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08. 魔石の使い方

   8



「無事に帰ってこれてよかった。収穫はどう?」

「倒したのは4体。全部スケルトンだ」


 渡された濡れタオルで一日の汗を拭いつつ、グレイはカミコと言葉を交わす。


「少ないけど、しばらくは、ならしが必要だと思う」

「……いやー。少なくはないと思うけどね? 忘れてるかもだけど、キミ、生まれたばかりのまともに動けさえしなかったホムンクルスなんだから」


 カミコは苦笑を浮かべた。


「そこそこ鍛えてる兵士の身体能力でも、契約したてでひとりで魔物を相手にしたら死闘だよ。契約前に想定していたところだと、1体倒して帰ってこれるかどうか心配だなってとこだったんだからね。まあ、フタを開ければ二階紋でビックリだったわけだけど。最初から4体は上々でしょ」

「……ひょっとして、褒められてる?」


 そんなことを言っても、所詮、倒してきたのは最下級の『ひとつ角』。

 そのなかでも弱いほうだ。


 からかわれているのかなと思って尋ねてみたが、意外なことに向けられたのは満面の笑顔だった。


「うん。期待以上だよ。よく帰ってきたね」

「……ああ」


 本当に嬉しそうに言うものだから、少し照れてしまった。


 やっぱり、調子が狂う。


「どしたの」

「いや」


 コホンと空咳をして、グレイは気持ちを切り替えた。


「……それで、言われた通りに持って帰ってきたけど」


 少しそっけなくなってしまった口調で言って、腰に下げていた袋を渡す。


 なかには、鉱石のように変化した魔物の角が入っている。

 受け取ったカミコは不敵に笑った。


「おっ! これこれ。ひとりで行かせちゃってごめんね」

「別に。謝る必要なんてない。カミコはここから出られないんだから」


 彼女は迷宮探索に同行できない。


 自分と契約をした縁を利用して封印をゆるめるとは聞いていたが、まだ十分ではないせいだ。


 彼女の体にからみついていた鎖は少しゆるんだけれど、動けるのは部屋のなかだけだ。


 もっと動けるようになるためには、契約者である自分が力を付ける必要がある。

 具体的には、三階紋まで到達すれば、この迷宮内くらいなら動けるようになるそうだ。


 とはいえ、それはまだ先のことだ。

 いまは、カミコは部屋から出られない。


 仕方のないことだ。


「俺が出ている間、作業もしてくれたんだろ」


 視線を巡らせれば、部屋を出る前にはなかったモノが増えていた。


 小さな祭壇だ。


 カミコをしばりつけているものより、こぢんまりとしている。

 大きさはせいぜい碁盤程度で、作りもシンプルだった。


「それが、必要だって言っていたものか?」

「うん。時間がなかったから、まだ簡易だけどねー」


 そう言って、彼女は角が変化した石を祭壇にコロコロと転がした。


 魔物を倒したことで残ったこの石は、魔石と呼ばれている。

 文字通り、魔力が宿った石だ。


 魔力はおよそ万能の力だが、エネルギーの一種なので、使えばなくなってしまう。


 たとえば、グレイの着ている服はカミコが魔法で作ったものだが、そのぶんだけ魔力を使ったということになる。

 なんでもかんでも作れるのかと思ったが、そううまい話はないようだ。


 カミコは封印されていた長い時間に大地を流れる魔力を集めてきたので余裕はあると言っていたが、その方法だと得られる魔力が非常に少ないため、短時間に使い続ければ枯渇してしまうそうだ。


