◆白い監獄
目が覚めて、最初に白い天井が目に入った。
真っ白ではないが、眼鏡がないからよくわからない。
囲むようにカーテンで仕切られ、あぁ病院にいるのかと思った。
なんでこんなところにいるんだ?
全く事情がわからない。
と、とりあえず。ナースコール…
程なく黒髪のナースがやってきた。
長い黒髪を後ろで結び、目はぱっちりしてるし、これは確かに白衣の天使だ。
普段、ナースモノってあんまり興奮しないというか、如何にもコスプレって感じで嫌だけど、やっぱ本物って違うんだな。
子供をあやすような笑顔も、もはや聖母だな。うん。
「あら、目が覚めたんですね! お名前分かりますか?」
「はい、椿…、椿幹です。」
クリップボードをボールペンでなぞりながらお姉さんはうんうんと頷いた。
「うん、頭は大丈夫そうね!」
頭はダメかもしれない。
だが、声も無邪気な笑顔も素敵だ。胸の主張で名札は見えないから天使と呼ぼう。
それから俺の腕を取り脈を見る。。
「ちょっと脈早いけど大丈夫そうね。」
「は、はい!」
色々検査したが、問題ない数値みたいだ。
それから天使は書き終えると、何が起きたのかを少しずつ話し始めた。
「幹さんは三日前の夜十一時四十分頃、駅近くの交差点で信号無視したバイクに衝突して意識不明の重体。すぐに救急車呼んでくれたみたいで、なんとか一命はって感じかな。覚えてる?」」
三日も眠っていたのか。
そして聞いているうちに、あの日の眩しい光を思い出した。
あぁ、そういう事か。
「少しだけ。撥ねられたとかは覚えてませんが。」
体を起こそうとしたが肩を抑えられた。すると、ベッドが自動で上半身を上げてくれる。
凄い。リクライニングだ! ニトリで試したことある!
「事故で全身骨折と打撲、首はむちうち。内臓は肺が潰れたくらいで助かったけど、とにかくまだ危ない状態だから無理はしないこと。分かった?」
「はい。」
状況を把握すると少し体が痛い気がした。いや、気のせいだろう。
ずっと寝ていたからか、首周りに違和感はあるがそこまで苦痛はない。
それよりもナースってスカートじゃなくて、パンツなのか。
頭に変な帽子かぶらないのか。
「今から先生呼んでくるから、もうちょっとそのままで待っててね。」
天使は軽やかに消えていった。
はぁ、とため息をして体を見渡した。
腕は包帯だらけ、腕から伸びる管はよく見る点滴の棒と繋がっている。
真っ先に頭に浮かんだのは仕事だった。
職場に連絡ってしてあるのかな。暫く休むことになったらクビだろうか。
うーん、でもこれだけの事故なら慰謝料も結構入るだろうし、ちょっとした休暇くらいに考えたほうが気持ちは楽だな。
まぁ、入院も長そうだからゆっくり考えるか。
暫くすると天使と一緒に、小太りの医者が入ってきた。
ふぅと息を吐いて俺の隣に座った。
「どうもどうも。いやー良かったね、意識が戻って。」
「はぁ、ありがとうございます。」
ははははと大声で笑う。病院だろここ。
「手術は僕が担当したんだけどね。結構やばかったんだけど、肺はちゃんと二個あるから安心したまえ!まぁ、それどころじゃないんだけどね。」
「というと?」
それまで明るかった医者はうーん、とちょっと苦い顔をする。
そういう顔めちゃめちゃ心配なんだけど。
「まぁ、どうしようもない所もあったんだ。命があるだけでも奇跡みたいな状態でさ。僕の所に来た時も心肺停止してたし、…まぁ、どちらにせよ生きてて良かった。」
がははとまた大きな声で笑った。
後は任せるよと天使の肩を叩いて去っていったが、天使も凄く嫌そうな顔をしている。
そんな顔も素敵だなぁ、と暫く見とれていた。
天使は小さくため息をついた。
「大丈夫ですか?」
大丈夫としか言えない聞き方をしたのは失敗だなぁと思った。
「えぇ、まぁ。椿さんこそ大丈夫ですか?」
気まずさの原因は何なんだろうか。
しかし、それよりも眼鏡がないのがあまりに不便だ。
姉に持ってきてもらおうか。
「あれ、スマホって…。」
「持っていたものは全てお姉さんが持っていきました。スマホや眼鏡、持っていたものはぐちゃぐちゃで使い物にならないと思います。」
あぁ、そうか。寝てる間に来てくれてたんだな。
それにしてもスマホがないのは辛い。あれに全部記録してたから、ないと連絡も一切とれない。
寝てるだけの生活って結構苦痛じゃないか…?
天使は突然改まると少しかしこまった話し方をした。
「椿さん。これから辛い話をしますが、よろしいでしょうか。」
真剣な目をする天使もまた美人だ。
「はい。お願いします。」
また天使はため息をつく。
「三日前の事故。先程、先生が話した通りかなり酷い状態でした。命を落としても、こちらに落ち度が認められない程に。なので、三日で起きてこうやって話せているのも、私は凄い事だなと思います。」
確かに、そんな話をしていたな。
てか、本当にやばかったんだな。
「ですが、そんなに奇跡は起きません。これからの生活でこの事故は重くのしかかってくる事になります。体はそんなに丈夫ではありませんので。」
少し遠回しを続ける天使は、何か隠すように話し続けた。
少し天使が言いづらそうに深呼吸をした。
「あの…、本当に気を落とさないで下さい。」
「申し訳ございません。」
「えぇ、わかりました。なので、はっきり言って貰っていいですか? どこか後遺症が残るってことでしょう? ちゃんと向き合っていきますよ。」
ちょっと男らしい所を見せようと強気な感じで言ってみせた。
いいんですか? と言わんばかりにこちらの目を弱々しく見てくる。
良いって言ってるのに…、ちょっと勿体ぶる感じにイラッとした。
どちらにせよ、駄目なものは駄目なのだから、そういった事は濁さずに話してくれたほうが性に合う。
じっと天使は目を見ていた。
「わかりました。ならはっきり言います。」
天使は俺の布団をめくった。
笑っていた顔は一瞬で真顔に戻った。
背筋が凍る…。
「椿さん。あなたの両足、損傷が酷くて膝関節より下は切断しました。」




