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27. 不意の遭遇

   27



 しばらく石碑の部屋にかかりきりで、とまっていた迷宮第二層の攻略を再開する。


 石碑の部屋を越えて、その先へ。

 いよいよカミコの――封印された邪神の影響力が少なくなり、迷宮を創った神の力が強くなる。


 それはつまり、迷宮が本来の力を発揮しつつあるということであり、魔物も『ふたつ角』の下位クラスに遭遇するようになった。


「来るぞ、サクラ!」


 グレイは指示を叫んで地面を蹴った。


 向かう先にいる、宙に浮かぶ空っぽのローブ――マジシャンズ・レイスが魔力を励起させた。


 燃え盛る火炎が生み出される。

 この魔物は、攻撃魔法の使い手なのだ。


 下位ではあるが『ふたつ角』。

 その位階に相応しく操る魔法は上級魔法――業火が3本の矢のかたちを得て、射出される。


 速度がある上に、火勢もすさまじい。

 常人が直撃すれば、たちどころに全身が燃え上がって即死するほどだ。


 そして、魔法攻撃は、前衛を務めるグレイが喰いとめるには苦手な攻撃だった。


 そもそも、軽装備で耐久力のない遊撃向きのグレイが、後衛を守るのには多少の無理があるのだ。

 概して重い魔法攻撃は、尚更のこと、持ちこたえるのが難しい。


 加えて、マジシャンズ・レイスは魔法攻撃に対する抵抗力も高いため、こちらの決め手であるサクラの魔法の効果が薄い。


 これまでの連携は通用しない。


 よって、新しい戦術が必要だった。


「防御頼んだ!」


 言って、グレイは火炎の矢に正面から突っ込んだ。

 まともに喰らえば、強化された肉体でも大きなダメージはまぬがれないだろう。


 しかし、その心配はない。


「はい。お兄様。――『守りの手』いきます」


 サクラの輝く魔法の風が、防御に回されたからだ。


 巻き起こる風に含まれた防御の概念が、魔法の火矢の威力を減衰させる。

 それでも大火傷を喰らいかねない火勢が撒き散らされるが、さらにグレイ自身、魔法抵抗力に魔力を回して振り払った。


 このあたりは、まだ制御が甘かった頃のサクラの魔法に巻き込まれかけては抵抗してきた実地の経験が生きている。


 加えて、グレイがまとうマントは製作者であるカミコの魔法によって、防御的概念を付加されていた。


 結果、ダメージなしに火矢の雨を切り抜けることに成功する。


 次は、こちらの番だ。

 宙を舞うローブが状況に気付いて退避しようとするが、遅い。


「逃がすか!」


 グレイが振りかぶった手のなかで、駆動させた魔力が形を成した。


 そこに現れたのは、ひと振りの剣だった。

 カミコいわく、四階紋の証たる『神器創成』にいたるまでの第一歩――具現化の魔法の戦闘利用だ。


「りゃあぁあ!」


 空っぽの掌が柄の感触を得ると同時に、投擲した。


 退避しようとしたマジシャンズ・レイスを貫く。


 サクラに渡した髪飾りのような小物ならともかく、このサイズのものを永久固定することにはまだ成功していない。

 具現化は一時的なものであり、おまけに強度と引き換えに持続時間を短くしているので、剣はすぐにかたちを失う。


 だが、敵の動きをとめるにはこれで十分だ。


「おおおおっ!」


 飛び掛かったグレイは、錆びた剣を縦横に振るって追撃をかける。


 魔法に特化しているぶん、マジシャンズ・レイスは近接戦にもろい。


 ローブが引き裂かれて宙を舞い、その首回りに生えていた2本の角が魔石となって地面に転がった。


「お兄様、次が……っ!」

「わかってる!」


 魔石を拾い上げて、即座に反転した。


 急ぎはするが、焦りはない。


 そこに、髑髏を背負った大蜘蛛スカル・スパイダーが飛び込んできた。


 中型犬ほどの大きさのスカル・スパイダーは、瞬発力に優れている。

 瞬間的にはグレイよりも速い。

 一度はサクラが攻撃を仕掛けられかけて、ヒヤリとしたこともあるほどだ。


 ただ、こちらも対処は確立されている。


 重要なのは、速度を最大限にまで上げることだ。


「させるかよ……!」


 魔力を速度に回して、グレイは大蜘蛛にぎりぎり追いすがる。

 飛びかかってくる軽い体を剣で牽制し、あやういところを四つん這いに屈んで避けて、最短の反撃として蹴りを打ち付けて時間を稼ぐ。


 一方で、サクラは魔法の風を自身に作用させた。


