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26. 血文字

   26



 グレイはひとつ勘違いをしていた。


 4面のうち、すでに3面を見た壁画。

 次は、最後の4面目だと思っていた。


 この場面、もうひとつの可能性があることに気付かなかったのだ。


 それは――これら壁画を()()()()()()()()()()()()()()可能性だ。


 そうすると、最後に目にする次の絵は、実は始まりの1面目ということになり――


「これは……」


 そこに描かれていたものは、戦争の経緯を描いた壁画の1面目。

 戦争が起こる前の光景だった。


 壁面は中央で境界線が引かれており、ふたつに分かたれている。


 境界線で分かたれたそれぞれの領域で、人々は『描かれ方が違う者』――もう神様と断定してもいいだろう――を奉じながら日常を送っている。


 そんな美しい壁画だ。


 その一方には、もちろん、カミコと思われる人物も描かれていた。


 不幸な戦いが始まる前の、穏やかな日々。

 それはいい。


 問題は、その上から乱暴に描かれていた()()()()()()()()()だった。




 ――……()()()()


 それは、怨嗟。

 ひとりの女神に向けられた呪詛。


 ――呪われろ 呪われろ 呪われろ 呪われろ


 偏執的なまでに繰り返される呪いの文句。


 ――呪われろ 呪われろ 呪われろ 呪われろ 呪われろ 呪われろ 呪われろ 呪われろ 呪われろ 呪われろ 呪われろ 呪われろ 呪われろ 呪われろ 呪われろ 呪われろ 呪われろ 呪われろ 呪われろ 呪われろ 呪われろ 呪われろ 呪われろ 呪われろ 呪われろ 


 ――親愛なる神に永久の呪いを

 ――我々はあなたを許さない




「……なんだ、これ」


 壁画に描かれたカミコのいるあたりを中心にして、呪いの文句は血文字で書き殴られていた。

 そこに込められた呪いの力か、血は描かれたときのまま赤々としていて、見ていると気分が悪くなる。


「どうして、こんな……」


 人の感情が押し寄せてくるかのように感じて、グレイはうめいた。

 生々しく、どす黒い。


 前世の病室のなかでも、転生してからの迷宮生活でも、このようなものに触れたことはなかった。


 ここにあるのは、ただただ憎しみだけだった。


 それだけで飽和して、あふれ返っていた。


 この壁画を描いた者の仕業……というわけではないだろう。

 もしもそうなら、最初から穏やかな日々など描く必要がないからだ。


 親愛なる神というフレーズから考えると、むしろこれはカミコの側の人間の仕業と考えるのが自然だった。


 しかし、なぜ?


 いったい、なにがあったのか。


 戦争に敗れた女神。

 封じられた邪神。


 カミコ。


「……くそっ」


 気分が悪い。


 どういうわけか、腹立たしくて仕方なかった。


 これは自分が生きるかどうかの問題ではない。

 どころか、自分のことでさえない。


 カミコのことなのに。


 それとも、カミコのことだから?


 ……わからない。


 これもまた、初めての気持ちだった。


 初めてのことが、なにもかも素晴らしいものとは限らない。

 そんな当たり前のことを、グレイは思い知っていた。


 息が荒くなり、気付かないうちに噛み締めていた奥歯がいやな音を立てる。


 まずいな、と頭のどこか冷静なところが囁いた。


「……落ち着け」


 明らかに、これは良い精神状態とは言えない。


 これは引きずってはいけないモノだ。

 生きるためには、邪魔な感情だ。


 そう考えれば、いつだって感情はすぐに抑えられる。


 ……そのはずなのに、今回ばかりはなかなかうまくいかなくて。


「お兄様」


 声をかけられて、はっとした。


「……サクラ」


 こちらをじっと見つめる色違いの綺麗な瞳。


 彼女の存在を忘れていた。


「大丈夫、ですか」


 放してしまった手を、今度はサクラのほうからつないできた。


 ふれた肌の、ひんやりとした少し低い少女の体温。

 そこに確かにある誰かの存在。


「……」


 それが、不可思議な鎮静作用でももたらしたのか。

 ある種の魔法でも受けたかのように、ようやく気持ちが落ち着いてきた。


「お兄様……」

「ありがとう。もう大丈夫だ」


 熱を吐き出すように深呼吸をしてから、グレイは感謝の言葉を口にした。


「……驚いた。そばに誰かがいてくれるっていうのは、ずいぶんと精神を安定させてくれるもんなんだな」

「安心できた、ですか?」

「ああ。今度からなにかあったときには、サクラを抱き締めるのがいいのかもしれない」


 というのは、冗談だけれど。


「ここで得られる情報はもうなさそうだな」


 そう結論付ける。

 ここで見たものは忘れてしまうのがよいだろう。


 これは、ふれていいものでは絶対にない。


「先に行き、ますか?」

「ああ。だけど、その前に……」


 グレイはなるべく平静を保つようにつとめながら、怨嗟にまみれた目前の壁画を睨み付けた。


「これ、サクラの魔法で破壊してくれ」


 いずれカミコがあの部屋を出られるようになったときに、こんなものを見せるわけにはいかない。


 なかったことにしてしまうのが、一番だ。


「俺たちはなにも見なかった。いいな」

「はい。お兄様。お望み通りに」


 断固とした口調で言うグレイの横顔を見つめて、サクラが頷く。


 彼らが去ったあとの部屋には、半ば崩れた石碑だけが残されていたのだった。


◆なにがあったのかは、物語が続いていけば明かされるかもしれません。

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