七話
撃発と共にソシアルのアミダ兵器から銃弾が飛来する。
鉛ではなく生体由来のそれは、威力こそ鉛に劣るものの店内の商品に命中して、見るも無残に破砕させる。
宗太郎がカウンターの席に身を隠すと、追いかけるように銃弾が突き刺さる。
同じく、お客を迎えようとしていたアミも銃弾に追われ、目にもとまらぬ速さでカウンター席の後ろに退避してうずくまった。
銃弾はさらに追い打ちをかけるが、カウンターは防犯用に厚い鉄板が埋め込まれているため弾は貫通しない。おかげで二人はひとまず難を逃れた。
「撃たれてます! また修理されるのは嫌です!」
「落ち着け、アーマネスほどソシアルは怖かないだろ。あの時の勇猛果敢っぷりはどうした」
「あれは、頭に血が上っていたんです。助けてください!」
宗太郎は、しょうがないな、と頭を抱えつつ。応戦するために、一時カウンターの裏から離れようとする。
「どこに行くんですか、宗太郎さん! だずげでぐだざい゛!!」
「だあ! 足を掴むな。噛みつくな。こっちのアミダ兵器は保管庫にしまってるんだ。取りに行けなきゃ反撃もできないんだよ!」
宗太郎は自分を引っ張る剛力から何とか説得して逃れ、カウンター席から二つ先の部屋の保管庫を目指す。
銃弾を浴びないために匍匐前進し、やっとのことで保管庫の保管棚にたどり着く。
厳重に施錠されている保管棚のカギを一気に取り払い、宗太郎は昨夜新調したばかりのクーゲルを引っ張り出した。
それから慎重に店先へと戻ってくると、横殴りの銃弾の雨は先ほどよりも激しくなっているようだった。
「こいつは、ソシアルが増えたか」
ソシアルの中でも、下級のソシアルは基本分隊、つまり群れで動く。一体いれば少なくとももう一体、十体いればその倍はいてもおかしくはない。
今店を襲撃しているのも背格好からして、下級ソシアルだ。命令回路も貧弱なため、遮蔽物を避けて迂回する知能もなく、ただただ制圧射撃を続けている。
「たーすーけーてーください。私、撃たれています!」
それを知ってか知らないのか。アミは未だにカウンター席の裏から動いていない。
かわいそうだが、もうしばらくそうしてもらうことにした。
「アミ、動くなよ。対処する」
宗太郎は下級ソシアルの射線を避けて左側から迂回する。更に視線が通らないように屈み、できるだけ近づく。覗き込んでみてみれば、下級ソシアルは確かに二体に増えていた。
そうして店頭の隣の部屋の壁に張り付き、機会をうかがう。
神経を研ぎ澄まし、下級ソシアルの放つ銃弾に耳を澄ませる。
そしてチャンスは来た。下級ソシアルの着発がほぼ同時に止んだ。
「引き金は、二回」
宗太郎は壁から身を乗り出す。下級ソシアルもそれに気づき、向き直るがアミダ兵器から発射される銃弾はなかった。
アミダ兵器も普通の銃器と同じで、弾倉の装填が必要なのだ。宗太郎はその交換の瞬間を狙って、クーゲルで狙いをつける。
左手は柱を掴み、腕を支えにクーゲルを構えて照準を下級ソシアルに沿わす。
「タンッ」
狙いは過たず、先頭にいた下級ソシアルの正中線に命中する。
そのまま、狙いを少しずらしてもう一体の下級ソシアルを狙う。
「タンッ」
キーボードを叩くようにリズミカルに掛け声をかけ、後方の下級ソシアルの頭部にアミダ弾頭が命中し、二体とも動きを止める。
銃弾のけたたましさは静かになり、店内には静寂が漂った。
「もういいぞ、アミ」
声をかけると、カウンター席からアミは顔をのぞかせた。
「ふえええ。怖かったです」
「悪いな。囮役にさせちまって」