「飛ぶ、です」


 巻き上がった風にふわりと小柄な体が浮かび上がり、敵から距離を取るように移動を開始した。


 魔法によって生み出した風に乗った移動法だった。


 グレイのように小回りは利かないが、速度はそれなりに出る。

 運動オンチと言っていいサクラだが、これなら戦闘の速度についていけるのだ。


 そうして、うまいことグレイが足どめをしているうちに、サクラは敵から改めて距離を取ることに成功した。


「薙ぎ払う、です」


 スカル・スパイダーは速度がある反面、攻撃力や防御力はそれほどでもない。

 よって、グレイが速度重視で魔力を運用しても対抗できるし、もともと威力のある魔法攻撃であればある程度拡散していても通用する。


「せーの!」


 グレイが大きく敵を弾いて後退したタイミングを見計らい、気合いを込めて放たれたサクラの『翡翠の腕』が、広域を薙ぎ払った。


 拡散しているので威力はそこそこだが、スカル・スパイダー相手には十分だ。

 蜘蛛の脚から破滅的な音がして、動きがにぶる。


 そこに即座にグレイが肉薄して、錆びた剣を叩きつけた。


   ***


 敵を撃破して、グレイはサクラとともに迷宮を進む。


 現状、ふたりの連携は第二層の敵との戦いにも対応しており、『ふたつ角』の下位なら連戦も可能、中位であってもほぼ封殺できる。


 たまにいる『ふたつ角』中位を含んだ2体以上の敵となると荷が重いが、精霊としてのサクラの索敵能力は第二層でも有用だ。

 遭遇する『ふたつ角』を、倒せると判断したときには交戦し、危険があると判断したときにはやり過ごして、第二層の構造を把握していく。


 幽体離脱状態のサクラを背負いながらの探索にも慣れたものだ。


 グレイは古い砦のような通路を進み、その場所に辿り着いた。


「階段だな」


 ついにというべきだろうか。


 迷宮に現れたこの階段は、第一層につながっているのだった。。


 あと一層分。

 そこを越えれば、危険なこの迷宮から外界に出ることができるわけだった。


 もっとも、そのためには最も危険な第一層をくぐり抜けなければいけないわけだが。


「行きます、か?」

「いや」


 サクラの問いかけに、グレイは首を横に振った。


「今日はここまでにしておこう」


 辿り着いたその日に、というのは性急だろう。


 焦る必要はない。

 どちらにせよ、近日中には挑むことになるのだ。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()


「今日は戻ろう」

「はい」


 呼びかけると、素直にサクラは頷いた。


 今日の探索はここまで。


 そのつもりだった、のだが……。


 ふたりで帰路につこうした、そのときだった。

 ぴくりとグレイは動きをとめた。


「……これはッ!?」


 次の瞬間、ばっと振り返る。


 そこには、背を向けたばかりの階段があって。


「……サクラ!」


 背筋が粟立つのを感じながら、グレイはその場を飛び退った。


 咄嗟に脇に抱えたサクラが「むぎゅっ」と声をあげるが、気をかける余裕はない。


「くっ」


 息を呑みつつ階段を睨み付ける。


 なにか来る。

 階段の上からだった。


 層間の魔物の移動は珍しい。


 第一層の魔物が第二層に下りてくることはあまりない。

 だが、まったくないわけではない。


 迷宮ではなにがあるかわからない。


 以前のスケルトン・ナイトとの遭遇のときのように。


 まだ第二層にいるのに、第一層の『ふたつ角』の上位クラスとやりあうことになる可能性もないわけではないのだ。


「……」


 最悪の可能性も想定して、グレイは警戒をみなぎらせる。


 しかし、結論から言えば、そうする必要はなかった。


 察してから数秒後に、足音が響いたのだ。


 靴音、だった。


「まさか……」


 迷宮ではなにがあるかわからない――それは、こういうケースだってありえるのだと。


 思わずグレイは自分の目を疑った。


 それくらいに、想定していなかった出来事だった。


 階段を下りてきたのは、どこからどう見ても魔物ではなかったのだ。


「あれま。こんなとこで、ご同業に出会うとは」


 現れた青年が、あけすけな驚きの声をあげた。


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