 魔力を得るために、別の手段が必要ということになる。


 もちろん、これはグレイ自身についても同じことが言える。


 通常、生物であれば自分自身で魔力を生成できるのだが、それは十分な食事と休息を摂った場合の話だ。


 現状は、食べるものが手に入らないので、むしろ逆に魔力で肉体を維持する必要がある。


 そのための魔石だった。


「それじゃ、早速。このへんに寝転がってくださーい」


 そう言ってカミコが示した場所には、ござのような敷物が広げられていた。


 わざわざ彼女が魔力で作ったものだ。

 別に石床にそのまま寝るでもかまわなかったのだが、彼女は「必要経費でしょ」と言っていた。

 本当はベッドがほしかったのだが、消費魔力量を考えて断念したらしい。


「横になる必要があるのか」

「んー。必要はないけど。今日は魔物と戦って疲れてるでしょ。楽にしてたほうがいいじゃん」

「別に俺は……」

「いいからいいから」


 ここ数日で知ったことだが、カミコはけっこう押しが強い。


 もっとも、こちらにも抵抗する理由は特にない。


 まあいいかと流されるほうにいってしまう。

 やっぱり、少しは疲れているのかもしれなかった。


 初めての迷宮探索の緊張から解放されて、気持ちが抜けてしまっていた。

 なすがままにされる。


「ふっふっふ」


 気付けば、あおむけになった正面に笑顔があった。


 横になった頭の下には、すべすべした感触。

 自分以外の誰かの体温とにおい。


 ひざまくらだった。


「いや、なんでだよ」

「いいからいいから」


 さすがに意味不明だったので睨んだのだが、カミコは気にも留めずにご機嫌だった。


 基本、彼女は距離が近い。

 あと、どうやらスキンシップを好むらしい。


 こうも楽しそうにされてしまうと、振り払うようなことをするにも抵抗がある。

 別に、そこまで拒否感があるわけではないのだ。


 それに……ふれる体温を気持ちいいと感じる部分もなくはないし。

 変なやつだなとは思うけれど。


 そうこうするうち、とめる機会を逃がしてしまった。


「さてと」


 鼻歌を歌いながら、カミコは祭壇の上の魔石のひとつに手を置いた。

 逆の手で、グレイのほおにふれてくる。


「送るよー」


 合図とともに、カミコの手からあたたかなものが流れ込んできた。


 これも魔法だ。

 服を作り出したのと同じように、今度は魔力をグレイの体を維持するために使っている。


 ただし、今回の魔力源は、カミコ自身の魔力ではなく魔石を変換したものだ。

 祭壇はこの魔力変換効率を上げている。


「どう? 気持ち悪くなったりしてない?」

「いや。大丈夫。なんだか、ぽかぽかして気持ちいいな」

「うへへー。ならよかった」


 ほおを撫でるカミコが、気の抜けた笑みを浮かべる。


 魔石は空気に溶けるように消えてしまった。


「うん。このレベルだと、1日1個あれば体の維持はどうにかなるかな。グレイ、残りはどうする?」


 魔石は貴重な魔力リソースだ。


 使いみちはきちんと考えなければいけない。


「ひとつは強化に回してくれ」

「オッケー」


 カミコが次の魔石に手を伸ばし、さらに魔力が送り込まれてくる。


 今回はさっきとまた少し違う。


 魔力の流れ込んでくるのは、自分の肉体の最も奥底だ。


 それは魂と呼ばれるものだ。


 魂の密度がわずかに上がる。

 気のせいや錯覚なんかではない。


 これこそが、紋章を次の段階に進める一般的な手段なのだ。


 肉体にたとえるなら、厳しい精神修養は魂を鍛える筋トレで、魔力の獲得は栄養摂取のようなものだ。


 カミコが迷宮内での自由を手に入れるためには、グレイが三階紋に上がる必要がある。

 付け加えていえば、この迷宮から脱出するためにも、最低三階紋が必要だと聞いている。


 そのための魔力摂取だった。


 これで、残った魔石はふたつになる。


 グレイは上体を起こした。


「あ。もう少しひざまくらしててもいいのに」

「必要ないだろ。魔石、ひとつはカミコに渡しておくから」


 残念そうに唇を尖らせる彼女に魔石を渡す。


 このあたりは、契約相手とのギブ&テイクの一環だ。

 そもそも、迷宮に出られるようになるまでは、カミコの魔力で肉体を維持してもらっていたので、いわば借金がある状況でもあるのだ。


 素直にカミコも受け取った。


「ん。とりあえずは保管しておくよ。なにかあったときにグレイを助けられるかもだし」

「好きに使ってくれてかまわないぞ。祭壇なんか創って消耗してるだろうし。他にも、細々したものも」

「はは。祭壇を創った消耗分を補充しようと思ったら、魔石10個は必要だからね。あとまわしでいいよ。たとえば、不意の事故で返り討ちにされて逃げ帰ってきたとしても、これで1日は食いつなぐことができるでしょ」

