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八話

 ドンパチ騒ぎを終えて、店内を掃除し、同時にソシアルを回収し、ともかく宗太郎とアミは独楽鼠も顔負けの忙しさで駆け回り事態を収拾した。

 向かいの店にも謝罪行脚に行き。ソシアルが潰してダメにしてしまった商品の弁償の額について尋ねると向かいの店長は、大変だったねえ、と一言も賠償云々を口にしなかった。

 一通り片付けも終わったところで、二人は工房に戻ってきた。

「さて、と」

 あらかじめソシアルのアミダ核は再始動を防ぐため、取り外されている。

 そのアミダ核から、宗太郎はメスとピンセットを慎重に使い、命令回路を取り出す。命令回路は、五インチほどもある緑色の紙片のようなもので、塗られているアミダ細胞のパターンでその性質は大きく変わる。

 元々の性質を除き、必要なアミダ細胞のパターンを導き出すのは数学的でもあり、難解だ。宗太郎のような二流の加工屋ならば、教科書通り大人しく従順にさせるための処理だけをする。

 しかし、世間には変わり者ばかりなため、あえて独創的な命令回路のパターンを描き、成功したりあるいは失敗して命を落とす者も数知れない。

 命令回路を取り外した後は、アミダ細胞の方だ。

 宗太郎はソシアルを部位ごとにのこぎりと包丁を使ってばらし、培養液の中に漬ける。どの部位にも所属しない箇所はミキサーに入れて黒いペーストになるまで混ぜ合わせ、別の容器の中に保管する。

 ペーストにしたものはアミダ生物の修理、つまりアミの骨折を直したもののように利用することができる。

「異常は、ないんだよなあ」

 宗太郎は加工作業を終えて、独りごとを呟く。疑問があるのだ。

 それはソシアル達の行動だった。

「何か変なとこがあるんですか?」

 アミが宗太郎の独り言に口を挟んだ。

「ああ、本来ならソシアルは自分たちの株、自分たちの所属している領地に侵入しない限り攻撃的にならないはずなんだ。時たま、自分の領土から離れても攻撃を仕掛けなければ大人しいはずだし。命令回路に異常でもあれば納得できたんだが… …」

「博士みたいに難しいこと言いますね。つまり、どういうことです?」

「ああ、つまり攻撃される理由がないってことさ。第一、街中に野生のソシアルがいるのも変な話だしな」

「私には、よく分かりません。そもそもソシアルってどんなアミダ生物なんですか?」

「妙なことを訊くな。オットー博士から聞いてないのか? それ以前に、お前がソシアルだろ」

「私は特別なんです。博士からは普通のソシアルについて話を聞く機会はありませんでしたから、知りません」

 アミはさも当然のように、胸を張る。

「堂々と言うようなことでもないだろ。それで、何から話そうか」

 ソシアルはアニメイルと違い、完全な社会性を有している。下級ソシアル、上級ソシアル、近衛ソシアル、指揮官ソシアルと大体区別されている。

 その社会性は様々なハーベストを農業や畜産のように世話し、収穫することで生活を保っている。よって、コミュニティーはその群体、もしくは株と言われる一サークルで事足りている。

 また、特殊性では自分の株を守るために遠距離の巡回をすること。他にも指揮官ソシアルと言われる一体のアミダ核を破壊するか、命令回路から停止命令をだすことでその株のソシアルは全滅するのだという。

 これはソシアルを専門に扱うレーナの受け売りだ。命令回路からの件は、きっとどこかのもの好きが試したのだろう。

 ただ、基本的にソシアルは同じ株の自分より上位のソシアルを守る習性があり、指揮官ソシアルを捕獲しても他のソシアル達がそれを奪い返そうとこぞって来るそうだ。

「じゃあ、私はそのソシアル株の指揮官、ってことはないですよね」

「可能性はあるんじゃねえか? 少なくとも上位になるほど命令回路の精度も上がるそうだし。俺は逆に専門としてそれ以外考えられないけどな」

「なら、私が命令すれば止まってくれるんですか?」

「いや、ソシアルがソシアルを操る事例事態は報告がないし。止めるには、アミの命令回路を書き換えるしかないだろ」

「… …冗談ですよね。嫌ですよ。私」

 アミが数歩後ずさって宗太郎から距離を取る。

「いいだろ。命令回路をいじくるぐらいは」

「いいわけないですよ! 変態! エッチ! ドスケベ大魔王!」

「ん!?」

 どうやらアミにとってはデリケートな問題らしく、ひたすら拒否をする。宗太郎にはその意味がちっとも分からないけれど、触らない方がいいことは把握した。

「それに、命令回路を取り出したら。ソシアルは一度死んじゃうんですよ」

「死ぬ?」

 宗太郎ははたと気づく、人間にしてみればソシアルの命令回路を書き換えて戻すということは単なる蘇生という意味ではない。別人格に改造される、あるいは単に一度死んで生き返った存在が同一の意識を持ち得るかという哲学的な問いにもつながる。

 高度な知性を持ったソシアルなら、人間のように魂というものを信じているかもしれないし。意識の途絶はソシアルとしての人格の死を表しているかもしれない。

 アミはそれが怖いのだ。

「すまねえ。無責任なことを言った」

「… …私は寛容なので、許してあげます。以後気を付けてください」

「ありがとう。しかし、そうなると堂々巡りだな」

 命令回路を書き換えられないとなると、方法はソシアル株に帰るか。ソシアル株を全滅させるしかない。そもそも、本当にソシアル株の指揮官でなければアミを蟻の巣に放り込むような真似をすることになる。

 他にも、疑問はたくさんある。

「アミはオットー博士の元にいた時は、ソシアルが攻めてこなかったのか?」

「ありませんでしたよ。一度も」

「なら、アミはオットー博士に造られたのか? 命令回路とアミダ細胞を書き換えて? 野生のソシアル株から来たのなら、記憶は残っていないのはなぜだ? 後―――」

「ちょ、ちょっと待ってください」

 矢継ぎ早に質問をする宗太郎に、アミは混乱した。目を回すという表現が正しいか。アミは弱って机に突っ伏してしまった。

「私にも分からないことは多いんです。全部に答えられません」

「そいつは、すまなかった」

 話をしても答えは得られない、となると方法は一つだ。

「と、その前に高度な専門家にも話をつけとかないとな」

 思い出したかのように、宗太郎は固定電話の受話器を取る。電話番号を入力し、電子音を聞きながら相手を待つと、しばらくして出てきた。

「ああ、俺だ。宗太郎だよ。―――番号で分かる? うるせえ、―――ってことだ。―――おう、それじゃあ頼む」

 アミを傍目に、宗太郎は電話で何度か受け答えをしてすぐに受話器を下ろした。

「相手は誰なんですか?」

「レーナだ。組合であっただろ。彼女はソシアルの専門家だ。事情を話して協力してもらうのがいいと思ってな。ダメか?」

「… …相談してほしい所ですが、宗太郎さんが信用している相手ならいいです。私も、宗太郎さんのこと、信じてますから」

 恥ずかしげもなく言うアミに、宗太郎は苦虫を噛み潰したようなむず痒い顔を見せた。

「さ、さあ、出かけるぞ。少し歩くから軽い準備はしておけよ」

 宗太郎はごまかすように、言い放つ。

 アミはそんな宗太郎が面白いのか、芽吹く瞬間の朝顔みたいに微笑みを湛えるのだった。


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