◇スノードロップの花言葉
ここに来て一ヶ月。
日に日に体に付いてるものが少なくなった。
傷跡は残っちゃいそうだけど、まぁ仕方ないか。
怪我が治るにつれて、少しポジティブになってきた気がする。
で、元気になって色々考えるとまた落ちるんだけど。
はぁ…。
医者はもう少し経過を見て問題なければ退院だと言った。
もう歩けるし、腕はまだ全然だけど左手は使える。
練習すれば箸とかも持てるでしょ。
もう余裕じゃない。
「失礼しまーす。おはようございまーす!」
茶髪のボブが似合う、いつものナースが入ってきた。
なんかやたら馴れ馴れしくてあんま好きじゃないんだよなぁ。
でも、色々やってくれるから何にも言えない。
バタバタと部屋を駆けずり回ってから私の隣に座った。
「ちょっとは元気になった?」
「……。」
「もしかして溜まってるってやつ?」
「そんなわけないでしょ。」
げらげら一人で笑いやがって。
こんな奴が病院で働いてていいわけ?
どうなってんのよここ。
「優子ちゃん、元気なら散歩いこうよ。散歩。庭の花、あれ私が植えたんだよ。」
「…興味ない。」
早く帰ってほしい。心から思う。
「え~、じゃあ優子ちゃん何なら興味があるわけ? 漫画、アニメだったら話出来るよ!」
「…興味ない。」
そもそもあんたに興味ない。
部屋がしーんとしてしまった。
あれだけ元気だったのに何も言わないなんて、もしかして泣いてる?
そっと横目で見ると、にやっとした顔がこちらを覗いてた。
「泣いてるとか思ったでしょ。ウケんだけど優子ちゃん。」
また笑い始めた。
死ねまじで。
「ちょっとだけ散歩いこうよ~、こんな部屋に一人きりでいたら頭おかしくなるよ。ねぇ~はやくはやくー。」
はぁ……。
こりゃ行くまで帰らないな。
「わかったわよ。十分だけね。それ終わったら今日はもう来ないで。」
「やったー! 今日はまだ晩ごはんあるから来るけどやったー!」
馬鹿、と思ってたけど凄いテキパキと散歩の準備をしてくれた。
仕事は出来る馬鹿なのね。
よろめく体をそっと支えてくれながら、部屋を出た。
うわ、さむ。
中庭に出る扉を開けると、風が吹き込んできた。
あまりの強さに目が細くなる。
つか、私を風よけにするな、馬鹿。
「へぇ、結構凄いじゃない。足利フラワーパークみたい。」
「なにそれ?」
病院の中庭なんて狭いと思ってたし、花壇って言ってもシングルベッドくらいだと思ってた。それが、丸い庭を囲むように花壇があるなんて素敵。
しかも冬なのに花もちゃんと咲いてる。
「あんたやるじゃない!」
「えへへ。」
庭の真ん中にはベンチがあって、階段を降りただけでもきつかったから座った。
一緒に座ればいいのに。
つか、この子なんていうんだっけ…。
「あなた名前何ていうんだっけ。」
「わたし? 三星だよ。三星沙羅、さらちゃんって呼んでいいよ!」
「あ、そう。」
「え、なにそれ。聞いといて。」
「うん。」
「は?」
その反応が面白くて、つい笑っちゃった。
それを見て、さらはにっこりと笑った。
「やっと優子ちゃん笑ってくれた!」
きっと、良いやつなんだろう。
「あはは、私の負け。ごめん、あんたには関係無いことなのに一人で怒ってて。」
「仕方ないんじゃん。」
さらは隣に座った。
「私もそういう時あるし。生理の時とか、息子が言うこと聞かない時とか。」
「え?」
さらを見る。絶対年下でしょ。
あ、でも看護師だからそれなりにいってるのかな。
「さら、あんた何歳なの?」
「え、18だけど。」
「そ、そっか。」
まさか二つ下だとは…。
「息子…って言ってたけど、何歳なの?」
「えーとね、今年で3歳かな。」
平然と答えるさらを見て、少し固まった。
え、15で産んだってこと?
こんなちっちゃくてロリっぽいのにマジ?
「すごいっしょ。」
さらはピースして笑ってた。
それからさらは、子供が産まれた時の話をしてくれた。
気軽に聞いていたんだけど、途中から雲行きが怪しくなった。
「14の時に父が連れてきた変なやつにレイプされてね、それが初体験。で、一回しかしてないのに妊娠までしちゃってさ。高校は退学して、子供生まれるまでの間必死に勉強して高認の資格とってさ、終わったーと思ったら出産。」
「え、結構やばくない?」
「やばいよー! 子供なんか世話したことないし、親戚たちも煙たがるし、家の回りの人たちも何もしてくれないからね。でも苦労した分可愛いんだよなぁ。」
うんうんとさらは頷いた。
いや、そうじゃなくて。
「いや、そうじゃなくて。」
「え? あぁ、レイプのこと?」
黙ってさらの目を見る。
はは、と乾いた笑い。
「まぁ、当時は殺してやるー!って思ったけどさ、子育てがホント大変でさー、バタバタしてるうちにどうでもよくなっちゃった。ちゃんと慰謝料も養育費も一括でくれたし、もうそんな恨んではいないかな。」
「さら、強いのね。」
「当たり前でしょ。人間前を向いて生きてかなきゃ。」
なんかさらを見てて、なんか吹っ切れた。
たかが、事故で怪我したくらいで何くよくよしてんだよ。
「あー、なんかさらの話聞いてたら元気出てきた。」
「それはいいけど、レイプの話で元気でるなんて優子やばいよ。」
「確かに。」
二人でげらげらと笑った。
回りにいる人達は不審な顔をしてたけど、そんなの気にしない。
なんか色々あったけど、どうでもよくなっちゃった。
「さら、寒いからそろそろ戻ろう。」
「うん、オケー。」
手を貸して貰って立ち上がり戻ろうとした時、さらが立ち止まって振り返った。
まるで何かを見つけたように。
「さら、どうしたの?」
返事がない。
暫くしてまたにっこりと笑った。
「ううん、じゃあいこっか!」
さらが何を見てたのか、後で聞いてみようと思った。