5話 砂上の記憶
「この先に、古代施設がある」
エドワードが地図を広げながら指を差した。朽ちた地図には、かつての地名も道路も判読不能だったが、風化を免れた一角に、「地熱研究区画」という記述が微かに残っている。
「おい、結城。お前の親父って科学者だったんだろ? たしか、あのウイルスの開発に関わってたって……」
「関わってたというか、中心人物だった。……母さんもな」
柏木は言いながら、遠くに見える黒い岩山へと目を向けた。そこには、旧文明の建造物の残骸が転がっており、赤錆の匂いと死んだ機械の息づかいが漂っていた。
「ねぇ……柏木」
そのとき、アイシャが小さく声を発した。
「どうした?」
「ここ、来たことがある気がする」
「ここに?」
アイシャはそっと前へ歩み出ると、目を閉じて空気を感じ取るように立ち尽くした。そして、ゆっくりと指先を地面に滑らせる。
「……この下に、”棺”がある」
「棺?」
アイシャは黙って頷いた。
そのとき――地面が振動した。
「来るよ……魔素の反応体」
アイシャが叫ぶより早く、足元の地面が崩れ、巨大な虫のような生物が這い出してきた。複眼に赤い光を宿し、体表は金属のように硬質化している。
「グロウム種か! 地下に巣食ってやがったか!」
エドワードが剣を抜き、真っ向から立ち向かう。
だが、敵は一体ではなかった。数匹のグロウムが地面から姿を現し、柏木とアイシャにも襲いかかる。
「アイシャ、下がれ!」
「……いいえ、下がらない!」
アイシャの瞳が蒼く光り、周囲の空気が震えた。
「――砂よ、護りの楯となれ」
アイシャが呟いた瞬間、砂が渦を巻き、柏木たちを包み込むようにして巨大な防壁を形成した。魔素の盾――魔族にしか使えない、純粋な防御魔法。
「おい……今の、お前が?」
「ええ。これが……私に与えられた”器”の力」
グロウムの一体が砂盾に衝突し、大きな音を立てて跳ね返された。アイシャはその隙に前へ出ると、両手を広げる。
「砂よ、穿て――”崩砂刃”!」
その詠唱と同時に、地面から無数の砂の刃が噴き上がり、敵を串刺しにしていく。
数分後、砂塵が収まると、そこには倒れ伏したグロウムたちの亡骸が残っていた。
「……全部、やったのか」
「ごめん……抑えきれなくて。魔素が多すぎると、私、力が勝手に溢れるの」
アイシャの肩は小さく震えていた。
エドワードが近づき、黙って上着をかけてやる。
「なあ、アイシャ。お前、なんなんだ? 本当に”王女”なのか?」
アイシャはゆっくりと頷いた。
「私は、”砂の王国”の末娘。アイシャ=ロゼリア=マルゼラ。地球が滅びたあの時、王国は魔素の影響を受けて真っ先に魔族化が進んだの。私たち三姉妹は、それぞれの適応能力に応じて役割を与えられた」
「お前は……災厄の器、だったな」
「ええ。私の体には、ウイルスに混ざった”根源因子”が封印されている。それを遺伝的に継いだ私は、地球上でもっとも強い”魔素の変換炉”になった。でも……それが暴走すれば、私はこの星そのものを焼き尽くすかもしれない」
沈黙が落ちた。
「それでも俺は、お前を止めない」
柏木の言葉に、アイシャは目を見開く。
「止めなきゃいけない時が来たら、俺がやる。でも、お前自身が自分を否定してる限り、お前はきっと壊れる。だったら、誰かが肯定してやらなきゃならねぇだろ」
「柏木……」
「それに、俺の両親が作ったウイルスのせいで、お前が苦しんでるなら……俺にはその責任がある」
「違う。柏木、あなたのせいじゃない。あの人たちが”道を選び間違えた”だけ。でも……」
アイシャは、一歩だけ柏木に近づき、手をそっと重ねた。
「あなたに出会えて、本当に良かった」
その瞬間、地下の棺と呼ばれた場所が微かに発光し、空気が震えた。
「今……何かが目覚めたぞ」
次の目的地は、この地下にある。
失われた”ウイルス”の起源に、少しずつ近づいていく彼らの旅。
だが、地下に眠るのは、ただの記憶だけではなかった。
“神の細菌”と呼ばれたものの正体。
そして、それを最初に「意思」として目覚めさせた存在――
やがて彼らは、真の敵と邂逅することになる。