◇絆
眠気が凄くて、気がついたらまた寝ていた。
相変わらず電子音が耳障り。
体は動かすと痛いし、体は重くて熱い。
なんなの…、
なんでこうなるのよ。
どうしようもない不安で涙が溢れる。
涙を拭く力もでないし、首動かすだけで辛い。
寿夫、助けてよ…。
「大丈夫ですか?」
声に一寸の希望を覚えるが、白衣を纏うナース。
「あんたじゃない! うるさい!」
怒鳴りつけるとナースは困った顔して去っていった。
何やってんのよ。人に八つ当たりなんて。
泣きつかれてため息が出た。
もうまじ無理。
…きっと夢。とんだ悪夢だ。
私が何したっていうのよ。
私が誰に迷惑かけたっていうのよ。
ふざけんな。
きっと寿夫ならこういう時、頭をなでながら抱きしめてくれる。
で、優しくキスしてくれる。
今度、熊沢が来たら寿夫の事聞いてみよ。
「お~、元気か? 優子!」
丁度、扉が開いた。父だった。
定年退職してから白髪が目立ち始めたが、いつの間にか真っ白になっている。
果物の入った籠を机に置くと、窓辺に立つ。
後ろから母さんも入ってきた。
父さんみたいに明るいタイプじゃない母は、家族しかいないのに扉の前で頭を下げる。
…なんて声かけていいか分からなかった。
それは多分、親も同じ。
父は窓を開けた。
まだ秋だが、風は冷たい。
無言でいると、母は父を注意して窓を締めた。
カーテンが落ち着いて、父も母も椅子に座った。
父もいつの間にか顔は堅い。
こういう場では、母の方が強かった。親戚の葬式でも父より母のほうが頼もしく見えた。
「優子。」
「…。」
顔は見えない。
ただ、抑え込むような鳴き声が聞こえる。
「生きててよかった。」
そんな、身内から聞くことはないと思ってた、映画みたいな言葉。
どれだけ自分がやばい事故を起こしたのか、ひしひしと伝わる。
なんてことしてしまったんだろう。
自然と涙が溢れる。
それに合わせるように母の泣き声が部屋に響いた。
「母さん、ごめん。」
「いいのよ、生きているだけ。良かった…、良かった…。」
なんだ、家族っていいじゃん。
なんで嫌がって一人暮らしなんかして、大人になった気になってたんだろ。
「優子。」
父が鼻を鳴らしながらそう呼んだ。
返事は出来なかった。
「ごめんな優子。」
意味分かんないけど、なんかありがとう。
なんかありがとう。
暫くして母は出ていった。
ずっと泣いてたから、私を見てるのに耐えられなくなったんだろうな。
私も身内がこんな事になったら、多分死ぬほど泣くし。
父は暫く残っていた。
ただ、何も語らず。
でも、なんか嬉しい。
程なくして、母は戻ってくると一応着替えを持ってきたと言った。
でも、暫く着れないだろうなぁ。
――残念。
暫くは起き上がれない私の顔を両親が覗き込んだり、無事な部分を撫でてくれたりしてたんだけど、やっぱり普段ほとんど会話はしないから大した話は出来なかった。
気まずい。
一人暮らし始めてから、母からラインは来れど、私から返信する事はほぼなかった。
あの家に帰りたいと思わないし、できれば関わりたくないとまで思っていたから。
だから、お見舞いにきてくれて嬉しいが…。
…嬉しいとかそういう感情はあれど、まともな関係を築いてこなかったわけだから、どこかで歪に歪んでいる。
それは拒否する感情ではなく、こうやって積み重なったものがない関係は、やっぱり一番におけるものではないと。
どこで間違えたのかなぁ。
会話がない間々時間は過ぎた。
そろそろ帰るかな? と思っていたら、熊沢が入ってきた。
「遅くなりました。担当医の熊沢です。よろしく。」
両親は立ち上がり、病室だというのに大声で挨拶している。
私は目線になんとか入る熊沢をじっと見ていた。
「えぇ、よろしく。とりあえず座って。」
両親ははい、と座る。
熊沢の喋り方のせいだろうか、緊張感がある。
淡々と資料を見ながら、私には目線を送らず両親に説明を始めると、相槌を打ちながら聞いていた。
再び言われる怪我の状態。
体なんてまだどうなってるか、私も知らないのにそれを繰り返されると何だか傷つく。
一通り熊沢が話した後、父が熊沢に質問した。
「それで、娘はどうなるんでしょうか。」
「どうと言われてもね。どういうニュアンスで?」
父はうーんと唸るも、答えは出ない。
代わりに母が話した。
「どこまで体は回復するんですか?」
あぁ、と熊沢は納得したように返事をした。
「まぁ、以前の様に歩くことは出来るようになるでしょう。ただ、脊髄損傷の影響がどこまで出るかはもう少し回復してからですね。」
「完全には治らないんですか?」
父が慌てたように口を開く。
「変な誤解を生まないようにハッキリいいますね。完全に治ることはありません。打ちどころ次第では死んでもおかしくなかった。腕もボロボロ、脊髄も傷つけて、恐らくこれからは障害と戦いながら暮らしていくことになります。」
熊沢が淡々と語る中、啜り泣く声が響いた。




