフードの方は?」
ユスタがフードの人物、つまりセルカに疑問符を浮かべていると、セルカはスッとフードを取った。
「私よ、ユスタ」
「私……って、セルカちゃん!?」
ユスタはセルカの顔を見た途端、まるで幽霊でも見たかのような驚きの声を上げ、咄嗟に口元を塞いだ。
「ユスタ! うるさいぞー」
「すみませーん!」
カウンターの奥の部屋から男性の声が響く。恐らくこの声は依頼管理長だろう。
「め、珍しいですね。セルカちゃんが他の人間、特に男の人と一緒に来るなんて。……イズナくん、セルカちゃんと何があったの?」
「……ま、まあ、いろいろ事情がありまして」
「そこの事情が一番気になるんだけどなぁ」
「とにかく、彼とは訳ありで一緒に仕事をすることとなったの。それでユスタ、何か新しい依頼入ってない?」
「ちょうど今から貼りだそうとしていたところ。特別に見てもいいわよ」
ユスタはカウンターの下から依頼書の山を取り出す。
「じゃあ、失礼して」
セルカは依頼書の山をめくりながら、スラスラと目を通していく。そして見終わった依頼書を2つの山に分け、全てに目を通し終えると、再び片方の低い山の方の依頼書をめくり始めた。
「……うん。ちょうどよさそうな依頼を見つけたわ」
最終的に、セルカは一枚の依頼書を山の中から引っ張り出した。
「で、俺はいったい何を討伐すればいいんだ?」
「……今回、あなたに討伐してもらうのは、“猿獣王”ガララコングよ」
「――げ、ガララコング!?」
“猿獣王”ガララコング。巨大で獰猛なゴリラ型モンスターで、俺が苦手とするモンスターの一種である。獣人類に分類されるモンスターの中でも特に野蛮なモンスターで、4メートル近いでかい図体を持ちながら、そのサイズに似合わずターザンのように俊敏に森を移動し、トリッキーな戦い方を仕掛けてくるクソゴリラだ。もちろんパワーも十分。攻撃をまともに受ければただでは済まない。そして何より厄介なのは、こいつがガラコングという、小型の獣人類を率いるボスであるということである。つまりこいつと戦うイコールガラコングの群れも相手をしなければならないということだ。
「ほら、依頼の内容もガララコングたちが人里に頻繫に出没しているって話だし、早急に対処が必要でしょ」
「さすがセルカちゃん。その依頼、ちょうど緊急の依頼として貼りだそうとしていたところです」
「じゃあこの依頼、私たちが貰っていくわね」
「成功、期待していますよ」
ギルドカードをユスタに渡し、依頼書にサインを書く。ポンとギルドの印が押され受注が完了する。
「じゃ、行きましょうか」