42. 門の先に広がる世界へ
(注意)本日2回目の投稿です。(2/8)
42
女神を奉じる無貌の水人形は、剣を槍を鬼の体に叩きつけては散っていく。
岸壁に寄せては返す波濤のように。
硬く高い壁を壊せと押し寄せる。
「グ、オオォオ……!」
封印の鬼の強靱な体が傷付いていく。
動きがにぶる。
もちろん、これもいつまでも続かない。
神域の維持にはコストがかかる。
この点は格上の鬼に分があった。
よって、現在の有利を逃せば勝利はない。
そう判断したカミコは、槍をかかげた。
「力を貸して、みんな!」
掲げた槍の穂先に、これまで水人形を構成していた水流が集まっていく。
彼女の神器の力は、かつて彼女を慕った人々をひとたび呼び戻す。
そうして集った信望は、彼女に返ってきて力となる。
これが彼女の世界のカタチ。
不完全なうえに壊れているとはいえ、その本質は変わらない。
四階紋では本来ありえないほどの力が、槍の穂先に集まった。
これなら通る。
「はあぁあああああ!」
すべてを賭けた突撃。
気合とともに強く踏み出そうとする――その瞬間だった。
「ォ、オオオ……!」
封印の鬼が咆哮し、カミコは目を見開いた。
「しま……っ!?」
すさまじい反応速度で、鬼が攻撃を避けようと動いたのだ。
この一撃さえ回避すれば勝てるのだと、そう判断したのなら正しい。
だからこそ……そうはさせない。
「逃がすか……!」
「グ、オォオ!?」
鬼が驚愕の声をあげた。
グレイが、鬼を封じる鎖に力を注ぎ込んだからだ。
「おぉおお!」
無理矢理に、鬼をその場に繋ぎ止める。
限界を超えた力の応酬に、ひび割れた金属輪の破片がこぼれ落ちる。
だが、いまだけもてばいい。
生きるために。
本当の意味で、生きるために。
死を振るい、生を掴め。
限界のその先を、捻り出せ。
「あぁあああああッ!」
その瞬間、死の世界につながる空間の穴から黒い炎が噴き出した。
それは、生ある者が決して触れてはならないおぞましい炎。
炎は瞬く間に6本の鎖を駆け巡って力を与え、強く鬼の体を縛りつける。
同時に肉体を侵して、抵抗する力さえ奪った。
「ォ、オォオオオッ!?」
苦鳴をあげて鬼は動きをとめ――そこに、カミコが踏み込んだ。
「やあぁあああああ!」
収斂する水流とともに、三つ叉の槍が鬼の胸に叩き込まれる。
その穂先が、背中に突き抜けた。
***
災厄の鬼の断末魔の悲鳴が迷宮に響いた。
強壮だったその体が、ついに倒れる。
その巨躯はあっという間に干からびて、崩れ始めた。
普通の魔物は肉体が崩れるようなことはないのだが、邪神の封印のための存在は成り立ちが違ったのかもしれない。
それは危機が去ったということでもあった。
ぎりぎりのところで維持していた神域が解除される。
死を与える鎖がまず消えて、足下をひたしていた水が通路からひいた。
「う……」
途端にグレイはめまいを覚えて、通路に大の字に倒れた。
限界だったのだ。
神器を砕かれかけた反動で肉体は傷付いているし、魔力もすっからかんだ。
胸を震わせていた衝動は去って、左腕の紋章も輝きを失っている。
カミコを助けたことで、激烈な渇望がなくなったからだろう。
体に熱はなくなっていた。
「……」
天井を見上げる自分のなかは空っぽだった。
生きている実感は、いまは遠い。
けれど……これでいいのだ。
いまはまだ。
必要なものはこれから見付けていけばいい。
大事な彼女たちと一緒に。
「グレイ」
「お兄様」
冷えた両手を、ふたりの少女が握る。
そこに確かな熱を感じて、グレイは口もとをゆるめたのだった。
***
「ここが……迷宮の出入り口か」
グレイは目の前にある門をまじまじと見つめた。
封印の鬼をくだしたあとも大変だったのだ。
疲れた体でひぃひぃ言いながら魔物を倒して迷宮を進み、ようやく第一層を踏破していた。
迷宮の出入り口は石造りの門で、不思議なことに、扉もついていないのに向こう側が見えない。
ここに飛び込むと外に出られるらしい。
ちょっと不安だ。