「ひどいですよ。宗太郎さん。私を置いていくなんて! 私、女性なんですよ。守ってくださいよ」
「… …忘れそうになるけどよ。本当にお前、ソシアルなんだよな?」
感情、それも恐怖となるとソシアルには不要、というより高度すぎる命令回路だ。一部物好きな連中は、ソシアルの感情表現には成功しているけれど、それもあくまで表面上のもの。いわゆる哲学的ゾンビにすぎない。
今いるアミも、もしかしたら状況に応じて反応しているだけで、実は感情と呼べるものがない可能性もある。
だが、目の前にしている宗太郎にはアミがそういった場当たり的な感情表現をしている様には見えなかった。
「アミダ核が傷ついたら私も死んで、いえ壊れてしまうんです。もっといたわってくださいよ」
「悪かったって。以後、気を付けるよ」
宗太郎の中身のない謝罪に、アミはふくれっ面を返す。どうやら身体は無事でもアミの自尊心は傷ついてしまったようだ。
そうこうしている間に、宗太郎の視界の隅で何か人影が素早く動くのに気が付いた。
「アミ! まだ頭を引っ込んでろ」
視界のギリギリでしかとらえられなかったが、店の軒先より外で俊敏な影が動いた。それは通行人ではなく、大きなシルエット、ソシアルほどのものだった。
姿は隠されたが、宗太郎はクーゲルを構えて店頭の外に出る。道行く通行人は、何だ何だと、足を止めて人だかりができていた。
それもクーゲルを構える宗太郎に驚いて、波が引くように遠ざかった。
宗太郎は他人のことなど気にせず、周囲を見回す。だが、辺りには首輪をしたソシアルやアニメイルしか見当たらない。
「見間違えたか… …」
宗太郎がクーゲルの狙いを下げた。次の瞬間、目の前の影が跳躍した。
「っ! 屋根の上か!」
振り向きざまに宗太郎が目撃したのは大型のナイフのようなアミダ兵器を振り下ろすソシアルだった。
その動きは機敏で、反応も早い。特徴的な頭の突起物の数からしても、それは上級ソシアルだった。
不意打ちと体格の差も相まって、ナイフをクーゲルの銃身で受け止めた宗太郎は、そのまま組み伏せられる。
上級ソシアルは宗太郎の上で馬乗りになったまま、刀身を躊躇なく押し付けてきた。
このままでは、押し負ける。
「もう、止めてください!」
アミが後ろから、両手で相手を押し出すように掌底をくらわした。
本来、ただの女性ならばソシアルも揺るぎはしない一打だ。けれど、押し出すアミの膂力はアーマネスを素手で打ち貫くほどのもの。上級ソシアルでも耐えられるわけがない。
上級ソシアルはまるで宗太郎が巴投げをしたかのように宙に浮いたかと思えば、続けざまの圧倒的な衝撃に押し出されて向かいの店の品物の山に頭から突っ込んだ。
宗太郎はこの隙を見逃さない。体勢を立て直すと、悠然と狙いを上級ソシアルに絞り込む。
転倒したままの上級ソシアルの身体に一撃、二撃とアミダ弾頭が着弾する。それでもなお、上級ソシアルの動きは止まらない。下級ソシアルよりもアミダ細胞の質が上の上級ソシアルは数発程度では動きを止めないのだ。
「さっさと止まれやあ!」
宗太郎は怒号と共にクーゲルから惜しみもなく銃弾を発射する。弾倉を変え、コッキングをし直し、また引き金を絞り。持ち弾が空になるまで撃ち続けた。
そしてやっと、上級ソシアルは動きを止めた。
上級ソシアルが倒れこみ。周りがシンと静かになったかと思うと、誰かが拍手を打ち鳴らした。
それに続くように複数人が手拍子に続き、遂には合唱のように周りから拍手が鳴り響いた。
「… …見世物じゃないんだけどな」
宗太郎は複雑な気分になりながらも、その称賛を受けて胸を撫で下ろした。