14. 緊急会議
(注意)本日3回目の投稿です。(12/30)
14
朝起きたら、体を軽くほぐしてから迷宮に向かうのがグレイの日課である。
ただ、今日ばかりはそうはいかなかった。
緊急会議、開催である。
「こんなのってありえるのか?」
「……理屈としては、可能ではあるんだけどね」
グレイが尋ねると、カミコは頭痛を訴えるように、ひたいを抑えた。
「前に話したんだけど、覚えてる? 魂魄についての話」
「ええっと……」
なんだったか。
なじみのない話だから、思い出すのに少し時間がかかった。
「……確か、魂魄っていうのは、魂と魄からできているとかなんとかって話だったか?」
「そうそれ。不自然な方法で生み出されたホムンクルスには、本来魂が宿らない。キミみたいのは例外だ。ただ、普通のホムンクルスにも魄はある」
「ああ、思い出した。ホムンクルスにも魄はあるから、原始的な感情はあるかもしれないって話だ」
「よく覚えてたね。簡単に言うと、魄は肉体に依存するものだから、ホムンクルスにもあるんだね」
正解だと頷いてみせて、カミコは続ける。
「それに対して、精霊は魂だけの存在なんだ。その点がわたしたち神柱とは違ってて、受肉ができない。言い換えると、精霊には魄がないわけだ」
「そういえば、そんな話も聞いたな」
相槌を打ち、ふと気付いた。
「いや待てよ。魄だけのホムンクルスと、魂だけの精霊? まさか……」
「うん。そういうことだよ」
結論に達したところで、ふたり示し合わせたように視線を向けた。
そこに、ちょこんと正座をしたホムンクルスの少女の姿があった。
その片目はやはり、精霊の光と同じ透き通った緑色をしている。
まるで翡翠の宝石のようだ。
こくりと彼女は首を傾げると、たどたどしい口調で言った。
「なん、ですか」
「いやいやいや。なんですかじゃなくて」
ぽやんとした反応の少女に、カミコがつっこみを入れた。
「自分が……ううん。『自分たち』がなにをしたかわかってるの?」
「混ざり、ました?」
「おっと。わかっていて、この反応の薄さですよ」
「なあ、カミコ。それって、なにかまずいのか?」
どうにも噛み合わないふたりの会話に、グレイは口をはさんだ。
どうやらいまの話によると、魄だけしかなかったホムンクルスの少女に、魂だけの精霊が宿ることで、彼女という存在は動けるようになったらしい。
確かに予想しない展開ではあったけれど、悪いことではないように思える。
カミコがこうも動揺しているのがよくわからなかった。
「まさか命にかかわるとか?」
「……あーいや。それはない。多分ね。正直、どんなことが起こるか予想できないけど、そこまで差し迫ってはいない、と思う」
「だったら」
「そういう問題じゃないんだよ」
言葉をさえぎったカミコは、少し厳しい表情をしていた。
「『混ざった』って、さっき、この子たちも言ったでしょ。足りない歯車をはめ込んだんなら、外せば元の通りだ。けど、これは違う。この子たちは、混ざり合っちゃったんだよ」
「混ざり合った……」
「そう。ふたつの存在はひとつになってしまった。もう二度と分かれることはできない」
そう言って、彼女は少女に目を向けた。
「精霊は仲間意識が強い存在だけど、こうなったらもう駄目だよ。同族には、二度と仲間と認められない。というより、意思疎通さえできないだろうね……」
正直、グレイにはそれがどれだけ重いことなのかわからなかった。
ただ、カミコは悲しそうな顔をしていた。
だから、きっと、それはとても酷なことなのだろうと察せられた。
けれど、だったらどうして、そんなことを?
