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33. 異常事態

   33



「これは……」


 そうつぶやいたカミコの声には、緊迫の色があった。


 休憩中でも、最低限の警戒は解いていない。

 次の瞬間には、グレイは錆びた剣を手に立ち上がっていた。


 だが、なにか起こったことはわかっても、なにが起こったかまではまだわからない。


 戦闘に特化しているぶん、感知能力はあまり高くないのだ。

 だからこそ、感知能力に頼る必要がないように常に先手を打って索敵を出して、安全圏を確保するようにしていた。


 このあたりの事情は、サクラも同じだ。

 彼女の索敵能力はあくまで、魂だけの存在である精霊の特性を斥候として活かしたもので、通常時の感知能力が高いわけではない。


 一方で、オールラウンダーのカミコは違う。


 サクラが確認した安全圏に侵入した危険を敏感に察知して、対処しようとした。


「グレイ! いますぐにあっちのほうに……」


 しかし、口にしかけた言葉は、最後まで続かない。


 次の瞬間、なにを感じ取ったのか、カミコの顔から血の気がひいた。


「ああ……そんなまさか」


 うめき声をあげて、彼女は硬直してしまう。

 黄金の瞳は混乱に揺れて、表情豊かな顔が狼狽で引きつっていた。


 そんな彼女の姿を見て――逆に、グレイは自分がひどく冷静になるのを感じた。


 あのカミコがここまで追い詰められているのだ。


 自分たちにいま、深刻な危機が迫っていることは間違いない。

 だったら、やるべきことは決まっていた。


 グレイは視線を巡らせた。


 まずは、なにがそこまでカミコを追い詰めているのかを把握しなければいけない。


「あれは……魔物か」


 四つ辻の通路のひとつ。


 こちらに向かってくる魔物の姿があった。

 それも、1体ではない。


 全部で4体だ。


 こちらより数が多い。

 普段なら戦いを避ける数だった。


 もっとも、それはあくまで安全マージンを確保するための対応だ。


 言い換えれば、これくらいならなんとかなる。

 危険はあるものの、勝利の目は十分にあるのだ。


 最悪、逃亡してしまえばいいだけの話だ。

 そのために、選択肢の多い四つ辻を選んだのだから。


 ただ、それは当然、カミコも最初に考えたはずだった。


 にもかかわらず、ああも動揺していたのは……それができない理由があるということになる。


「……なるほど。他もか」


 四つ辻に通じるすべての通路に、魔物が姿を現していた。


 これでは逃げられない。

 カミコが狼狽するのも無理なかった。


 なんて運のなさ。


 サクラの索敵しかり、四つ辻の場所取りしかり、きちんと備えはしていたのだが、あまりにも想定外の事態過ぎて、これでは効果が望めない。


 ……いや、これは本当に運が悪かっただけのことだろうか?


 ふと、脳裏に疑問がよぎった。


 確かに、第一層には『ふたつ角』がうろうろしている。


 しかし、それにしたって、示し合わせたように押し寄せてくるようなことは、まず考えられない。

 ありえない、と言ってもいい。


 以前に第三層でスケルトン・ナイトに遭遇したのが、道を歩いていたらトラックが突っ込んできたようなものだとしたら、これは同時に四方からトラックが押し寄せてきたにも等しい。


 そんな偶然あるものだろうか。


 なにか原因があると考えたほうが自然だが……。


「考えている暇はないか」


 見据えて低くつぶやいたところで、カミコが声をあげた。


「グ、グレイ?」


 とまどっている様子だった。

 ひょっとすると、落ち着き払った自分の姿が異様に見えたのかもしれない。


 だが、気にかけている余裕はなかった。


 とにかく、この場にいては全方位から攻撃を受けるだけだ。

 それではもたない。


 乱戦になった時点で、カミコはともかく自分たちは命がない。


 かといって、闇雲な行動は死を招く。


 死ぬわけにはいかない。

 生きるために、すべきことは――。


「こっちだ!」


 指示を出して、グレイはサクラを抱きかかえると、通路のひとつに飛び込んだ。


「わっ、ちょっと……!?」


 カミコも戸惑いを引きずりつつも、反射的にといった様子でついてくる。

 すぐに、なにかに気付いた様子を見せた。


「こっちは……まさか、グレイ」


 選択した通路は、当然、闇雲に選んだものではなかった。


 向かう先には、人型の魔物の姿がひとつきり。

 四方向に複数現れた魔物のうち、ここだけは魔物の数が1体だったのだ。


 カミコの戦闘能力は高い。

 1体の『ふたつ角』を相手にするだけなら、短時間で戦闘を終わらせることは不可能ではない。


 足をとめさえしなければ、そのまま逃亡につなげることもできる、のだが――


「だめ、グレイ!」


 そのカミコが悲鳴をあげた。


「こいつは『ふたつ角』じゃない!」


 そう。

 そもそも、『ふたつ角』が1体だけで現れたのなら、カミコがああもうろたえることはなかったのだ。


 彼女は即座に正しい選択をし、活路を開いたことだろう。


 そうできなかったのは、ここにいたのが彼女であっても容易には突破できない相手だったからだ。


 行く手に立ち塞がるのは、この迷宮では珍しく肉を持った人型の魔物。

 そのひたいには――()()()()が屹立していた。


「『みつ角』の魔物……不死兵(アタナトイ)!」


 カミコの口から戦慄の声がもれた。


 アタナトイ。

 それが、自分たちにとっての絶望の名前らしかった。


 この迷宮において最難関である第一層でさえ、ほとんど『みつ角』の魔物は存在しない。

 ここまでくると、状況はもはや悪夢じみていた。


 たとえカミコであっても瞬殺はできない。

 足をとめてやり合った時点で、うしろから追いつかれて乱戦になってしまう。


 そうなれば、終わりだ。


「グレイ! 待って!」


 必死な形相でカミコが呼びかけてくる。


 選択を失敗したのだ。

 そう、彼女は思ったに違いなかった。


「いまからでも別の……」

「駄目だ!」


 遮って、グレイは叫んだ。


「全部わかってる! だけど、これしかないんだ!」


 この通路を選んだのは、闇雲な判断ではなかった。


 これしかないと思ったから動いたのだ。

 全員が生き残る方策はある。


 グレイは足をとめて、抱えていたサクラを降ろした。

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