スノードロップの花言葉
入院して一ヶ月が経った。
寝続けてたのもあって体は物凄くだるい。
何をするにも体が重い、ドラゴンボールで見た界王星とかこんな感じだろうか。
車椅子って車輪あるし、もっと楽なんだろうと思ってたけど意外と力使うし、腕パンパンになるから思ってた何倍もハードだ。
切れた足先はもうなんというか、まだ自分じゃないみたいで直視出来ない。
両足の義足は慣れが必要だと、毎日少しずつ練習しているがやればやるほど絶望しか感じないし、今は車椅子でちょっと散歩くらいは出来るからあんまり焦る気持ちはない。
あれだけの事故と言いながら、毎日回復してる感じは得られるから、やっぱり人間ってすげーなと思う反面、一瞬で生活が変わってしまう事も毎日感じるし、考えさせられる。
リハビリの時間以外は今はそんなに拘束されないので、最近は病院内にある庭を散歩するのが日課になりつつある。
季節はもう十二月。
咲いている花は少ないと思っていたが、花壇は綺麗に咲いていた。
冬の寒い季節でも立派に咲く姿は、僕にとっても力強く元気の出るものだった。
なんて詩人みたいな事を思うが、そんな事はない。
広い庭にはベンチもあって、パジャマを着た患者もいれば、スーツを着たおじさんも小綺麗なおばさんもいる。まぁ、見舞いに来て暇になる感覚はわかるし、普通に診察待ちの人たちもいるだろう。要は皆暇なんだ。
寒いからあまり長居する人はいないんだけど、最近いつ来ても座ってる女性がいた。
ピンク色のパジャマ、自前だろうか。
髪はボサボサなんだけど、鼻筋が綺麗で、化粧もしてないだろうに目元はぱっちりと可愛らしい。胸もいい感じなんだよな。
今日こそ話しかけようと毎日思うが、なんかこの足だし、ナンパなんかしたことないしで明日こそ頑張ろうという気持ちで毎日帰っていた。
病室に戻ると、満さんが来ていた。
「よ! 元気そうじゃん、意外と早いんだね治るの。」
ノートパソコンを閉じて鞄にしまった。
スーツをバッチリ着込んで、今日は胸に弁護士バッジまでちゃんとついてる。
「どうも、今日は何用ですか?」
「いや、快楽天の新刊をね。やっぱりホムンクルス先生は最高だね。」
バサッとテーブルの上に本を置いてがははと笑う。
姉貴に教えてやろう。
車椅子からベッドに移るのを満さんが手伝ってくれた。
少し手とケツで動いていい位置を取る。
「で、本当は何用ですか?」
「うん、まぁちゃんとした仕事の方でね。お互い体がある程度良くなって、ようやく話し合いをしようかって感じでさ、向こうの弁護士も今日来てるらしい。」
「ちゃんと仕事してくれてるんですね。」
「当たり前さ。本件に関しては十五割勝てるからね。しかもかなり高額だから大々的にホームページでアピールして評判をあげてやろうと思っててさ!」
「ちゃんと仕事してますね。」
「他人事みたいに言うけど、その時はバッチリ写真取らせてね。ガッツポーズしてる奴。となりに満さんのおかげで一生安泰です!って文字いれるから。」
満さんはこれから加害者の一人と、弁護士に挨拶をしてくるという。
「俺も行っていいですか? 暇なんで。」
単純な好奇心と、満さんなら行かせてくれるかもと思ったが、
「いや、だめだ。幹君にとっては不愉快な場になるだろうからね。」
普段のおおらかな印象とは違い、少し冷たさすら感じる目だった。
じゃあ、時間だからと満さんは出ていった。
……。
暇だなぁ。
快楽天でも読むか。
俺は最近、桃月すず先生に夢中だ。
「何読んでるんですかぁ?」
「うおおっ!?」
思わず体が飛び跳ねる。
本をバッと閉じ、布団の中に入れる。
満さんが扉を開けっぱにしてたのか、急にナースが真横に現れた。
つか、快楽天に夢中で気付かなかったのか…。
ナースを見ると、あまり見かけない人だった。
暗めの茶髪、染めてるんだろうか?