カミコも同じ疑問を抱いたらしかった。
「キミたちは、どうしてこんなことを?」
「……」
尋ねられた少女は、しばらく黙って考え込んだ。
かと思うと、色の違うふたつの瞳がこちらを向いた。
白に近い希薄な灰色と、翡翠色の組み合わせの金銀妖瞳。
これまで迷宮で自分を助けてくれた精霊と、自分が助けた少女の混ざり物。
「お兄様が……」
なにかを言いかけて、薄い唇がわなないた。
「……いえ」
首を横に振った。
「わかりません。難しい、です」
「……難しい?」
「言葉、足りない、ですから」
「んーんん?」
カミコが目をぱちくりさせる。
いまの返答では、わからないのも無理はない。
ただ、グレイは思い当たることがあった。
彼女とは――彼女たちの半分、ホムンクルスのほうとは、同じ境遇だからだ。
「ひょっとして、製造されたときに言葉があまり保存されてないんじゃないか」
「どういうこと?」
疑問の視線を向けてくるカミコに答える。
「ホムンクルスの初期起動時の知識は、あらかじめインプットされているものになる。ただ、俺や彼女は実験体の失敗作だ。インプットされている情報は十分じゃない」
「彼女の場合、言語や会話に関わる情報が欠けているってこと?」
「多分な」
「はい、お兄様。肯定、します」
実際、当の本人も頷いた。
「む、むむむ。じゃあ、仕方ないかー」
カミコがうめいた。
「説明ができない……いや。『わからない』と言ってたっけ。基本、思考は言葉で組み立てるものだしね。思考回路自体に欠けがある可能性もあるけど……いや、いや。そうでなくても、自分の気持ちを言葉にしろなんて、神様にだって難しいことか」
できないことをしろというほど、彼女はわからずやな神様ではない。
だから、それ以上はそこにはふれずに、必要なことだけ尋ねた。
「……ただ、ひとつだけ聞かせてもらえないかな。キミたちは、ふたりとも同意のうえでそうしたの?」
「はい」
「そっか。ならよかった。だったら、わたしにはこれ以上なにも言えないかな」
カミコは溜め息をつくと、気を取り直すように微笑んだ。
「この話はここまでにしよっか。仲間がひとり増えたって考えれば、むしろ嬉しいことでもあるしね」
「……仲間」
単語のひとつに少女が反応すると、カミコはにっこりした。
「そうだよ。この迷宮から抜け出す仲間。これからよろしくね。
……っていうのも、ホムンクルスと精霊のどちらとも、これまでも顔を合わせてきたわけだから、なんだかおかしな感じがするけど。だけど、やっぱりよろしくかな。わたしはカミコ。こっちはグレイ。力を合わせていこうね」
「はい。カミコ様、お兄様。よろしく、お願いします」
ぼんやりとした表情ながらも、ほんのわずかだけ少女は口元をゆるめた。
あたたかな空気が流れた。
思いもよらない展開ではあったし、いまや少女でもある精霊は大きなものを失ったが、少なくとも、この場でそれは関係ない。
めでたしめでたし。
いや。ちょっと待った。
「……よろしくはいいんだけど、お兄様ってのはなんなんだ」
グレイは口を挟んだ。
これまではつっこむタイミングがなかったのだが、これ以上は流せない。
ほうっておくと、このまま定着しそうだ。
しかし、尋ねられた当人は無表情で首を傾げていた。
「いやそこで首を傾げられても……」
「お兄様は、お兄様、ですが?」
「なんでそうなる」
要領を得ないやりとりをしていると、カミコがくすくす肩を揺らした。
「いいんじゃないの? 魔法生物に血のつながりもなにもないけど、そういう見方もできなくはないし」
実際、同じホムンクルス、同じ製造ラインで生み出されたふたりはそれなりに似通った印象があった。
「いいじゃん。キミが兄で、その子が妹で」
「誰が兄だ」
軽い言葉にグレイは眉をひそめる。
だが、意外なところから否定が入った。
「兄と、妹?」
少女がゆっくりと首を傾げたのだった。
「わたしは、妹ではありませんが?」
「え?」
「ん?」
思わぬ言葉に、グレイとカミコは揃って少女を見詰める。
言い出した当の本人が、自分は妹ではないとはどういうことか。
疑問の視線が向けられる先で、少女は当たり前のことのように言ったのだった。
ぼんやりとした調子で、まるで自覚のない爆弾を。
「わたしは、お兄様の、ペットです」
***
あの日は、大変な目にあった。
ふと思い返された出来事に、グレイは遠い目をしそうになった。
もちろん、うかつに気を散らしたりはしない。
現在は迷宮の探索中だ。
気を抜けば死ぬ。
しかし……。
自分のことをお兄様と慕う自称ペットの少女。
人生経験の乏しいことには定評のある自分では、遭遇したことのない存在だった。
というか、この際、人生経験の乏しさは関係ない気がする。
なんだそれ。
どうしろと?
