22. 石碑の部屋ふたたび
(注意)本日2回目の投稿です。(1/3)
22
「お兄様」
と、サクラが口を開いた。
「ここが、目的地、ですか」
興味を惹かれているのか、色違いの目がゆっくりと瞬く。
その先に、壁画の描かれた巨大な石碑が鎮座していた。
以前、足を踏み入れたものの撤退した祭室に、グレイはサクラをつれてやってきていたのだった。
サクラに昨日言った『次の段階』というのは、この部屋への再挑戦のことだった。
あの壁画が気になる……というのはあるのだが、これは迷宮からの脱出にも関わっている。
というのも、サクラとの連携を第二層の探索は少しずつ進めていたのだが、どうやらこの部屋を通らなければ先に進むことはできないようなのだ。
「前に精霊状態でついてきていたから見ていたと思うけど、この部屋に足を踏み入れると、石碑に刻まれた魔法で魔物が湧く。こいつをどうにかしないといけない」
「どうにか、できますか?」
尋ねたサクラが、服の裾を引いてきた。
彼女は表情が薄いが、決して感情がないわけではない。
どうやら不安を感じているらしい。
こちらを見上げる顔の眉間に、かすかにしわが寄っていることに気付いた。
普通なら気付けないほどの小さな表情の変化だ。
けれど、いまのグレイには気付けた。
だから、不安を拭えるように言葉をかけてやることもできる。
「もちろんだ。前とは違う。いまは、サクラがいてくれるからな」
単なる励ましではなく、本音の言葉だった。
サクラの顔から力が抜けた。
「はい。お兄様。一緒に、行きましょう」
***
この部屋の仕掛けは、邪神の契約者としてのグレイの戦い方と相性が悪い。
前に来たときには、現れたスケルトン・ソルジャーを倒したところで次が出てきてしまった。
倒すスピード自体は間に合っていたのだが、あれでは休みなしの連戦になってしまう。
自らの肉体をかえりみない邪神の使徒の戦い方は強力だが、回復のためのインターバルがなければ、ダメージが蓄積してしまう。
いずれは戦力にも影響を及ぼして、敵を撃破する時間がのびていき、間に合わなくなってしまうのは目に見えていた。
この部屋に挑むためには、肉体を壊すことなく一定の戦力を維持し続けることが必要なのだ。
これはグレイにとって非常に難しいことだった。
ピーキーな戦い方で高い戦闘力を維持しているぶん、そこを潰されると厳しいのだ。
相性というのは、そういうことだった。
とはいえ、そこはすでに問題ではなくなっている。
そのために、サクラとの連携を練ってきたのだった。
「行くぞ」
部屋に入ると、すぐに石碑の文字列に光が灯り、白い霧が生じ始めた。
部屋の入口で足をとめて、ふたり慎重に見定める。
「……スケルトン・ソルジャーだな」
「はい」
霧のなかから現れたのは、前に来たときと同じ魔物だった。
こちらに気付くや、骸骨の兵士は即座に骨の槍を片手に猛然と駆けてくる。
そこにグレイは、サクラの放った魔法とともに突っ込んだ。
「おおおっ!」
戦術は、ジャック・シャドーのときと同じだ。
スケルトン・ソルジャーをグレイは速度で足どめし、注意を引いて翻弄する。
骸骨の肩あたりを狙ったサクラの魔法は当たりこそしないものの、小柄なグレイの行動を阻害せず、敵だけに牙を剥く。
「喰らえ!」
グレイは敵の足を狙った。
腕が痛むギリギリの威力で剣を振るい、他より弱い関節を打ち付ける。
もともと、こちらのほうが速度はあり、いまは魔法による妨害がある。
それらの積み重ねが、大きな戦力差となって現れる。
執拗な攻撃に骨がひび割れ、体が支えきれなくなり、ついにスケルトン・ソルジャーは体勢を崩した。
上半身はノーダメージのため、まだ抵抗はできる。
自分だけしかいなければ、ここからさらに弱らせるのに時間がかかっただろう。
しかし、ここにはサクラがいる。
「潰し、ます」
足を失った骨の体に、輝く風の鉄槌が襲いかかる。
当たりさえすれば、威力はグレイの剣の比ではない。
移動力を失ったスケルトン・ソルジャーに回避のすべはなく、あえなく叩き潰された。
「まずは1体」
良いペースだ。
グレイは魔石を拾い、部屋を見回す。
数秒すると、次の霧が生まれ始めた。
「どう、しますか」
「待機だ」
指示を出して、グレイはあくまで入り口に陣取った。
駆け寄れば、確かに先制攻撃もできるかもしれない。
だが、しない。
今回は様子見と決めていた。
なにがあってもいいように、戦いはすぐに撤退できる部屋の入口付近で行うべきだ。
慎重過ぎるくらいでちょうどいい。
新たに現われたスケルトン・ソルジャーが駆けてきて、槍を突き出してくる。
応じて、錆びた剣を打ち付ける。
背後で戦っているサクラが魔法を発動する気配がある。
タイミングを合わせて髑髏の顎をかち上げてやれば、そこに放たれた魔法の風が直撃した。
「よし、入った!」
骨片を散らしながら勢いよく倒れた骸骨の体にすばやく襲いかかり、今度はグレイがとどめを刺した。
「これで2体目。サクラ、まだいけるか?」
「はいっ、お兄様」
返ってくる声。
他の誰かと、息を合わせるということ。
それは、サクラと一緒に戦い始めてから初めて知った経験だった。
息を合わせるためには、意図を読まなければいけない。
意図を読むためには、彼女のことを知らなければいけない。
あけすけに関わってくるカミコとは違って、サクラは受動的だ。
知るためには、自分から関わる必要があった。
戦いのなかで指示を出したり。
日常のなかでプレゼントを渡してみたり。
そうした日々の積み重ねで、少しずつ彼女を知っていく。
さっき、かすかな表情の変化に気付けたのも、きっと、そういうことだ。
「よし、次だ」
前回は危険と判断して撤退した場所だが、自分たちふたりであれば十分に戦える。
そう確信を得て、グレイは生み出される霧を見据えた。
◆ふたりで強くなっていく回。
サクラとの関係性も構築されつつあり、そのなかで主人公も得るところがあるようです。




