19. 魔法使いの試運転
(注意)本日3回目の投稿です。(1/1)
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「二階紋……?」
その事実を知らされたとき、グレイは困惑した。
「ちょっと待て。そもそも、サクラは神様と契約を交わしていないだろ」
「うん。だけど、紋章自体は神柱との契約なしでも発現しうる……というか、紋章と契約とは無関係だってことは知ってるよね」
カミコは立てた指を揺らしてみせた。
「紋章は力ある者の肉体に顕れる。存在を次のステージに進めることで、紋章は発現し、成長する。そこに神柱の契約は必須ではないし、逆に、神柱との契約によって得られるのはあくまで資格だけだ。極端な話、あまりに程度が低ければ契約を交わしたところで紋章は発現しないしね」
「……なるほど」
最初にカミコは契約者について『誰でもいいわけではない』と言っていた。
だが、いまの話を聞く限りだと『誰彼かまわず交わしても意味がない』というほうが正解なのかもしれない。
「サクラの場合は、自分自身が精霊と同一化した特殊個体だからね」
「神様もどきみたいなもんか」
「言い方はどうかと思うけど、そーゆーことだね。二階紋でもおかしくない」
「……ふむ。しかし、意外と二階紋スタートって珍しいものでもないんだな。俺もそうだし」
そうグレイが言うと、カミコがなぜかジト目になった。
「いや逆。それ逆だから。神様もどきと同じってのがおかしいだけだからね」
パタパタ手を振った彼女は、視線をサクラに向けた。
「話戻すけど。あの子は風の精霊だったから、人なんておよびもつかないほど風そのものに親しんでる。となると、あとは素体がどこまでそれに応えられるかなんだけど。さいわい、あの子は魔法に必要な知識は一通り流し込まれていたみたいなんだよね」
「え? だけど俺は……」
「うん。グレイも同じように知識を埋め込まれてたら、魔法を使えてたんだろうけど。このへんは個体差、というか、知識を埋め込まれたタイミングの違いだろうね」
基本、ホムンクルスは、生まれたときには必要な機能を備えている。
必要であれば、魔法も使えるように調整される。
これは、経験の代わりに知識を埋め込むというかたちで対処される。
生前に火を扱ったことのないグレイでも、知識さえ十分に流し込まれていれば、一般的な属性魔法を使えた可能性はあったのだ。
無論、実験失敗作はどれも知識が埋め込まれていないという可能性もあったのだが――サクラを見る限りそうではないらしい。
「……マジかよ。俺は知識なかったのに」
「あはは。へこまないへこまない」
グレイがひざをついて割と本気で落ち込んでいると、カミコは頭をなでてきた。
「ま。そういうわけだからさ。あの子の力、試す価値はあると思うよ」
***
というわけで、検証にきたわけだが、少なくともその威力には確かに目をみはるものがあった。
「おお。すごいな」
駆け寄る骸骨に風が吹き付ける。
たかが風と馬鹿にはできない。
強い風は建物をも破壊するのだから。
実際、2メートルもある骸骨の巨体がよろめいたのだ。
数秒はこらえたスケルトンだったが、ついには壁に叩き付けられた。
思った以上に、これはすごい。
検証は成功だと思われた。
こうなれば、あとは隙を突くだけ……。
「って、あれ?」
しかし、そこでグレイは気付いた。
ごうごうと通路を吹き抜ける風。
剛力のスケルトンをも壁に叩きつけるほどの。
こんなもの踏み込んだら――体を持っていかれてしまう!
