鬼神の加護《狂戦士》
「っ⋅⋅⋅⋅⋅⋅!」
ガグゥゥゥ
突然目の前に現れたオーク。明らかに俺を狙って出てきたようだ。
このオークというのは、ゴブリンとは比べ物にならないほど強い魔物である。見た目は二本足で立つ潰れた豚の顔をした魔物で、他の生き物の雌を犯して子孫を残すといった特徴がある。そして、その体格からも分かるように圧倒的な力を持っている。
オーク一体に対してCランク冒険者一人で互角といったところか、どのみち俺の勝てるような相手ではない。
(さて、どうしたものか⋅⋅⋅⋅⋅⋅。)
そんな中でも、比較的俺は冷静だった⋅⋅⋅⋅⋅⋅否、無理矢理にでも冷静になっていた。そうしなければこの勝ち目の無い戦いへの恐怖で意識を失いそうだったからだ。
時間的猶予のない中、無い知恵を絞って考え出したのは、だらんと下げた自分の剣を構え直すことだけだった。
そして、目の前のオークの動きに目を凝らす。
(来る!)
グガァ!
本能的にそう悟った瞬間、オークは認識出来ているのかも危うい程の速度で一気に間合いを詰めてきた。
(っ⋅⋅⋅⋅⋅⋅!は、速い!)
咄嗟にジーズを抱きかかえながら右後方に飛ぶ。
トゴォン!
一瞬先まで俺が居たところには、オークの右ストレートで大穴があいていた。
「あんなものくらったら、即死だな⋅⋅⋅⋅⋅⋅。」
思わずそう呟く。一発目を外したオークは少し苛立っているが、負けるわけがないという確信があるのか、追撃はしてこなかった。
「ジーズ、危ないから遠くに逃げろ。」
わふ?
「ほら、速く!」
俺は『ジーズだけでも』と思い、ジーズを地面に下ろす。俺の意図を汲み取ったくれたのかは分からないが、ジーズは茂みの方へと消えていった。
それを見届けた後、再びオークと対峙した。
それからは防戦一方だった。剣を振る隙もなく右に転んで左に転んで何とかかわしていた。だが、そんなギリギリの回避が何時までも続くわけがなくいつのまにか背後までオークの拳が迫っていた。
思い切り体を捻り、何とか剣で防御の体勢をとる。
「か、は⋅⋅⋅⋅⋅⋅っ!?」
しかし、そんな無理な体勢での防御が上手くいく訳もなく俺は後ろに大きく吹き飛ばされ、その先の木に叩きつけられた。
目の前が一瞬真っ暗になる。
(くぅぅ⋅⋅⋅⋅⋅⋅!だ、ダメだ、しっかりしろ!)
飛びそうになる意識を何とかして繋ぎ止める。足元に転がった剣を再び握りしめ、ふらふらと立ち上がる。
十数メートル先のオークに向かって剣を構えたその瞬間⋅⋅⋅⋅⋅⋅気づいたときには目の前にオークがいた。
「なっ!」
さっきまでのは遊びだったのかと思えるほどの速度に、回避も防御体勢すらもとれない状態で迫り来る拳をただ見つめていた。
(あぁ、死んだな。)
死を目の前にして、案外俺は冷静に、ただそう思った。そして、目を閉じそうになった、そのとき、
ガウゥゥゥ!
目の前を一陣の黒い風が横切った。それと共に、眼前にいたはずのオークは俺の左の方に転がっていた。そして、そこにいたのはオークだけではなかった。
「じ、ジーズ!?」
そのオークの足に、ジーズが噛みついていたのだ。
「逃げたはずじゃなかったのか!」
そう言いながら、俺はジーズの元へ走った。しかし、俺がそこへたどり着く前にオークの拳がジーズを捉えようとしていた。
(あんなのくらったらジーズが⋅⋅⋅⋅⋅⋅!)
そう思いつつ、届かないと分かりながらも足に力を入れてジーズの元へ向かった。そして、
ブゥン!
その拳は空を切ることになった。といっても俺がジーズを助けた訳ではない。なんと、ジーズ自身が避けたのだ。
(は、速い!?)
その速度は子犬の見た目からは想像のできない、オークと比べても遜色の無いものだった。
オークも攻撃対象を俺からジーズへと変えたようだ。
オークが間合いを詰め、殴り付ける。それをジーズは危なげなくかわす。それをまたオークが追う。
(速さは同等、攻撃まではできないみたいだ。)
その状況を見ながら、俺は考察する。そして、打開策を探していた、そのとき、
『加護を使え』
「っ!だ、誰だ!?」
頭の中に響くように誰かの声が聞こえてきた。低い男の声で、声だけでも威厳を感じた。
回りを見回すが誰もいない。そんな中、再び声が聞こえてくる。
『俺だ。俺に加護を使え。』
そして、声が聞こえると同時に、ジーズと目があった。
(お、お前なのか?ジーズ。)
その目を見た瞬間、俺はその声の主がジーズであることを確信した。その目は黄色く透き通った目をしていた。
(と、とにかく『加護』か。)
そう考え、俺は加護について意識を集中する。すると、頭の中にディスプレイのようなものが浮かび上がった。
(こ、これは⋅⋅⋅⋅⋅⋅加護の種類か?)
