16. お祝いと湯船
(注意)本日2回目の投稿です。(12/31)
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本日の成果。
目的だった第二層への到達に成功。
戦闘も可能だと確認できた。
あの小部屋については課題と言えるが、最初からなにも障害がないとは考えていない。
成果としては上々と言えるだろう。
……だから、そう。
おめでたい結果と言ってもいい、のだが……。
「第二層到達おめでとー!」
といっても、これはどうかと思うのだ。
普段より一段テンションの高い神様と、その隣でぱちぱちと無表情で手を叩く少女。
帰ってきたなりの出来事だった。
「なんだこれ」
と、グレイは尋ねた。
その前にあったのは――封印部屋の壁際に鎮座する『湯船』だった。
サイズは大きく、ひと家族くらいなら余裕で足を伸ばせるだろう。
ご丁寧に仕切り板で区切られて、入浴スペースまで作られていた。
いや、ほんと。
なんだこれ。
「第二層到達記念ということでね。ちょっとした贅沢をしてみました!」
胸を張ってカミコが言った。
これ以上ないくらいの、ドヤ顔だった。
「みんな、いつまでも体を拭くだけだと気持ち悪いかなと思って。魔石にも余裕が出てきたからね」
「ああ、そういう……」
状況を把握する。
まあ、渡したぶんはもうカミコのものだから、どう使ってもいいのだけれど。
必ずしも有用なことに使わなければいけないということはない。
ただ、てっきりカミコは自分のために使うだろうと考えていた。
みんなのために使うというのは想定外だったのだ。
プロポーションの良い胸に手を当てて、ふふんとカミコは自慢げに考えを口にした。
「いやぁ。前々から思っていたんだよね。この部屋には生活感が足りないって」
「生活感」
……ものすごいこと言い出したぞこいつ。
という視線にも気付かず、得意げにカミコは続けた。
「やっぱり人は人がましく過ごすべきだよ。精神の安定のためにもね。だから少しずつ、環境を変えていこうと思って。名付けて、マイホーム計画! 魔石に余裕もできてきたし、どんどん過ごしやすくしていくからね!」
「……」
まがりなりにも、ここは邪神が封印された部屋だ。
最近は慣れてきたが、初めて足を踏み入れたときには恐れおののいたほどだった。
生活感なんてものなくて当然。
あったらおかしい。
それが、マイホーム計画?
邪神が?
「……。まあ、カミコがそれでいいなら、いいと思うけど」
数秒考えてから、グレイはそう返した。
思考を放棄したとも言う。
今更といえば、今更だ。
うん。
「というか、この世界、風呂に入る習慣はあるんだな」
「地域にも拠るけどね。ほら、わたしは元・水を司る神格だから」
「ああ。それで……いや。これ納得できるか?」
「ふふふー。せっかくだし、みんなで入ろうね」
「え?」
なにを言っているんだと思ったが、カミコは本気だった。
そばで大人しくしていたホムンクルスの少女へと水を向けたのだった。
「サクラもそうしたいってさ。ね?」
「はい。カミコ様」
呼びかけられて、少女が頷く。
サクラ。
それが、精霊と融合して起動したあの日、ホムンクルスの少女に付けられた名前だった。
名付けたのは、カミコに引き続き、またしてもグレイである。
いや。厳密にいえば、カミコのほうは名付けたと言っていいのかわからないが。
ちなみに、こんなやりとりがあった。
「わたしがカミコなんだから、この子はホムコでいいよね」
「よくねーよ。わかった、わかったから。俺がちゃんと考えるから」
能天気な神様は自分で好きに名乗っているのでまだしも、なにもわからない少女に変な名前を付けるのは気がとがめるなんてものではない。
といっても、センスはないのでひねった名前は付けられない。
悩んでいると、カミコから「グレイの好きなものでいいんじゃない?」という意見が出て、名付けられる当人も「お兄様の、好きなもの、いいです」と賛成した。
ちなみに、サクラという名前は、生前グレイがふせっていた病室の窓から見えた桜の木から取っている。
生前の世界で思い出されるものには、およそ良い印象がないが、桜の木は例外だった。
春に咲き誇る花ばかりが取りざたされるが、夏に生い茂った葉も、秋と冬のわびしい姿もグレイは好きだった。
ちなみに、この世界には桜の木はないそうだ。
少し残念。
「よーし、行こう」
などと現実逃避をしている間に、決まってしまったようだった。
基本、押しに弱い自分と、意思が希薄なサクラだ。
このあたりは既定路線とも言える。
さすがに恥じらいはあったようで、仕切りのこちらと向こうで脱いでから体にタオルを巻いて入ることになった。
一応、異性だという認識はあったらしい。
いや。認識しておいてこれというのは、むしろ認識されていないよりも異性扱いされていないのではと思わなくもないが……。
「……」
局部以外は男女とも取れない未成熟な体を見下ろして、グレイはつい溜め息をつく。
これでは仕方ないか。
そうして、ふと目を上げた。
途端に、ぶっと噴き出した。
同時に、カミコが泡を食った声をあげた。
「ちょ、ちょーっと! サクラ! 服はいきなり脱いじゃ駄目! グレイまだいるから!」
さっさと服を脱いだサクラが、首を傾げていた。
腕も脚もとても細くて、透けるように白い少女の体。
グレイと同じあばらが浮いて見える肉付きの薄い体だが、未成熟な胸は少しだけふくらんで、先端は淡く色づいている。
いろいろと小さくて薄いが、ちゃんと女の子の体だった。
恥じる様子がない無垢な表情と仕草が、うしろめたい気持ちを掻き立てる。
即座に目をそらしたので一瞬だったが、それでも思い切り見てしまった。
白い体が目に焼き付いている。
女の子のはだかを見るのもこれが初めて。
……では、ないか。
考えてもみれば、製造直後に初めて迷宮で会ったときにはお互いにはだかのままでいた。
ただ、あのときは通路が暗くてなにも見えなかったし、生きるか死ぬかでそれどころではなかったので、彼女が女だということにも気付いていなかった。
あのときとは違う。
気まずい。
「……それじゃ、俺はこれで」
グレイは足早に、ついたての向こうに移動した。
まだわかっていないサクラに、言い聞かせているカミコの声が聞こえてくる。
「なぜ、お兄様は別、ですか? この、タオルは?」
「グレイは男の子で、キミは女の子だからだよ! 恥じらいはちゃんと持たないと!」
意外とまっとうなことを言っている。
だが、だったら混浴しようとなんてさせないでほしい。
なんだか一瞬で疲れた……。
「……先に入るぞ」
「あ。うんー、どぞー」
ひとりのこちらが、ついたての内側の狭い空間を使っている。
準備ができたのも先だったので、かけ湯をしてからタオルをしっかり腰に巻いて入ることにした。
「……おお」
湯船には、カミコが魔法で生み出して温めたお湯がはってあった。
足先を入れると、じんわりとした独特の感覚が昇ってきた。
そのまま入れていくと、少しずつ慣れて心地良さに変わる。
「ふう」
お湯につかる感覚は久々だった。
こちらの世界に転生してからは初めてなのはもちろん、前世でも最後のほうは、湯船に浸かれるような状態ではなかったからだ。
本当に、久しぶりだ。
全身の肉がほどけて、疲労が湯に溶け出すような感じがした。
これは……うん、悪くない。
くつろいでいると、仕切りの内側にカミコとサクラがやってくる声が聞こえた。
◆ホムンクルスちゃんの名前はサクラになりました。
異世界には存在しない幻の花の名前を冠する少女です。ホムコじゃなくてよかったね。
次回はお風呂回。