「げっ。サクラ、風をとめろ! 近付けない!」
スケルトンが動けないのはいいのだが、追撃できなければそれ以上のダメージは望めない。
無駄に魔力を消耗するだけだ。
「はい、お兄様」
素直にサクラは魔法を解除した。
と同時に、スケルトンは体勢を整えていた。
改めて、こちらに向かってくる。
「あまり意味なかったな……」
「はい……」
壁に打ち付けられたダメージはゼロとは言わないが、たいしたことはなさそうだ。
もっとも、初手が通じなかったことには動揺しない。
そういうときのことも、事前にきちんと打ち合わせていたからだ。
「ここは任せろ。次だ」
「はい」
指示を飛ばしてから、グレイはスケルトンに立ち向かった。
そして、すぐに普段との勝手の違いを感じた。
「……やりづらいな」
あまり大きく回避ができない。
これまでは速度差にものを言わせて大きく距離を取ることができたのだが、いまはサクラがいる。
敵が標的を変更して彼女のほうに向かったときに、妨害できる距離を保たなければならなかった。
当たり前だが、邪神の契約者としての戦い方も封印だ。
あれは肉体の損傷を伴うので、継続的にサクラを守るのには向かない。
もっとも、だとしてもスケルトンくらいなら、通常戦闘で正面から打ち倒せるのだが。
ただ、今回はそれでは意味がない。
テストにならないからだ。
若干の制限がかかりつつも、グレイは錆びた剣を振るって速度でスケルトンを翻弄する。
時間稼ぎをしていると、声があがった。
「お兄様! 終わり、です!」
「よし。ちょっと待ってろ!」
次の魔法の準備ができたのだ。
ただ、乱戦に撃ち込まれてはたまらない。
タイミングを見計らって、骸骨のあばらに牽制の一撃を喰らわせた。
「いまだ!」
叫び、跳びすさる。
その直後に、風の弾丸が着弾した。
「おおっ」
あとずさったこちらにも、余波が吹き付けるほどの一撃だった。
喰らったスケルトンの骨の腕が砕けて、体がきりもみ吹き飛んだ。
「すごい威力だな……」
ちょっとびっくりしてしまった。
これが魔法。
先程は広範囲に吹きすさんだ風を一点に集中させれば、これくらいにはなるのか。
「しかし、惜しいな」
スケルトンは倒し切れていなかった。
かなり効きはしたようだが、ひびの入った体でガクガクと立ち上がろうとしていた。
攻撃の精度が甘かったのだ。
あと一発撃ち込めば倒せるだろうが。
とはいえ、検証はもういいだろう。
「終わらせるぞ」
グレイはサクラに声をかけてから、もろくなった骸骨の体に剣を振り下ろした。
***
検証は終わった。
となれば、次は考察だ。
「……なるほど。魔法込みの戦闘は、こんな感じになるのか」
ちゃんと魔石は回収しつつ、いまの戦闘を思い返す。
魔法を使った戦闘というものを、これまで自分はカミコのものしか見たことがなかった。
封印の部屋まで追いかけてきたスケルトン・ナイトを蹂躙したときのあれだ。
ただ、あれはあまりにも圧倒的過ぎた。
なんの参考にもならない。
だから、これが実際に魔法を戦闘で使ってみた最初の経験といえた。
考えるべきことは多い。
と、不意に服のすそを引かれた。
「お兄様」
サクラだった。
さっきは浮かれていたし、あれだけついてきたいと言った迷宮での初めての戦闘だったのだから、さぞかし興奮しているかと思えば、なぜか雰囲気は暗かった。
「どうした?」
「申し訳、ありません」
口から出たのは謝罪の言葉だった。
無表情ながら視線は落ちて、明らかに落ち込んでいる。
「お役に、立てません、でした」
「うん?」
「お兄様ひとり、より、時間、かかりました」
言われたことを理解するのに一拍かかった。
「……ああ」
少し行き違いがあるようだった。
「なにを言ってるんだ。今回の検証は成功だぞ」
確かに時間はかかった。
けれど、そんなことはどうでもいいことだった。
「……え?」
サクラが顔を上げた。
驚いている、のだろうか。
微妙に目を見開いているような気もする。
が、よくわからない。
もっと接していればわかるようになるのかもしれない。
彼女は問いかけてきた。
「……成功、ですか?」
「もちろん、問題点はあるけどな。というか、問題点だらけだ。いろいろと改善しなくちゃいけないし、経験を積む必要もある。サクラだけじゃなくて、俺もだな。ただ、駄目ってことはない。そうわかった。だから、成功だ」
いまでこそ、それなりに戦えているが、自分だって最初の戦闘は不格好なものだった。
いきなり、同じレベルで戦えるなんて考えていない。
というか、戦えたらショックだ。
ただでさえ、自分だけ属性魔法が使えないのでへこんでいるというのに……いや、それはいいとして。
今回の検証で重要なのは、戦いにプラスになるかどうかではない。
プラスになりうるかどうか。
重要なのは可能性の部分だった。
結論としては、今回の検証でそこのところは見ることができた、と思う。
そして、それはなにもサクラだけの話ではない。
「俺もまだまだ、だからなあ……」
問題点。
生きのびるために、解決しなければいけないこと。
逆に言えば、まだそれは伸びる余地があるということでもある。
できることがあるというのは、悪くない。
少なくとも、病床で身動きすらできないときに比べれば、ずっと。
「一緒にがんばろう」
なにより、こんなこという相手もいなければ、応えてもらえることだってなかったから。
「はい。がんばり、ます」
「よし」
こういうやりとりは、ちょっと嬉しい。
◆これまでも精霊形態ではついていっていたサクラですが、
今後は後衛ポジションとして主人公についていくことになりました。
まだまだ未熟ですが、今後の成長にご期待ください!




