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07. 初めての戦闘

   7



「うっわぁ。いきなりかー」


 とは、契約を交わした直後のカミコの言葉だった。

 5日前のやりとりである。


「最初から二階紋とはねえ。びっくりだよ」

「珍しいのか」

「二階紋はひとにぎりの実力者だけって言ったでしょ。階級を上げるには、魂に相当の強度が必要なんだよ。それが、最初からひとつ飛ばし。そりゃまあ、並外れてるとは思っていたけどさ」


 どちらかというと、感心しているというより呆れているふうだった。


「ああ。逆かな。並外れているからこそ、キミは転生なんてものができたのかも。いや、転生に関しては、それでもまだ説明がつかないんだけど」

「そうなのか?」

「まあね。生と死はゆるぎない。本来であれば。だから、どれだけ強い魂であったとしても、転生なんてありえないこと……なんだけど」

「だけど、実際、起きてる」

「そうだね。ま。わからないことを考えても仕方ない」


 あっさりと疑問を投げ捨てて、カミコは続けた。


「とにかく、キミの魂は並外れてるって話……実際さ、前世でなにしてきたの? よほどの荒行を積んで、悟りでも開いてたとか?」

「そんな経験はないな」


 とは返したものの、考えてもみれば、半分当たりで半分外れみたいなものだったかもしれない。


 生前の自分が、どんな荒行よりもひどいモノに堪え続けていたことは間違いない。

 この世界での神職の行う修行のなかには厳しい精神修養も含まれるが、生と死の境を行き来し続けた彼は、それ以上の修行を行っていたにも等しいのだ。


 とはいえ、それを支えていたのは悟りとはほど遠い、生の執着だが。


 もっとも、なんであれ、あの経験がいまのグレイを強くしている。


 ただし、カミコはこんなふうにも言っていた。


「といっても、油断は禁物だぞ。あくまでキミは契約初心者だし、戦いの心得があるわけでもない。だから戦えるとしたら――」


   ***


 ――『ひとつ角』が1体。


 それが、いまの自分の限界というのが、カミコの見立てだった。


 下級の魔物、それも1体とあなどるなかれ。

 ただ生まれたての失敗作のホムンクルスなら、神様と契約を交わしていても手に余る相手なのだ。


 だが、自分にとってはそうではない。


「おおおっ!」


 硬い音を立てて、錆びた剣がスケルトンの脇腹あたりに激突した。


 骨だけの体は軽いが、それでも体格差がある。

 にもかかわらず、グレイの剣は骨の体を大きく弾き飛ばした。


「よし!」


 まずは一撃入れてやった。


 しかし、喜んでいる余裕はなかった。


 次の瞬間、自分で振るった剣の勢いに、体が持っていかれてしまった。


「おっ、うわっ」


 姿勢が崩れる。

 血の気がひく。


 剣を。

 いや、敵。敵をまずは。


「わっ」


 下手に剣をかまえようとせず、最初に状況を把握しようとしたのが正解だった。