当然、説得を試みたのだが、のれんに腕押し。ぬかに釘だ。
どう頑張っても彼女は認識を変えてくれなかった。
グレイは途方に暮れ、カミコはおなかを抱えて笑い転げた。
まあ、言語機能だけでなくて、思考回路にも欠けがあるのなら、意味不明なことを言い出すのも仕方ないのかもしれないが。
……しかし、大変だった。
大きく溜め息をつく。
すると、視界に光が入り込んできた。
精霊だった。
なにかあったのかと言わんばかりに、目の前をせわしなく飛び始める。
「……お前のせいなんだからな」
もちろん、こんな文句を言ったところで返事はない。
精霊には口がないのだから。
これまでと変わらず。
そう。これまで通り、精霊は探索についてきてくれていた。
探索ではいつも索敵を頼んでいたので、ホムンクルスの少女と融合してしまったことを知った直後は、どうしたものかと頭を悩ませていたのだが、あっさりと体から抜け出てきたのだった。
なんだ出られるのかと思ったのもつかの間、途端に抜け出た体のほうがバッタリ倒れた。
いきなりだったので、心臓がとまるかと思った。
結論から言えば、魂魄が抜けてしまった少女の体のほうに問題はなかった。
いまの精霊の状態は、どちらかといえば、幽体離脱に近いものらしい。
彼女たちは混ざったままだ。
なので、本当の意味で抜け殻になった体は、今頃は部屋で死んだように眠っている。
グレイとしては、索敵の手段を失って探索の難易度が上がらなくて一安心といったところだ。
あれから10日が経っている。
探索はこれまで通りに行われ、次の段階に進もうとしていた。
「……そろそろかな」
今日の探索は、普段とは少し目的が違っていた。
というのも、そろそろ、本来の目的――迷宮脱出の準備をしてもいいのではないかと思ったからだ。
そのためには、まずこの迷宮の構造について把握する必要がある。
この迷宮は、邪神を封じ込めるために創造された。
迷宮は神によって創られる一種の異界である。
通常は神が人々に与える試練として機能するが、神柱を封じ込めるのにも適しているのだという。
この迷宮は後者のケースだ。
分類としては、死霊系迷宮。
三層構造になっており、外側から第一層、第二層、第三層とおおまかにわかれている。
これまでグレイが探索してきたのは第三層だ。
暗くて、古びた遺跡のような通路が続いている階層である。
第三層で遭遇する魔物は『ひとつ角』のなかでも比較的力の弱いものに限られる。
これは迷宮としてはむしろ例外的で、通常であれば、迷宮は第一層から奥に進むにつれて少しずつ生息する魔物は強くなっていく。
この迷宮がそうでないのは、奥に邪神を――カミコを封印しているためだ。
迷宮の創造者である神の力は、奥にいくほど行き届かなくなり、したがって、魔物の力も弱くなっている。
逆に、外に出ようとすると魔物が強くなる。
これまで探索してきた第三層では『ひとつ角』の下位から上位まで。
第二層では『ひとつ角』の上位から、『ふたつ角』の下位、中位までが生息している。
この第二層に進もうというのが、今日の探索の目的だった。
第三層のすぐ近くあたりであれば、第二層も『ひとつ角』しか出没しないので、第三層とそう変わりないからだ。
余談だが、こうした魔物事情の例外があの『封印の鬼』である。
正規ルートの最奥部にあるカミコの祭壇には、第三層の『封印の鬼』を倒さないと辿り着けないようになっている。
なんという無理ゲー。
もっとも、迷宮の創造主からすれば、封印した邪神カミコはどうしても外に出したくはないだろうから、当然といえば当然の処置ではあるのだが。
思い返してみれば、あの鬼に遭遇した際に通路に描かれていた文字――カミコが『そこまで行けば大丈夫』だと言ったアレは、正規ルートを守る『封印の鬼』がどこかに行ってしまうのを防ぐためのものだったのだろう。
よって、『封印の鬼』がいなくなることはない。
出るときも正規ルートは使えない。
それでは、どうしてこれまで探索を行ってきたのかといえば、カミコが『横穴』を作っていたからだ。
非正規のルート――『封印の鬼』を迂回するルートである。
「この迷宮を作ったのは高位の神……二級神だったけど、武神の類だったからね。そりゃあまあ、正面から打ち破ろうとすれば強いし、そもそも封印されてる側が不利だし、わたしも力を落とされてるから力技で捻じ伏せられるけど、こういうなんというか、こずるい真似は想定してないと対応できないもんだよね」
というのがカミコの弁だった。
悪い笑顔をしていた。
正直、神様としてはどうなのかと思わなくもないが、自分も考え方は近いので共感できる。
目的が達成できればいいのだ。
おかげで自分は最奥部で詰むことなく、探索を進めることができている。
そしていま、第二層に到着したのだった。
◆2人目のヒロインは、幼い系ぼんやり無表情ホムンクルス金銀妖眼美少女(精霊憑き)になりました。特盛。
これからの彼女の活躍にもご期待ください!




