18. ついていく精霊憑き
(注意)本日2回目の投稿です。(1/1)
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当然だが、一悶着あった。
探索に出ようとするグレイの前に立つのは、サクラだった。
ただでさえ細い体で、表情も薄くぼんやりした彼女だけに、立ちふさがるというには迫力不足だが、通さないぞという意図は明らかだ。
薄い唇が開かれた。
「ついて、いきます」
「無理だ」
「……ついて、きます」
「無理だって」
「ついて」
「諦めろ」
何度言われても同じだ。
グレイは頭を掻いた。
いくら言っても、白灰色と翡翠色の瞳は、揺らぐことなくじっと見つめてくる。
睨み合い、というには迫力に欠けるか。
サクラは例のごとくの気の抜けた無表情で、その割に強情だった。
「わたしは、お兄様に、ついて、いきます」
「……なんでだ」
尋ねても、満足な返答が得られないのはわかっている。
言葉が不自由な彼女は、理由をうまく説明できない。
ただ、こうも強情なのは不思議だった。
どうしてついてこようというのか。
理由はあるはずだが、それが自分にはわからない。
困っていると、意外なところから声があがった。
「いいんじゃないの」
「カミコ……」
その言葉は、感覚としては奇襲に等しかった。
抗議の視線を向けると、カミコは肩をすくめてみせた。
「ほら。サクラが毎日夜に頑張って歩く訓練してたの。このためだったんでしょ。もともと、肉体面ではグレイよりマシだったし、跳んだり跳ねたりも、もう人並みにはできるんだから」
「人並み程度じゃ足手まといだ。カミコもわかってるはずだろ」
即座に却下した。
人間以上の速度と膂力を持つスケルトン・ソルジャーと真っ向やりあっている現状、当然だが戦闘はすでに常人の領域にはないのだ。
「死ぬぞ」
これは脅しではなくて、単なる事実だった。
せっかく、助けた命なのだ。
失われるのは避けたい。
しかし、カミコから返ってきたのは予想外の言葉だった。
「それはどうかな」
「なに?」
とまどっていると、カミコは不敵な笑みを浮かべて言った。
「そのあたり、文字通り生かすも殺すもグレイ次第かもしれないよ?」
***
詳しい話を聞いたグレイは、結局、サクラを連れて迷宮に出ることになった。
情に流されたわけではない。
足手まといがいれば全滅さえしかねないわけで、生存に関わる事柄に関してゆずるような甘さはないのだ。
逆に言えば、サクラを連れてきたということ自体が、カミコの言い分に一理あると認めたということでもあった。
もっとも、検討は必要だ。
「いいか。あくまでこれは試験だ」
グレイはサクラに言い聞かせた。
「駄目そうだと思ったら、すぐに部屋に戻すからな」
「初めて、お兄様と一緒に外出です……!」
「聞けよ」
マイペースだな。
いや。というより、表情があまり変わらないのでわかりづらいが、どうやら浮かれているのか。
なんとなく、ぽわぽわと頭のあたりに花畑が見えるような空気があった。
大丈夫かこれ。
と、そんなこちらの懸念が伝わったのか、サクラは彼女なりに表情を引き締めた。
「やることは、やります」
「ならいいけど」
「あとは、よろしくです」
言った瞬間に、隣を歩いていたサクラがすっころんだ。
「おおおお!?」
顔面からいくところだったのを、ぎりぎりのところで気付いて抱きかかえる。
「……あ、危ねえ」
腕のなかの華奢な体は、完全に力が抜けていた。
魂が抜けているのだ。文字通りに。
「お、お前……」
少女の体から飛び出した緑の光が、すぅーっと通路の向こうに消えていった。
いつものように、索敵にいったのだ。
それ自体はありがたいことなのだが、行動が突発的過ぎて心臓に悪かった。
「……天然め」
もっとも、これは根本的にはサクラが悪いとも言えないのだが。
彼女の――彼女たちの成り立ちを考えれば、仕方のない部分がある。
精霊は肉の体を持っていないので、扱いにまったく慣れていない。
ホムンクルスの少女のほうは、単純になにもかも経験が足りていない。
そのため、いまのような唐突な行動を取ることが多々あった。
戦闘時のふるまいについては、カミコが仕込んだらしいので大丈夫そうだが、普段は目を光らせている必要がありそうだ。
しばらくすると、精霊サクラが帰ってきた。
グレイは幽体離脱した体のほうを背負って、緑色の光の先導に応じた。
肉体の強化魔法のおかげで、背負うのは苦ではない。
以前、鬼から逃げるときには引きずるしかなかったことを思い出すと、少し感慨深い。
「いた」
そうして辿り着いた先にいたのは、スケルトンだった。
普段ならこのまま殴り倒すのだが、今回は魔石回収が目的ではない。
「いけるな?」
「はい」
幽体離脱から戻ったサクラが背中で目を覚まして、耳元で応じた。
背中から彼女を降ろしてから、グレイは剣をかまえて通路を進んだ。
テスト開始だ。
「来るぞ」
まだ距離があるうちに、スケルトンがこちらに気付いた。
いつものように駆け出してくる。
だが、こちらに辿り着く前に、サクラが無造作に手を向けた。
その前腕に、紋章が輝き出す。
そこにあるものこそが、グレイに彼女の参戦を呑ませた理由のひとつ。
二階紋だった。
「とめます」
さらに、小さな体から魔力が広がると、世界に浸みわたった。
それは、魔素を介した意思の具現。
グレイがまだ持っていない戦闘手段。
迫りくるスケルトンへと、サクラは魔法を撃ち放った。