 素早く姿勢を立て直したスケルトンが殴りかかってくるのに気付き、あやういところを跳びすさった。


 さいわい、魔力で強化後の速度はこちらのほうが上だ。

 何度も地面を蹴って、距離を取った。


「……危ねえ」


 やっぱり実戦は違うらしい。

 しないよりはマシだろうと、ここ5日というもの、生まれて初めて素振りというやつをしてみたのだが、慰め程度にもなっていない。


 ……製造用途によっては、ホムンクルスの肉体には戦闘用の知識が積まれていることもあるらしい。


 だが、この体は実験失敗作のものだ。

 違和感と苦痛をのみ込んでまで調節した肉体運用のなかに、戦闘用のものは備わっていなかった。


 結果、一撃喰らわせてやったというのに、スケルトンは元気だった。

 カタカタと骨を鳴らしながら、襲いかかってくる。


 とはいえ、その事実に動揺はない。


「……()()()()、だな」


 戦闘用の知識がないのがどうした。

 それくらいでくじけるものか。


 ないのなら、これから手に入れてやればいい。


「無理はしないこと」


 声に出して、確認する。


 カミコが口をすっぱくして言っていたことだ。

 異存はない。


 まずは回避に専念する。


 速度はこちらが上だし、スケルトンの動きはよく見れば単調だ。

 落ち着いていれば避けられる。


 しかし、折角一撃与えたのに、スケルトンには大きなダメージはなさそうだ。

 多少骨が欠けているくらいだろうか。


 単純な話、こちらの力が足りていないせいだった。


 もっと言えば、魔力による肉体強化の得手不得手のせいだった。


 筋肉出力、肉体強度、敏捷性能、感知能力、自然治癒力、生命力。

 ひとくちに肉体強化とは言っても、強化される対象はさまざまだ。


 このなかでも、グレイは肉体強度の強化が不得意だった。


 要は、耐久力が低いのだ。

 失敗作ホムンクルスの素の肉体が弱いせいもあって、肉体強度に関しては強化後でも通常の一階紋未満のレベルだ。


 もっとわかりやすく言えば、ただの人レベルである。

 神様の契約者なのに。


 腹立たしいことだが、よくよく体の弱さが足を引っ張ってくれる。


 さらには、耐久力の低さが攻撃力にも限界を与えている。

 筋肉出力の強化はそこそこできるはずなのに、耐久力がないので、出力を上げ過ぎると殴ったときに反動で自分の体が壊れてしまうのだ。


 いまはそこを考慮して出力をセーブしている。

 そのため、たいしたダメージを与えられないのだった。


 これでは倒すのにも時間がかかる――()()()()()


「ふんっ」


 すれ違いざまに、剣で骸骨のあばらを叩いた。


 今度は気を付けていたので、体勢を崩すことはない。


 ただ、代わりに力が足りなさすぎた。


 敵が反撃に移るまでの時間が短い。

 反省しながら、大きく避ける。


 頃合いを見計らって、今度は頭蓋を横からごつんと殴る。


 いまのはよかった。

 大きくよろけたスケルトンから離れつつ、内心で拳を握った。


 威力が足りない?


