23. 拗ねる女神様
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今日も無事に探索が終わった。
十分な収穫を得ることができ、気分よく帰路につく。
「ただいま」
足取りも軽く、サクラと一緒にホームであるカミコの封印部屋に戻ってきた。
初めて足を踏み入れた当時と比べると、室内はずいぶんと物が増えている。
生活感が出てきた。
祭壇の前にはみんなで話し合いをするときに座るための敷物が広げられている。
以前にみんなで入った浴室は、壁際にそのまま置いてある。
最近、余裕のある魔石でカミコが導入したのがベッドで、3台がででんと並べられていた。
具現化の魔法で作り出したので、簡単に出したりひっこめたりでき、掃除の際には便利だというのはカミコの弁だ。
完全に自分たちの生活空間と化したこの部屋を割とカミコは気に入っているらしく、出払っている間はまめに掃除と補修をしているので、当初感じていた不気味さは最近はなくなっている。
邪神の封印された部屋的にこれはどうなの? という疑問は浮かばないでもないが……部屋の主がこれで満足しているのだからいいのだろう。
ともあれ。
そんな部屋の片隅に――なんか、まるい謎の生き物がいた。
「……」
サクラとふたりで無言。
まじまじと凝視する。
まるい、謎の、生き物。
見た目としては、お菓子のグミを想像すればわかりやすいだろう。
まるくて、ぷるぷるしていて、黒くて多分味はコーラかなにかっぽい。
ただ、グミではありえないほどに大きい。
縦より横のほうが少し大きいのに、高さがグレイの腹のあたりまである。
あれでは呑み込めない。
……この状況を、呑み込みたくないなあと思う。
しかし、そこでサクラがつぶやいたのだった。
「あ。カミコ様」
うん。
つまりは、そういうことだった。
「カミコ様、ただいま、戻りました」
サクラは微妙に危なっかしいふらふらとした足取りで部屋を横切る。
そして、まるい謎の生き物の弾力のある体をぽんぽんと軽く叩いた。
「まだ、拗ねてるん、ですか?」
「……ふーんだ」
まるいのが返事をした。
聞き慣れた声だった。
というか、カミコだった。
知らなかった。
神様は拗ねると、まるくなるのである。
これもまた、この異世界で初めて知った事実のひとつと言えるかもしれない。
……いや。これは違うな。
他の神様に言ったら、多分怒られるだろう。
呆れ半分で、グレイは声をかけた。
「いい加減、機嫌直せって」
「つーん」
と、口で言いながら、まるいのがそっぽを向いた。
「妹分兼ペットの子にはプレゼントあげるのにわたしにはくれないグレイなんて返事したげないもん」
「いや返事してるし。つーか、ペットはホントやめろ。サクラはサクラで首を傾げるな」
ちなみに、まるいカミコをぽよぽよしながら首を傾げているサクラの、髪をおさげに留める桜の花の髪飾りが、この事態の原因だった。
昨日、お祝いとして渡して帰ってきたあと、それを見付けたカミコが、ガーンとショックを受けたのだった。
わたしはプレゼントなんてもらったことないのに、と。
そうして、いまに至る。
「……そんなに、あれがほしかったのか?」
と、視線で髪飾りを示しつつグレイが言うと、パッとサクラが髪飾りを両手で隠すようにした。
表情は変わらないが、カミコを見る目だけがじわりと潤む。
「あげるのは、駄目、です」
「やややっ。取りあげたりはしないけどね!? それはサクラのだから! 泣かないで!」
「……よかった、です」
慌てた様子でぽよんぽよん跳ねるまるいのの言葉に、ほっとサクラは胸を撫で下ろす様子を見せた。
とはいえ、これでは状況は改善しない。
「わかった。同じのをカミコに作ればいいんだろう」
思い付いて、グレイは提案した。
サクラのものを取り上げるわけでもないし、これは良いアイデアではないだろうかと思ったのだ。
しかし、反応はかんばしくなかった。
「あー、グレイ。それは違う。違うんだよ。そういうことじゃないんだなあ」
「……それも、駄目、です」
少しだけ呆れたふうなカミコと、また涙目になるサクラだった。
よくわからない。
眉をひそめていると、ぽよぽよの球体からカミコの上半身がにょきっと飛び出してきた。
「いいかな、グレイ。こういうのは、自分のためにくれたものだから嬉しいんだよ」
「そんなもんか?」
「そんなもんなの」
もっともらしく言う。
どこか芝居がかった口調で、おどけたような仕草だった。
「……別のものを考えとく」
「よろしい」
偉そうにうなずいてみせて、そこでカミコはこらえきれなくなったように、ぷっと噴き出した。
実際のところ、こんなのはじゃれ合いのようなものだ。
拗ねてみせたのは本当だし、仲間はずれにされたようにも感じたのだろうが、本気で怒っているわけではない。
カミコは「よっと」とつぶやいて、再構成した下半身で地面を踏んだ。
くるりと回って体を確認するようにしてから、前かがみになってこちらの顔を覗き込んでくる。
「サクラには、その名前にふさわしいプレゼントだったんだから。わたしには、カミコって名前にふさわしいのを考えといてよね」
「無茶を言え」
ひたいをぞんざいに押しのければ、カミコは嬉しそうにクスクス笑いながら離れた。
尋ねてくる。
「それで? 帰ってきたときの様子を見る限り、探索はうまくいった感じ?」
「ああ。サクラがうまいことやってくれたよ」
「へえ。それはよかったじゃない」
カミコは両手をパンッと打ち鳴らして喜び、サクラを抱き寄せた。
「よくやったね」
「はい。がんばり、ました」
頭を撫でてやりつつ声をかけ、こちらにもねぎらいの笑顔を向けてきて――
「それじゃあ、ふたりはまた先に進めたわけだ」
「……え?」
その言葉に、グレイはなにを言ってるんだとばかりに疑問の声をあげたのだった。
「え? なんで、ここで疑問?」
「そういえば、言ってなかったっけ」
カミコにきょとんとした顔をされたことで気付いた。
「俺たちはあの部屋を突破してはいないよ」
「あ。そうなんだ? あれ? だけど、さっきはうまくいったって……?」
「突破できなかったってわけじゃないぞ」
やろうと思えば、できただろう。
ただ、最初から今日、突破するつもりはなかったというだけのことで。
「だって、もったいないだろ」
「は?」
今度はカミコが疑問の声をあげた。
「なにそれ」
どうやら理解できなかったらしい。
その疑問の答えは、彼女の腕のなかにいるサクラの口から端的に告げられる。
じゃらりと重く、50個もの魔石が入った袋を腰から取り出した彼女は、探索中のグレイのつぶやきをそのまま一言口にした。
「魔石たくさん、うまい……でした!」
◆まるい謎の生き物回。
ヒロインはマスコット属性を備えました。