と、そんな心境を見透かしたかのように、カミコが口を開いた。
「見慣れないと異様にも見えるかもね。迷宮は、言ってしまえば異界だから。その門は、ある種の転移魔法になってるんだ」
「なるほど」
「……大丈夫?」
カミコが心配そうに訊いてくるので、むっとグレイは眉を寄せた。
「大丈夫に決まってるだろ。さすがにそこまではびびってない」
「いや、そっちじゃなくてさ」
「ん?」
「わたしは……騒動のタネになるかもだから」
ぽそぽそと力なく言う。
黄金の瞳が、うかがうようにこちらを見つめていた。
「わたしは邪神。封印は解けた。確かに迷宮を出ることはできるけど、一方で、封印の鬼を倒したことはこの迷宮の主である神柱にも知られたと思う」
契約者を作り、こっそりと拘束をゆるめるくらいなら気付かれない。
だが、拘束自体を壊してしまえば、そうはいかない。
「わたしは、ここに残ったほうが……」
「それ以上はなしだ、カミコ」
言いかけた途中で、グレイはその言葉をとめた。
論外だったからだ。
「それじゃ今度こそ、カミコが滅ぼされてしまうかもだろ」
ちょっと呆れつつ、この優しい邪神に言ってやる。
「というか、それでいいなら、俺は封印の鬼のとこまで戻ってないし」
「あう……」
「くだらないことは言いっこなしだ」
グレイは手を差し出した。
求めるものが、そこにあったから。
「一緒に行こう、カミコ。俺、まだなにもしたいことがないけどさ。ふたりと一緒だったら、なにかが見付けられる気がするんだ」
「グレイ……」
カミコはとまどいの声をあげた。
――そこには、グレイの知らない逡巡があった。
カミコは彼よりこの世界をよく知っている。
だから、状況もより理解している。
自分を助けるための一時的なものとはいえ、グレイは確かに神域に至った。
四階紋に到達したのだ。
いずれは、この世界で特別な意味を持つ『勇者』たる五階紋に到達する可能性すら考えられる。
だが、それは通常の神と契約した者の話だ。
邪神と契約して五階紋に至った者は、別の呼び方をされる。
すなわち、『魔王』と。
いうなれば、いまのグレイは『魔王の卵』とでもいうべき存在だ。
将来的には、冗談抜きに世界を左右する存在になりかねない。
無論、大きな力には反動がある。
知られずにいればいいが、知られた場合は彼を排除するような動きも生まれるかもしれない。
なにがあるかわからない彼と一緒にいることで、少しでも力になったほうがいいのか。
しかし、むしろ自分こそが騒動のタネになるかもしれない。
どちらが正しいのかは……未来になってみないとわからない。
天秤の傾きは釣り合ったまま。
だから、結局のところ、ここで大事なのは自分自身がどうしたいかということで……。
「……うん」
カミコは差し出された手に応じる。
一緒にいるべきかどうかではなく、一緒にいたいのだと願って。
そこにあるのは、一見頼りない細い手だ。
自分を助けてくれた彼の手だった。
知らず少し頬を染めて、ぎゅっと握りしめる。
なによりも大事なものを掴み取るように。
「わたしを一緒に、連れていって」
「ああ。ずっと一緒だ」
かつて迷宮を脱出するために協力することを約束したふたりは、いまここに再びの約束を交わす。
これが長い約束になることは、神ですらまだ知るよしはなく――。
「それじゃあ、行くぞ」
少年が言い、3人は揃って歩き出した。
「この門をくぐればいいんだよな」
「う、うん。それで、大丈夫」
「カミコ様? お顔が赤い、です?」
「なっ、なななな、なにを言ってるのかな!」
「おい、カミコ。体調が悪いなら言ってくれよ」
「お兄様の言う通り、です。激戦でしたから」
「一切他意なく心配してくるのがもう、この天然ふたりは!」
わいわいと言い合いながら、門をくぐる。
その先に広がる世界が、未来が、彼らを待っている。
◆ここまで読んでくださってありがとうございました。
楽しんでいただけた方、続きが気になる方などいらっしゃいましたら、
評価、ブックマーク、感想をよろしくお願いします!