 かまわない。

 足りないならそのぶん殴ればいいだけのことだし、逆に言えば、()()()()()()()ということでもある。


「りゃあ!」


 カミコから迷宮の魔物の話を聞いて、しっかりと考えたうえで、グレイは初戦の相手にスケルトンを選んだ。


 自分より十分に動きが遅く、それでいて十分に頑丈。

 言うなれば『動くカカシ』は――戦闘経験を得るために丁度いい。


 もちろん、それは危険がないという話ではない。


 避けることに失敗して一発喰らえば、耐久力のない未熟なホムンクルスの体は簡単にひしゃげるだろう。


 これくらいならいくらでも避けられるとはいえ、死の恐怖で身がすくむようなことがあれば話は別だ。


 当たれば肉はひしゃげて、骨はへし折れる。


 苦しいだろう。死ぬかもしれない。

 そう思えば、死への恐怖で体は動かなくなる。


 ……普通であれば。


 だが、自分に限っては、それは考えなくていいことだった。


 なぜなら、慣れている。


 生前から、死とは背中合わせにあるものだった。


 まったくの自然体でい続けることができるのは、そういうことだ。


 むしろ、こうした精神性こそが、二階紋である事実より大きな武器だったかもしれない。


 避けては剣を振るう。

 自分と相手を観察する。


 わからないことは多い。


 どう剣を振ったら、どんなふうに体が流れるのか。

 どれだけ力を込めれば、どれだけの反動があるのか。

 どこにどう当てたら、敵はどのように体勢を崩すのか。


 もちろん、きちんと理解するのは無理だ。


 こういうことは、習うより慣れろだともいう。


 だから、慣れる。

 そのための戦闘だ。


 もちろん、無傷とはいかない。

 直撃は避けているが、かすりはする。


 これだけ速度に差があるのに当たってしまうのはちょっと情けないが……。

 得意分野ではないので仕方ない。


「……む、ぐっ」


 かすっただけでも肉をえぐられた。


 それくらいに敵の攻撃力は高いし、こちらの防御力は脆弱だった。


「ぐ……ぬ」


 かなり痛い。

 とっさのことに、動きが悪くなってしまっても仕方ないところだろう。


 けれど、これもまた得意分野だった。


 病床で身を蝕む痛みは、この程度ではなかったから。


 十分に我慢できた。

 むしろ、危機感が普段より痛みに対する耐性を上げてくれているくらいだった。


 痛みさえ我慢ができるなら、あとは強化された自然治癒力の出番だ。


 身体能力強化のなかでは、二番目に得意なのが自然治癒力の強化なので、二階紋の力はかなりの速度で傷を治してくれる。


 スケルトンにしてみれば、自分はかなり相性の悪い相手に違いない。


 そうこうするうちにも、ちょっとずつでも骨の体に破損は積み重なっていく。


 けれど、できれば壊れるのは少し待ってほしい。

 まだ学ぶことは多いから。


 少し動きの悪くなってきたスケルトンに、始めたときよりも少し慣れた動きで、グレイは剣を打ち付けた。


   ***


「これで……終わり!」


 ぶん殴る一撃が、見事にスケルトンの頭を砕いた。


 都合50回ほどは殴っただろうか。

 頭蓋骨を潰すと動きはとまり、石の床に骨が散らばった。


「4体目撃破っと」


 確かな手ごたえに口もとがほころぶ。

 都合の良い相手を探して迷宮をさまようこと、数時間。


 4回の戦闘はすべてスケルトンとのもので、戦いにも慣れてきた感があった。


「でも、さすがに疲れてきたな」


 魔力は体力も向上させてくれるし、こまめに休憩はとってはいたが、油断は大敵だ。


 基本的に『まだできる』は『もう危ない』だ。

 カミコもくどくど言っていた……ちょっと心配性なのではあの邪神、と思ったのはここだけの話だ。


 ともあれ、そろそろ帰るべきだろう。


 そう判断して、スケルトンが崩れた場所に歩み寄った。


 手を伸ばし、掴み上げる。


 頭蓋骨に生えていた角だった。

 質感が変わって、石のようになっている。


 拾って、帰路についた。


 道中、今日一日の成果を思い出す。


「……悪くない、な」


 うん。悪くない。

 なかなかうまくやったのではないだろうか。


 改善点があるとすれば、魔物との遭遇率だ。


 精霊に先導してもらって、目的以外の敵を避けながら移動しているだけに、どうしても遭遇数が稼げない。

 すぐにどうこうはできないが、念頭には置いておくべきだろう。


 とはいっても、現時点では高望みしても仕方ない。


 貧弱なホムンクルスの体に生まれ変わってしまったにしては、よくやれているほうだろう。


「ご機嫌だね、グレイ」


 迷宮の通路から部屋に入ったところで、声をかけられた。


 封印の部屋の祭壇。

 契約を交わしたカミコの、からかうような笑みがあった。


「なんの話だ?」

「笑ってるよ」

「……おれが?」


 自覚はなかったので、少し驚いた。


 いや。しかし、考えてみれば、少しくらい気持ちが浮足立つのも当然のことかもしれない。


 腰に下げた袋のなかにある4本の角。

 それを手に入れた戦いと勝利。


 生前も含めて『なにかを成し遂げた』のは、これが初めてのことだから。


 指摘されてそう気付いて、グレイは今度こそ自覚的に笑った。


 さて。

 折角だし、ここは最後まできっちりとやり遂げるべきだろうか。


「ただいま、カミコ」

「おかえり、グレイ」



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