胸はないけど、タイトなナース服もいいな。パンツもかなり細身でその曲線も美しい。
名札は…、三星? 珍しいな。俺が言うことじゃないけど。
「ちょっと、見せてよ! ジャンプでしょ、今の!」
「えぇ? 違いますよ! スペリオールですよ。」
「なんだ…。」
ふと油断した時、布団から雑誌を奪い取られた。
あぁ…。
ぺらぺらとめくり、次第に三星の顔は赤くなっていく。
こういうプレイもあるのか…。
「ちょ、ちょっと! なんちゅーもん読んでるんですか!」
「健康的な男児なので…。」
もう! と本を布団に叩き捨てる姿は可愛かった。
というか、なんでここに来たのだろう。
暇だから丁度いいけど。
「丁度いいんで、車椅子乗せてもらえます? 昼寝しようと思ったら目が冴えちゃったんで。」
しかし、このナース暇なんだろうか。
いいよ~と返事をして、手伝ってくれた。
流石にどこか行くかと思ったら、そのまま車椅子を押してくれる。
特に行く場所はなかったので、なるがまま身を任せていると、また庭に来てしまった。
「この花壇、私が手入れしてるんだ! イイ感じっしょ!」
「そうだったんですか。いつもこの花を見て元気もらってます。」
にひひと笑う。
こうやって嘘が本当になっていくんだろうな。
「入院してる間って暇じゃないですか。暇って適度だったらいいんだけど、時間がありすぎてもこころが病むからね。ちょっとでも暇つぶしになればいいなーってやってるんだ。」
「へぇ…。」
ちょっと意外だった。
バカそうだなって思ってたけど、色々考えてるんだ。
「最近ね、ずっとそこのベンチで花を見てる女の子がいるんだ。なんかね、いつも寂しそうで、話しかけてもあんまり喋らないし、椿くん歳近そうだし連れてったら喜ぶかと思ったんだけど、居なくなっちゃったね。」
あぁ、林家ペーパーみたいなピンクの子か。
「あぁ、最近ずっと居ますね。あの子も結構やばいんですか?」
うーん、と三星は悩んだ。
「他の患者のことって言っちゃ駄目なんだけど、優子ちゃんはちょっと前に交通事故でね。」
「そうなんだ。俺と一緒か。」
「うん…。」
何故かしゅん、としている。
優子ちゃんか、明日本当に話しかけてみようかな。
「実はね…。」
「おーい、幹君!」
渡り廊下から満さんの大きい声がして、振り返った。
「こっちの仕事が終わったから、挨拶しようと病室行ったらいないから探しちゃったよ。」
近寄ってくると、ナースの方にもお辞儀をした。
「どうだったんですか?」
「うん、挨拶程度の顔合わせだからね。簡単に確認したのと、今後の流れについて向こうの弁護士と話し合ったくらいだよ。ただ、加害者さん本人はまだ状況が上手く飲み込めてないみたいで、今日は挨拶だけ。結構大変そうだった。」
まぁ、そうだよな。
俺も足見た時はだいぶ取り乱したし、ぶっちゃけまだ受け入れられてない部分も多い。
加害者も、怪我が治っても慰謝料やら社会的なもんとか色々大変だろうしな。
「そういえば、まだ聞いてなかったんですけど加害者ってどんな人なんですか?」
んー、悩んでいるのか上を見ながら鼻をかいた。
「うーん、まだ話したくないけどちょっとだけな。一応加害者は二人居て、一人は男でまだ意識戻ってない。今日あったのはもう一人の女性の方で、幹君と同い年かちょっと下くらいの、顔は結構可愛かったよ。」
「可愛いのは気になるなぁ。」
立場を利用して…、なんて漫画みたいにはいかんだろか。
「はは。そこのナースさんで我慢してくれよ。あと幹君。何度もくどいようだが、加害者に変な情は保たないようにね。」
「わかってますよ。」
今まで俺を見ていた満さんの視線は少し上を向いた。
「三星さん、あなたもですよ。」