浮かんだディスプレイはスワイプでき、『───の加護』といったものが並んでいた。
その中から、俺は一つの加護を選んだ。
(《敏捷の加護》か。これなら⋅⋅⋅⋅⋅⋅)
そう思い、ジーズに対して加護を使おうとしたそのとき、
『違う、それじゃない!』
(違う?クイックじゃないのか?)
『俺にするべき加護、それは───────』
(そ、そんなの、大丈夫なのか?)
『大丈夫だ。』
そして、ジーズから言われた通りの加護を探す。それはディスプレイの一番下にあった。
即座に加護を使用する。
「指命加護、対象『ジーズ』⋅⋅⋅⋅⋅⋅
鬼神の加護《狂戦士》!」
《狂戦士》対象の潜在能力を強制開放する加護である。能力が約5倍にまでなるがその分時間制限があり、解除後は体が数日間動かなくなる程のダメージを受ける。
そんな危険な加護をジーズにかける。その瞬間、ジーズの体に黒い靄がかかる。
グゴォ!?
その靄はどんどん大きくなり、少しして膨張は止まった。
その靄の一部から、突然赤い光が溢れたと思ったその直後、黒い靄が晴れ、中からうっすらと黒いオーラを纏った、真っ黒な成犬が現れた。
(あれが⋅⋅⋅⋅⋅⋅ジーズなのか?)
その見た目は、あの小さかったジーズからは想像もできないようなものだった。しかし、真っ黒な体と、ジーズの隻眼は変わっていなかった。そして、その黄色く透き通っていた目は、真っ赤にギラギラと光っていた。
グゥ⋅⋅⋅⋅⋅⋅グガァウゥゥ!
オークも突然の変化に一瞬戸惑ったようだが、また呻き声をあげてジーズへとその拳を叩きつけた。
⋅⋅⋅⋅⋅⋅が、そのときにはそこにジーズはいなかった。
俺にも、そしてオークにも認識できない程の速度で、ジーズはいつのまにかオークの背後へと回っていた。
シュバッ
キョロキョロと回りを探しているオークに向かって、ジーズは爪で空を切った。すると、そこから4本の滅紫色の斬撃が飛び出し、オークへと着弾する。
グガァァァ⋅⋅⋅⋅⋅⋅!
その斬撃に気づく余地もなく、オークの背中には4本の太刀傷が残る。それはあまりにもきれいな形をしていて、まるで斬撃に触れたところだけが消滅したかのようだった。
傷口から魔物特有の瘴気が溢れ出る。しかし、ここはさすがオークといったところか、それでもなおジーズへと襲いかかった。
ブォォゥン!
負傷しているとは思えない、いや、負傷したからこそ、オークの速度は一段と速くなる。
オークがジーズの数メートル声がの場所まで来たそのとき、ジーズ姿がぶれる。そして、一筋の赤い光を残しながら目にもとまらぬ速さでオークのすぐ側を横切った。
ドォン⋅⋅⋅⋅⋅⋅。
一瞬先までオークが居たところには、右脇腹を大きく抉られたオークが倒れていた。
「な、何も見えなかった⋅⋅⋅⋅⋅⋅。」
目の前で繰り広げられた圧巻の戦いに、ただただ呆然とする。そんな俺の足元に、成犬のジーズが歩いてきた。
ガゥガゥ
大きくなったからか、可愛いげの代わりに威厳がプラスされた声で、ジーズは俺に何かを伝えようとしていた。
「えーっと⋅⋅⋅⋅⋅⋅加護を解いたらいいのか?」
ガゥ!
ここ最近は、ジーズの言わんとしていることが分かるようになってきた。さっきのも合っていたようなので、早速《狂戦士》の加護を解く。
ジーズの体が再び黒い靄に包まれ、今度は子犬姿のジーズが現れた。目も元の黄色に戻っている。
わふわふ
何やら楽しそうに跳ね回るジーズを見て、ふと頭に疑問がよぎった。
「《狂戦士》の加護を受けたら、動けなくなるんじゃないのか?」
さっきも説明した通り、《狂戦士》の加護を受けた者は解除後に動けなくなるはずなのだ。
だが、目の前にいるジーズはそんな様子は微塵もなくピョンピョンと跳ね回っていた。
(まぁ、嬉しい誤算か。)
俺はそう納得して、オークの解体に入った。
オークの素材は武器や防具の材料になるので高値で売れる。また、素材と一緒に討伐部位も剥ぎ取る。オークの討伐部位はゴブリンと同じ耳だ。
材料になるというだけあって解体に少し時間がかかり、終わった頃には空の端が赤くなっていた。
「これ以上ここにいるのは危険だな。もう帰るか。」
わん!
解体した素材はアイテムボックスに入れてある。
思わぬ収穫もあり、少しは金が入るだろうと内心ウキウキしつつ、俺はジーズと並んで町へと帰っていった。
初めての加護は《狂戦士》でした。
加護を解いても副作用を受けないジーズ。この犬はいったい何者なのか⋅⋅⋅⋅⋅⋅?
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