「それは……確かにそうだけど」


 なにがあるかわからないので、ある程度は蓄えておいたほうがいい。

 その通りだった。


「ある程度、余裕ができたら好きに使わせてもらうよ」

「わかった。じゃあ、最後のひとつだが……」


 肉体の維持。存在の強化。今後のための蓄え。

 自分のことだけを考えるなら、使いみちは出揃っている。


 ……ここにいるのが、グレイとカミコのふたりだけであれば、だが。


 けれど、そうではなかったから、グレイは言った。


「俺が連れてきたホムンクルス。最後のひとつは、あいつの肉体維持に使ってやってほしい」


 なりゆきではある。

 だとしても、見捨てるわけにもいかなかった。


   ***


 グレイと同じ失敗作。

 違うところは、異世界の魂が宿っているわけではないこと。


 そして、性別。

 もうひとりのホムンクルスは少女だった。


 いまは部屋のすみに広げられた敷物の上に寝かされている。

 興味をひかれているのか、様子を見てあげているのか、まわりを精霊が飛んでいた。


 ただ、彼女がそちらに反応を示すことはない。

 ガラス玉のような目は、ぼんやりと天井を見上げていた。


 これは当然のことだった。


 ホムンクルスというのは、この世界の錬金術師によって創られる人造の魔法生物だ。

 作成者の研究のための労働力、工房を守る兵士、あるいは、単純な魔力源として扱われる。


 起動には脳に必要な情報を流し込んだあとで、仮想人格を構築する。


 命令に従うが、そこには本来の意味での人格はない。

 機械と同じだ。


 魂がない。


 出会ったときに、カミコも言っていた――ホムンクルスとは『自然のことわりとは違う手段で生まれたモノ』で『そんな手段で生まれたモノには魂が宿らない』と。


 目の前で横たわる少女に関していえば、仮想人格部分の構築さえ半端だ。

 まともに起動しない。


 助けたところで意味はない。


 ……そんなことは、わかっているのだった。


 けれど、グレイは彼女を放り出すつもりにはならなかった。


 自分でも意外だった。

 不可解だとも思った。


 自分は、生きられればそれでいいはずなのだ。

 これがそのためにマイナスの行動だということはわかっていた。


 けれど……。


 彼女は息をしているのだ。

 生きているのだ。


 それは、グレイにとってあまりに大きなことだった。


 放り出したほうが自分の利益になるとわかっていても、見捨てることができないくらいに。


「悪いな、カミコ」


 声をかけると、彼女はこくりと首を傾げた。


「ん? なんの話?」

「無駄に魔石を使ってるから」


 魔石のひとつは、ホムンクルスの少女に分けあたえた。


 そのぶんだけ、グレイの強化は遅くなるし、カミコの自由は遠のく。


 カミコの見立てによれば、グレイが三階紋までに必要だと考えられる魔石数は1000個程度だ。


 休むことなく1日1個のペースが保てれば1000日。

 ホムンクルスの少女に与えずに1日2個のペースなら500日。


 単純計算で、1年半近くの差が出てしまう。

 これは大きい。


 協力者の立場からしてみれば、文句のひとつも言いたくなって当然だろう。


 と、思ったのだけれど。


「うん? そんなの気にしてないし」


 ただ、当事者の一方であるカミコはさばさばしていた。


「というか、当たり前のことでしょ」

「当たり前……か?」

「当たり前だよ。グレイは変なところで、引っかかるんだねえ」


 そうなのだろうか。

 よくわからない。


 生前には、こんな経験はなかったから。

 ベッドの上以外の時間を知らないから。


 生きるためだけに全力を尽くすことこそが当然で。


 だけど、そうではないのだろうか。


 生きていると、そうではなくなるのだろうか。


 わからない。


 わからない……けれど。


 ただ、カミコに当たり前だと認めてもらったことで、気持ちは楽になっていた。


「というか、意味がないからって、ためらいもせずに捨てたらそっちのほうがイヤだよ。さすがにグレイがそのせいで死んじゃうとかならとめるけど、たいした負担でもないしね」


 カミコは肩をすくめると、優しい視線を向けてきた。


「この子、妹さんみたいなもんだもんね。お姉さんかもしれないけど」

「……」


 正直、その発想はなかったが。


 魔法生物であるホムンクルスに、血のつながりはない。


 でも確かに、そういう見方もできるのかもしれない。


 同時期に作られて、一緒に捨てられた。

 義理の兄妹だ。


「……」


 そう考えると、不思議と胸の奥底のほうで暗いものが熱を帯びた。


 ホムンクルス実験体の製作者に対する怒りだ。

 自分たちは、あと少しで処分されてしまう――殺されてしまうところだった。


 製作者がなんの実験をしていたのかは知らない。

 残念ながら、実験に関しての情報は流し込まれていなかったからだ。


 だが、たとえどんな理由があったとしても、生まれていきなり殺されていいはずがない。


「どしたの、グレイ?」

「……いや」


 内心が顔に出ていたのかもしれない。

 カミコに声をかけられて、グレイは我に返った。


 わずかに熱を持った息をつく。

 ここで怒りを吐き出したところで、それはやつあたりでしかない。


 だから代わりに、天井を見上げて横たわるホムンクルスの少女に近付いた。


 すると、彼女は無機質な視線を向けてきた。


「あ。こっち見たね」


 うしろをついてきたカミコが言った。


「わたしのときは動かないんだけど。助けてくれた人がわかるのかな」

「……人格はないんだろ」

「うん。だけど、原始的な感情めいたものはうっすらあるかもしれない」

「そうなのか」

「感情は肉体に宿るものだからね。肉体がある以上、魂魄(こんぱく)(こん)はなくても(はく)はあってもおかしくない」

「その説明はよくわからないけど」


 なんにしても、それは彼女が生きているあかしなのかもしれない。


 こちらを見てくる無機質な目を見返しながら、そんなことを思った。


 実験の失敗作として廃棄されて、それでもなお。


 自分も、彼女も。

 生きている。


 生きてやるのだ。



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